私たちの住む天の川銀河の中心部には、中心分子帯(CMZ)と呼ばれる、濃い分子ガスが集まった領域がある。
国際チーム「ACES」は、チリのアタカマ砂漠にある電波望遠鏡アルマ(ALMA)でこの領域を観測し、アルマとしては過去最大の画像をまとめた。
ヨーロッパ南天天文台(ESO)の発表によると、観測では一酸化ケイ素のような単純な分子から、メタノールやアセトン、エタノールといった有機分子まで、数十種類の分子が見つかっている。
成果は英国王立天文学会の学術誌に掲載が決まった5本の論文にまとめられ、6本目も最終審査の段階にある。
キク銀河の中心ってチリで見えないはずなのに、どうやって中の分子を調べたんだろう?
見えない銀河の中心を「電波」で透視する


まず、天の川銀河の中心がどんな場所かを確認しておこう。銀河の中心までは約8.2キロパーセク(およそ2万7000光年)ある。
遠いことに加えて観測を難しくしているのが、私たちと銀河中心のあいだにあるガスとチリだ。
このチリにさえぎられて、目に見える光(可視光)では銀河の中心をほとんど見通せない。
チームのアシュリー・バーンズ氏(ESO)は、この領域について「極端な場所で、私たちの目には見えないが、いまや驚くほど細かく姿を現した」と述べている。
一方、可視光よりずっと波長の長い電波は、チリの影響を受けにくい。ACESが使ったのは、アルマの「バンド3」と呼ばれる波長約3ミリメートル(周波数85〜102ギガヘルツ)の電波だ。
論文によると、この広い範囲を限られた観測時間で埋められるほど視野が広かったのは、当時はバンド3だけだったという。
分子の「指紋」を読む — 天文化学という世界


では、電波でどうやって「どんな分子があるか」まで分かるのだろう。カギは、分子が出す電波が、種類ごとに違うという性質にある。
宇宙空間に漂う分子は、それぞれがくるくると回転していて、その回転にともなって、特定の周波数の電波を出す。この周波数は、分子の種類によってきっちり決まっている。
まるで、一つ一つの分子が、固有の「指紋」を持っているようなものだ。
だから、電波望遠鏡でこの周波数を精密に測れば、「今、どの種類の分子が、どこに、どれだけあるか」を、直接見に行かなくても言い当てることができる。
この、宇宙の分子を調べる学問を「天文化学」という。ACESは、70を超える分子やイオン化したガスのスペクトル線が観測範囲に入るように、受信する周波数を組んだ。
中心分子帯のいて座B2領域にあるG+0.693−0.027という分子雲では、この5年で20種類を超える新しい星間分子が見つかっている。



分子は種類ごとに決まった周波数の電波を出すから、それを測ればどこにどんな分子があるか分かるのか。
主役はチリの巨大電波望遠鏡「アルマ」
観測に使われたのは、チリのアタカマ砂漠にある電波望遠鏡アルマ(ALMA)だ。
アルマは、ヨーロッパ南天天文台(ESO)、米国国立科学財団(NSF)、日本の自然科学研究機構(NINS)が、チリ共和国と協力して運用している国際的な観測施設である。
アルマは、多数のアンテナが受けた電波を合成して、一つの大きな望遠鏡のように細かい構造を見分ける。
ACESでは、口径12メートルのアンテナ群に、7メートルのアンテナ群(ACA)と単一アンテナでの観測(トータルパワー)を組み合わせた。
細かい構造と大きく広がったガスの両方をとらえるためだ。地図の細かさは約1.5秒角で、銀河中心の距離では約0.05パーセクにあたる。
観測範囲は45の区画に分けて撮影され、つなぎ合わせた画像は、アルマがこれまでに作った中で最大の連続した地図になった。
ESOによると、画像の範囲は650光年以上にわたり、空の上では満月を3つ並べたほどの長さがある。チームには、70を超える機関から160人以上の研究者が参加している。
銀河の中心を取り巻く中心分子帯
アルマがねらったのは、銀河中心の特別な領域だ。天の川銀河の中心には、いて座A*(エースター)と呼ばれる超大質量ブラックホールがある。
このブラックホールの周りに広がるのが、中心分子帯(CMZ)と呼ばれる領域だ。中心分子帯は銀河の面積の0.1%ほどしかないのに、銀河の分子ガスの最大10%がここに集まっている。
ガスの温度は50〜100ケルビンほどで、銀河円盤の雲(10〜30ケルビン)より高い。宇宙線によってガスが電離される割合も、銀河円盤より10〜100倍高い。
この領域のガスの総量は、太陽の数千万倍と見積もられている。ただし、星の生まれ方は意外に控えめだ。
これだけ濃いガスがあれば、銀河円盤での経験則からは1年に太陽1個分ほどの星ができてよいはずだが、実際の星形成率は過去500万〜1000万年にわたって1年に太陽0.1個分ほどにとどまっている。
なぜこれほど星ができにくいのかは、ACESが答えようとしている大きな疑問の一つだ。


