膵臓がんは早く見つけるのが難しいがんだ。論文によると、患者の約80%は、がんが周りに広がったり遠くに転移したりした段階で診断され、そうなると5年後に生きている人は2〜9%にとどまる。
一方、早い段階で見つかれば、手術や化学療法、放射線治療で治る人もいる。だからこそ「症状が出る前に、誰が危ないかを見つける」ことが長年の課題だった。
コペンハーゲン大学のスーレン・ブルナク氏とハーバード大学医学大学院のクリス・サンダー氏らの国際チームは、特別な検査を追加せず、病院の記録に残った診断の履歴(どんな病気と、いつ診断されたか)だけをAIに学ばせ、その人が3年以内などの期間に膵臓がんと診断されるリスクを見積もる方法を作った。
デンマークの約620万人と米国の退役軍人約300万人の過去の記録で試した、後ろ向きの研究だ。成果は2023年、医学誌Nature Medicineに発表された。
なぜ膵臓がんは見つけにくいのか

早い段階では症状が出にくい
米国立がん研究所(NCI)の解説によると、膵臓は胃の下部の裏側にある臓器で、大腸や小腸、胆管、肝臓などへ向かう太い血管と接している。
NCIによると、膵臓がんには早い段階の症状がなく、症状が出るのはふつう、がんが広がってからだ。
がんが大きくなると、上腹部や背中の痛み、黄疸(皮膚や白目が黄色くなる)、理由のわからない体重減少、食欲不振、疲れなどが出ることがある。
米国立がん研究所の統計(SEER、2016〜2022年の診断)では、がんが膵臓にとどまっている段階で見つかった人の5年相対生存率は43.6%だが、遠くに転移してから見つかった人では3.4%だった。
診断の時点で遠くに転移していた人は51%にのぼる。
「全員を検査する」わけにはいかない
年齢だけで全員を検査するのは、費用のかかる検査を多くの人に行うことになり、偽陽性も増えるので現実的でない、と論文は書いている。
今は、家族歴やまれな遺伝的変異、膵臓の嚢胞(のうほう)があって危険が高い一部の人が、膵臓の画像検査を定期的に受けている。
ところが、こうした人は膵臓がんになる人のごく一部にすぎない。しかも一般の人では、家族歴や遺伝的な危険因子の情報がないことが多い。
そこでチームは、ふつうの診療記録から危険の高い人を絞り込もうと考えた。

AIは「病歴の流れ」を読む
チームが作ったAI「CancerRiskNet」に入力するのは、血液検査の数値ではなく、その人がいつ、どんな病気と診断されてきたかという履歴だ。
使ったのは国際疾病分類(ICD)の病名コードで、約2,000種類のコードの並びを時間の流れとして読み込ませる。
デンマークのデータは病院の入院・外来・救急での診断で、かかりつけ医の記録は含まない。
チームは、病名の並びの順番と間隔を読むTransformerやGRUというAIと、順番を無視して病名の有無だけを見る方法を比べた。
3年以内のがんの予測で、順番を使うTransformerのAUROC(後で説明する見分ける力の指標)は0.879だったが、順番を使わない方法では0.807と0.845にとどまった。
論文は、病名の時間順を使うことで予測が良くなったとまとめている。
AIは病名の順番だけでなく、いつ診断されたかも読む。チームは、それぞれの診断について「その人が何歳だったか」と「前の診断からどれくらいたったか」を数値にして組み込んだ。
これで同じ病名でも、ついた時期が違えば別のものとして扱える。なお、病名を既知の危険因子23種類だけに絞るとAUROCは0.838に下がり、約2,000種類すべてを使うほうがよかった。
どの病名が予測に効いていたかも調べられた。がんの診断の半年前までの記録では、黄疸、胆道の病気、腹痛、体重減少など、膵臓がんの症状か、それに近いものが上位に来た。
診断までの期間が長い記録では、2型糖尿病などの糖尿病の病名が効くようになった。胆石や逆流性食道炎などの病名も挙がり、論文はこれを、しくみの仮説を考えるうえで興味深いとしている。
ただし、論文は、1つの病名と膵臓がんの間に因果関係があるとは限らず、わかるのは関連だと断っている。
デンマークの全国の記録で学習
学習に使われたのは、デンマークの全国患者登録(1977〜2018年)の約620万人分の記録だ。そのうち23,985人が膵臓がんと診断されていた。
データの8割で学習し、別の1割は学習に一切使わず、成績の評価だけに回した。
さらにチームは、米国の退役軍人約300万人分の記録でも試した。デンマークで学んだモデルをそのまま使うと、AUROCは0.879から0.710に下がった。
米国のデータで一から学び直すと0.775まで戻った。論文は、医療制度が大きく違う場所では、それぞれの場所で学ばせ直す必要があるとしている。

