火星は「北は平ら、南はデコボコ」というちぐはぐな見た目をしている。この南北の落差は40年以上前から知られていたのに、内部までそっくり違うのかは長らく分からなかった。
米アリゾナ大学のアレクサンダー・バーン氏らのチームが2026年8月26日に学術誌『Nature』(656巻)に発表した論文で、地下のマントルにも南北の違いがあるらしいことを示したのだ。
南半球のマントルは、北半球のマントルより200〜400℃高温だと推定された。使ったのはNASAの3機の周回機の約16年分の追跡データだ。
地表を掘らず、着陸機も追加せず、「重力の揺れ」だけから内部を推定した手つきが独特だ。
キク北は平らで南はデコボコって、表面はどれくらい違うんだろう?
そもそも火星の北と南はなぜここまで違うのか
火星の表面は、北半球と南半球を分ける境目で姿がガラリと変わる。北半球はほぼ平坦な低地で、月の海のような滑らかさ。
一方の南半球は高地で、隕石クレーターが密集し、平均で25キロメートルも地殻が分厚い。
この二極性は「火星の二分性(クラスタル・ダイコトミー)」と呼ばれ、太陽系最大級の地形コントラストとして半世紀近く議論の的だった。
北の低地はかつて巨大な海だった可能性まで指摘されており、いま火星探査機が水の痕跡を追う舞台の多くはこの低地側にある。
とはいえ、それは「地表がちぐはぐ」という話にとどまっていた。
表面の下にあるマントル——岩石が数億年かけてゆっくり流れる層——まで違うのかは、直接掘り抜くことも着陸機を差し込むこともできないので推測の域を出ていなかった。
ボーリング掘削でせいぜい数キロ、着陸機に載せた地震計でも聴ける方向は限られる。
今回の研究は、そのマントルまでもが南北で明らかに異なると数字で示した点で節目になる。


3機の探査機、16年分の追跡データ
チームが引き出したのは、新しい観測ではない。
すでにアーカイブに眠っていたマーズ・グローバル・サーベイヤー、マーズ・オデッセイ、マーズ・リコネッサンス・オービターという3機の周回機の追跡データだ。
解析に使ったのは、3機あわせて約16年分、太陽活動の周期のおよそ1.5回分にあたる追跡データだ。地上局は電波でその軌道を精密に計り続けてきた。
速度がわずかに揺らげば、それは火星の重力場の凸凹を映している。惑星の内部に密度の偏りがあれば、真上を飛ぶ探査機は重い場所でわずかに引きずられ、軽い場所ではわずかに浮く。
ただ、この重力データから内部の温度まで読み解くのは容易ではない。単に「密度の地図」を作れば、そこには地殻の厚みも、地下水の凍結も、鉱物組成の違いも全部混ざって出てくる。
温度差だけを純粋に取り出す方法が、これまで欠けていた。
とりわけ厄介なのは、火星の地表そのものが南北で違うことだ。
厚い地殻の上に軽い岩、薄い地殻の上に重い岩と、南北ですでにコントラストがあるので、そのまま重力を割り算すると内部のせいなのか地殻のせいなのか判別できなくなる。
今回のチームは「密度でなく硬さ」を測る回り道を選んだ。モデルで表しきれない誤差を考えて、観測値の誤差の幅をあえて15倍に広げて評価している。
潮汐トモグラフィ——太陽の重力で「聞く」新技術
バーン氏らが使ったのが潮汐トモグラフィ(tidal tomography)という手法だ。これまで地球と月の内部を調べるのに使われてきた方法を、火星に広げた。
名前の通り、地球で言う「潮の満ち引き」の原理を惑星まるごとに広げて使う。
火星の軌道は真円ではなく、少しつぶれた楕円を描いている。太陽との距離は最大で4200万キロも変わる。近づけば太陽の重力に強く引っ張られ、遠ざかれば緩む。
この繰り返しで火星本体はごくわずかに変形し、内部の岩石も伸び縮みする。
ここで肝になるのが、柔らかい岩石ほど強く歪み、硬い岩石ほど変わらないという物理だ。熱いマントルは柔らかく、冷たいマントルは硬い。
つまり潮汐変形の反応を精密に測れば、内部のどこが熱くて柔らかいのかが逆算できる。
3機の探査機の軌道速度に現れる周期的な揺らぎから、その「変形の癖」を大量に拾い集めた。
医療のCTスキャンが多方向からのX線で体内を立体化するのに似た手つきで、火星の内部温度を三次元で推定したのだ。
200〜400℃の温度差
結果、北半球の下と南半球の下のマントルの硬さの違いは、200〜400℃ほどの温度差でおおむね説明できると割り出された。
鉄の量の違いだけで説明しようとすると、観測の約50倍もの差が必要になるという。ただし、南のマントルで最大5%ほど鉄が多いことは、モデルでも許される。
論文は、この結果が成り立つのにマントルが溶けている必要はないとしている。
NASAの着陸機InSightの地震観測から見積もられた南半球の値も、部分的に溶けた岩石で予想される値よりずっと高かった。
溶けたマグマがあるかどうかは、将来の電磁気を使った観測で確かめられるという。
火星といえば「乾いて冷え切った過去の惑星」という印象が強い。地球のようなプレートテクトニクスもなく、火山も今は静かだ。
それでも、南のマントルだけが北より数百度熱いとすれば、これまでの火星像は書き換えられる。
ここで注意しておきたいのは、この温度差モデルは直接測ったのではなく、潮汐変形の観測から逆算した推定値だという点だ。
今後、より精密な重力データや地震観測が加われば数値そのものは上下する可能性がある。それでも「南北で明らかに違う」という定性的な結論はほぼ動かないと考えられる、というのが著者らの見立てだ。
事実の骨格と、精度の余地は分けて受け取っておきたい。
磁気の残骸と地震波の減衰が同時に説明できた
この温度差モデルは、火星に残っていた「未解決の宿題」を副産物のように片付けた。
南だけに残る強い磁気の跡
火星は現在、地球のような全球規模の磁場を持っていない。だが40億年以上前には磁場があり、地表の鉄を含む岩石にその「化石磁場」が刻まれている。
奇妙なのは、その磁気の痕跡が特に南半球の岩石に濃く残っていることだ。
論文は、この磁気の偏りも南北の違いの一つとして挙げている。今回の温度差とどうつながるかは、まだ詳しく分かっていない。
InSightが聞いた「南で消えやすい」振動
2022年12月に運用を終えたNASAの着陸機InSight(インサイト)は、火星に置かれた地震計で「火星地震(マーズクエイク)」を数多く記録した。
データの解析から分かっていたのは、南から来た地震波ほどエネルギーを速く失うという偏りだ。
これも、南のマントルが熱くて柔らかいなら素直に説明がつく。柔らかい岩は波のエネルギーを内部摩擦で食う。
硬い北のマントルを通る波は遠くまで届き、柔らかい南のマントルを抜ける波はすぐ弱まる、というわけだ。


