約1億6,000万年前、土星の周りを回る2つの衛星が正面衝突した。秒速数キロメートルで激突した天体は粉々に砕け散り、破片は土星の重力に引き寄せられて渦を巻いた。
カリフォルニア大学サンタクルーズ校の天文学者チームが提唱するこの仮説によれば、その衝突から2つのものが生まれた。1つは今も土星を美しく飾るリング。もう1つは太陽系最大級の衛星タイタンだ。
消えた衛星「クリサリス」

研究チームが失われた衛星に付けた名前は「クリサリス」。蝶のサナギという意味だ。サナギが羽化して蝶になるように、この衛星が砕けてリングとタイタンに生まれ変わった。
推定サイズは直径約1,000キロメートル。地球の月の3分の1ほどの天体が、かつて土星を回っていた。その存在を示す証拠は、意外なところにあった。
土星の「傾き」が証拠になる
土星の自転軸は公転面に対して26.7度傾いている。理論上、海王星の公転周期との共鳴関係からこの傾きは説明できないはずだった。
だがシミュレーションで約1億6,000万年前まで巻き戻すと、土星系にもう1つ衛星があれば共鳴がぴったり成立する。クリサリスが消滅した瞬間にバランスが崩れ、土星の軸だけが今の不自然な角度に取り残された。逆に言えば、この傾きこそがクリサリス存在の証拠なのだ。
衝突の瞬間 ── リングとタイタンが同時に生まれた

シミュレーションで再現された衝突は壮絶だった。2つの天体が激突して粉々に砕け散ると、破片は2つの運命をたどる。
土星に近い破片は重力に引かれて円盤状に広がり、現在のリングになった。NASAの探査機カッシーニが突入直前に測定したリングの質量と年齢(約1億年)は、この衝突のタイミングとよく一致する。恐竜が地球を歩いていた時代、土星にはまだリングがなかった可能性がある。
一方、土星から離れた破片は互いの重力で再び集まり始めた。砂鉄が磁石に引き寄せられるように徐々に固まっていき、やがてタイタンが姿を現した。
1回の衝突からリングとタイタンの両方ができたって、すごいドラマだね
タイタンが「特別」な理由も説明できる

分厚い大気の謎
タイタンは直径5,150キロメートル、水星より大きく、太陽系の衛星で唯一の分厚い大気を持つ。主成分は窒素で、地表気圧は地球の1.5倍。他の土星の衛星にはほとんど大気がない。なぜタイタンだけが特別なのか。
衝突説はこう説明する。クリサリスと衝突相手が内部に閉じ込めていた大量の揮発性物質が、衝撃で一気に放出された。炭酸飲料のボトルを激しく振ってから開けたときのように、ガスが噴き出してタイタンの大気になったのだ。
尽きないメタンの供給源
タイタンの表面にはカスピ海より大きなメタンの海が広がっている。メタンの雨が降り、川も流れる。だがメタンは紫外線で分解されやすく、数千万年で消滅するはず。今も豊富に存在するということは、どこかに供給源がある。
衝突説では、クリサリスの有機物がタイタン内部に受け継がれ、地下の液体水の層で化学反応が起きて定期的にメタンが生成されていると考える。
リングの組成も矛盾しない
土星のリングは主に水の氷でできている。もし太陽系形成時の残り物なら岩石成分がもっと多いはずだが、氷が多い衛星の衝突で形成されたなら現在の組成と一致する。リングの部分ごとに微妙に組成が違うのも、花火のように複数の破片が異なる軌道に散らばった結果と解釈できる。
この仮説はまだ証明されていない。だが今後の探査でタイタンの内部構造と年齢を詳しく調べれば、本当に衝突で生まれたのか確かめられるはずだ。宇宙の歴史は、想像以上に暴力的で、そして創造的なのかもしれない。
参考文献:
A lost moon may have created Titan and Saturn’s rings
出典: ScienceDaily
アイキャッチ画像: Photo by Javier Miranda on Unsplash


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