私たちの体の中では、数えきれないほどのタンパク質が、それぞれの役割をこなしている。筋肉などをつくる材料になるもの、ホルモンや抗体として働くもの、酵素として体の中の化学反応を進めるものもある。
ノーベル財団はタンパク質を、生命の「化学の道具」と呼んでいる。
タンパク質の働きは、その立体的な形で決まる。ところが、アミノ酸の並び順から形を予測するのは、50年以上解けなかった難問だった。
実験で一つの構造を決めるには、数か月から数年の手間がかかる。この壁を破ったのがAIで、2024年には開発者2人にノーベル化学賞が贈られた。
タンパク質の「形」は、なぜそんなに重要なのか
タンパク質は、アミノ酸がひも状に数十個から数千個つながってできている。材料になるアミノ酸はふつう20種類だ。このひもがねじれ、折りたたまれて、独特の立体的な形になる。
そして、この形がタンパク質の働きを決めている。
1961年、アメリカのクリスチャン・アンフィンセンは、タンパク質の立体構造はアミノ酸の並び順だけで決まると結論づけた。
つまり、並び順さえ分かれば、理屈のうえでは形も分かるはずだ。ただし、その計算がとても難しかった。
50年間だれも解けなかった難問
タンパク質の形を知る、という課題は、なぜそれほど難しかったのか。従来、その形を調べるには、実際に実験で「見る」しかなかった。
おもに使われてきたのはX線結晶構造解析で、のちにクライオ電子顕微鏡も加わった。ノーベル財団によると、研究者たちは大変な労力をかけて、約20万種類のタンパク質の構造を明らかにしてきた。
それでも一つの構造を決めるのに数か月から数年かかることが多く、構造がまったく得られない場合もあった。
論文は、構造が分かっているのは、知られている数十億のタンパク質の配列のごく一部にすぎないと書いている。
アミノ酸の並びから立体構造を予測する課題は、50年以上にわたって生物学の未解決問題だった。
1994年には予測の精度を競う大会CASPが始まり、2年に一度、構造が決まったばかりで未公表のタンパク質の配列が出題されるようになった。
それでも、ノーベル財団によると、予測と実際の構造の一致度はほとんど上がらなかった。その壁が、2020年に崩れる。
なぜ、これほど難しかったのか。1969年、アメリカのサイラス・レビンタールは、アミノ酸が100個しかないタンパク質でも、理論上は少なくとも10の47乗通りの立体構造がありうると計算した。
でたらめに折りたたんで正しい形を探せば、宇宙の年齢より長くかかる。ところが細胞の中では、タンパク質は数ミリ秒で正しい形に折りたたまれる。
この食い違いは「レビンタールのパラドックス」と呼ばれる。
キク実験で何年もかかった形を、AIはどうやって言い当てているんだろう?
AlphaFold2の衝撃


2020年、ロンドンのAI企業ディープマインド(現在のGoogle DeepMind)が、AlphaFold2(アルファフォールド2)を発表した。
率いたのは、のちにノーベル賞を受けるデミス・ハサビス氏とジョン・ジャンパー氏だ。
舞台は2020年の第14回CASP(CASP14)だった。
AlphaFold2の予測は他の手法を大きく上回り、骨格の位置のずれは中央値で0.96オングストロームと、次点の手法(2.8オングストローム)の3分の1ほどだった。
ノーベル財団の科学的背景によると、GDTという指標で、難しい標的に対する最良の予測がおよそ90に達した。GDTが90前後なら、実験で決めた構造と同じくらいの精度とみなされる。
ノーベル財団の解説は、CASPの主催者が結果を見て、50年来の課題は終わったと受け止めたと書いている。
もう一つの強みは速さだ。アミノ酸の並び順を入力すると、配列の長さに応じて、GPU(画像処理用の計算チップ)で数分から数時間で立体構造を予測する。
論文によると、384個のアミノ酸からなるタンパク質なら、1つのモデルにつきGPUで約1分だった。実験で何年もかかることもあった作業が、数分で済む場合も出てきた。
この成果は、2021年に科学誌『ネイチャー』に発表された。
では、このAIはどうやって形を言い当てるのか。チームは、これまでに分かっているすべてのタンパク質の構造と、アミノ酸配列のデータベースを使ってAlphaFold2を学習させた。
論文によると、進化の過程で一緒に変化してきたアミノ酸の組み合わせの情報と、物理や形の制約を組み込んだ新しいニューラルネットワークを使っている。
AlphaFold2は、予測した構造がどのくらい正しそうかも自分で見積もる。研究者は、その予測をどこまで信頼してよいかが分かる。


