はかせ、氷河期の人って文字を書けなかったんだよね? じゃあどうやって大事なことを覚えてたの?
実は、文字がなくても情報を記録する方法があったんです。4万年以上前の人類は、道具や装飾品にドットや線を刻んで、何かを記録していたことが分かってきました
ケンブリッジ大学の研究チームが、ヨーロッパ各地で発掘された3000点以上の旧石器時代の遺物を最新のコンピュータ技術で分析したところ、一見ランダムに見える印が、実は規則性を持った「情報記録システム」だった可能性が浮上した。
氷河期の人々が残した不思議な印


道具に刻まれたドット、線、十字の正体
旧石器時代の遺跡からは、動物の骨や象牙で作られた道具、小さな人形などが数多く見つかっている。そしてその表面には、必ずと言っていいほど何らかの印が刻まれていた。
これまで考古学者たちは、これらの印を「装飾」や「呪術的な模様」だと考えてきた。確かに、ドットがいくつか並んでいるだけ、線が何本か引いてあるだけでは、特に意味があるようには見えない。
しかし今回の研究で、これらの印には明確なパターンがあることが判明した。ドットの数は1から13個の範囲に収まり、線や十字と組み合わせて使われる。そして同じ組み合わせが、時代や地域を超えて繰り返し登場するのだ。
ヨーロッパ中で共通する「文法」
研究チームは、フランス、スペイン、ドイツなど、ヨーロッパ各地で発見された遺物を集めて分析した。するとドイツ南部で見つかった象牙の人形に刻まれた印と、数百キロ離れたフランスの洞窟で見つかった骨に刻まれた印が、まったく同じ配列だったケースが複数見つかった。
これは偶然では説明できない。つまり氷河期の人々は、何らかの「共通ルール」に基づいて印を刻んでいた可能性が高い。まるで現代の私たちが、世界中どこでも通じるアラビア数字を使うように。
何を記録していたのか
では、彼らは一体何を記録していたのだろうか。研究チームは、月の満ち欠けや季節の変化を記録していた可能性が高いと考えている。
例えばドットが13個並んでいる遺物がいくつも見つかっているが、これは1年の満月の回数と一致する。また線と組み合わせることで、「この動物が移動してくる時期」や「この植物が実をつける時期」を示していたのかもしれない。
狩猟採集生活を送っていた当時の人々にとって、季節の変化を正確に把握することは生死に関わる重要事項だった。マンモスやトナカイがいつどのルートを通るか、食べられる植物がいつ収穫できるか。そうした情報を次の世代に伝えるために、彼らは記録を残したのだ。
コンピュータが解き明かした「情報の構造」


3000点の遺物を機械学習で分析
今回の研究の画期的な点は、機械学習を使って大量の遺物を一度に分析したことだ。人間の目では見落としてしまうような微妙なパターンも、コンピュータなら検出できる。
研究チームはまず、各遺物に刻まれた印を詳細に記録した。ドットの数、線の本数、十字の有無、それらの配置。そしてそれらのデータを機械学習アルゴリズムに入力し、パターンを探させた。
すると驚くべきことに、時代や地域を超えて繰り返し現れる「定型パターン」が数十種類も見つかった。これは単なる装飾では説明がつかない。何らかの意味を持った記号、つまり「情報」だった可能性が極めて高い。
文字との決定的な違い
ただし、これらの印は「文字」ではない。文字は言葉の音を記録するシステムだが、氷河期の印は数や時間といった概念を直接記録するシステムだったと考えられる。
例えるなら、現代の交通標識のようなものだ。「止まれ」という文字がなくても、赤い八角形の標識を見れば誰でも意味が分かる。氷河期の人々も、ドットや線の組み合わせを見れば、言葉を介さずに情報を理解できたのだろう。
実際、文字が発明されたのは約5000年前のメソポタミア文明が最古とされている。つまり氷河期の印は、文字よりも3万年以上古い情報記録システムということになる。
他の遺跡でも同様の発見
興味深いことに、ヨーロッパ以外の地域でも似たような発見が報告されている。南アフリカのブロンボス洞窟では、7万年前の貝殻に規則的な線が刻まれた遺物が見つかっている。
また中東やアジアの遺跡でも、骨や石に意図的に刻まれたと思われる印が発見されている。人類が情報を記録しようとする衝動は、文化や地域を超えた普遍的なものだったのかもしれない。
「書く」という行為の起源
なぜ人類は記録を始めたのか
では、なぜ人類は情報を記録しようと思ったのだろうか。その答えは、脳の限界にあるかもしれない。
人間の記憶力には限界がある。何十種類もの植物の収穫時期、複数の動物の移動ルート、危険な場所の位置。こうした情報をすべて頭の中だけで覚えておくのは不可能に近い。
そこで登場したのが「外部記憶装置」としての記録だ。道具や装飾品に印を刻むことで、情報を脳の外に保存できる。そして次の世代に物理的に手渡すことができる。
研究を主導したケンブリッジ大学の考古学者ベン・ベーコン氏は、「これは人類の認知能力が大きく進化した証拠だ」と語る。抽象的な概念を視覚的なシンボルで表現する能力は、後の文字や数学の発明につながる重要なステップだった。
現代のデジタル記録との共通点
4万年前の印と現代のコンピュータ。一見まったく違うもののように思えるが、実は根本的な原理は同じだ。
コンピュータは0と1という2種類の記号で、あらゆる情報を記録する。氷河期の人々はドット、線、十字という記号で情報を記録した。どちらも限られた記号の組み合わせで複雑な情報を表現するという点で共通している。
また、情報を「読む」ためのルールが共有されていた点も重要だ。現代の私たちがHTMLやプログラミング言語の文法を共有しているように、氷河期の人々も印の「文法」を共有していた。
今後の研究で明らかになること
今回の発見は、氷河期の人々の知的能力に対する評価を大きく変えるものだ。彼らは単に狩りをして生き延びていただけではなく、情報を体系的に記録・管理する能力を持っていた。
研究チームは今後、より多くの遺物を分析することで、印の意味をさらに詳しく解読したいとしている。もしかしたら近い将来、「この印は秋分の日を表している」「この組み合わせはマンモスの移動を示している」といったことまで分かるようになるかもしれない。
また、印を刻む技術がどのように世代を超えて伝承されたのか、異なる集団の間でどう共有されたのかも興味深い研究テーマだ。氷河期の人々の社会がどれほど複雑で組織化されていたかを知る手がかりになるだろう。
文字がなくても、ちゃんと情報を残せるんだね。昔の人ってすごい!
そうなんです。私たちが当たり前に使っている「記録する」という行為は、4万年以上前から人類が磨き続けてきた技術なんですよ
石器時代の小さな印から始まった人類の「情報記録」への挑戦は、今やクラウドストレージやAIへと進化した。しかしその根底にあるのは、大切なことを忘れたくない、次の世代に伝えたいという、変わらない人間の願いなのかもしれない。
参考文献:
40,000-year-old signs show humans were recording information long before writing
出典: ScienceDaily
アイキャッチ画像: Photo by Richard Burlton on Unsplash










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