ニシオンデンザメは、寿命が最長で400年ほどと推定される、知られているなかで最も長生きの脊椎動物だ。北極海などの暗く冷たい海にすみ、目の角膜にはよく寄生虫が付いている。
そのため、このサメは「機能的には目が見えていない」と長く考えられてきた。
米カリフォルニア大学アーバイン校(UCアーバイン)とスイスのバーゼル大学などのチームは、グリーンランド沖で科学目的に捕獲したニシオンデンザメの目を、組織の観察や遺伝子の解析で調べた。
人や実験動物ではなく、野生のサメから採った標本を使った研究だ。体長から100歳を超えると推定された個体でも、網膜にははっきりした衰えが見られず、暗い場所で働く視覚の仕組みが保たれていた。
論文は2026年1月に学術誌Nature Communicationsに掲載された。
そもそも生き物にはなぜ寿命があるのかは、シルミーのYouTubeでも動画で解説しています。
キクずっと見えてないと思われてたこのサメの目、どうしてそう考えられてたんだろう?
最長400年と推定されるサメの目の謎
ニシオンデンザメ(Somniosus microcephalus)は、北大西洋から北極海にかけてすみ、水温はマイナス1.1度まで下がり、水深は3000メートル近くにまで及ぶ環境で暮らす。
2016年にScience誌に載ったニールセンらの研究は、目のレンズに含まれる放射性炭素を調べて、このサメが数百年生きることを示した。
今回の論文は、寿命は最長で400年ほどと推定され、地球上で最も長生きの脊椎動物だとしている。
このサメの目には、Ommatokoita elongataというカイアシ類の寄生虫がよく付いている。寄生虫は角膜に取り付き、視界をさえぎると考えられてきた。
暗い深海の暮らしと長い寿命も重なり、視覚は衰えているか失われているのではないかと推測されてきた。
ただ、行動の観察からは目を使っている可能性も示されていて、視覚の情報を処理する脳の部位(視蓋)の大きさも、目を使う他のサメやエイと同じくらいだという。
この問いに取り組んだのが、UCアーバインのDorota Skowronska-Krawczyk准教授(生理学・生物物理学)と、バーゼル大学のWalter Salzburger氏らのチームだ。
筆頭著者はバーゼル大学のLily G. Fogg氏で、コペンハーゲン大学、インディアナ大学サウスベンド校、米国のバージニア海洋科学研究所、ドイツのマックス・プランク生物知能研究所などから16人が名を連ねる。
論文は『Nature Communications』17巻・論文番号39(DOI: 10.1038/s41467-025-67429-6)として公開されている。


きっかけは光を追うサメの映像
きっかけは、Skowronska-Krawczyk氏が2016年のScience誌の論文を読んだことだった。
UCアーバインの発表によると、彼女はその論文から、多くのニシオンデンザメの目に寄生虫が付いていて、視覚が妨げられているかもしれないと受け止めた。
その後、サメの動画をいくつも見るうちに、このサメが光の方へ眼球を動かしていることに気づいたという。
「進化の観点から言えば、必要のない器官は持ち続けないものです」と彼女は語っている。見えていないのなら、目の仕組みは失われていてもおかしくない。
それなのに眼球は光を追っている。この点が、加齢による目の病気を研究してきた彼女の関心を引いた。
マウスの目からサメの目へ
Skowronska-Krawczyk氏は、加齢による目の病気を左右する仕組みを調べ、そこから老化の分子的な仕組みを探っている。
研究室でふだん扱っているのはマウスの眼球だ。
捕獲したサメの眼球の取り出しと保存は、2016年のScience誌の論文を手がけたコペンハーゲン大学の海洋生物学者John Fleng Steffensen教授と、インディアナ大学サウスベンド校のPeter G. Bushnell氏、バージニア海洋科学研究所のRichard W. Brill氏が担った。
バーゼル大学のSalzburger氏とFogg氏は、研究の進化に関わる部分を担当した。Steffensen教授は論文の出版前に亡くなり、論文は彼に捧げられている。
野球ボール大の眼球が届いた
サンプル採取は2020年から2024年にかけて、コペンハーゲン大学が北極圏に構えるディスコ島の観測ステーション(北緯69度15分、西経53度34分)で行われた。
捕獲は科学目的の延縄漁で、グリーンランド政府から4通の許可(2020-26794など)が下りている。
個体は捕獲直後に脊髄切断で安楽死させ、眼球は4%パラホルムアルデヒド、網膜はRNAlaterまたはエタノールで固定して保存された。
年齢は、体長からvon Bertalanffy成長モデル(ニールセンらの2016年の研究の値)を使って推定した。
網膜を調べた個体はいずれも100歳を超えると推定され、最も年長の個体は130歳を超えると見積もられている。どれも体長からの推定で、年齢を直接測ったわけではない。
採取した眼球は固定液で保存され、UCアーバインの研究室へ送られた。
「箱を開けたら、200歳の巨大な眼球がドライアイスの上からこちらを見つめ返していました」。
UCアーバインの大学院生で、医師であり研究者を目指すEmily Tom氏(28)は、届いたときのことを笑いながらこう振り返る。
ふだん扱うマウスの眼球はパパイヤの種ほどの大きさで、野球ボール大の眼球に合わせてやり方を変える必要があったという。
なお「200歳」は本人の言い方で、論文が示す推定年齢は最も年長の個体で130歳超だ。
Tom氏が眼球を解凍すると、「研究室が魚市場のようなにおいになった」という。組織は室温に近づくと傷み始めるため、解けすぎないよう注意が必要だった。
比較のため、ウシの網膜5つの脂肪酸も調べ、角膜が光をどれだけ通すかの比較には、50歳の女性から提供されたヒトの角膜を使った。
100歳超の網膜にはっきりした衰えは見られなかった


