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教科書が100年間間違っていた! 脳の神経は『真珠のネックレス』だった

2026 9/19
人体・医学
2026年9月19日
真珠を糸で連ねたような形をした神経軸索の拡大イメージ。青い電気信号が数珠状のふくらみを次々と通り抜けていく様子
🕑この記事は約10分で読めます
シルミー

はかせ、教科書の脳の絵、100年もずっと間違ってたって本当なの?

はかせ

そうなんだ。米ジョンズ・ホプキンス大学の研究チームが、神経のケーブル部分は「真珠のネックレス」みたいなデコボコ構造だと突き止めたんだよ

教科書に描かれる神経細胞の絵を思い浮かべてほしい。たいていの人が覚えているのは、細胞から真っ直ぐ伸びる「なめらかで細い管」だ。ところが実際の姿は、真珠を糸で連ねたようなデコボコの連なりだった。米ジョンズ・ホプキンス大学医学部のチームが、2024年12月2日に学術誌『Nature Neuroscience』へオンライン掲載した論文(DOI:10.1038/s41593-024-01813-1、28巻1号49〜61ページ)で報告した内容だ。「これは軸索構造についての100年の理解に真っ向から挑戦する結果」だと、シニア著者の渡邉茂樹(Shigeki Watanabe)准教授はコメントしている。

目次

100年間の教科書は何を描いてきたのか

教科書に描かれる神経細胞のイラスト。細長い軸索が細胞体から伸びている

神経細胞(ニューロン)から長く伸びるケーブル状の突起を「軸索(じくさく)」と呼ぶ。軸索は電気信号を他の細胞に届ける役割を持ち、私たちが物を覚えたり、体を動かしたり、痛みを感じたりできるのは、この配線が正しく信号を運んでくれるおかげだ。

これまでの教科書では、軸索はほぼ一様な太さの細い管として描かれてきた。ところどころに膨らみ(シナプス結合部で神経伝達物質を蓄える場所)があるものの、基本形はまっすぐな筒だ。理科の授業で見た神経の断面図を思い出すと、たいていはそのイメージだろう。19世紀末にカハールらが顕微鏡で神経を描いたときからの伝統的な形とも言える。

もちろん例外は知られていた。パーキンソン病など神経が壊れかけているときや、細胞が死にゆく過程では、軸索が数珠状に膨らむ現象が観察される。ただしこれは異常状態のサインで、正常な軸索とは切り離して扱われてきた。今回問題になったのは、健康な軸索そのものにも規則的で細かい膨らみが並んでいたことだ。しかも、病的な数珠よりずっと小さく、間隔もそろっている。

研究チームはこの微小な膨らみを「非シナプス性膨大部(non-synaptic varicosities)」と呼んだ。神経同士をつなぐ接続点ではないのに、真珠のように数珠繋ぎで並んでいる。「非シナプス性」というのがポイントで、これまで軸索の絵で描かれてきた膨らみとは別物である。しかも、健康なマウスの脳から取り出したばかりの標本にも普通に見つかった。長らく教科書が描き損ねてきた特徴、というわけだ。

きっかけは1匹の線虫だった

実験に使われた線虫のイメージ。透明な体の中に神経が走っている

渡邉准教授がこの構造に気づいたのは、線虫(センチュウ)という小さな虫の神経を観察していたときだった。真珠のような小さなふくらみが、規則正しく軸索の上に現れる。当初はこの生き物特有の風景かと思われていたが、スイスの科学者グラハム・ノット博士との会話をきっかけに、哺乳類でも本当に起きているのかを検証する共同研究が動き出した。

最初に疑ったのは、軸索の内側にある「骨組み」だった。2012年、ハーバード大学のチームが、軸索の内部に一定間隔で並ぶタンパク質の骨格が存在すると報告していた。研究者たちは、この内部の骨組みが真珠の間隔を決めているのではないかと最初は考えた。骨組みが原因なら、これを実験で乱せば真珠は消えるはずだ。

