「海面が上がるのは、氷が溶けるから」。多くの人がそう思っている。半分は正しい。だが、それだけではない。そしてもうひとつ、しばしば見落とされがちな真実がある。海面を押し上げる主役は、年によって入れ替わるのだ。
2025年3月、NASAのジェット推進研究所(JPL)は、2024年の海面上昇が事前の予測を大きく上回ったと発表した。しかも予想外だったのは、その上昇を主に引き起こしたのが氷の融解ではなく、海水そのもののふくらみだったという点だ。海面上昇という身近なようで奥の深い現象を、仕組みから丁寧にほどいていこう。
海面が上がる理由は、実は二つある
「水が増える」と「水がふくらむ」
海面が上がる仕組みは、大きく二つに分けられる。ひとつは、陸にあった氷が溶けて海に流れ込み、水そのものの量が増えること。専門的には質量の追加と呼ぶ。もうひとつは、海水が温まって体積がふくらむこと。熱膨張と呼ばれる現象だ。やかんを火にかけると、水を足していないのに水位がわずかに上がる。あれと同じことが、地球規模の海で起きている。
この二つは、海面という同じ高さの変化に混ざり合って現れる。ぱっと見ただけでは、いま上がっている海面が「水が増えた」ためなのか「水がふくらんだ」ためなのか区別がつかない。ところが近年、この二つを切り分けて測る技術が確立された。それが、海面上昇の本当の姿を明らかにする鍵になっている。
三つの目で切り分ける
切り分けを可能にしたのは、性格の異なる三種類の観測網の組み合わせだ。まず、レーダー高度計を積んだ衛星が、海面に向けてマイクロ波を打ち、跳ね返る時間から海面全体の高さをミリ単位で測る。1993年に始まったトペックス・ポセイドンから現在のセンチネル6まで、この観測が海面の高さの記録を担ってきた。次に、重力観測衛星グレースが、海のどこに水が増えたか、その質量そのものを重力の変化から捉える。
そして三つ目が、世界中の海に漂う数千基の自動観測ブイ、アルゴフロートだ。水深2000メートルまで沈んでは浮かびを繰り返し、水温を測る。これで海水がどれだけ温まってふくらんだかを直接計算できる。海面全体の上昇量から、この熱膨張の分を引き算すれば、残りが水の追加分だとわかる。体重が増えた原因を、体重計と体温計と重力センサーで切り分けるようなものだ。

海面の高さを測る衛星と、氷の量を測る衛星は別なんだね!
「レーザーで海を測る」は、よくある勘違い


海面はレーダー、氷はレーザー
ここで一つ、誤解を正しておきたい。海面上昇の観測というと「宇宙からレーザーで海面を測る」と説明されることがあるが、これは装置を取り違えている。30年にわたって海面の高さを測ってきた主力の衛星は、レーザーではなくレーダー、つまりマイクロ波を使う高度計だ。トペックス・ポセイドン、ジェイソン、センチネル6と受け継がれてきた系譜は、すべてレーダー高度計である。
ではレーザー高度計は何を測るのか。こちらはアイスサット2という別のミッションが担い、主に氷床や氷河、海氷の「高さ」を測って、氷がどれだけ薄くなったかを追う。つまり、海面の直接観測はレーダー高度計、氷の質量損失の推定はレーザー高度計と重力衛星、という役割分担になっている。同じ「宇宙から測る」でも、狙う対象も道具もまるで違うのだ。
30年で約10センチ、しかも加速している
この観測網が積み上げた記録によれば、1993年からの海面の総上昇量はおよそ100ミリ、つまり約10センチに達している。文庫本の厚みほどの水位が、地球のすべての海というスケールで底上げされたと考えると、その水の量は途方もない。
さらに深刻なのは、上昇のペースそのものが速まっていることだ。観測開始当初は年におよそ2ミリ前後だった上昇率が、近年は年4.5ミリ前後まで上がっている。NASAは「衛星観測が始まって以来、上昇率は2倍以上に加速した」と明言する。毎年同じ量ずつ坂を登っているのではなく、坂そのものが年々急になっているイメージだ。
氷が溶ける、二つの経路


