ねえはかせ、DNAって「A・T・G・C」の4文字で全部の生き物ができてるって授業で習ったよ。でも、そのDNAを『8文字』にしちゃった人がいるってホントなの?
ホントの話だよ。米UC San Diegoのチームが2026年9月、大腸菌のRNA合成装置が人工の4文字を追加した『ハチモジDNA』をきちんと読めることを、原子1個より細かい解像度で撮って証明したんだ。名前の「ハチモジ」は日本語の八文字がそのまま学名として世界に広がっている。
地球上に存在する36億年ぶんの生命は、たった4文字の遺伝暗号で書かれてきた。ところがこの前提が、2026年9月2日付で学術誌『Nature Communications』に載った論文で書き換えられかけている。UC San Diegoのチームは、大腸菌のRNAポリメラーゼ(遺伝子を写し取る酵素)が、人工的に加えた4種類の追加塩基——P、Z、B、S——を「自然の文字とほぼ同じ扱い」で読み書きしている瞬間を、クライオ電子顕微鏡で捉えた。分解能は2.42〜2.75オングストローム、原子1個の幅より細かい世界での撮影だ。
生命は「4文字の言葉」で書かれている


DNAが二重らせんで、はしごの段にあたる部分にA(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)の4つの塩基がペアで並んでいる——ここまでは中学校の理科の話だ。AはT、GはCとしかペアを組めないという相補的な組み合わせが、複製と転写を成立させている。36億年前に生命が誕生して以来、地球上のすべてのウイルス・細菌・動植物がこの4文字だけで自分の設計図を書いてきた。
だが、化学の世界から見ると4文字である必然性はない。窒素と炭素を組み合わせた芳香環の分子であれば、A・T・G・Cとは違う骨格で「はしごの段」を作ることは原理的には可能だ。1990年前後から、のちにフロリダ州のFoundation for Applied Molecular Evolutionを率いることになるSteven Benner博士らが、この「別の文字」を化学合成する研究を続けてきた。試験管の中では2000年代には既に人工塩基対が動いていたが、細胞という工場で自然のように扱えるかは別問題だった。
細胞の中で遺伝子を読むのはRNAポリメラーゼという酵素だ。DNAの二重らせんを一時的にほどき、片方の鎖を鋳型にしてRNAを合成する。この酵素はA・T・G・Cを識別するように4億年前から進化してきたので、人工の文字を入れた瞬間にエラーを吐くか、そもそも認識できずに素通りしてしまう可能性が高い。細胞に8文字を教え込むには、まずここの壁を越えなければならなかった。
『ハチモジ』の由来——日本語の名前が付いた8文字DNA


今回の主役であるハチモジDNAは、Benner博士のチームが2019年にサイエンス誌で発表した合成生物学の枠組みだ(Hoshika et al., Science, 2019)。「hachimoji」はローマ字表記の日本語(八文字)で、そのまま論文タイトルにも学術用語としても採用されている。日本語が英語圏の科学用語として定着している珍しい例だ。しかも2019年のハチモジ論文で筆頭著者を務めたShuichi Hoshika氏と、命名者であるBenner博士は、今回のNature Communications論文にも共著者として名を連ねている。2019年に試験管内の化学として提案された枠組みが、同じ顔ぶれの手で今度は細胞の酵素を使った実証へと引き継がれた形だ。
ハチモジで加わる4文字は、A・T・G・Cとまったく別の顔つきをしている。P(2-アミノイミダゾトリアジン系)とZ(6-アミノ-5-ニトロピリドン系)がペアを組み、プリン型のB(イソグアニン)とピリミジン型のS(イソシトシン系)がもう一組のペアを作る。P対ZとB対Sは、A対TやG対Cと同じ幅・同じ角度で二重らせんに収まるように設計されており、既存の4文字とも直交的に共存できる。
ただし、2019年時点の論文はあくまで「試験管内で複製と転写が成立する」という化学の実証だった。細胞内で使われている巨大な多サブユニット型のRNAポリメラーゼが、この4つの新入り文字を本当に受け入れるかは未解明だったのだ。今回のWang教授らの2論文が、その空白を埋めにいったことになる。
今回の実験手法——原子スケールで読み取り現場を撮る


