シルミーはかせ、民間の会社が宇宙飛行士を運ぶ時代になったって本当? 国じゃなくて会社が?
そうなんだ。しかも今回選ばれたVastという会社、創業者がもともと宇宙とは全然違う世界の人でね。宇宙が「国のもの」から「みんなのビジネス」に変わる、その象徴みたいな話だよ。
2026年2月、NASAはアメリカの新興企業Vast(ヴァスト)を、国際宇宙ステーション(ISS)への第6回民間宇宙飛行士ミッションの運営会社に選んだ。かつて宇宙飛行士を運ぶのは国家機関だけの仕事だった。それが今、民間企業が主役になってミッション全体を組み立てる時代に入りつつある。
打ち上げは2027年夏以降を予定し、乗員4名がスペースX社のロケットでISSへ向かい、最大2週間ほど滞在する計画だ。この一件は、宇宙という舞台がどう変わろうとしているのかを映し出している。
国家主導から、企業主導へ


きっかけは民間ロケットの成功
かつての宇宙開発は、NASAやロシアの宇宙機関といった政府が、計画から実行まですべてを握っていた。流れが変わったのは2020年代。スペースXが民間の宇宙船で人を軌道へ運ぶことに成功し、「国家でなくても人を宇宙へ送れる」ことが実証されたのだ。
NASAはいま、「軌道経済の完全解放」という言葉を掲げている。宇宙での事業を民間に開き、地球を回る軌道上を研究だけでなく商業の場としても使えるようにする——そんな構想だ。今回のVast選定は、その具体的な一歩にあたる。実は民間人がISSを訪れること自体は、すでに何度も実現している。アメリカのAxiom Spaceは2022年以降、民間宇宙飛行士ミッションを繰り返し成功させてきた。初回のミッションでは、参加費用が1人あたり約5,500万ドル(数十億円規模)とされ、宇宙旅行がいかに高価かを世に知らしめた。Vastの今回のミッションは、その系譜に連なる6回目にあたる。
創業者は暗号通貨の世界から
Vastは2021年に設立された若い企業だ。少し意外なのは、その創業者ジェド・マケーレブ氏が、もともと暗号通貨(仮想通貨)の世界で名を成した人物だという点だ。彼はかつて、破綻した暗号資産取引所マウントゴックスの生みの親であり、その後RippleやStellarといった暗号資産プロジェクトを次々と立ち上げたことで知られる。そうして築いた40億ドル近い資産の多くを、彼はこの宇宙ベンチャーに自ら注ぎ込んでいる。「無重力の害を受けずに人が宇宙に住めるようにする」ために、最大10億ドル(約1,500億円)を自腹で出す用意があるとまで公言している。宇宙開発というと巨大企業や国家のイメージが強いが、こうした異業種からの参入も、民間宇宙時代ならではの光景だ。もっとも、自己資金だけに頼り続けるわけではない。2026年には外部から5億ドル(約750億円)規模の資金を調達しており、その出資者には、三井物産や大手金融機関、カメラで知られるニコンといった日本企業も名を連ねている。日本にとっても、決して遠い世界の話ではないのだ。
「人工重力」ではない、けれど画期的


Vastが狙う「世界初の商用ステーション」
Vastが開発しているのが、独自の宇宙ステーションHaven-1(ヘイヴン・ワン)だ。ここで誤解されやすい点を正しておきたい。Haven-1は回転して人工重力を生むステーションではない。ISSと同じ、無重力に近い微小重力の環境で、そこで実験や製造を行うための施設だ。
では何が画期的なのか。Haven-1が目指すのは「世界初の商用宇宙ステーション」という位置づけだ。これまで宇宙ステーションは国家が運営するものだった。それを一民間企業が単独で軌道に上げ、運用する——実現すれば宇宙開発史の節目になる。打ち上げは2027年の初めごろが予定されている。
ロケットが背負う「史上最重量」
Haven-1の打ち上げは、技術的にも見どころがある。その重さは約14トンにおよび、スペースXのファルコン9ロケットがこれまで軌道に運んだ中で最も重い単一の宇宙機になる見込みだ。1機のロケットで、まるごと一つのステーションを送り込む。民間の技術がここまで来たことを示す数字といえる。
なお、Vastが本当に見据えている「人工重力」は、さらに先の話だ。2030年代に計画される全長100メートル級の細長いステーションを回転させ、遠心力で重力に似た環境を作る構想がある。骨や筋肉が衰える無重力の弱点を克服するこのアイデアは、今回のHaven-1ではなく、その次の次を担う長期目標なのだ。
そもそも、なぜ無重力は体に悪いのか。宇宙飛行士は骨の重さを1か月におよそ1%も失い、半年の滞在で太ももの筋肉は1割以上やせ細る。体液が頭のほうへ移動して顔がむくみ、目に異常が出る飛行士もいる。頭側に血液が偏ることで、眼球やその奥が圧迫され、ものが見えづらくなる症状で、長期滞在した飛行士のおよそ7人に1人に、はっきりとした変化が報告されている。NASAが最も重視する健康リスクの一つだ。地上で当たり前に受けている重力が、実は体を正常に保つ「見えない支え」になっているのだ。回転で人工の重力を作ればこれを防げるが、簡単ではない。人が酔わずに快適な重力を得るには、計算上半径200メートル級の途方もなく大きな回転構造が必要になる。だからこそVastは、まず小さな商用ステーションで経験を積み、その先の巨大構想へと段階を踏もうとしている。
Falcon 9一発で上がる「軌道上の一室」


