宇宙でキノコを育てる。SF映画のような話が、2025年、現実の一歩を踏み出した。
「ミッション・マッシュブルーム」と名づけられたこの実験は、宇宙という極限の環境で、初めてヒラタケの栽培に挑んだ試みだ。
ただし、軌道上でキノコがどこまで育ったのかという結果は、筆者が調べた範囲(2026年10月時点)では公表が見つからなかった。
この記事では、事前に公表された計画をもとに、何を確かめようとした実験なのかを整理する。
どんな実験だったのか
舞台は民間の有人宇宙飛行「フラム2」
この実験の舞台は、スペースX社の宇宙船クルードラゴンで行われた「フラム2」という民間の有人飛行だ。
フラム2は2025年3月末に打ち上げられ、地球の南極と北極の上空を通る、史上初の有人極軌道飛行として注目を集めた。
乗ったのは、国の宇宙飛行士ではない4人のクルーだ。費用を出したのはマルタ出身の起業家チュン・ワン氏で、実験を担当したのは、オーストラリアの極地探検家エリック・フィリップス氏だった。
実験を主導したのは、オーストラリアの民間企業フードアイキュー・グローバルだ。
宇宙栄養学者のフラビア・ファイエ=ムーア博士が研究責任者を務め、NASAで宇宙作物生産と探査用食料システムのプロジェクトマネージャーだったラルフ・フリッチェ氏が共同研究者に加わった。
宇宙での役割は観察と記録
実験の中身はこうだ。研究チームは、ヒラタケの菌を培地(育てる土台)に先に行きわたらせ、キノコになる小さな丸いつぶ(原基)が出る段階まで育てたブロックを積み込んだ。
宇宙で確かめるのは、その原基がキノコに育っていくかどうかだ。
クルーの担当だったフィリップス氏は、計画を次のように述べている。「子実体がどう育つかを観察し、成長の速さや汚染の兆候、そのほかさまざまな性質を記録します」
フラム2の飛行は約3日半で、2025年4月4日にカリフォルニア沖に着水した。計画では、持ち帰ったキノコを研究室に送り、成長、生化学、遺伝子、栄養価への宇宙の影響を調べることになっていた。
比較のために、フロリダに置いた同じ栽培キットも使う。
軌道上でキノコを収穫したり食べたりしたという報告は、確認できなかった。
キク宇宙ではキノコの育ち方を見て記録するのが役目で、くわしい分析は地球に戻ってからなんだ。
なぜ、わざわざ宇宙でキノコなのか


火星までは、補給が届かない
そもそも、なぜ宇宙で食料を育てる必要があるのか。理由は、遠い宇宙では補給が難しいからだ。火星への輸送には数か月かかり、打ち上げに適した時期は約26か月に一度しか巡ってこない。
現在の宇宙食は、包装された食品とサプリメントに頼る部分が大きく、新鮮さや種類に限りがある。研究チームは、宇宙飛行士の健康を支え、農業の資源を循環させる食料源が足りていないとしている。



補給が届きにくい遠い宇宙で育てるなら、どうして野菜じゃなくてキノコなんだろう?
少ない資源で育つキノコ
数ある食材のなかで、なぜキノコが選ばれたのか。研究チームは、毎日ほぼ2倍の大きさに育つほど成長が速いこと、必要な水や日光、場所が少なくて済むことを挙げている。
栄養面では、ビタミンD、カリウム、セレン、銅を含むとされる。
ファイエ=ムーア博士は、紫外線に当てたヒラタケは宇宙飛行士が1日に必要とするビタミンDをまかなえると述べ、いま国際宇宙ステーション(ISS)でサプリメントで補っているビタミンDの代わりになる可能性を挙げている。
無重力で、キノコはどう育つのか


