はかせ、ブラックホールに近づいたら、星ってバラバラになっちゃうんじゃないの?
いい着眼だね。ところが、超巨大ブラックホールの前で何度もちぎられながら、それでも死なずに戻ってくる星が10個くらい見つかっているんだ
シルミーの疑問はもっともだ。多くの銀河の中心には太陽の百万倍から十億倍もの質量を持つ超巨大ブラックホールが潜んでおり、そこに近づいた星は普通なら重力で完全に引き裂かれる。ところが2020年前後から、削られても核が生き残り、数ヶ月から数年おきに戻ってきては再び外層を剥がされる星が観測され始めた。
米シラキュース大学の物理学チームは2026年8月18日、天体物理学誌『The Astrophysical Journal』に、この不思議な星たちの正体を説明する新しい仮説を発表した。鍵は「捕まる前からすでに高速で自転していた」という星の生い立ちだった。
そもそも「潮汐破壊」とは何か


ブラックホールに近づいた星が壊れるのは、重力の強さが場所によって違うためだ。星のブラックホール側と反対側で受ける引力に大きな差が生まれ、その差である潮汐力がスライムを両手で引き伸ばすように星を細長く引き裂いてしまう。潮汐力が星自身の重力(自己重力)を上回る境界は潮汐半径と呼ばれ、そこより内側に入ると星は原型を保てなくなる。
この現象は潮汐破壊イベント(TDE)と呼ばれ、剥がれた星の残骸がブラックホールに落ち込む過程で数日から数ヶ月にわたって光を放つ。ブラックホール自体は光を出さないが、TDEは周辺を一時的に明るく照らす。天文学者にとっては、本来なら真っ暗で見えないはずの怪物を「間接的に観察できる」貴重な機会になる。この描像自体は新しくない。星がブラックホールに引き裂かれて輝くというシナリオは、1988年に天文学者マーティン・リースが理論的に予言していたもので、観測技術が追いついてようやく現実の天体現象として捉えられるようになった。
広い空を繰り返しスキャンする時間領域サーベイの登場によって、これまでに100を超えるTDEが検出されてきた。そのなかで潮汐半径のすぐ外側を通り抜けた星は、外層だけを削られて核が生き残ることがある。この「削られながら何度も戻ってくる」タイプが繰り返し部分潮汐破壊イベント(rpTDE)で、代表例にはASASSN-14koやAT2018fyk、eRASSt-J045650、AT2022dbl、AT2020vdq、AT2021aeuk、AT2023uqmなど、これまでに約10個が知られている。パスとパスの間隔は数ヶ月から数年で、同じ星が同じブラックホールに何度も「削られに戻る」姿を天文学者は繰り返し追いかけられる。
二年間解けなかった「光が薄れる」謎


rpTDEのうち、同じ星が戻ってくるたびに閃光がだんだん弱くなる、という奇妙な観測結果が積み上がってきた。約10例のうち4例でこの減衰が確認されている。素直に考えれば、削られる材料が減れば光も弱くなりそうなものだ。ところが従来の流体力学シミュレーションでは、たとえ質量損失がパスごとに減っても閃光のピーク明るさはほぼ同じになる、という頑固な結果しか出せなかった。
理由はこうだ。ブラックホールの潮汐力は外層を剥がすだけでなく、星を回転させる力(トルク)も加える。この自転を加速させる効果自体は、今回と同じ研究チームが以前の研究ですでに突き止めていたものだった。パスを重ねるほど星の自転は速くなり、剥がれた材料はより短い時間で戻ってきて集中的に降り注ぐ。量が減っても密度で相殺されるため、ピーク明るさは変わらないと予測されていた。噴水の勢いが弱まっても、口を細くすれば水の勢いは保てる――そんなイメージだ。
また、星の内部構造も薄れ方の説明を難しくしていた。低質量の星はふわふわしたメレンゲに例えられ、削られるほど脆くなりやすい。高質量の星はタマネギのように芯へ向けて密度が上がる構造で、外側の層を失っても核はほとんど変わらない。この違いだけでは「毎回同じくらいの明るさに落ち着く」以上の説明ができなかった。論文の筆頭著者で博士課程学生のアナニヤ・バンドパディア氏は、この観測と理論のズレに「二年間頭を悩ませた」と語る。
新しい鍵は「もともと高速で回っていた星」