大学院生のジャクリーン・グリズウォルド氏(論文の第一著者)が、この骨組みを狙って壊す実験を担当した。ところが、予測に反して真珠は消えなかった。原因は骨ではなく別のところにある――そう分かってから、視線は軸索を包む膜そのものの物理的性質に向くことになる。理論生物物理学者のパドミニ・ランガマニ教授(カリフォルニア大学サンディエゴ校)がチームに加わり、膜の力学モデルの構築が始まった。骨組みではなく膜の張力で形が決まる、というのがチームの新しい仮説だった。生物学者と物理学者の混成チームでなければ思いつきにくい発想である。線虫という単純な生き物での偶然の観察が、脳の一般原理につながる橋渡しになった格好だ。

凍らせて見えた「真珠」の正体

電子顕微鏡の外観。組織を極低温で凍らせて観察する装置

軸索の直径は人間の髪の毛のおよそ100分の1しかない。この極細のケーブルの本当の姿を捉えるには、通常の電子顕微鏡では役者不足だった。従来の観察法は、化学薬品で組織を固定し、水分を抜いてから電子ビームで撮影する。この過程で、細くて柔らかな構造は形が変わってしまう恐れがあった。100年前の解剖学者もこの化学固定を使っていたので、そもそも真珠が写らない準備をしていたことになる。

そこで研究チームが選んだのは高圧凍結電子顕微鏡法だ。組織を瞬時に凍らせて、生きているときの形をそのまま保存する。渡邉准教授は例えを使ってこう説明する。「ブドウを乾燥させてレーズンにするのではなく、そのまま冷凍する感覚。しぼまずに形が保たれる」。氷の結晶ができる暇もない一瞬の凍結で、細い管の膨らみが姿を消さずに残る仕組みだ。この手法は決して珍しくはないが、軸索という極細の対象に組み合わせた例はごく限られていた。

培養皿で育てたマウスの神経、成体マウスから取り出した神経、そしてマウスの胎仔の神経――計何万枚もの画像を確認したところ、いずれの標本にも同じ真珠状の連なりが写り込んでいた。しかも、生きた状態の高解像度観察でも同様の並びが確認された。凍結の副作用で生じた見せかけではないという裏付けだ。対象となったのは、ミエリン(絶縁膜)を持たない無髄軸索で、細くて剥き出しになっている種類の配線だった。ミエリンで太く包まれた軸索は元々表面が滑らかで、真珠は見えないと考えられる。

電気を流すと真珠が膨らむ

膜の物理モデルはシンプルな数式でも、実際に観察された真珠の主要な特徴を再現した。特別に硬い内部の型枠は不要で、膜の張力や弾性から自然に真珠形が生まれる――そう研究チームは説明する。予想を裏付けるように、周囲の糖濃度を上げると膨らみは小さくなり、モデル上で膜の張力を上げても同じ結果になった。物理的な引っ張り具合が真珠のサイズを決めている、ということだ。石鹸の泡が張力で丸くなるのと同じ原理が、脳の中でも働いている。

もう一つの決め手はコレステロールだった。膜からコレステロールを取り除くと、膜は柔らかくなって流動性が上がる。真珠は形を変え、電気信号の伝わる速度も落ちた。「軸索の広い部分ではイオンが通りやすく、渋滞が起きにくい」と渡邉准教授は説明する。イメージとしては、狭い水路と広い港を通る船の違いに近い。膨らみが小さくつぶれると、イオンが押し合ってスムーズに流れなくなる。

さらに強い刺激を与える実験では、高頻度の電気刺激で真珠部分が平均8%長く、17%太くなった。この膨らみは少なくとも30分持続し、それに合わせて信号伝達の減速は1時間以上続いた。事前にコレステロールを抜いておいた軸索では、この減速効果がはっきり出なかった。軸索は動かない固定の配線ではなく、活動に応じて形と伝達速度を変える動的な部品だった、ということになる。神経のケーブルが自分で太さを調整して信号を絞る、という発想は従来の教科書にはなかった。学習後に伝達が長引くこと自体が、この仕組みの副作用として説明できるかもしれない。

マウスから人間へ、実際の脳でも確認

ここまでの結果は主にマウスの神経で得られたものだ。「人間の脳でも本当にそうなのか」は、当然残された問いだった。マウスで見つかった構造がヒトで確認されずに終わった話は、脳科学の歴史では珍しくない。この疑問には、同じチームが後続の研究で答えている。