確かめようとしたこと
キノコは、根のように広がる糸状の菌糸のネットワークと、そこから生える子実体(私たちが食べるキノコの部分)でできている。
研究チームが調べるのは、宇宙で菌糸がどう広がってキノコができるか、そして地上で育てたキノコと形や生化学にちがいがあるかどうかだ。
分析結果は確認できなかった
ミッション・マッシュブルームについて、飛行後の分析結果を伝える報道や発表は、筆者が調べた範囲(2026年10月時点)では見つからなかった。
そのため、宇宙でヒラタケの形や栄養がどう変わったのかは、まだ言えない。
参考になる別のチームの実験がある。
オーストラリアのスウィンバーン工科大学のチームは、メルボルンの高校生12人と設計した実験で、2024年8月にヤマブシタケ、カワラタケ、サナギタケの3種の菌糸を入れた36本の小瓶をISSに送った。
菌糸は密封されたまま約1か月ISSにとどまって地球に戻った。小瓶が小さすぎて、宇宙でキノコの形まで育てることはできなかった。
地球に戻して新しい培地に移すと、数日で芽が出て、1週間ほどで収穫できるヤマブシタケに育った。チームは「低重力の環境は、私たちの菌糸に悪い影響を与えなかった」と述べている。
キノコの詳しい分析は、いまも続いている。
宇宙で育てた作物を食べた例はあるのか
NASAのレタスは宇宙で食べられた
NASAがISSの野菜栽培装置ベジーで育てた赤いロメインレタスは、2016年10月から12月の栽培で、1回目と3回目の収穫、4回目の半分を乗組員が食べた。
2回目と残りの葉は冷凍して地球に送り、微生物や成分を調べた。
地球で調べた結果、調べた範囲ではヒトに病気を起こす病原菌は検出されなかった。つまり、宇宙で育てた作物を宇宙で食べること自体は、すでに行われている。
ファイエ=ムーア博士によると、NASAはいま、微小重力で食品を加工する設備がまだないため、そのまま摘んで食べられる作物を優先している。
ヒラタケは生で食べられることも利点とされる。
地球に持ち帰って食べた実験もある
宇宙を経験したキノコを実際に食べた例もある。先ほどのスウィンバーン工科大学の実験では、地球に戻った菌糸から育てたヤマブシタケを研究者が収穫し、チーズと一緒にパスタソースにして食べた。
ただし、それはヒラタケではなく別のキノコで、食べたのは地球の上だ。
民間の飛行に載った、民間企業の実験
民間資金で飛んだフラム2
フラム2は、スペースX社のクルードラゴンで飛んだ民間の飛行で、費用を出したのは起業家のチュン・ワン氏だ。その船のなかで、オーストラリアの一企業が自分たちの実験を行った。
味が弱くなる宇宙食と、キノコのうま味
ファイエ=ムーア博士によると、宇宙では味覚が変わって食べ物の味をぼんやり感じやすい。加えて、骨への悪影響をやわらげるために塩分を控える必要もあり、食事は薄味になりがちだという。
博士は、キノコはうま味が豊富で、宇宙でも強く感じられる数少ない味のひとつだと話している。ただし、これは研究チームの説明で、宇宙での味覚を調べた結果ではない。


地球の食料にも役立つと期待されている


共同研究者が語る期待
共同研究者のフリッチェ氏は、「宇宙で食用キノコを育てることに成功すれば、宇宙探査と持続可能な栄養にとって大きな節目となる」と述べている。
同氏は、この実験が火星のような長期ミッションの食料づくりを進めるだけでなく、地球の食料安全保障を高める知見ももたらしうると語った。
ただし、これは計画段階での発言で、分析の結果はまだ確認できない。
参考文献:
Mission MushVroom — FOODiQ Global
SpaceX astronauts aim to grow edible mushrooms in space on Fram2 mission — ABC News
SpaceX’s Fram2 astronaut flight over Earth’s poles will be the 1st to grow mushrooms in space — Space.com
SpaceX Astronauts Will Try Growing the First Mushrooms in Space — Smithsonian Magazine
We ate space mushrooms and survived to tell the tale — The Conversation
Microbiological and nutritional quality of Veggie-grown lettuce on the ISS — Frontiers in Plant Science (2020)









