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セロハンテープの「キーッ!」の正体は『超音速の衝撃波』だった

2026 7/07
テクノロジー
2026年2月28日2026年7月7日
🕑この記事は約12分で読めます
シルミー

ねぇはかせ、テープを引っぱると出る「キーッ!」って音、あれ何なの? ただの摩擦でしょ?

はかせ

それがね、シルミー。あの音の正体は、音速を超えて走る亀裂と、指先で連発する衝撃波だったんだ。しかも同じテープには、もっと驚く秘密まで隠れているんだよ。

セロハンテープをロールから勢いよく引くと鳴る、あの耳ざわりな「キーッ!」。オフィスでも教室でも、誰もが一度は聞いたことがあるはずだ。あまりにありふれた音なのに、その正体は数十年ものあいだ、科学者たちを悩ませてきた。多くの人は「粘着面がはがれる摩擦の音だろう」と思っている。ところが2026年、その予想を裏切る答えが出た。テープの中を音速の2倍近い速さで走る無数の亀裂が、指先サイズの小さな衝撃波を、機関銃のように連発していたのだ。

目次

「摩擦の音」ではなかった

粘着テープ
デスクの上のテープ

テープをはがすと音がする。素朴に考えれば、くっついていた面が離れるときの「ベリベリ」という剥離音だろう。実際、1960年代からそう考えた研究者は何人もいた。ところが、その説には昔から引っかかる点があった。録音した音を分析すると、単純な摩擦や剥離ではありえないほど高い成分が含まれていたのだ。音のつぶがやけに細かく、まるで何かが超高速で、何度も繰り返し起きているような響き。こすれて生じる鈍い摩擦音とは、明らかに質が違っていた。

手がかりは、意外に古くからあった。今回の研究チームのひとり、サウジアラビアのキング・アブドラ科学技術大学(KAUST)のシガーズル・トロッドセンは、2010年に超高速カメラでテープをはがす瞬間をとらえ、はがれる境目を横方向に猛スピードで走る「亀裂」の存在を突き止めていた。さらに2024年には、その亀裂こそが「キーッ」という音と結びついていることも見えてきた。だが、肝心の「では、なぜ亀裂が音を生むのか」という問いだけは、最後まで解けずに残っていた。

難しかったのには理由がある。この現象は、あまりに速く、あまりに小さいからだ。目には速すぎて見えず、耳には細かすぎて追いきれない。人間の感覚のちょうど死角で起きているせいで、決め手となる証拠をなかなかつかめなかった。

じつは、テープの音をめぐる研究は一本道ではなかった。剥離音説のほかにも、粘着剤が糸を引いてちぎれる音ではないか、空気が巻き込まれて鳴るのではないか、と、いくつもの仮説が立てられては消えていった。決め手となる証拠がないまま、あの日常的な音は、物理学者にとって長らく小さな未解決問題であり続けたのだ。

そもそも、なぜ人はこの音を「不快」と感じるのか、という別の謎もある。黒板をひっかく音や、フォークが皿をこする音とならんで、テープの「キーッ」は多くの人が思わず身をすくめる音だ。高くて鋭く、細かく震える音を、人間の耳と脳は本能的に警戒するようにできているとも言われる。あのいやな感覚もまた、音の物理と無関係ではない。

毎秒200万コマ、2台のカメラが捉えた“真犯人”

実験室での観察

この謎に決着をつけたのが、中国科学技術大学とKAUSTなどの国際研究チームだ。論文は物理学の専門誌『Physical Review E』に、2026年2月24日付で発表された。武器になったのは、桁外れの撮影技術である。

チームは、幅19ミリのごく普通のスコッチテープを、厚さ20ミリのガラス板から高速で引きはがした。そしてその一瞬を、毎秒200万フレームという想像を絶する速さで撮影する。1秒を200万枚に切り分ける世界だ。しかもカメラは2台使った。1台はガラス越しに、はがれる境目を走る亀裂そのものを追い、もう1台は「シュリーレン法」という、空気のわずかな密度の変化を光の曲がりで映し出す手法で、テープから飛び出す衝撃波を目に見える形にした。さらに2本のマイクで音も同時に記録している。

つまり彼らは、「亀裂」と「衝撃波」と「音」を、同じ一瞬のなかで三つまとめてとらえたのだ。これまでバラバラだった手がかりが、ようやく一本の線でつながった。

ちなみにシュリーレン法は、夏の道路の上でゆらめく陽炎(かげろう)が見えるのと同じ原理を使っている。空気は温度や密度が変わると、光をほんのわずかに曲げる。その曲がりを手がかりにすれば、本来は透明で見えないはずの衝撃波や空気の乱れを、影絵のように浮かび上がらせることができる。透明な現象を「見える化」したことが、今回の突破口になった。

