国際研究チームがドイツのGSIヘルムホルツ重イオン研究センターで行った実験で、原子核の中に短時間だけ閉じ込められる特殊な粒子状態「η'(イータプライム)メソン原子核」ができた兆候を捉えた。
理論的に予言されていたものの、これまで見つかっていなかった状態だ。成果は2026年4月7日、物理学誌『Physical Review Letters』に掲載された。
物質に質量が生まれる仕組みと、「真空」の性質を調べる手がかりになると期待されている。
「物質になぜ重さがあるのか」は、現代物理学の根源的な問いの一つです。
そもそも「質量」はモノの中にあるわけじゃない
陽子の重さの大半は中身の素粒子のものではない
リンゴ1個に重さがあるのは、その中身を構成している陽子や中性子に質量があるからだ。
ところが陽子の中にあるクォーク自体が担っている質量は、陽子全体の質量のごく一部にすぎない。
陽子の質量の大半は、クォークの運動と、グルーオンを介した強い力から生まれる。ではそれは、どんな仕組みなのか。
ここでよく誤解されるのが、有名な「ヒッグス」の話だ。
2012年にCERN(欧州原子核研究機構)でヒッグス粒子が発見され、大きなニュースになった(理論としてのヒッグス機構そのものは1964年に提案されている)。
ヒッグス機構は、クォークや電子といった素粒子に質量を与える仕組みだ。
しかし陽子の質量の大半は、このヒッグス機構ではなく、クォークの運動と強い力から生まれる。

質量と「真空」の性質のつながり
物質が質量を得るのは真空の性質のためだと、現代物理学は考えている。真空は単なる「何もない空間」ではなく、複雑な構造を持っている。
真空の構造を表す量の一つが「クォーク凝縮」(論文ではカイラル凝縮)だ。論文は、その真空期待値を、真空の状態を表す秩序変数として扱っている。
また、クォーク同士を結びつけるグルーオン自体には質量がないが、陽子の質量に大きく寄与している。
強い力と「カイラル対称性」のしくみ
クォーク凝縮を理論として記述しているのが、原子核を結びつける強い相互作用を扱う理論「量子色力学(QCD)」だ。
QCDが持つ「カイラル対称性」は、低エネルギーの真空では自発的に破れている。もし対称性が保たれていれば、最も軽い9種類のメソン(η’を含む)は同じ質量になると期待される。
もし真空の構造が場所によって変わるなら、そこにあるη’メソンの質量も変わるはずだ。
論文は、クォーク凝縮の大きさが原子核の標準的な密度(核飽和密度)で40±3パーセント減るという先行研究の値を挙げ、η’メソンも原子核の中で軽くなると予想している。
この変化を直接測れれば、質量の起源と真空の構造を結びつける証拠になる。問題は、それをどうやって測るかだった。
研究者たちが目をつけたのが、原子核の内部で一瞬だけ捕まる「幻の粒子状態」を作り出す方法だ。
原子核に束縛されるη’メソンを探す
主役となったメソンは、クォーク1個と反クォーク1個が結合した複合粒子だ。パイ中間子をはじめ、たくさんの種類が知られている。
その中でもη’メソンは飛び抜けて重い。質量は約958メガ電子ボルトで、最も軽い仲間(約135メガ電子ボルト)の約7倍もある。
この重さは、カイラル対称性の破れと「量子異常」と呼ばれる効果が組み合わさった結果だと考えられている。
原子核の中でη’メソンの質量がどれだけ変わるかを測れれば、密度の高い環境で真空の構造がどう変わるかを調べる手がかりになる。
キク寿命がすごく短いメソンって粒子が、原子核に捕まることなんてできるのかな?
一瞬で消える粒子なのに核に束縛される
メソンは寿命の短い粒子で、存在できる時間は1000万分の1秒に満たない。
しかし理論の計算では、η’メソンは原子核に引きつけられ、ごく短時間だけ「束縛状態」を作れる可能性がある。
この閉じ込められた状態が「η’メソン原子核(η’-mesic nucleus)」と呼ばれるものだ。
束縛されたη’メソンの質量や束縛エネルギーの値は、まわりの真空構造の変化と結びついている。
2台の装置を組み合わせる
研究チームはGSI研究所で、炭素(12C)の標的に2.5ギガ電子ボルトの陽子ビームを約3日間当てて炭素原子核を励起させ、η’メソンを生成した。
(p,d)反応は約1100万回記録された。
生まれたメソンが核に束縛される瞬間を捉えるため、反応で放出されてくる「重陽子(陽子1個と中性子1個でできた最も単純な原子核)」のエネルギーを精密に測定する。
使われたのは、高分解能の分光器として使う「FRS(フラグメントセパレーター)」と、もとはスウェーデンのウプサラで開発された検出器「WASA」だ。
FRSが重陽子のエネルギーを精密に分け、WASAが核の中で起きるη’メソンの崩壊由来の高エネルギー陽子を捕まえる役割を担う。
この2台を組み合わせ、η’メソン原子核が崩壊したときに出る高エネルギーの陽子を同時に捉えることで、関係のない反応を大きく減らした。
条件を満たす事象は、全体の446分の1になった。
測定で見えた兆候
理論の予言と合う構造が見えた
計測された炭素原子核の励起エネルギー分布には、η’メソン原子核の形成を示すとみられるパターンが現れた。
η’メソンを原子核に引きつける力(ポテンシャル)の深さを約マイナス61メガ電子ボルトとしたとき、理論の計算が測定と最もよく合った。
誤差は統計が±1、系統が±5メガ電子ボルトで、光子を使った別の実験の値(マイナス39±7±15メガ電子ボルト)とも誤差の範囲で合っている。
このときの統計的な確からしさは、ほかの場所に偶然のゆらぎが出る可能性を考えない「局所」の値で3.5σ、考えに入れた「全体」の値で2.1σだ。
ただし全体の値は2.1σで、統計的な確からしさは限られている。論文の要旨もそう書いている。
測定したスペクトルには、η’メソンが飛び出すしきい値から約30と約6メガ電子ボルト下の2か所に山が見えた。間隔は約24メガ電子ボルトで、理論が予想する束縛状態の間隔と矛盾しない。
別の条件で選んだ比較用のデータには、こうした山は出なかった。
論文の結論は、この2つの山をη’メソン原子核の初めての直接検出を示す結果としている。一方で、確かな結論には今後さらに有意性を高める必要があるとも書いている。
論文の第一著者である関谷亮平氏も、「私たちの解析は、これらの束縛状態が実際に形成されたことを示唆している」という、慎重な言い回しをしている。