Chelsy R. エディングスらのグループは、てんかん手術で摘出された人の大脳皮質を用い、電気刺激と急速凍結を組み合わせて観察した。この論文は2025年11月24日にオンライン、2026年2月4日号の『Neuron』誌本体(114巻3号408ページ)に掲載され(DOI:10.1016/j.neuron.2025.10.030)、ヒトの皮質軸索にも真珠状の連なりが実際に存在することを確認した。同時に、シナプス末端が信号発射の直後に膜を高速で回収する「超高速エンドサイトーシス」も観察されている。生きた人間の脳組織で撮った映像、というのが記念碑的なポイントだ。

ただし著者らは慎重に前置きを添える。「人の脳のすべての軸索が同じ真珠形をしている、あるいは真珠が同じように信号を制御しているとは限らない」。今回対象になったのは無髄軸索で、脳の中の太い軸索の多くはミエリンで覆われた別の姿をしている。ヒトの脳のどこまでが真珠のネックレス型なのかは、今後の観察課題として残されている。無髄軸索は痛覚や自律神経を担う部分に多いので、体の内部感覚に関わる配線から順に姿が明らかになりそうだ。腸や心臓を制御する神経の絵が更新される可能性もある。

通説崩壊の先にあるもの

この発見は、単なる「絵の書き直し」では終わらない。パーキンソン病など神経変性疾患の脳では、軸索が大きく数珠状に膨らむ変性が以前から観察されてきた。ただし現時点で言えるのは「病んだ神経で数珠化が見られる」という相関であって、数珠化そのものが病気を引き起こす原因だと因果関係まで示されたわけではない。両者を切り分けたうえで、正常な小さな真珠と異常な大きな数珠を見分けられるようになれば、神経変性の初期サインを捉える手がかりになる可能性がある。米国立精神保健研究所(NIMH)は2024年、渡邉・ランガマニ両氏に対して、こうした計算モデルと組織検証を進めるための複数主任研究者グラントを支給している。

軸索の太さや形を化学的に制御する道筋の探索も、別のチームで並行して進んでいる。エディンバラ大学のグループは2026年7月17日付『PLOS Biology』誌で、生きたゼブラフィッシュを自動撮影しながら880種類の化合物を試し、そのうち33種類が軸索の太さに影響することを見つけた。真珠形の研究とは切り口が違うが、軸索の形は「動かせる標的」なのだと示す一例だ。

筆者はこの発見の面白さを次のように見ている。100年前の解剖学者たちが手抜きをしていたわけではなく、当時の観察技術(薬品固定+脱水)が細い構造を先に壊してしまっていた、というのが本当のところだ。「教科書が間違っていた」というより「まだ見えていなかった」と言うほうが正確だろう。技術が上がって初めて本当の姿が現れる――科学の教科書は完成品ではなく、更新され続ける下書きだと考えられる。私たちが今日「常識」だと思っている脳の絵の何ページが、次の10年で書き直されるだろうか。授業で図を丸暗記させられた記憶を持つ大人ほど、書き換えの現場に立ち会う面白さを味わえるはずだ。

はかせ

だからね、シルミー。教科書の絵は「今わかっている範囲」の暫定版なんだ

シルミー

じゃあ私が大人になる頃には、また書き換わってるかもしれないんだね!

参考文献:
一次ソース: Griswold JM et al., Membrane mechanics dictate axonal pearls-on-a-string morphology and function(Nature Neuroscience, 2024, 28巻1号49-61)DOI:10.1038/s41593-024-01813-1
関連論文: Eddings CR et al., Ultrastructural membrane dynamics of mouse and human cortical synapses(Neuron, 2026, 114巻3号408)DOI:10.1016/j.neuron.2025.10.030
研究機関: ジョンズ・ホプキンス大学医学部、カリフォルニア大学サンディエゴ校 / 二次ソース: ScienceDaily

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この記事を書いた人

シルミー編集者のアバター シルミー編集者

科学メディア「シルミー」の運営者。子供の頃から宇宙や生き物の図鑑を読みあさり、大人になった今も科学ニュースを追いかける日々。海外の学術メディアから面白い研究を見つけて、日本語でわかりやすく届けることをライフワークにしています。

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