テープの中を「音速の2倍」で走る亀裂

まず映し出されたのは、はがれていく境目に沿って、細かな亀裂が横方向へ次々と走り抜けていく姿だった。その速さが尋常ではない。毎秒およそ250〜600メートル。室温の空気を伝わる音速(およそ340メートル毎秒)を、最大で2倍近くも上回っていた。

時速に直せば、遅い亀裂でも900キロ、速いものは2000キロを超える。旅客機やジェット戦闘機に匹敵する速度だ。それが、指先で引っぱっている、たった数センチのテープの中で起きている。ありふれた文房具の内側に、超音速の世界がひそんでいたことになる。

そして肝心なのは、亀裂が走ったあとに何が残るか、だった。あまりに速く裂けるため、亀裂の通り道には、一瞬だけ空気がほとんどない「真空に近いポケット」ができる。この小さな空洞こそが、次の主役になる。

そもそも「亀裂が音速を超える」とは、どういうことなのか。ここでいう音速とは、テープを取り巻く空気を伝わる音の速さのことだ。物が壊れるとき、そのひび割れが進む速さには限界があると長く考えられてきたが、粘着テープのように薄くしなやかな材料では、条件しだいで亀裂が驚くほど加速する。空気の音速を超えて裂けていくからこそ、そのあとに衝撃波を残すことができるのだ。

なぜ音が出る?──指先で連発する“ソニックブーム”

音速を超えるジェット機

亀裂がテープの端まで達すると、それまで真空に近かったポケットに、まわりの空気が一気になだれ込む。押し込められた空気は行き場を失ってはじけ、このとき約355メートル毎秒――やはり空気中の音速をわずかに超える速さの、弱い「衝撃波」が生まれる。

衝撃波と聞くと難しく感じるかもしれないが、身近な例がある。ジェット機が音速を超えた瞬間に「ドン」と響く、あのソニックブームだ。物体や現象が空気中の音速を超えると、空気は逃げ遅れて一気に押しつぶされ、圧力の壁、つまり衝撃波になる。テープの端で起きているのは、まさにその超小型版なのだ。

しかも亀裂は、一本では終わらない。次から次へと生まれては端で崩れ、そのたびに衝撃波がひとつ飛び出す。極小のソニックブームが、機関銃のように連射されるわけだ。一発いっぱつは弱くても、高速で連なると、人の耳には「キーッ!」という一続きの鋭い音として届く。

摩擦でもなく、単純な剥離でもない。小さな爆音の行列こそが、あのありふれた音の正体だった。

面白いのは、一つひとつの衝撃波はごく弱く、単独ではほとんど聞こえないほどだという点だ。それが1秒間に何百回、何千回と規則正しく連なることで、はじめて「キーッ」という高さを持った音になる。音の高い・低いは、衝撃波が飛び出す間隔で決まる。テープを速く引くほど音程が変わるのも、この間隔が変化するからだと考えられる。

では、その音は具体的にどんな音なのか。連発される衝撃波の間隔がとても短いために、生まれる音はとても高い。黒板をひっかく音や、金属をこすり合わせる音に近い、耳に刺さる高音域だ。しかもテープを速く強く引くほど、亀裂の数は増え、衝撃波の連射も激しくなる。勢いよくはがすほど「キーッ」は大きく鋭くなり、逆にそっとはがせば亀裂が音速に届かず、音そのものが生まれにくい。あの音の大きさや高さは、じつは私たちの手の動かし方が決めていたのだ。

そもそも、なぜ亀裂のあとに真空のポケットができるのか。ファスナーを勢いよく開ける場面を思い浮かべてほしい。かみ合っていた歯が一気に左右へ分かれるように、テープの接着面も猛スピードで引きはがされると、その隙間を空気が埋めるひまがない。結果、亀裂の背後には空気の薄い空洞がぽっかり残る。そこへ遅れて空気がなだれ込むからこそ、勢い余って衝撃波が立つ。

ムチの「パチン」も、同じ身近な超音速

しなるムチ

身のまわりには、じつは「音速の壁」を破る現象が、意外なところに潜んでいる。よく知られているのがムチだ。鳴らしたときの「パチン!」という鋭い音は、しなった先端が音速を超えた瞬間に生まれる、小さなソニックブームだと考えられている。人類はおそらく、ムチという道具で、それと知らずに史上初めて音速を超えていたのだ。

テープの「キーッ」も、原理としてはムチの仲間にあたる。ただしテープがユニークなのは、音源がひとつではない点だ。無数の亀裂が高速で次々に生まれ、衝撃波を連射する。だからムチのような単発の「パチン」ではなく、耳に刺さる連続音になる。

身近な超音速は、ムチだけではない。花火や雷の「ドン」という轟きも、急にふくらんだ空気がまわりを音速以上で押しのけて生まれる衝撃波の音だし、銃弾やロケットの先端でも同じことが起きている。私たちは案外、日常のあちこちで「音速の壁」を破る音を耳にしているのだ。