人のタンパク質の構造カバー率は48%から76%に
AlphaFold2がもたらした変化は、速さだけではない。人のタンパク質のうち、どこまで構造の手がかりがあるかという範囲も大きく広がった。
2022年の解析によると、AlphaFold以前に人のタンパク質で構造の手がかりがあったのは、アミノ酸残基の数でみて48%だった。
この数字には、実験で決めた構造に加えて、よく似たタンパク質の構造をもとにつくるホモロジーモデルも含まれる。実験で決めた構造だけに限ると、信頼できる構造データは全残基の17%ほどだった。
AlphaFoldの予測を加えると、このカバー率は76%に上がった。
構造の手がかりがまったくなかった5,027個のタンパク質は、高品質のAlphaFoldモデルで見ると1,499個まで減った。
病気の原因となる遺伝子変異(ClinVarで病原性とされたもの)では、94%で構造データが得られるようになった。
予測した構造は、欧州バイオインフォマティクス研究所(EMBL-EBI)とGoogle DeepMindが共同で運営するAlphaFoldデータベースで公開されている。
2021年7月の公開時は36万件あまりだったが、2023年の報告では2億1400万件を超えている。
ノーベル財団によると、これは研究者がこれまでに見つけたほぼすべてのタンパク質、約2億種類にあたる。


AlphaFold3で、何が変わったのか
2024年5月、Google DeepMindとIsomorphic Labsの研究チームは、後継のAlphaFold 3を『ネイチャー』に発表し、予測できる対象を大きく広げた。
体の中のタンパク質は、単独で働くとは限らない。DNAやRNA、薬になる小さな分子、金属イオンなどと結びついて働く。
AlphaFold2は1本のタンパク質の鎖を主な対象にしており、タンパク質どうしの複合体には派生版のAlphaFold-Multimerが使われてきた。
AlphaFold 3は一つのモデルで、タンパク質、核酸、小さな分子、イオン、化学修飾を受けたアミノ酸などが組み合わさった複合体の構造を予測できるようになった。
これは創薬にとって大きな意味がある。論文によると、AlphaFold 3は、タンパク質と小さな分子の結合の予測で、既存のドッキングツールよりはるかに高い精度を示した。
タンパク質と核酸の複合体や、抗体と抗原の組み合わせの予測でも、それぞれの専用ツールやAlphaFold-Multimerを上回った。
ただし、論文自身が限界も挙げている。分子の左右の向き(キラリティ)を取り違える誤りが、ベンチマークで4.4%残る。
構造の決まっていない部分に、もっともらしい形をつくってしまう「幻覚」もある。対策で大きく減ったが、なくなってはいない。
また、溶液の中で動き回る分子の姿ではなく、データベースにあるような止まった構造しか予測できない。
なお、論文には発表後に追記(Addendum)が出たが、これは内容の訂正ではなく、予測に使うプログラム(推論コード)を公開したという知らせだった。
2024年ノーベル化学賞は「設計」と「予測」に


こうした一連の成果は、ついに科学の最高の栄誉によって認められることになる。2024年のノーベル化学賞だ。
この年の化学賞は、二つの功績に贈られた。賞の半分は「コンピューターによるタンパク質の設計」で、アメリカ・ワシントン大学のデビッド・ベイカー氏に。
もう半分は「タンパク質の構造予測」で、Google DeepMindのデミス・ハサビス氏とジョン・ジャンパー氏に授与された。
二つの功績は向きが違う。ベイカー氏の仕事は「設計」で、自然界にない新しいタンパク質をつくり出すこと。
2003年に発表した「Top7」は、知られているどのタンパク質とも違う形をもつ、初めての人工タンパク質だった。
ハサビス氏らの仕事は「予測」で、すでにあるタンパク質の形を言い当てることだ。
ノーベル財団によると、ベイカー氏も2020年のCASPのあと、トランスフォーマーと呼ばれる種類のAIモデルを自分のソフト「Rosetta」に組み込み、新しいタンパク質の設計に役立てている。
前日の2024年10月8日には、ノーベル物理学賞が、人工ニューラルネットワークによる機械学習の基礎を築いたジョン・ホップフィールド氏とジェフリー・ヒントン氏に贈られている。
化学賞の発表の時点で、AlphaFold2はすでに190か国の200万人を超える人に使われていた。


