ブラックホールと言えば「なんでも吸い込む」というイメージが根深い。
しかし、東北大学フロンティア研究所の山田智史助教らの国際チームは、日本主導のX線分光衛星XRISMでりゅう座の巨大クエーサーH1821+643を観測し、周囲の熱いガスが激しく乱れていることを突き止めた。
この乱れがクエーサーの吹き出す風によるものだと仮定すると、風が銀河の外側に注いだエネルギーは、従来の見積もりを大きく上回る。
乱れは中心から半径20〜100キロパーセク(約6万5千〜33万光年)に及び、クエーサーのいる銀河の外側にまで広がっていた。
成果は2026年7月28日付で学術誌『Nature Astronomy』にオンライン公開され、9月15日に大学のプレスリリースで紹介された。
キクガスがかき回される勢いなんて、遠くからどうやって測ったんだろう?
銀河団の「揺れ」を計り直した
今回の観測は、クエーサーが銀河の外側まで及ぼす影響の強さを、X線の輝線の幅から見積もったものだ。
クエーサーは、超大質量ブラックホールにガスが落ち込むときに強い風を吹き出し、銀河や銀河団の進化に影響すると考えられている。
この働きを「クエーサーモードのフィードバック」と呼ぶ。
ところが、ほかのクエーサーのイオン化した風から見積もられてきた同じ規模での効率は0.01%以下にとどまり、銀河のスケールを超えてエネルギーが注がれる証拠はほとんどなかった。
今回は、XRISMのX線分光でガスの動きを測り、その乱れからクエーサーの注いだエネルギーを見積もった。
舞台はりゅう座の巨大クエーサー「H1821+643」
ターゲットに選ばれたのは、りゅう座(ドラコ座)の方向、地球から約34億光年のかなたにあるクエーサー H1821+643 だ。
赤方偏移はz=0.297で、中央にクエーサーを抱える銀河団としては最も地球に近い。論文は、クエーサーによるフィードバックを直接調べられる珍しい機会だと位置づけている。
クエーサーは、銀河の中心にある超大質量ブラックホールにガスが落ち込むときに、強く輝く天体だ。
宇宙で最も明るい天体のひとつで、はるか遠くからでも観測できる。
H1821+643は銀河団の中心にどっしり座っており、周囲には温度が約6 keV(約7000万度)の「銀河団内媒質(ICM)」と呼ばれる熱いガスが広がっている。
H1821+643は電波では静かなタイプ(radio-quiet)で、電波ジェットは弱い。
一方で、ボロメトリック光度は(1〜2)×10の47乗erg/sと、論文が比較した他のクエーサーより1〜5桁明るい。
ブラックホールの質量は反響マッピングで約26億太陽質量と見積もられている。


XRISMは「鉄の輝線」から熱いガスの乱れを測った
XRISM(X線分光撮像衛星)は、2023年9月7日にJAXAが打ち上げたX線観測衛星だ。2016年に運用を終えたX線天文衛星「ひとみ」の後継機にあたる。
搭載する「Resolve」は極低温で動くX線マイクロカロリメーターで、エネルギー分解能は4.5 eV(半値全幅)。
速度に直すと秒速15キロより細かい精度で、ガスの動きによる輝線の幅やずれを読み取れる。観測は2024年9月4〜10日に行われ、正味の観測時間は283.7 ks(約79時間)だった。
研究チームが着目したのは、鉄から電子を24個はぎ取り、たった2個だけ残したヘリウム様の鉄イオン「Fe XXV」から放たれるX線の輝線だ。
この輝線から、ガスの温度と動きの速さの両方がわかる。
輝線がドップラー効果でどれだけ広がっているかを測れば、ガスが速く動いているほど輝線の幅は太くなる。
救急車のサイレンが近づくときと遠ざかるときで音程がずれるのと同じ原理を、X線の色で見ていると言い換えても近い。
解析の結果、視線方向の速度分散は約300 km/sだった。
これは、ひとみとXRISMがこれまでに観測した近くの銀河団の中心(160 km/s以下。ペルセウス座銀河団で約164 km/s)をはるかに超える値で、ガスが激しく乱れていることを示す。
しかもその乱れは中心のすぐ近くだけではなかった。
輝線の出どころを調べると、半径20〜100 kpc(キロパーセク)、すなわち中心から約6万5千〜33万光年の範囲が大部分を占めていた。
XRISMの観測と、過去のチャンドラ衛星のデータから計算したところ、鉄の輝線の90%以上がこの範囲から出ていたという。
論文は、20 kpcより内側を銀河スケールとみなし、その外側にエネルギーが注がれたと見積もっている。
ただしXRISMの角度分解能は半値直径で約1.3分角と粗く、位置の絞り込みは過去のチャンドラ衛星のデータに頼っている。
注いだエネルギーは放射エネルギーの1〜10%以上
線幅の広がりがクエーサーの風による衝撃波で生じた乱流だと仮定すると、クエーサーが銀河スケールの外側(半径20 kpc超)に注いだエネルギーは、放射エネルギーの1〜10%以上と見積もられる。
従来の多波長観測による見積もりは0.01%以下で、差は2〜3桁になる。東北大学のプレスリリースは、乱流のエネルギーが従来の見積もりの約100倍だと説明している。
乱流のエネルギーは約4×10の60乗エルグで、東北大学のプレスリリースは数十億回の超新星爆発に匹敵すると表現している。
X線の空洞から見積もられたジェットの力学的エネルギー(3×10の59乗エルグ)より1桁大きい。
山田助教はプレスリリースで、ブラックホールは物質を吸い込むイメージが強いが実際にはガスを「風」の形で吐き出してもいるとし、この風は銀河内にとどまると考えられてきたが実際には想像をはるかに超える力を持っていた、とコメントしている。


