シルミーの疑問はもっともだ。多くの銀河の中心には太陽の百万倍から十億倍もの質量を持つ超巨大ブラックホールが潜んでおり、そこに近づいた星は普通なら重力で完全に引き裂かれる。
ところが、削られても核が生き残り、数ヶ月から数年おきに戻ってきては再び外層を剥がされる星が見つかってきた。
米シラキュース大学の物理学チームは2026年8月18日、天体物理学誌『The Astrophysical Journal』に、この不思議な星たちの正体を説明する新しい仮説を発表した。
鍵は、捕まる前からすでに高速で自転していた、という星の生い立ちだった。
キクブラックホールに近づいた星は、どうして引き裂かれちゃうんだろう?
そもそも「潮汐破壊」とは何か
ブラックホールに近づいた星が壊れるのは、重力の強さが場所によって違うためだ。
星のブラックホール側と反対側で受ける引力に大きな差が生まれ、その差(潮汐力)が星を引き裂く。
潮汐力が星自身の重力(自己重力)を上回る境界は潮汐半径と呼ばれ、そこより内側に入ると星は原型を保てなくなる。
この現象は潮汐破壊イベント(TDE)と呼ばれ、剥がれた星の残骸がブラックホールに落ち込む過程で数日から数ヶ月にわたって光を放つ。
ブラックホール自体は光を出さないが、TDEは周辺を一時的に明るく照らす。天文学者にとっては、本来なら見えない天体を間接的に調べる手がかりになる。
星が超巨大ブラックホールの潮汐力で壊れる現象は、1975年のヒルズ、1988年のリースの理論研究以来知られている。
広い空を繰り返し観測する時間領域サーベイが始まり、これまでに100件を超えるTDEが検出されている。そのなかで潮汐半径のすぐ外側を通り抜けた星は、外層だけを削られて核が生き残ることがある。
この、削られながら何度も戻ってくるタイプが繰り返し部分潮汐破壊イベント(rpTDE)で、代表例にはASASSN-14koやAT2018fyk、eRASSt-J045650、AT2022dbl、AT2020vdq、AT2021aeuk、AT2023uqmなど、約10個の候補が知られている。
戻ってくる間隔は数ヶ月から数年で、同じ星が同じブラックホールと何度も出会う様子を、天文学者は繰り返し追いかけられる。





星が引き裂かれる境目のすぐ外側を通ると、外層だけ削られて核が残るから、同じ星が何度も戻ってこられるのか。
シミュレーションで再現できなかった「光が薄れる」謎
rpTDEのうち、同じ星が戻ってくるたびに閃光がだんだん弱くなる、という奇妙な観測結果が積み上がってきた。約10例のうち4例でこの減衰が確認されている。
素直に考えれば、削られる材料が減れば光も弱くなりそうなものだ。
ところが従来の流体力学シミュレーションでは、星がパスごとに失う質量が減っても、閃光のピーク明るさはほぼ同じになるという結果しか出せなかった。
理由はこうだ。ブラックホールの潮汐力は外層を剥がすだけでなく、星を回転させる力(トルク)も加える。
この自転を加速させる効果自体は、今回と同じ研究チームが以前の研究ですでに突き止めていたものだった。パスを重ねるほど星の自転は速くなり、剥がれた材料はより短い時間で戻ってきて集中的に降り注ぐ。
戻ってくる材料は少なくなっても、短い時間に集中して戻るため、ピークの落下率は保たれ、閃光の明るさは変わらないと予測されていた。
また、星の内部構造によっても質量の失われ方は変わる。質量の大きい星(1.5太陽質量以上で進化が進んだ星)は、質量を少し失うと平均密度が上がるため、パスごとに失う質量が減っていく。
一方、質量の小さい星や対流する星は、パスごとに失う質量が増え、閃光はむしろ明るくなっていく。
ただ、高質量の星でもブラックホールが与える回転がこの効果をほぼ打ち消し、ピークの落下率は一定に保たれる。
論文は、これが減光しないASASSN-14koの観測とは合う一方で、AT2018fykなど減光する天体とは合わないと述べている。
論文の筆頭著者で博士課程学生のアナニヤ・バンドパディア氏は、この観測と理論のズレについて「これには2年間頭を悩ませた」と語る。