成体3匹の目の切片を顕微鏡で調べると、視細胞層、外顆粒層、内顆粒層、神経節細胞層のすべてがそろっていた。
論文は、100歳を超えると推定される個体の網膜でも、はっきりした網膜変性の兆候はなかったとしている。
細胞死に伴うDNAの断片化を蛍光で検出するTUNEL法も使った。
DNase IでわざとDNAを切った対照の切片では強い信号が出たが、処理していないサメの網膜では、陽性の細胞は見つからなかった。
著者らは、網膜でDNAの損傷や細胞死が進んでいないことを示すとしている。ただし、この検査の図は1匹分の切片によるものだ。
網膜は、細長いロッド細胞(暗い所で働く視細胞)が密に並ぶ、ロッドだけの網膜で、内側の層は比較的薄かった。深い海にすむサメや夜に活動するサメに似た特徴だ。
この結果が目を引くのは、ヒトを含む脊椎動物では、健康に年をとっても視細胞が少しずつ失われるからだ。
論文によると、ヒトではロッド細胞が年に約0.2〜0.6%ずつ減るとされ、この割合で400歳まで生きれば50〜90%以上を失う計算になる。
一方で著者らは、冷たい水では代謝がゆっくりになり、細胞の衰えが遅くなっている可能性にもふれている。



100歳を超えてるとみられるニシオンデンザメでも、目の奥で光を受け取る網膜にはっきりした衰えは無かったんだ。
暗い所で働く遺伝子は保たれ、明るい所で働く遺伝子は壊れていた


研究チームは、ニシオンデンザメのゲノム(全遺伝情報)を新たに読み、3匹の網膜で働いている遺伝子(RNA)も調べた。
そして、トラザメ(Scyliorhinus torazame)、アオザメ(Isurus oxyrinchus)、ジンベエザメ(Rhincodon typus)など、データが公開されている5種のサメと比べた。
ロッド細胞で光を信号に変える遺伝子は、必要なものがすべてそろい、他の成体のサメと同じくらいの量で働いていた。
一方、明るい場所で働く錐体(コーン)の遺伝子は、rh2、gnat2、pde6c、cnga3、cngb3が偽遺伝子(働かなくなった遺伝子)になっていた。
錐体の遺伝子は、まったく働いていないか、ごくわずかしか働いていなかった。
cngb1という遺伝子は、ニシオンデンザメを含む多くのサメにもともとない。一方、体内時計の調整に関わるメラノプシンの遺伝子opn4が壊れていたのは、サメの中でニシオンデンザメだけだった。
著者らは光の少ない深海への適応かもしれないとし、このサメの上下の移動にははっきりした昼夜のリズムがないことも挙げている。
DNA修復に関わる遺伝子
チームは、DNAの傷を直す仕組みにも注目した。調べたのは、網膜の健康に重要とされるERCC1-XPFという修復の複合体だ。
ニシオンデンザメを含む寿命の長いサメはercc1遺伝子を持っていたが、寿命の短いサメにはこの遺伝子がなかった。
また、ニシオンデンザメの網膜では、ercc4(xpf)の働きが他のサメより高かった。
ヒトでは、この複合体の遺伝子の変異で起こる色素性乾皮症という病気で、紫外線に弱くなり、早くから視力を失う。ercc1を壊したマウスでは、網膜の老化と変性が早まる。
こうした知見から著者らは、強いDNA修復の仕組みが、長い一生のあいだ網膜を保つ助けになっているのかもしれないと考えている。
ただし、これは遺伝子の有無と働く量から見た推測で、修復の働きそのものは測っていない。著者らも、今後の研究で確かめる必要があるとしている。
暗い所で働く視物質ロドプシンを培養細胞で作って調べると、最もよく吸収する光の波長は458ナノメートルだった。浅い海にすむ多くのサメより短く、青い側にずれている。
著者らは、透明で青い光が多い北極の深い海への適応かもしれないとしている。
寄生虫の付いた角膜が光を通すかも調べた。5匹から採った6つの角膜の光の透過率は70〜100%で、ヒトの角膜の平均は95%だった。
寄生虫がいても、角膜は網膜まで光を届けていると考えられる。



このサメの目が長持ちする仕組みが分かったら、人の目の病気にも役立つのかな?
ヒトの目の老化研究への手がかり
Skowronska-Krawczyk氏は、ニシオンデンザメの目が長く健康に保たれる仕組みを理解することで、加齢による視力の低下を防ぐ新しい方法や、加齢黄斑変性や緑内障といった目の病気への手がかりが得られるかもしれないと考えている。
ただし、今回の研究は野生のサメの目を調べたもので、ヒトの細胞や患者を対象にした実験はしていない。
この研究で言えないこと
まず、サメの年齢は体長からの推定だ。また、標本の数は少ない。網膜の組織を観察したのは3匹の目、遺伝子の働きを調べたのも3匹の網膜で、TUNEL法の図は1匹分だった。
比較に使った他のサメのデータには若い個体のものも含まれ、著者らは、種の違いと成長段階の違いを切り分けきれていないと認めている。
さらに、生きたサメで網膜の電気的な反応を測ったり、行動を調べたりはしていない。
見えているという結論は、遺伝子、組織、視物質、角膜の検査を組み合わせたもので、実際にどこまで見えているかは、まだ確かめられていない。









