イタリアの国立研究評議会ナノテクノロジー研究所とイタリア技術研究所の共同チームが、量子物理学とAIの理論モデルをつなぐ発見をした。光の粒子(光子)が、脳のニューロンのようにパターンを「記憶」し、不完全な情報から元のパターンを再現する振る舞いを実験で確認したのだ。
この発見は、電子回路の代わりに光で動く人工知能チップの実現に道を開く可能性がある。
光子が「記憶」する仕組み

研究チームが使ったのは非線形光学媒質という特殊な物質だ。この中を光が通ると、光子同士が相互作用を起こす。最初に通過した光子が媒質の性質をわずかに変化させ、次の光子がその変化を「読み取る」。時間差があっても起こるこの現象は、光が過去の出来事を記憶しているかのように見える。
この振る舞いは、1980年代に物理学者ジョン・ホップフィールドが提案したホップフィールドネットワークというAIモデルにそっくりだった。複数のノードが互いに結びつき、パターンを学習して不完全な入力から完全な記憶を呼び起こすモデルだ。光子のネットワークも、特定のパターンを「学習」し、ノイズを含む不完全なパターンから元の形を再現した。
なぜ同じ方程式で表せるのか
ホップフィールドネットワークには「エネルギー関数」という概念がある。山の斜面でボールが谷底に落ち着くように、システム全体のエネルギーが最小になる状態が記憶として安定する。研究チームは数学的モデルを使って、光のエネルギー状態とAIの記憶メカニズムが同じ方程式で表せることを証明した。
実験で「光の記憶装置」が動いた

理論だけではない。チームは実際に光を使った小規模な記憶装置を作り上げた。特殊なレーザー光を非線形結晶に照射して光子が互いに影響し合う環境を構築し、特定パターンを繰り返し入力して「学習」させた。
学習後、ノイズを含む不完全なパターンを入れても、元の完全なパターンを再現。成功率は約85%。原理実証としては十分な精度だ。人間の脳が断片的な記憶から全体像を思い出す過程に似ている。
光が脳みたいに「思い出す」って、SF映画みたい!
さらに量子もつれ(離れた粒子が瞬時に影響し合う現象)が関与すれば、より複雑な情報パターンを記憶できる可能性もある。アインシュタインが「不気味な遠隔作用」と呼んだ現象が、次世代AIの鍵になるかもしれない。
光で動くAIチップへの道のり

光には電子にない利点がある。処理速度は秒速約30万キロメートルで電子回路をはるかに上回り、熱もほとんど発生しない。現在のスーパーコンピューターは冷却に膨大なエネルギーを使っているが、光ベースなら消費電力を劇的に削減できる。
光コンピューティング自体は1980年代から研究されてきたが、光で「スイッチ」や「記憶素子」を作るのが難しく実用化が進まなかった。今回の発見は、光子自身が記憶装置になれることを示した。全光学式の演算システムが現実味を帯びてきた。
逆方向の貢献もある。光子のネットワークモデルは、約860億個のニューロンが作る脳の情報処理をより正確にシミュレーションする手段になるかもしれない。
ただし実用化にはハードルが残る。現在の実験は制御された環境でしか動作せず、室温で動く光学記憶システムには新しい材料の開発が必要だ。実験で扱ったのは数十個の光子だが、実用的なコンピューターには数百万の「光子ニューロン」がいる。量子物理学とAI、脳科学が交わる地点で芽が育ち始めたばかりだ。
参考文献:
When light ‘thinks’ like the brain: The connection between photons and artificial memory
出典: Phys.org
アイキャッチ画像: Photo by Salvatore Andrea Santacroce on Unsplash


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