乱れはホスト銀河の外、約30万光年に及ぶ


乱れが及ぶ範囲も大きい。半径100 kpcは、光でも約33万年かかる距離だ。
プレスリリースの中で山田助教はさらに、初めてブラックホールが宇宙のより広い環境に驚くべき衝撃波の形で影響を与えている姿を示せたこと、そしてブラックホールがガスの流れの主役として莫大なエネルギーを宇宙の別の領域に運ぶ存在であることを強調している。
ただし、衝撃波そのものは観測で直接見えたわけではない。チャンドラ衛星の深い画像にも目立つ衝撃波の特徴はなく、論文は、高温のガスの中で衝撃波が急速に弱まって見つけにくくなるためと説明している。
測った線幅は衝撃波の速さではなく、衝撃波の後ろのガスの速度分散を表す。
宇宙論的シミュレーションが想定する効率と同程度


今回の1〜10%以上という効率は、最新の宇宙論的流体シミュレーションが採用する値と同程度だ。
論文の例では、COLIBREシミュレーションは標準モデルで熱的な結合効率に5〜10%を使っている。
IllustrisTNGでも、降着率が高い時期にはクエーサーモード(熱的)のフィードバックが優勢になる。
ただし、シミュレーション側の効率は小さなスケールでのエネルギーの与え方で定義されていて、今回の累積的な見積もりと厳密に同じではない。
論文は、この比較は定性的なものだと断っている。
論文は、この結果がクエーサーモードのフィードバックが高赤方偏移の時代の銀河や銀河団の進化で中心的な役割を担っていたことを示唆するとしている。
ただし観測した天体は赤方偏移0.297で、遠い昔の天体ではない。論文はH1821+643を、高赤方偏移の強力なクエーサーに近い性質の天体とみなしている。
1天体の結果と、残る不確かさ


今回の結果はH1821+643という1天体の観測であり、多くのクエーサーを統計的に調べたものではない。
論文自身が挙げる不確かさもある。速度分散が乱流によるのか、ガスの速度のずれ(速度シア)によるのかは区別が難しい。
ガスが揺れ動く「スロッシング」の寄与も、現在の観測では確定できない。
また、効率の見積もりは仮定に左右される。10%の側は衝撃波の半径を約100 kpcと仮定した値で、論文はこの推定が仮定した半径に強く依存すると書いている。
仮定をおかず、乱流のエネルギーだけで見積もった保守的な下限は1%以上だ。
乱流の速さはマッハ数で約0.4の亜音速で、論文は、冷却コアを持つ銀河団で期待される「穏やかな」フィードバックと整合するとしている。



ブラックホールにガスが落ち込んで強く輝く天体1つが、銀河の外までガスを大きくかき回してたのかもしれないんだ。でも調べたのはまだ1天体だけなんだね。
参考文献:
一次ソース: Yamada, S., Ueda, S., Noda, H., et al., Vigorous turbulence driven by quasar-mode feedback in a cluster core(Nature Astronomy, 2026)DOI:10.1038/s41550-026-02939-x
論文ページ: Nature Astronomy(全文)
研究機関: 東北大学フロンティア研究所(FRIS) / 二次ソース: ScienceDaily