研究チームがまず用いたのは、大腸菌(Escherichia coli)のRNAポリメラーゼだ。生物学研究で最もよく調べられている酵素の一つで、ヒトの酵素と基本設計が似ているため、細胞内転写のモデルとして選ばれた。試験管の中に酵素と鋳型DNA、原料となるヌクレオチドを入れ、実際にRNAが伸長する反応を回した。
ここで技術的な難題があった。P対Zの組み合わせでは、酵素が本来のグアニンとZを誤って対合させてしまう「G:Zミス取り込み」が起きやすいことが分かった。そこでチームは、Zの5位にあるニトロ基をカルボキサミド基に置き換えた改良版塩基Z*を新規に化学合成した。ニトロ基は電子を強く引く官能基で誤対合を招いていたが、カルボキサミドに変えることで水素結合の相手を絞り込み、精度を上げる狙いだ。
クライオ電子顕微鏡で「その瞬間」を撮る
反応を確認した後、チームはクライオ電子顕微鏡(cryo-EM)で酵素の三次元構造を撮影した。cryo-EMはタンパク質と反応物をマイナス180℃前後で瞬間凍結し、電子線を当てて立体像を再構成する手法で、2017年にノーベル化学賞の対象となった技術だ。今回は、dZに対してPTPを取り込む瞬間と、dPに対してZ*TPを取り込む瞬間の合計4種類のスナップショットを、2.42〜2.75オングストロームという原子1個より細かい解像度で得ている。
この解像度は、水素以外の原子の位置がほぼ点として見え、水素結合の距離まで測れる領域だ。酵素の活性中心のどこにどの原子が座っているのか、天然のA:T対と人工のP:Z対で本当に同じ動きをしているのか、生々しく比較できる。
撮れた構造——大腸菌は8文字を「自然な文字」として扱った


得られた4本の構造から見えたのは、大腸菌のRNAポリメラーゼが人工塩基対を天然塩基対とほぼ同じやり方で見分けているという事実だった。酵素の活性中心にある「認識ポケット」は、A:T対とG:C対にぴったり合うように長い進化のなかで最適化されてきたはずだ。ところがP:Z*対も、幅・角度・水素結合の並びが天然対と近い状態でここに収まり、酵素の触媒残基は同じ動きで反応を進めた。
これは、遺伝子を写すという仕事の本質が「4文字であること」ではなく、「幾何学的にきちんとハマる塩基対の対称性」にあることを示している。Wang教授らは論文本文で、S:B対でも同様の対応が成立することを過去の自分たちの構造と重ね合わせて示し、両方の人工対を組み合わせた合計8文字の遺伝暗号が転写工程で成立可能だと結論づけた。論文はP:ZとB:Sを「互いに干渉しない直交した(orthogonal)2組の人工塩基対」と位置づけており、天然のA:T・G:Cと混在させても取り違えが起きにくいという。この直交性こそ、増えた4文字を既存の4文字と一つのシステムとして同時に扱うための前提になる。
従来、こうした人工塩基対を細胞に持ち込む試みでは「複製はできても転写でエラーが増える」「特定の配列でしか動かない」という制約が立ちはだかっていた。今回の構造データはその根本の理由を、酵素の側から可視化した点で意味が大きい。原理を押さえたことで、次世代のより高精度な人工塩基の設計に、勘や試行錯誤ではなく構造情報を使う道筋が開ける。
水素結合なしでもハマった——PNASの姉妹論文