巨大衝突説と「南のフタ」説——決着はまだ先
では、そもそもなぜ南だけが熱く、地殻が分厚くなったのか。論文は3つの候補を検討している。
1つ目は巨大衝突説だ。40億年以上前、火星に巨大な天体がぶつかった。
北半球はごっそりえぐれて広大な衝突盆地になり、そのショックで北のマントルは熱を一気に外へ吐き出し、南よりも早く冷えた——という筋書き。
北の低地全体を一つの巨大クレーターとする考え方だ。
ただし論文は、巨大衝突だけでは片方の半球が長いあいだ数百度熱いままになることは説明できないとし、衝突とほかの仕組みを組み合わせた筋書きを提案している。
2つ目は、マントルの中で片側だけに上昇流が生まれ、今も続いているという説。3つ目が「南のフタ」説だ。
南に厚い地殻ができたのが先で、その分厚い蓋がフタの役割を果たし、内部の熱を外に逃がさなかった。北は薄い地殻から熱を放ちやすく冷え、南は熱がこもって温いまま、というシナリオだ。
どの筋書きが正しいかは、今後の観測で絞り込む必要がある。
ここで大事なのは、今回の論文自体はどちらの起源説を「決めた」わけではない、という点だ。あくまで内部の温度差が北南で本当にあると示したにとどまる。
原因の特定は、もう一段階先の宿題として残っている。
この手法が水星や木星の衛星でも効いてくる
潮汐トモグラフィは、火星専用の技ではない。太陽や親惑星の重力で周期的に歪む天体なら、原理上どこにでも当てはめられる。
論文は、ガニメデ、水星、イオ、エンケラドゥスといった、内部が大きく偏っている天体にもこの手法を使える可能性があるとしている。



太陽やまわりを回る惑星の重力で天体がゆがむ様子を測るやり方なら、ガニメデや水星の中身ものぞけるかもしれないんだ!
参考文献:
一次ソース: Berne, A. et al., Tidal tomography reveals a thermal anomaly beneath Mars’s crustal dichotomy(Nature 656, 2026年8月27日)DOI:10.1038/s41586-026-10893-x
研究機関: アリゾナ大学ほか / 二次ソース: Space.com









