皆既月食のとき、月は空から消えるのではなく、赤黒く染まる。人はこれを「ブラッドムーン(血の月)」と呼び、古くは不吉のしるしとして恐れてきた。
地球の影にすっぽり入っているのに、なぜ月は真っ暗にならず、赤い光をまとうのだろうか。その答えには、私たちが毎日見ている夕焼けとまったく同じ仕組みが隠れている。
そもそも皆既月食とは何か

月食は、太陽・地球・月がこの順で一直線に並んだときに起こる。太陽の光を地球がさえぎり、その影の中に月が入り込む現象だ。
地球の影には、光がまったく届かない濃い部分(本影)と、うっすら届く薄い部分(半影)がある。月がこの本影にすっぽり入りきった状態が、皆既月食である。
皆既月食は、ゆっくりと進んでいく。まず月の一部が本影に入る部分食から始まり、やがて月全体が本影に収まると、赤い皆既の状態が数十分から、長いときは2時間近く続く。
その後はふたたび部分食を経て、もとの満月へと戻っていく。ほんの数分で終わる日食にくらべ、月食はずっとゆったりと味わえるのが魅力だ。
しかも、日食のように見える場所が限られない。月さえ出ていれば、地球の夜側のどこからでも同時に眺められる。国立天文台によれば、肉眼でも十分に観察でき、双眼鏡や望遠鏡があるとなおよい。
月が本影のどのあたりを通るかによって、皆既の長さは変わる。影の中心を突っ切れば1時間を超える長い皆既になり、ふちをかすめるだけなら短く終わる。
2026年3月の皆既はおよそ1時間続き、日本でも皆既の赤い月が見られた。
月食には、じつは目立たない前段階がある。月がまず半影に入る「半影食」だ。半影ではまだ太陽の光がうっすら届くので、月はほんの少し暗くなる程度で、注意して見ないと気づかないことも多い。
そこから月が本影に入ると、いよいよ欠けが目に見えはじめ、部分食、そして皆既へと進んでいく。
なぜ満月のたびに起きないのか

満月は月に一度めぐってくるのに、月食は年に数回しか起きない。ふしぎに思えるが、その理由は月の通り道にある。
月が地球をまわる軌道の面は、地球が太陽をまわる軌道の面に対して、約5度かたむいている。そのため、ほとんどの満月では、月は地球の影の少し上か下をすり抜けてしまう。
太陽・地球・月がぴたりと一直線にそろい、月が影の中へ飛び込むのは、限られたタイミングだけだ。
月の軌道と地球の軌道が交わる点の近くに満月がくるのは、1年のうち二度ほどしかない。月食や日食が起こりやすいこの時期は、英語では「eclipse season」と呼ばれる。
キク地球の影に入っているのに、月はどうして真っ暗にならずに赤くなるんだろう?
なぜ月は『血の色』になるのか


では本題だ。地球の影にすっぽり入っているのに、なぜ月は真っ暗にならず、赤く光るのか。じつは、地球の影の中にも、わずかに光が差し込んでいる。
太陽の光が地球の大気の縁をかすめて通るとき、大気がレンズのように光を曲げ、影の内側へと送り込むのだ。
このとき、青い光は空気の粒子にぶつかって四方へ散らばってしまう。昼間の空が青いのも、夕焼けが赤いのも、この「レイリー散乱」という同じ現象のしわざだ。
散らばりにくい、波長の長い赤い光だけが、大気をくぐり抜けて月まで届く。
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つまり、皆既月食の赤い月を照らしているのは、地球の大気をくぐり抜けて曲がった、夕焼け・朝焼けと同じ赤い光である。
もし月の上に立って地球をふり返れたら、太陽を隠した地球のまわりに、大気が赤いリングのように見えるはずだ。


赤の濃さは、その日の地球の空気しだい


皆既月食の赤は、毎回同じではない。明るいオレンジ色に輝くこともあれば、ほとんど見えないほど暗い赤褐色に沈むこともある。
これを左右するのが、そのときの地球の大気の状態だ。
大きな火山の噴火などで空高くにちりが多いと、光がさえぎられて月は暗く沈む。
実際、1992年12月の皆既月食は、前年に起きたフィリピン・ピナツボ火山の巨大噴火の影響で、ダンジョンスケールで0(月がほとんど見えない暗さ)と評価した観測者が多かった。
天文学者は、この色と明るさを0から4の「ダンジョンスケール」という物差しで記録している。0は月がほとんど見えない暗さ、4はとても明るい銅赤色かオレンジ色だ。
観測者の目で決める尺度なので、人によって値が少しずれることもある。
月のふちに見える青緑の帯
皆既中の月に、赤い部分のふちどりのように青緑色の細い帯が見えることがある。
これも大気のしわざである。月を照らす光の大半は、成層圏で散乱されて赤くなる。ところが成層圏の高いところを通った光はオゾン層を抜けるときに赤い光を吸収され、かえって青みを帯びる。
これが赤い影の縁に見える青緑の帯だという。
肉眼では気づきにくく、双眼鏡や小さな望遠鏡を使うと見やすい。
見逃さないコツは、皆既の最初と最後の数分間をねらうことだ。
月食と人類の歴史
月食は、科学が仕組みを解き明かすずっと前から、人々の暮らしや考え方に関わってきた。よく知られるのが、探検家コロンブスの逸話だ。
1504年、航海の途中でジャマイカに立ち往生したコロンブスは、現地の人々に食糧を出し続けてもらおうと、天文表を使って1504年2月29日の月食を予言したとされる。
月食は、科学の歴史も動かした。古代ギリシャのアリストテレスは、月食のたびに月に映る地球の影が、いつも丸い円弧を描くことに気づいた。
もし地球が平らな板なら、影はこうはならない。この観察は、地球は丸いという考えの有力な証拠のひとつになった。
世界の神話にも、月食は残っている。中国では天の犬「天狗」が月を食べると、南米のインカではジャガーが月を食べると語られてきた。
月食を吉凶の前触れとみなす文化も、各地にあった。
次に日本で見られるのは2029年の元旦
では、次に赤い月に出会えるのはいつか。2026年3月3日には、日本全国で好条件の皆既月食が見られた。だが、皆既月食はそうそう続けては起こらない。
国立天文台の一覧によれば、次に日本で皆既月食を楽しめるのは、2029年1月1日――なんと元旦の未明である。
年が明けてまもない0時すぎから月が欠けはじめ、皆既の状態は午前1時すぎから約71分続く見込みだ。
なお、2028年7月にも月食はあるが、月の一部しか欠けない部分月食で、全体が赤く染まる皆既ではない。新年最初の夜空に血の月というのは、なかなかに劇的だ。
観測に特別な道具はいらない。国立天文台によれば、月食は肉眼でも十分に観察できる。
双眼鏡や望遠鏡を使うと、地球の影が月面のクレーターや海を横切っていくようすや、皆既中の月の色や明るさの変化がより鮮明に見られる。



月食の赤は夕焼けと同じ光なんだね。次に日本で見られる2029年の元旦、ぜったい見上げたい!