グリーンランドは「表面から」溶ける
陸の氷が失われる仕組みにも、二つの経路がある。ひとつは表面融解。夏の気温上昇で氷床の表面が直接溶け、その水が海へ流れ出る。グリーンランドで特に目立つのがこの経路だ。溶けた水は氷の割れ目から内部にしみ込み、氷河が海へ滑る速度を速める働きもする。上から溶け、そして流れを速める、二重の効き方をする。
グリーンランドを覆うのは「氷河」ではなく「氷床」だ。ここは用語を正しく使い分けたい。氷床とは、大陸規模で広がる分厚い陸上の氷のこと。グリーンランドと南極大陸をおおう氷がこれにあたる。一方、氷河はアルプスやヒマラヤなど山岳にある比較的小さな氷の塊を指す。だから「氷河かグリーンランドか」という問いの立て方自体が、実はかみ合っていない。グリーンランドの氷も、りっぱな氷床なのだ。
南極は「下から」削られる
南極では、もう一つの経路が主役になる。海に張り出した棚氷の下に、比較的温かい海水がもぐり込み、氷を底から削り取っていく。棚氷は、陸の氷が海へ流れ出るのをせき止める栓のような役割を果たしている。その栓が薄くなり崩れると、奥にあった陸の氷が堰を切ったように海へ滑り落ちる。目に見えにくいが、南極の氷損失の主な原因はこの底面融解だ。
国際共同研究IMBIEの報告によれば、西南極の氷損失は1990年代の年580億トン規模から、2012年以降は年1750億トン規模へと、およそ3倍に加速した。42の研究機関、80人の科学者が衛星データを持ち寄って出した数字だ。南極とグリーンランドを合わせれば、その加速はさらに大きい。氷床は、静かに、しかし確実に、崩れる速度を上げている。
グリーンランドは上から、南極は下から溶けるんだ。溶け方が違うんだね。
小さいのに侮れない、山岳の氷河


数の力で効いてくる
海面上昇に効いているのは、極地の氷床だけではない。アルプス、ヒマラヤ、アンデス、アラスカ。世界中に散らばる山岳の氷河は、一つひとつは氷床に比べれば小さいが、数が多いため合計すると無視できない量を失っている。2025年に発表された国際的な推定では、2000年から2023年の平均で、山岳氷河は年におよそ2700億トンもの氷を失っていた。
しかもこの損失は加速している。1976年以降に失われた氷の4割以上が、直近の2015年から2024年までの10年間に集中しており、2022年から2024年にかけては観測史上最悪の3年連続の損失を記録した。海面上昇への寄与という点では氷床のほうが大きいが、山岳氷河の縮小はもう一つの深刻な顔を持っている。
それは「水源」でもある
山岳の氷河は、ふもとに暮らす人々にとって貴重な水源でもある。ヒマラヤの氷河が育む川の水は、インド、中国、パキスタンなど、数億人の生活と農業を支えている。氷河が縮めば、いずれその川の水量も細っていく。海面上昇という地球規模の話が、そのまま「蛇口から出る水」という日々の暮らしの問題に直結するのだ。
遠い南極やグリーンランドの氷は実感しにくくても、山の氷河が消えれば水に困る人がいる。海面上昇と水資源の枯渇は、根っこでつながった一つの問題の、別々の現れ方だといえる。
2024年、主役が入れ替わった


予測を超えた上昇、その正体は熱膨張
ここで冒頭のNASAの発表に戻ろう。2024年の海面上昇率は年0.59センチで、予測されていた年0.43センチを大きく上回った。実測は予測のおよそ1.35倍。この超過ぶんの主役が、意外なことに氷の融解ではなく、海水そのものの熱膨張だった。
近年、海面上昇はおよそ3分の2が氷の融解、3分の1が熱膨張という内訳が定着していた。ところが2024年は、この比率が反転した。熱膨張が3分の2を占め、氷の融解が3分の1にとどまったのだ。背景にあるのは、2023年から2024年にかけての強いエルニーニョと、海が記録的に熱を溜め込んだ状態だとみられている。「氷が溶けなくなった」のではなく、「海が例年以上に熱くなった」年だったのである。
だから「原因は一つ」とは言えない
この一件が教えてくれるのは、海面上昇の主役は年ごとに入れ替わりうる、ということだ。長い目で見れば氷の融解の寄与が大きいのは確かだが、ある年は熱膨張がそれを追い抜く。だから「海面上昇の原因はこれだ」と一つに決めつける説明は、どこかで実態を取りこぼす。氷の融解と熱膨張、その二つの綱引きの結果として、海面は上がっている。
そして熱膨張が主役に躍り出たことは、けっして安心材料ではない。それは海が、それだけ大量の熱を抱え込んでいるという別の警報でもあるからだ。溜め込まれた熱は簡単には冷めず、じわじわと海を押し上げ続ける。主役が交代しても、海が上がり続けるという事実は変わらない。
同じ高さ、上がらない——海面上昇の意外な地理