バンドパディア氏がポスドク研究員のベンジャミン・アメンド氏、准教授のエリック・カフリン氏らと組んだチームが導入したのは、これまで見過ごされてきた前提を一つ加えることだった。バンドパディア氏がこれを「新しい材料(a new ingredient)」と呼ぶこの前提は、「星がブラックホールに捕まる前から、すでに高速で自転していた」というものだ。最初から回転しきっている星は、それ以上大きく加速することができない。自転が頭打ちになれば、剥がれた材料が戻ってくるまでの時間はパスをまたいでもほぼ一定に保たれる。到着時間が変わらないまま量だけがパスごとに減っていくので、ピークの落下率も少しずつ小さくなり、閃光は着実に薄れていく――観測と一致する筋書きが初めて再現された。
シミュレーションでは、太陽質量以上の主系列星が太陽の100万倍の質量を持つブラックホールを繰り返し掠める設定で試された。閃光の減衰が現れる条件はかなり厳しく、星の自転速度が「破壊限界の数十パーセント」に達し、なおかつ公転方向と同じ向き(順行)に回っている必要があった。逆行(公転と逆向きの自転)や、そもそも自転が遅い星では、これまで通り明るさがほぼ一定のままになる。
ここまで速く自転する星は宇宙にそう多くない。単独で生まれた星の多くはもっとゆっくり回っており、フィギュアスケーターが手を伸ばしたまま滑るような穏やかな自転にとどまる。つまりこの筋書きが成立するには、「特別な生い立ち」を持った星が要る。ではその星は、どこから来たのか。
連星が引き裂かれて片方だけ捕まる「ヒルズ機構」
そこで浮かび上がるのが、1975年に天文学者ジャック・ヒルズが提唱したヒルズ機構だ。互いに近距離で回り合う2つの星(連星)が超巨大ブラックホールに接近すると、強い潮汐力がペアを引き剥がす。片方は秒速数百キロから千キロを超える猛スピードで銀河の外へ放り出され(超高速度星)、もう片方はブラックホール周りの短い軌道に閉じ込められる。手をつないで走る二人組がすれ違いざまに引き離され、一人だけがぐるぐる回る遊具に捕まる、そんな光景だ。
連星の2つの星が十分近づいていると、地球と月のように潮汐ロックが働き、公転周期と自転周期が同期する。ペアの距離が近いほど公転は速く、それに合わせて自転も速くなる。ヒルズ機構でrpTDEに見られる数ヶ月周期という短い軌道を作るには、元の連星がかなり密接である必要があり、そこから捕獲された星は自動的に高速で自転していることになる。
薄れる光の説明に必要な「高速自転」という条件が、そのまま星の出自の説明にもなる。共著者で准教授のエリック・カフリン氏は、独特な性質のどれもが同じ現象――連星の破壊と片方の捕獲――で説明できると述べ、rpTDEの成因としてヒルズ機構が働いていることを示す強い間接的証拠だと位置づける。閃光の薄れ方、数ヶ月という異例に短い軌道、そして順行の高速自転という3つの謎を、一つのシナリオで束ねた点が今回の理論的な要になっている。カフリン氏によれば「これほど星をブラックホールに近い軌道へ縛り付けるのは極めて難しい」問題であり、ヒルズ機構ならその難所を自然にクリアできる。
天の川銀河の中心にも同じ物語があるかもしれない