タンパク質の異常な凝集と病気


タンパク質の形の話は、健康にも関わる。形が崩れたタンパク質が寄り集まったかたまりが、いくつかの脳の病気で見つかっているからだ。
アルツハイマー病では、アミロイドβと呼ばれるタンパク質の断片が脳にたまり、アミロイド斑というかたまりをつくるのが特徴だ。
パーキンソン病では、ドーパミンをつくる神経細胞の中に、レビー小体というタンパク質のかたまりができる。レビー小体のおもな成分は、形の崩れたαシヌクレインというタンパク質だ。
ただし、これらのかたまりが病気の原因だとまでは言い切れない。
米国立医学図書館の解説は、レビー小体が神経細胞を死なせるのか、それとも病気に対する細胞の反応の一部なのかはまだはっきりしないとしている。
アミロイドβについても、たまることが神経細胞の死につながる「可能性がある」という書き方にとどめている。
ノーベル財団は、タンパク質の構造を簡単に見られるようになったことで、病気がなぜ起こるのかなどの理解が進むと述べている。
ただしAlphaFoldが予測するのは、データベースにあるような止まった構造だ。タンパク質がどのように形を崩し、寄り集まっていくのかという動きまで、そのまま予測できるわけではない。


創薬は本当に速くなったのか


AIの予測構造を創薬に使った例は出てきている。2023年の研究では、肝細胞がんの治療標的としてCDK20というタンパク質を選んだ。
CDK20には実験で決めた構造がなかったため、AlphaFoldの予測構造をもとにAIで8918個の分子を生成し、7個だけを合成して試した。
その結果、標的を選んでから30日で、CDK20に結合する最初の化合物(ヒット化合物)が見つかった。著者らは、AlphaFoldをヒット化合物の発見に使った初めての例だとしている。
別の研究では、AlphaFold2の予測構造と、実験で決めた構造の両方に、数億個の分子を当てはめるドッキング計算をして比べた。
その結果、薬の候補として実際に働く分子が見つかる割合(ヒット率)は、σ2受容体で54%と51%、セロトニン2A受容体で26%と23%と、ほぼ同じだった。
差は統計的に意味のあるものではなかった。予測構造でも、実験構造と同じくらい役に立つことを示した結果だ。
ただし、構造が分かることと、薬ができることの間には大きな距離がある。CDK20の例で確かめられたのは、試験管と培養したがん細胞での働きまでだ。
人に使える薬になるには、動物での試験や、効き目と安全性を調べる臨床試験を経なければならない。AIの構造予測が短くしたのは、創薬の最初の段階だ。



AIのおかげで創薬の最初の段階は短くなったけど、タンパク質の形が分かってから薬になるまでには、まだ長い道のりがあるんだな。
参考文献:
Highly accurate protein structure prediction with AlphaFold(Nature, 2021, DOI:10.1038/s41586-021-03819-2)
Accurate structure prediction of biomolecular interactions with AlphaFold 3(Nature, 2024, DOI:10.1038/s41586-024-07487-w)
論文本文(オープンアクセス): AlphaFold2(PMC) / AlphaFold 3(PMC)
The Nobel Prize in Chemistry 2024 プレスリリース(スウェーデン王立科学アカデミー)
The Nobel Prize in Chemistry 2024 一般向け解説(ノーベル財団)
The structural coverage of the human proteome before and after AlphaFold(PLoS Comput Biol, 2022)
AlphaFold Protein Structure Database in 2024(Nucleic Acids Res, 2024)
AlphaFold accelerates artificial intelligence powered drug discovery(Chem Sci, 2023)
AlphaFold2 structures guide prospective ligand discovery(Science, 2024)










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