トイレでスマホをいじる。今や、多くの人にとって当たり前の習慣だ。ところが、その何気ない行動が、痔のリスクと関わっているかもしれない——。ハーバード大学に関連する病院が、125人を調べて、そんな研究結果を報告した。トイレでスマホを使う人は、痔のリスクが46%高かったというのだ。
「46%」と聞くと、ぎょっとする。だが、この数字を正しく読み解くには、いくつか押さえるべきポイントがある。そして、「スマホで痔になる」と言い切れるかというと、実はそうではない。数字の迫力に惑わされず、この研究が本当に示したことと、まだ言えないことを、冷静に切り分けていこう。この記事は、健康ニュースの正しい読み方を学ぶ、格好の題材でもある。
そもそも痔とは、どんな病気か
誰の体にもある「肛門のパッキン」
まず、痔とは何かを知っておこう。肛門の内側、直腸との境目には、「肛門クッション」と呼ばれる血管の集まりがある。これは弾力のある組織で、便やガスが漏れないよう、肛門を隙間なく閉じる役割を担う。いわば、肛門のパッキンだ。これは誰の体にも生まれつき備わっている、正常な構造であり、それ自体は病気ではない。
問題は、このクッションに、繰り返し負担がかかったときに起きる。排便時のいきみ、便秘や下痢、長時間の座位などによって血流が滞り、クッションが腫れて肥大化すると、「痔核(いぼ痔)」になる。新品のパッキンは弾力があって密閉性が高いが、繰り返し圧力をかけ続けると、弾力を失い、膨らんだり、へたったりする。痔核とは、まさにこのパッキンが「圧力の履歴」を、体に刻んだ結果なのだ。海外の解剖研究では、自覚症状がなかった人も含めると、7割が痔核を持っていたという報告もあり、虫歯に次いで身近な病気ともいわれる。
なぜ、長く座ると負担がかかるのか
では、なぜトイレで長く座ることが、痔に関わるのか。鍵は、姿勢と重力だ。便座に座ると、直立時とは違って、下半身の血液が、肛門周囲の血管に集まりやすい状態になる。この状態が長く続くほど、クッション組織にかかる圧力は上がり続け、血液がうっ滞していく。立ち仕事の店員の脚が、休まず立ち続けるとむくむのと、同じ理屈だ。それが、座位という真逆の姿勢で、肛門周囲に起きている。
さらに、排便のいきみも関わる。腹圧を高めるいきみは、一時的には正常な反応だが、繰り返されたり、長く続いたりすると、肛門クッションへの圧力が、慢性的に積み重なる。便座に座って、何かに気を取られている間、無意識にいきみを繰り返したり、姿勢を保ち続けたりすることが、うっ血を助長する。つまり、トイレでの長居そのものが、負担の元になりうるのである。

痔って、誰の体にもあるパッキンが使われすぎて腫れた状態なんだ! 意外。
ハーバードの病院が、125人を調べたら


スマホ使用者は、座る時間が長い
この研究を行ったのは、ハーバード大学医学大学院に関連する病院を中心とするチームだ。結果は2025年、専門誌プロス・ワンに掲載された。対象は、大腸内視鏡検査を受けた成人125人。そのうち、トイレでスマホを使う人が83人、使わない人が42人だった。研究では、スマホの使用習慣や、便通、運動量、食物繊維の摂取量などを聞き取り、あわせて、内視鏡検査の際に、2人の医師が独立して、痔核の有無を客観的に評価した。
すると、はっきりした差が出た。便座に5分以上座っていたと答えた人の割合が、スマホ使用者では37.3%だったのに対し、使わない人では、わずか7.1%だったのだ。スマホを持ち込まない人は、ほとんどが数分以内で用を済ませているのに対し、持ち込んだ人は「もう少しだけ」を繰り返しやすい。この座る時間の差が、痔のリスクと関わっていると考えられた。
年齢などを調整して、46%増
そして、年齢、性別、体格、運動量、いきみ、食物繊維の摂取量といった要因を、統計的に調整した上で、トイレでのスマホ使用は、痔核のリスクの46%増加と関連していた。注目すべきことに、いきみの有無自体は、スマホ使用者と非使用者で差がなく、独立した予測因子ではなかった。研究チームは、「いきみ」よりも「座位時間の延長」こそが、より確からしい要因だと考察している。
スマホという、持ち込み可能な娯楽が加わったことで、トイレが、いつのまにか「用を済ませたら出る場所」から「腰を据える場所」に、性質を変えてしまった。昔から新聞や雑誌を持ち込む習慣はあったが、常に更新され続けるスマホは、時間の切れ目を作りにくい点で、従来のメディアと異なる。「あと少し」とスクロールを続けるその数分が、体感以上に、肛門への持続的な圧力になっている、というのがこの研究の着眼点である。
「46%高い」の正しい読み方