これまでの計算では明るさは変わらないはずなのに、どうして何度も戻ってくる星の光は、戻るたびに薄れていくんだろう?
新しい鍵は、もともと高速で回っていた星


バンドパディア氏がポスドク研究員のベンジャミン・アメンド氏、准教授のエリック・カフリン氏らと組んだチームが導入したのは、これまで見過ごされてきた前提を一つ加えることだった。
バンドパディア氏が「新しい材料(a new ingredient)」と呼ぶこの前提は、星がブラックホールに捕まる前から、すでに高速で自転していたというものだ。
すでに速く自転している星は、ブラックホールの潮汐トルクで加速される余地が小さい。自転が大きく変わらなければ、剥がれた材料が戻ってくるまでの時間は、パスをまたいでもほぼ一定に保たれる。
戻ってくるまでの時間がほぼ一定のまま、剥がれる質量だけがパスごとに減るので、ピークの落下率も下がり、閃光は回ごとに薄れていく。
この筋書きで、観測されている減光が再現された。
シミュレーションでは、太陽質量以上の主系列星が太陽の100万倍の質量を持つブラックホールを繰り返し掠める設定で試された。
閃光の減衰が現れたのは、星の自転速度が破壊限界の数十パーセントに達し、なおかつ公転方向と同じ向き(順行)に回っている場合だった。
計算した例は、破壊限界の70%で自転する1太陽質量の星と、80%で自転する3太陽質量の星だ。
1太陽質量の星の計算では、1回目の接近で星の自転は少し落ち、その後はほぼ変わらなかった。ピークの落下率は1回目から2回目で約1.5分の1に下がり、その後の下がり幅はさらに小さくなった。
逆向き(逆行)の自転では、星がブラックホールから公転方向の角運動量を受け取り、パスごとに失う質量が増えて、閃光は明るくなる側に働く。
逆行の自転がさらに速い場合は、今後の研究課題とされている。
つまり、この筋書きが成り立つには、星が最初から速く自転している必要がある。論文は、この初期の自転が、既存のシミュレーションに欠けていた要素だとしている。
連星が引き裂かれて片方だけ捕まる「ヒルズ機構」
そこで浮かび上がるのが、1988年に天文学者ジャック・ヒルズが提唱したヒルズ機構だ。互いに近距離で回り合う2つの星(連星)が超巨大ブラックホールに接近すると、強い潮汐力がペアを引き剥がす。
片方は放り出され、もう片方はブラックホール周りの軌道に捕獲される。
ごく近い連星では潮汐ロックが起き、それぞれの星が公転と同じ周期で自転する。連星が近いほど公転周期は短く、潮汐ロックした星の自転は速くなる。
rpTDEに見られる数ヶ月という短い軌道に星を残すには、元の連星がきわめて近接している必要がある。その近接した配置は、捕獲される前の高速な自転も自然に生み出す。
薄れる光の説明に必要な高速自転が、そのまま星の出自の説明にもなる。
共著者で准教授のエリック・カフリン氏は「アナニヤの研究は、これらの特異な性質のどれもが、連星の潮汐破壊と片方の星の捕獲という同じ現象で説明できることを示している。理論の立場から見て、これらの系で働く物理の理解を大きく前進させるものだ」と述べる。
論文は、短い軌道、順行の高速自転、薄れる閃光という性質を一つの筋書きで説明できる点を、ヒルズ機構が働いていることの「強い間接的証拠」だと位置づけている。
カフリン氏は「星を超巨大ブラックホールに数ヶ月で周回するほど固く『束縛』するのは極めて難しいが、rpTDEではそれが起きているようだ」と述べる。
ヒルズ機構は、この短い軌道と高速自転の両方を説明しうる。
天の川銀河の中心にも同じ物語があるかもしれない


この発見の意味は、遠く離れた閃光の話だけで終わらない。天の川銀河の中心にはいて座A*(サジタリウス・エー・スター)という質量が太陽の約400万倍の超巨大ブラックホールがある。
カフリン氏は、ヒルズ捕獲が、いて座A*の周りを今回っている星の一部の起源でもある可能性を指摘する。
かつては連星だった星の片割れがいて座A*に捕らえられた、という筋書きだ。
カフリン氏は、いて座A*を「私たち自身の宇宙的な裏庭」と呼ぶ。同じ仕組みは、その周りにある珍しい星々の成り立ちを理解する手がかりになりうる、という。
ただし「シミュレーション上の仮説」であることは押さえたい
この新しい説はまだ理論とシミュレーションの段階にある。
計算で確かめられたのは、1太陽質量と3太陽質量の星が、太陽の100万倍の質量のブラックホールに繰り返し近づく場合だけだ。
より軽い星や別の質量のブラックホールで同じ結論が成り立つとは限らない。
約10例のrpTDEはサンプル数が少なく、うち4例が薄れる型という内訳から、この条件が共通だとまでは言えない。
また、rpTDEに至る経路はヒルズ機構だけではないと考えられている。
長い時間をかけて重力波や周囲のガスとの相互作用で軌道が縮んでいく別のシナリオも、論文は挙げている。
AT2022dblやAT2021aeukのように閃光が2回しか見られていない例は、2回目に星が完全に壊れた場合でも説明でき、この仮説だけが答えとは限らない。
研究チームが示したのは、順行の高速自転を持つ捕獲星という筋書きで、減光する閃光が再現できるところまでだ。
AT2022dbl、eRASSt-J045650、AT2021aeukのように最大光度の低下が2倍以内の例は、この筋書きで説明できる。
一方、AT2018fykは最大光度が約10分の1に落ちており、再現するには星の自転が最接近時の角周波数を大きく上回る必要がある。
そのような星が存在できるかは疑問だと論文は述べる。
論文は、逆行する自転がさらに速い場合などを今後の研究課題としている。
今後、rpTDEの観測例が増えていけば、この仮説が本当に正しいのかを確かめられると期待されます。
参考文献:
一次ソース: Ananya Bandopadhyay et al., The Role of Stellar Spin in Repeating Partial Tidal Disruption Events (The Astrophysical Journal, 2026年8月18日) DOI:10.3847/1538-4357/ae8f31
研究機関: シラキュース大学 物理学部 / 二次ソース: ScienceDaily / 論文全文(arXiv): arXiv:2606.02692 / 基礎知識: NASA