この発見の意味は、遠く離れた閃光の話だけで終わらない。天の川銀河の中心にはいて座A*(サジタリウス・エー・スター)という質量が太陽の約400万倍の超巨大ブラックホールが鎮座している。そのすぐそばには「Sスター」と呼ばれる、驚くほど短い周期でブラックホール周りを高速に周回する星の集団が知られている。代表格のS2は約16年で一周し、最接近時には光の数パーセントもの速度に達する。
Sスターの起源は長年の謎だったが、カフリン氏はここでもヒルズ機構が関わっている可能性を指摘する。かつては連星だった星の片割れがいて座A*に捕らえられ、そのまま近距離を回っている――そんな筋書きだ。放り出された相棒の星は、銀河系の重力を振り切るほどの速度で星々の間を旅しているかもしれない。太陽系はいて座A*から約2万6千光年しか離れておらず、宇宙のスケールでは同じ庭のような距離だ。カフリン氏はいて座A*を「我々自身の宇宙的裏庭」と表現する。遠い銀河のrpTDEを解いた鍵で、私たちの銀河の中心にある「見えない怪物」の周辺で何が起きているかも、読み解けるかもしれない。
筆者はこの筋書きの余韻に惹かれる。破壊と生き残りが一つの機構で結ばれ、放り出された相棒の星も宇宙のどこかを猛スピードで飛び続けている――rpTDEは、遠い過去に起きた「連星の別れ」を今も光で語り続けている、と考えられる。
ただし「シミュレーション上の仮説」であることは押さえたい
この新しい説はまだ理論とシミュレーションの段階にある。太陽質量以上の主系列星と太陽の100万倍質量のブラックホール、という特定の設定で組まれており、より軽い星や別の質量のブラックホールで同じ結論が成り立つとは限らない。約10例のrpTDEもサンプル数としては少なく、うち4例が薄れる型という内訳から「普遍的な性質」を言い切るには足りない。
また、rpTDEに至る経路はヒルズ機構だけではないと考えられている。長い時間をかけて重力波や周囲のガスとの相互作用で軌道が縮んでいく別のシナリオも提案されており、どれがどれくらいの割合を占めるかは未解決だ。研究チームが今回主張しているのは「順行の高速自転を持つ捕獲星」という筋書きが、既存の観測と矛盾なく再現できるという段階までだ。
今後、ヴェラ・C・ルービン天文台など次世代の時間領域サーベイが本格稼働すればrpTDEの検出数は一気に増えるはずで、そこで初めてこの条件が本当に共通しているかを厳しく検証できる。星の内部構造(質量や進化段階)や、ブラックホールの質量ごとに閃光の減衰パターンがどう変わるかを、統計的に比べられるようになるだろう。逆行して自転する星や、そもそも自転が遅い星の系では、閃光がほぼ一定に保たれるという「対照実験」も自然に手に入る。
個人的には、遠い銀河の閃光からいて座A*の周辺までを一つの物語で結ぶ大胆さが心を掴む。破壊された連星の片割れが数千年、数万年後にも別の銀河の空を秒速数百キロメートル超で飛び続けている――そんな長い時間感覚を思い浮かべると、宇宙の暴力性の裏側にある意外な連続性が見えてくる。ブラックホールに何度も削られながら光を送り続ける星は、宇宙で最も静かに、しかし最も長く続く「別れ話」を語る存在なのかもしれない。続報が楽しみな仮説だ。
星がバラバラにされても、また戻ってくるなんて…宇宙ってすごい。連星のうち片方だけ捕まえるって、なんだかドラマみたい
そうだね。何度も削られながら光を放って、天文学者に自分の秘密を少しずつ教えてくれる。消えかけの星は、遠い昔の連星の別れを今も光で語り続けているのかもしれないね
参考文献:
一次ソース: Ananya Bandopadhyay et al., The Role of Stellar Spin in Repeating Partial Tidal Disruption Events (The Astrophysical Journal, 2026年8月18日) DOI:10.3847/1538-4357/ae8f31
研究機関: シラキュース大学 物理学部 / 二次ソース: ScienceDaily









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