なぜ分子が作られるのか — 塵の氷と衝撃波
では、そもそも宇宙空間で、どうやってこんな複雑な分子が作られるのだろう。その舞台は、意外にも、宇宙を漂う小さなチリの粒の表面だ。
冷たいガスの中では、さまざまな分子がチリの粒の表面に凍りつき、氷の膜(氷マントル)ができる。
この氷の上でも反応が進み、水素がくっついていく反応(水素化)を通じて、メタノールなどの分子ができる。
氷に閉じ込められた分子が気体に戻るしくみは、主に2つある。生まれたばかりの星(原始星)の熱で氷が温められる場合と、衝撃波が通る場合だ。
Dutkowska氏らの論文によると、衝撃波では氷が熱で溶けるというより、ガスの粒子がチリにぶつかって氷から分子をはじき出す「スパッタリング」が起きる。
衝撃波による変化は1万年以内の短い時間で起き、原始星の加熱による変化は1万年以上かけて現れる。



分子を氷からはじき出す衝撃波って、そもそもどこから来るんだろう?
衝撃波はどこから来るのか
では、その衝撃波はどこからやってくるのか。主な原因として、いくつかが考えられている。
一つは、巨大なガス雲どうしの衝突だ。中心分子帯には、たくさんのガス雲がひしめき合い、激しく流れている。それらがぶつかれば、そこに強い衝撃波が生まれる。
もう一つが、重い星の最期の爆発だ。中心分子帯は、単位体積あたりの超新星の数が銀河でもっとも多い場所でもある。
ACESの初期の成果では、M0.8−0.2と呼ばれるリング状の分子雲に、衝撃を受けたガスが太陽100万個分近くも含まれていることがわかり、その原因として1回の極超新星爆発が有力とされた。
Dutkowska氏らは、中心分子帯の条件に合わせた化学反応のコンピューターモデル(UCLCHEM)を使い、24種類の分子が衝撃波や原始星のまわりでどう増減するかを計算した。
衝撃波のモデルでは、温度と密度が上がるとすぐに気体中の分子が増え、衝撃波の中ではメタノールがもっとも多い分子になった。
衝撃波が過ぎると、ガスとチリは冷え、分子は再びチリの氷へ凍りついていく。
「生命の材料」とのつながりはどこまで言えるか
では、「生命の材料」との関係はどうだろう。
Dutkowska氏らの論文は、銀河中心ではこれまでの観測で多くの複雑な有機分子が見つかっており、その中には生命の基本的な材料として知られる分子(前生物分子)も含まれていると紹介している。
ただし、これは過去の研究の成果で、今回のACESの観測やモデル計算が生命の材料を新たに見つけたわけではない。
モデルにも限界がある。衝撃波のモデルでは、ホルムアミドやギ酸メチル、エタノール、ジメチルエーテルといった有機分子が、実際の観測ほど多くはできなかった。
著者らは、ガスやチリの初めの温度が関係しているとみており、衝撃波が繰り返し通る場合の影響などを今後調べるとしている。


中心分子帯は天文化学の「実験室」
Dutkowska氏らは、高い密度、高い温度、強い宇宙線、大規模なガスの動きといった極端な条件がそろう中心分子帯を、天文化学の研究に最適な「実験室」だとしている。
ACESを率いる英リバプール・ジョン・ムーア大学のスティーブ・ロングモア教授は「中心分子帯には、銀河で知られている中でも特に重い星々があり、その多くは短い一生を送り、強力な超新星爆発、さらには極超新星爆発で生涯を終える」と話す。
ロングモア氏は、この領域が初期の宇宙の銀河と多くの特徴を共有していると考えている。ACESの概要論文も、中心分子帯を、遠くの若い銀河の中心に近い環境を細かく調べられる場所と位置づけている。
観測データはアルマのデータ公開サイトで公開され、今後は分子の分布とモデル計算を突き合わせて、ガスの温度や衝撃波の歴史を読み解く作業が進められる。
参考文献
Longmore SN, et al. 『ALMA Central Molecular Zone Exploration Survey (ACES) I: Overview』 Monthly Notices of the Royal Astronomical Society(受理), 2026. 本文: arXiv:2602.20340
Dutkowska KM, et al. 『Chemical templates of the Central Molecular Zone』 Astronomy & Astrophysics 703, A46, 2025. DOI: 10.1051/0004-6361/202556188(本文: arXiv:2508.10759)
ESO プレスリリース「Largest image of its kind shows hidden chemistry at the heart of the Milky Way」(2026年2月25日) https://www.eso.org/public/news/eso2603/