海は均等には上がらない
海面が上がると聞くと、地球全体の水位が均等に底上げされる様子を思い浮かべがちだ。だが実際の上昇量は、場所によって大きく違う。理由の一つは熱膨張の地域差。海流や風の関係で熱が偏って溜まる海域では、ふくらみも大きくなる。
もう一つが、直感に反する「重力の指紋」だ。巨大な氷床は、その重い質量で周りの海水を引き寄せている。氷が溶けてこの引力が弱まると、氷のあった場所の近海ではむしろ海面が下がり、遠く離れた海域で上昇が強まる。氷が消えた足元より、はるか遠くの海がより上がる。地球規模で重力のバランスが組み替わるために起きる、不思議な現象である。
数センチが、災害の最後の一押しになる
年に数ミリ、30年で約10センチ。数字だけ見れば小さな変化に思える。だが、この底上げは高潮や台風のときに牙をむく。海面のベースラインが数センチ上がるだけで、かつて100年に一度だった規模の浸水が、数十年に一度、あるいはもっと頻繁に起きるようになる。
普段は誰も気づかない差が、災害級の高潮が来た瞬間に「最後の一押し」として効いてくる。海面上昇の怖さは、平常時ではなく、この非常時の押し上げにこそある。じわじわ進む変化が、ある日の破局的な浸水として現れるのだ。



ちょっとの底上げが、いざという時にすごく効いてくるんだ…。
海の変化を、正しく怖がるために


浮いた氷は、溶けても海を上げない
最後に、混同されやすい氷の違いを整理しておきたい。すでに海に浮かんでいる氷、たとえば北極海の海氷は、いくら溶けても海面をほとんど上げない。浮いている氷は自分の重さと同じだけの水を押しのけて浮いており、溶けて水に戻っても体積はほぼ変わらないからだ。アルキメデスの原理である。海面を確実に押し上げるのは、あくまで陸の上にあった氷、つまり氷床と氷河が海へ加わる場合に限られる。
だからこそ、グリーンランドや南極の陸氷、そして山岳の氷河が失われることが重く受け止められている。そこに熱膨張という「水そのもののふくらみ」が加わる。海面上昇は、この二つの力の合わせ技なのだと知ることが、この現象を正しく怖がる第一歩になる。
だから、自分ごととして
30年で10センチ、そして加速。この数字は、次の10年の上昇が過去30年ぶんに匹敵しかねないことを示唆している。海辺に暮らす人にとっては高潮のリスクとして、山のふもとに暮らす人にとっては水源の枯渇として、海の変化はいずれ生活の形を変えていく。遠い極地の氷の話は、めぐりめぐって私たちの足元につながっている。
大切なのは、いたずらに恐れることでも目をそらすことでもなく、仕組みを知って正しく備えることだ。海面はなぜ、どのように上がるのか。その問いに正確に答えられることが、変わりゆく海と付き合っていくための、確かな足場になる。
原因を一つに決めつけず、二つの力の綱引きとして見るのが正しいんだよ。
参考文献:
NASA Analysis Shows Unexpected Amount of Sea Level Rise in 2024 (NASA/JPL, 2025)
Frederikse et al., 『The causes of sea-level rise since 1900』, Nature 584, 393–397 (2020). DOI: 10.1038/s41586-020-2591-3 / IMBIE Team, Nature (2018)
出典: NASA Jet Propulsion Laboratory / IMBIE










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