相対リスクと、絶対リスクの違い
ここで、「46%高い」という数字を、正しく読み解こう。この数字は、統計の世界では「相対リスク」に分類される。基準となる集団のリスクを1としたとき、比較対象のリスクが何倍か、を示す指標だ。ここで重要なのが、「絶対リスク」との違いである。
よく使われる例え話がある。あるがんの発生率が、片方の集団で2%、もう片方で3%だったとする。相対リスクは、3を2で割って1.5倍、つまり「50%増」と表現される。しかし、絶対リスク、つまり実際に何ポイント上がったかで見ると、その差はわずか1ポイントにすぎない。「50%増」という言葉の迫力と、「たった1ポイント」という実感の間には、大きなギャップがある。「宝くじの当選確率が46%上がった」と言われても、元の確率が1000万分の1なら、上がった後もほとんど変わらないのと同じだ。
母数を見ずに、倍率だけで判断しない
今回の研究でも、「46%」という相対的な数値だけが、独り歩きしやすい。痔核の元の有病率が、仮に3割程度だとすれば、46%増は、4割台への上昇に相当する計算になる。だが、これはあくまで概算であり、正確な絶対リスクは、元の集団の有病率次第で、大きく変わる。相対リスクだけを見て一喜一憂するのは、母数を見ずに、倍率だけで判断する危うさがある。
医学のニュースや報道で、「◯%リスク増加」という数字を見たら、それが相対リスクなのか、絶対リスクなのかを、まず確認する。これが、情報を正しく読み解く、基本の動作だ。数字のインパクトに驚く前に、その数字がどんな母数の上に乗っているかを、一緒に考える。その習慣が、健康情報に振り回されないための、確かな盾になる。
「46%増」って相対リスクなんだ! 元の割合を見ないと本当の大きさは分からないんだね。
「スマホで痔になる」とは言い切れない理由


この研究は「横断研究」である
さらに大切なのが、因果関係の問題だ。研究の著者ら自身が、論文の中で明確に釘を刺している。この研究は「横断研究」であり、因果関係を確立する能力には限界がある、と。横断研究とは、ある一時点で、スマホ使用の有無と、痔核の有無を、同時に調べる手法だ。「どちらが先に起きたか」を、時間軸で追跡していない。
ここで疑うべきは、「逆の因果関係」の可能性だ。スマホがトイレでの時間を延ばすのではなく、すでに痔などで排便に時間がかかる人が、その間、スマホで時間をつぶしている、という順序も、理論上はありうる。今回の研究は、この二つの可能性を、区別できない。「傘を持っている人ほど雨に濡れている」からといって、「傘のせいで濡れた」のではなく、「雨が降っているから両方が起きた」だけかもしれない。それと同じ、相関と因果の罠である。
隠れた要因の、可能性
もう一つ疑うべきが、「交絡因子」だ。年齢や運動量などは調整されているが、測定されていない要因が、残る可能性は否定できない。たとえば、「もともと便通に不安があり、長く座る習慣がある人」が、「暇つぶしにスマホも持ち込みやすい」という第三の要因が、両方に影響している可能性は、排除しきれない。加えて、対象が45歳以上の内視鏡受診者に偏っていることも、限界として挙げられている。
つまり、この研究が示したのは「関連」であって、「証明された原因」ではない。「スマホで痔になる」と断定するのは、行き過ぎだ。疫学で因果関係を主張するには、時間的な前後関係など、複数の基準を満たす必要があり、単一の横断研究だけでは、通常「因果」とは呼ばない。ここは、はっきりと一線を引いて、受け止めたい。