なぜ60年も解けなかったのか

バイオリンの弦

これほど身近な音が、なぜ半世紀以上も謎のままだったのか。ひとつは、すでに触れたように、現象が速すぎ・小さすぎたことにある。毎秒200万フレームで撮れるようなカメラが広く使えるようになって、ようやく亀裂の一生をスロー再生できるようになった。技術が、現象にやっと追いついたのだ。

もうひとつは、「はがす」という行為そのものの複雑さだ。粘着テープがはがれるとき、接着面はなめらかに離れるのではなく、くっついては滑り、またくっついては滑る、という細かい動きを猛烈な速さで繰り返している。これは「スティック・スリップ」と呼ばれる現象で、この不安定な運動こそが、亀裂を生み、そしてあの音を生む源になっている。単純に見えて、じつは物理のいろいろな現象が同時に走る実験室のような場所だったのである。

このスティック・スリップ、じつは私たちの身のまわりにあふれている。バイオリンの弦が美しく鳴るのも、弓が弦に引っかかっては滑る動きの繰り返しだし、黒板を爪でひっかいたときのあの嫌な音も、指がくっついては滑るスティック・スリップだ。きしむドアの蝶番、車のブレーキの鳴き、さらにはプレートがずれて起きる地震まで、根っこは同じ現象である。テープの「キーッ」は、この身近なしくみの、超高速・超小型バージョンだったといえる。

静かなテープ、痛くない絆創膏へ

医療用の絆創膏

では、この研究は何の役に立つのか。まず、あの「キーッ」を消せるかもしれない。亀裂が音速を超えるほど加速しなければ、衝撃波は生まれない。テープをそっとゆっくりはがすと音が出にくいのは、まさにこの理屈による。剥離の速さや接着剤の設計をうまく調整すれば、音の出にくいテープをつくる手がかりになる。

応用はそれだけではない。皮膚を傷めずにはがせる医療用テープやばんそうこう、精密な電子部品を割らずにはがす製造の工程など、「気持ちよく・安全にはがす」技術は、意外なほど社会の役に立つ。はがすときの亀裂や電気を思いどおりにあやつれるようになれば、痛くない絆創膏だって夢物語ではなくなる。

実際、はがすときの音や刺激を抑えた「静音タイプ」の粘着テープや、肌にやさしい医療用の粘着材は、すでに製品開発の現場で追い求められているテーマだ。今回のように、剥離のときに何が起きているのかをミクロのレベルまで理解できれば、そうした製品づくりの設計図がぐっと描きやすくなる。基礎研究の小さな発見が、めぐりめぐって私たちの暮らしの快適さにつながっていく。

一見すると、テープの音の研究など何の役に立つのかと思うかもしれない。けれど科学の歴史をふり返ると、こうした「ささいな疑問」の解明こそが、思わぬ大きな技術につながってきた。身近な現象を「なぜ?」と問い、とことん調べる。その積み重ねの先にこそ、静かな機械や新しい素材、そして安全な医療が生まれてくるはずだ。

はかせ

だからテープをそっと、ゆっくりはがすと、あの音は出にくいんだ。亀裂が音速を超えるほど加速しないからね。

シルミー

毎日さわってるテープの中で、超音速レースやX線まで起きてたなんて…! もう「キーッ」って聞いたら、ミニ・ソニックブームだと思っちゃうよ。

じつは、テープを「剥がす」という行為に隠れているのは、音だけではない。真空のなかでテープをはがすとX線が出たり、はがす瞬間に強い電気が生まれたりすることも、別の研究で報告されている。あのありふれた文房具は、音のほかにも物理の驚きをいくつも秘めている。それはまた、別の機会に。

なにげない「キーッ!」の裏には、音速の2倍で走る亀裂と、指先で連発する小さな衝撃波という、物理学の最前線が隠れていた。私たちがふだん見過ごしているだけで、身近な文房具は、まだたくさんの謎と驚きを隠し持っている。次にテープをはがすとき、その小さな音に、ほんの少し耳をすませてみてほしい。ありふれた日常のなかにも、宇宙や実験室に負けないくらい面白い物理が、そっと隠れているのだから。

参考文献:
一次ソース: Screeching sound of peeling tape, Physical Review E 113, 025508 (2026)
研究機関: 中国科学技術大学 / キング・アブドラ科学技術大学(KAUST) / カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)

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この記事を書いた人

シルミー編集者のアバター シルミー編集者

科学メディア「シルミー」の運営者。子供の頃から宇宙や生き物の図鑑を読みあさり、大人になった今も科学ニュースを追いかける日々。海外の学術メディアから面白い研究を見つけて、日本語でわかりやすく届けることをライフワークにしています。

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