核の内側でη’の質量が軽くなるかどうか
もし今後の測定でこれが固まれば、次に重要になるのが、原子核の内側に入ったη’メソンの質量が外より軽くなるかどうかだ。
粒子の質量が環境によって変わることが示せれば、真空の構造が物質の質量に関わるという考え方を支える手がかりになる。
研究チームは、今回の結果から、原子核の中でη’メソンの質量が軽くなっている可能性も示唆されたとしている。ただ、確かめるのはこれからだ。
大阪大学の板橋健太教授(シニア著者)は「私たちの測定は、中間子が核物質の中でどう振る舞うかについて、重要な新しい手がかりをもたらす。これは、物質がどのように質量を得るのか、そして原子核の内部で真空の構造がどう変わるのかという根源的な問いの答えに、私たちを近づけてくれる」と語る。
残された謎と、次に確かめること
統計的な確からしさを高めるには、さらに測定を重ねる必要がある。
論文は今後の課題として、検出器の受け入れ範囲を広げて背中合わせに出る2つの核子を捉えることや、KΛなど別の崩壊の測定を挙げている。
J-PARCやFAIRでパイ中間子ビームを使えば、より大きな生成確率が見込めるともしている。
η’メソン原子核の性質をさらに調べることは、強い力と真空構造の関係、そして物質がどのように質量を得るのかという問いに近づく道になる。



真空は何もない場所じゃなくて、その構造が質量に関わっていると考えられてるのか。珍しい原子核ができたかは、まだ兆候の段階なんだね。
参考文献:
Sekiya R, et al. (η-PRiME/WASA-FRS/Super-FRS Experiment Collaboration). Excitation Spectra of the ¹²C(p,d) Reaction near the η′-Meson Emission Threshold Measured in Coincidence with High-Momentum Protons. Physical Review Letters 136, 142501 (2026). DOI: 10.1103/6vsl-ng7x
Physical Review Letters 原論文
This exotic particle could finally explain why matter has mass(ScienceDaily)
論文の全文(arXiv版プレプリント)
Experimental indication of a new type of mesic nuclei(大阪大学の発表)