傘を持ってる人ほど濡れてる、のたとえ! 相関と因果の罠、分かりやすい。
それでも、見直す価値のある習慣


予防は「圧力をかけない」こと
因果は断定できないとはいえ、この研究が、トイレでの過ごし方を見直すきっかけになるのは、確かだ。痔核の予防は、突き詰めれば、「肛門クッションに、余計な圧力をかけない」ことに尽きる。医学的に推奨される対策は、便通を整えることと、トイレでの行動を見直すこと、この二つに大きく分けられる。
便通を整える面では、食物繊維の摂取と、十分な水分補給が基本だ。食物繊維は便を柔らかくし、いきむ力を最小限に抑える助けになる。硬い便は、排便時の腹圧を高める最大の要因の一つだから、便を柔らかく保つことは、うっ血の引き金になるいきみそのものを減らす、根本対策になる。そして、トイレでの行動面では、長く座り続けないこと、強くいきまないことが挙げられる。デスクワークで同じ姿勢を続けると腰に来るのと同じで、対策も「時間を区切る」という発想が、共通している。
トイレは「用を足したら出る場所」
今回の研究に即して言えば、便座に座る時間を、必要最小限にとどめ、用が済んだら早めに立ち上がる。それが、肛門クッションへの持続的な圧力を避ける、具体的な行動になる。トイレにスマホを持ち込まない、あるいはタイマーを設定するといった工夫は、この「長居しない」を、実践に落とし込む手段だ。
特別なことをする必要はない。トイレは「用を足したら出る場所」という、原点に戻る。それが、もっとも実行しやすい予防策だ。
トイレは用を足したら出る場所。原点に戻るのが一番の予防なんだね。
数字の裏を読む、練習として


三層で理解する
この話題は、「トイレでスマホを使うと痔になる」という一文で終わらせると、単なる小ネタで終わってしまう。だが、「長く座ること」というメカニズム、「うっ血」という体の仕組み、そして「研究デザインの限界」という科学の読み方。この三層で理解すると、体の仕組みと、科学ニュースの読み方を学べる、豊かな題材に変わる。
健康に関する情報は、日々あふれている。その一つひとつを、鵜呑みにするのでも、頭から否定するのでもなく、「この数字は相対か絶対か」「相関か因果か」と問いかけながら受け止める。今回の痔の研究は、その練習に、うってつけの教材だ。数字の迫力の裏にある、本当の意味を読み取る目を、養ってくれる。
便座の上の付き合い方を、少しだけ
もちろん、「スマホで痔になる」と、過度に怖がる必要はない。因果は、まだ証明されていないのだから。だが、「長く座ることが、肛門に負担をかける」というのは、確かなメカニズムだ。ならば、リスクを避ける意味でも、トイレでの長居を、少し控えてみるのは、悪くない選択だろう。
次にトイレでスマホに手が伸びたら、この研究のことを、少し思い出してみてほしい。「あと少し」のスクロールを、切り上げてみる。それだけで、体への小さな負担が、減るかもしれない。数字に一喜一憂するのではなく、その裏にある仕組みを理解した上で、少しだけ、便座の上の付き合い方を、見直してみてはどうだろう。
参考文献:
Smartphone use on the toilet and the risk of hemorrhoids
Ramprasad, Wu, Chang et al., PLOS One 20(9), e0329983 (2025). DOI: 10.1371/journal.pone.0329983
出典: Beth Israel Deaconess Medical Center / Harvard Medical School ほか










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