はかせ、赤ちゃんがお腹の中にいるときに、変な化学物質が入っちゃうことってあるの?
残念ですが、実際にあるんです。しかも、これまで科学者が思っていたよりずっと多くの種類が見つかったんですよ
アメリカの研究チームが2000年代初頭に生まれた赤ちゃんの臍帯血を最新技術で分析したところ、42種類もの有害化学物質PFASが検出された。従来の検査方法では見つけられなかった物質が、実は大量に存在していたのだ。
PFASって何? なぜ「永遠の化学物質」と呼ばれるのか


日常生活のあちこちに潜む化学物質
PFAS(ピーファス)は「パーフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物」の略称で、約12,000種類以上の化学物質の総称だ。焦げ付かないフライパンのコーティング、防水スプレー、食品の包装紙、消火剤など、私たちの身の回りのあらゆる製品に使われている。
フッ素と炭素の強い結合を持つこれらの化学物質は、熱にも水にも油にも強い。だからこそ便利な素材として1940年代から広く使われてきたが、この「壊れにくさ」こそが問題なのだ。
自然界で分解されない恐怖
PFASは環境中でほとんど分解されず、何百年、何千年も残り続ける。そのため「forever chemicals(永遠の化学物質)」という不名誉な呼び名がついた。土壌に染み込み、地下水に溶け込み、川や海へと広がっていく。
さらに厄介なのは、生物の体内に蓄積される性質を持つことだ。魚が汚染された水で育ち、その魚を人間が食べることで、食物連鎖を通じて私たちの体に取り込まれる。北極圏のホッキョクグマの血液からもPFASが検出されるほど、地球全体に広がっている。
健康への影響が次々と明らかに
近年の研究で、PFASは単なる「残留物」ではなく、人体に深刻な影響を及ぼす可能性が指摘されている。免疫システムの低下、肝臓障害、甲状腺ホルモンの異常、コレステロール値の上昇、特定のがんのリスク増加などだ。
特に懸念されているのが、妊娠中の母親から胎児への移行である。へその緒を通じて栄養と一緒に化学物質も届いてしまう。発達途中の赤ちゃんの脳や臓器は、大人よりもずっと化学物質の影響を受けやすい。
従来の検査では見逃されていた42種類


標準検査が捉えていたのは氷山の一角
今回の研究を行ったのは、アメリカ・ミシガン大学とカリフォルニア大学サンフランシスコ校の共同チームだ。彼らは2000年から2003年にかけて採取・保存されていた臍帯血のサンプルを、最新の質量分析装置で再検査した。
これまで病院や研究機関で行われてきた標準的なPFAS検査は、20〜30種類程度の「よく知られた」化合物にしか対応していなかった。いわば、有名な犯人だけを手配している状態だ。PFOA(パーフルオロオクタン酸)やPFOS(パーフルオロオクタンスルホン酸)といった、規制が進んでいる物質が中心だった。
ハイレゾ質量分析が明かした真実
研究チームが使ったのは「高解像度質量分析法(High-resolution mass spectrometry)」という技術だ。これは化学物質の「指紋」を極めて細かく読み取る方法で、従来の検査では見えなかった未知の化合物まで検出できる。
たとえるなら、標準検査が「あらかじめ用意した写真と照合する」のに対し、ハイレゾ質量分析は「現場で指紋を採取して、データベース全体から該当者を探す」ようなものだ。
その結果、標準検査では見つからなかった42種類のPFASが臍帯血から検出された。中には化学構造すら十分に解明されていない物質も含まれている。つまり、どんな毒性があるのか、どこから来たのか、まだ誰も分かっていない化学物質が、生まれる前の赤ちゃんの血液に入り込んでいたのだ。
濃度も予想を上回っていた
検出されたPFASの総量も、従来の推定値を大きく超えていた。標準検査で測定できる範囲だけでも数ng/mL(ナノグラム毎ミリリットル)レベルだったが、今回の詳細分析では、それを上回る濃度の未知のPFASが存在していた。
ある臍帯血サンプルでは、従来検査でカウントされていなかった物質の濃度が、既知のPFAS濃度の2倍以上に達していた。これまで「氷山の一角」だと思っていたものが、実は「氷山の先端部分」にすぎなかったわけだ。
これから生まれてくる赤ちゃんは大丈夫?


規制が進んでも新しいPFASが登場
2000年代以降、PFOAやPFOSといった代表的なPFASは、各国で使用が規制され始めた。アメリカでは2006年、日本でも2010年代に製造・輸入が原則禁止された。これで問題は解決したかに見えた。
しかし、化学メーカーは規制対象外の「代替PFAS」を次々と開発した。たとえばGenXと呼ばれる化合物は、PFOAの代わりとして使われ始めたが、後に同様の毒性が指摘されている。まるでモグラ叩きのように、規制されると別の物質が登場する構図だ。
汚染源は今も止まっていない
PFASを含む製品の製造工場、廃棄物処理場、軍事基地の消火訓練場などから、今もPFASが環境に放出され続けている。アメリカ環境保護庁(EPA)は2024年に飲料水中のPFAS濃度基準を厳格化したが、既に汚染された土壌や地下水の浄化には数十年かかると見られている。
日本でも2023年、東京都や大阪府など複数の自治体で、水道水や河川から基準値を超えるPFASが検出され、ニュースになった。特に米軍基地周辺では高濃度汚染が確認されている。
妊婦が今すぐできる対策はあるのか
完全にPFASを避けることは、現代社会では事実上不可能だ。空気、水、食品のあらゆるところに微量ながら存在しているからだ。ただし、曝露を減らすための工夫はいくつかある。
フッ素加工のフライパンや鍋は使用を控え、ステンレスや鉄製の調理器具に切り替える。ファストフードの包装紙には防水・防油コーティングとしてPFASが使われている可能性があるため、頻繁な利用は避ける。防水スプレーや撥水加工製品も要注意だ。
飲料水については、活性炭フィルターや逆浸透膜(RO)浄水器が一定の除去効果を持つことが分かっている。特に井戸水を使用している地域では、定期的な水質検査が推奨される。
昔の赤ちゃんがこんなに影響を受けてたなんて…今はもっと対策が進んでるといいな
この研究が示したのは、私たちが「安全」だと思っていた時代も、実は見えない汚染が進行していたという事実だ。ただし、科学技術の進歩によって、ようやくその実態が見えるようになったとも言える。
今後はこうした高精度分析が標準化され、新しいPFASが市場に出る前にリスク評価が行われることが期待される。また、既に環境中に放出されたPFASを分解する技術の開発も進んでいる。微生物や特殊な触媒を使って、「永遠の化学物質」を無害な物質に変える研究だ。
私たちにできるのは、この問題を知り、小さな選択を積み重ねることだ。次世代の子どもたちが、より安全な環境で育つために。
参考文献:
Babies exposed to far more “forever chemicals” before birth than scientists knew
出典: ScienceDaily










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