もう一本の論文は、Wang教授らが2026年8月18日付で『PNAS』に発表した姉妹研究だ。こちらは同じ大腸菌RNAポリメラーゼが、産業技術総合研究所出身の平尾一郎博士が開発したDs:Pa人工塩基対をどう扱うかを追いかけている。共著者には、平尾博士とともにDs:Pa対やその応用研究を長く手がけてきたMichiko Kimoto氏も名を連ねる。
Ds:Pa対の面白いところは、A:TやG:Cのように塩基同士を接着する水素結合を一切持たない点だ。かわりに、疎水的な芳香環同士が水を避けて重なる相互作用でペアを組む。台所でサラダ油と水を混ぜると油同士がまとまってしまうように、水を嫌う分子同士がまとまる力を使っている。この設計だと従来の考え方とは違う原理でDNAが安定するため、酵素が受け入れるとは限らないと予想されていた。
チームは酵素反応速度を精密に測ったうえで、Ds:Pa対を含む転写伸長複合体を3.20オングストロームと3.24オングストロームの解像度で撮影した。すると、鋳型側にPaがあってDsを取り込む瞬間には、酵素の重要な可動パーツであるトリガーループが完全に折りたたまれ、天然塩基とほぼ同じ触媒配置を作っていた。一方で鋳型側がDsのときは、Paの取り込みが一段階余分に必要で反応がゆっくり進むという「非対称性」も分かった。
水素結合というDNAの教科書的なルールに従わない塩基対でも、細胞の酵素は同じように仕事をこなす。この結果は、人工DNAの設計自由度が想像以上に広いことを示唆している。
この技術が届く未来——診断薬・治療薬・未知の生物設計


8文字の遺伝暗号は、単なる化学の技比べにとどまらない応用の射程を持つ。文字が増えれば、同じ長さのDNAで表せる情報量は2倍以上に膨らむ。4文字の3個組(コドン)で作れるアミノ酸相当の情報は64通りだが、8文字の3個組では512通りになる計算だ。将来的には天然にはない新しいアミノ酸を持つタンパク質を細胞に作らせる基盤になりうる。
すでに人工塩基対を組み込んだアプタマーと呼ばれる短いDNA分子は、肝がん細胞を選択的に認識する結合能を示している。天然の4文字だけでは狙った標的にきちんと結合するアプタマーを作るのが難しかったが、疎水的な相互作用を持つDs:Pa対を加えると、標的への貼り付き方が飛躍的に強くなることが平尾博士らの過去研究で示されている。がんの早期診断キットや、がん細胞だけを狙う薬剤の運搬体として、実用化への扉が開きつつある。
ただし、いくつかの前提を混同しないでおきたい。今回の実験は大腸菌の酵素を使った試験管内実験であり、生きた大腸菌の細胞内で遺伝子として動かしたわけではない。ヒトの細胞で同じことができる保証も、現時点ではない。実用の診断薬・治療薬までは、細胞への安定的な導入、複製の忠実度の維持、免疫応答の回避など、いくつも越えるべき壁が残っている。それでも、細胞の酵素が8文字を「自然の顔」で読める根拠を構造で示せたことは、これまで概念先行だったハチモジDNAが工学の対象になるという意味で節目の成果だと考えられる。
個人的にこの研究で目を引くのは、日本語の「八文字」がそのまま国際的な学術用語として通用している事実だ。合成生物学の中心はいまも米国だが、Ds:Pa対を開発した平尾博士の名がPNAS論文の共著者に並び、命名は日本語という混成の構図が、次世代DNAの現場をよく表している。「4文字が生命の宿命ではない」という視点が普及すれば、生命そのものを人が書き換えていく時代の入口に立っている、と筆者は見ている。
教科書に載っているA・T・G・Cが唯一の正解じゃないと分かった、というのが今回の一番のポイントだね。
じゃあ、私たちが将来書く生物の教科書は「8文字のDNA」から始まるかもしれないってこと? わくわくする!
参考文献:
一次ソース1: Li Q. et al., Structural basis of transcription of the hachimoji eight-letter alphabet by E. coli RNA polymerase (Nature Communications, 2026) DOI:10.1038/s41467-026-76668-0
一次ソース2: Li Q. et al., Hydrophobic unnatural base pair promotes trigger loop closure and catalysis in cellular RNA polymerase independent of hydrogen bonding (PNAS, 2026) DOI:10.1073/pnas.2607774123
研究機関: UC San Diego Skaggs School of Pharmacy and Pharmaceutical Sciences / 二次ソース: ScienceDaily










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