全長10メートル、乗員4名の小さな城
Haven-1がどんな施設なのか、具体的に見てみよう。全長はおよそ10メートル、直径4.4メートル。中の暮らせる空間はおよそ45立方メートルで、4名の宇宙飛行士が2週間ほど滞在できる設計だ。直径1メートルを超えるドーム型の窓からは、180度の視界で地球を眺められるという。国際宇宙ステーションが数十回もの打ち上げと各国の協力で少しずつ組み立てられたのに対し、Haven-1はファルコン9ロケット一発で丸ごと軌道に届けられる。国家事業として積み上げてきた宇宙ステーションを、一社が一度の打ち上げで上げてしまう——そのコンパクトさ自体が、時代の変化を映している。
実験と製造のための小さな工場
Haven-1にはもう一つ顔がある。無重力を生かした実験・製造の場としての役割だ。内部には規格化された実験スロットがいくつも用意され、再生医療や医薬品開発、材料科学などの実験が計画されている。滞在した飛行士が持ち帰った試料は、地上で詳しく分析される。ただの宿泊施設ではなく、地上ではできない研究のための「軌道上の実験室」でもあるのだ。
宇宙で薬が生まれる時代


無重力が新薬を後押しする
民間が宇宙に向かう理由の一つが、無重力ならではの製造環境だ。地上では重力のせいでタンパク質の結晶がきれいに育ちにくい。なぜか。結晶が育つと、その周りには材料の分子が抜けた「薄い層」ができる。地上ではこの層が軽くて浮き上がり、対流という流れを生んで、結晶にムラを作ってしまう。さらに、重い分子や結晶のかけらは底に沈んでいく。この「対流」と「沈降」が、結晶を小さく不ぞろいにする犯人だ。ところが微小重力の宇宙では、浮き上がりも沈み込みも起きない。分子が静かに、均一に結晶へと並んでいける。その結果、大きく粒のそろった上質な結晶ができるのだ。これは新薬の設計に大きく役立つ。
これは絵空事ではない。製薬大手メルクは、がん治療薬キイトルーダの主成分を10年以上にわたりISSで結晶化させる研究を続けてきた。地上では大きさがバラついた二種類の結晶しかできなかったものが、宇宙ではおよそ39マイクロメートルの粒にきれいにそろった。この「粒のそろい」が、薬を注射しやすい形にできるかどうかを左右する。この積み重ねが実を結び、2025年には皮下注射で使える新しいタイプのキイトルーダがアメリカで承認された。宇宙での実験が、実際に患者の手元に届く薬へとつながった好例だ。
ISS引退後の宇宙はどうなる


2030年、ISSは役目を終える
長年、宇宙開発の拠点だったISSは2030年に運用を終える予定だ。2029年ごろにスペースXが手がける専用機を連結して軌道を少しずつ下げ、2031年初めに大気圏へと突入させ、太平洋の人里離れた海域へ沈める計画だ。40万キログラムを超える巨大な建造物を、あえて制御しながら落とす——それ自体が前例のない大仕事になる。その後を引き継ぐのが、Vastをはじめとする民間のステーション群だ。
NASAはすでにVastのほか、Axiom Space、ジェフ・ベゾス氏のBlue Originなど複数の企業と後継ステーションの開発を進めている。ただし課題もある。これらの新ステーションの開発が遅れれば、ISS引退との間にアメリカが軌道上に有人拠点を持てない「空白期間」が生じかねないと、政府の監査機関も懸念を示している。バトンをうまく渡せるかどうかが、これからの焦点だ。もし空白が生まれれば、長年かけて培ってきた無重力での実験や、各国が積み上げた宇宙滞在の経験が、一時的に途切れてしまう恐れがある。だからこそ、Vastのような企業が予定通りステーションを軌道に上げられるかは、単なる一社の事業を超えた意味を持っている。



人工重力はまだ先なんだね。でも「会社が宇宙ステーションを持つ」だけでもすごい話だ!
そう、順番があるんだ。まず商用ステーションを軌道に上げ、経験を積み、その先に人工重力がある。今はその第一歩を見ているんだよ。
国家の専有物だった宇宙が、企業と個人に開かれていく。Vastの挑戦は、その大きな転換点のただ中にある。人工重力の実現はまだ先でも、一つの会社が宇宙ステーションを軌道へ送り込む日は、もうすぐそこまで来ている。宇宙が「特別な場所」から「誰かが働く場所」へと変わる——その始まりを、私たちは今まさに目にしている。数十年後、宇宙で薬を作り、実験をし、人が行き交うのが当たり前になったとき、その本当の原点は、こうした小さな一歩の積み重ねだったのだと振り返る日が来るのかもしれない。国家だけの夢だった宇宙が、少しずつ、私たちの暮らしと地続きの場所へと近づいている。その静かで大きな変化の最前線に、いまVastは立っているのである。
参考文献
Space.com (2026-02): 『Fully unlocking the orbital economy: California company will fly astronauts to the space station in 2027』 Space.com
NASA Private Astronaut Missions / Vast Haven-1 公式情報(2026)










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