新しく始まった糖尿病という手がかり

AIは、なぜその病名が効くのかを説明しない。論文は、糖尿病の病名が効いていたことは、これまでの疫学研究と矛盾しないとだけ述べている。
その疫学研究の1つが、米ミネソタ州ロチェスターの住民を調べた2005年の研究だ。
50歳以上で新たに糖尿病の基準を満たした2,122人のうち、3年以内に膵臓がんと診断されたのは18人(0.85%)で、一般の発生率から予想される数の7.94倍だった。
NCIの解説によると、糖尿病は年をとってからよく診断される病気で、糖尿病になる人の多くは膵臓がんにはならない。
ただ、家族歴や肥満、心臓病といった糖尿病の危険因子のない人に新しく糖尿病が見つかった場合は、膵臓がんの早いサインのことがある。
膵臓がんが、インスリンなどのホルモンを出す膵臓の働きを損なうためだという。
どれくらい当たるのか
AIの成績は、AUROCという指標で示された。がんになる人とならない人をどれだけ見分けられるかを、0.5(でたらめ)から1.0(完璧)で表す。
学習に使っていない評価用のデータで、3年以内に膵臓がんと診断されるかの予測は、AUROCが0.879だった。がんの診断前3か月の記録を除いて学ばせると、0.843に下がった。
直前の症状だけに頼っているわけではないことを確かめるためだ。ただし、早い段階ほど拾える割合は小さい。
チームの見積もりでは、約1年後にがんと診断された人のうちAIが拾えたのは8%、約3年後の人では4%だった。
これは、ある人が必ずがんになると言い当てるものではなく、危険の高い人を絞り込むための方法だ。
100万人のうちリスクが最も高い1,000人を選ぶと、膵臓がんと診断される割合は、でたらめに選んだ場合の104.7倍だった(診断前3か月を除いて学ばせたモデルでは47.6倍)。
論文は、50歳以上の100万人から上位1,000人を選ぶと、12か月以内の予測で、そのうち約320人がいずれ膵臓がんになると見積もる。
中には慢性膵炎などで、すでに医師の経過観察を受けている人もいる。それでも、直前3か月の症状を除いた控えめな見積もりで、少なくとも約70人が新たに高リスクと分かるという。
計算でふるい分け、高い検査は少数に
この方法は、すでにある診療記録を使うので、ふるい分けのために新しく採血や検査をする必要がない。
論文は、大勢を計算でふるい分ける最初の段階は安く、費用のかかる詳しい検査は危険の最も高い少数の人に絞れる点を利点に挙げている。
ただし、この研究には費用と効果についての実際のデータはない。

期待と、注意すべきこと

まだ「振り返って検証した」段階
この研究は、過去の記録を使って、後から予測できたかを確かめた後ろ向きの検証だ。
論文は、早期発見を実際の診療で役立てるには、危険の高い人を見つける、その人を詳しく調べて早いがんを見つける、見つかったがんをきちんと治療する、という3つの段階が必要で、今回の研究は最初の段階だけを扱ったと書いている。
実際の診療で役立つかどうかは、これからの検証が必要だ。
別の国への持ち込みにも課題がある。デンマークのモデルを米国の退役軍人の記録にそのまま使うとAUROCは0.710に下がった。
論文は理由として、診療記録に病名をつける頻度、受診のしかた、請求の事情などの違いが考えられるとしている。
また、AIが見ているのは病歴の並びのパターンで、なぜそうなるのかという因果までは説明していない。
今後の改良
論文は、病名だけでなく、薬、検査値、診療記録の文章、腹部のCTやMRIの画像、かかりつけ医の記録などを使えるようになれば、予測はさらに良くなると見込んでいる。
各国のデータを外に出さずに、同じプログラムをそれぞれの場所で動かして結果だけを集める「連合学習」も、国をこえて使えるモデルを作る方法として挙げている。
血液検査じゃなくて、今までのカルテだけでいいんだ! それなら特別な準備がいらないね。
そう。眠っていた情報に新しい価値を見つけた、という話なんだ。ただ「実際の診療で使えるか」はこれから。そこは正直に見ておこうね。
参考文献
Placido D, Brunak S, Sander C, et al. 『A deep learning algorithm to predict risk of pancreatic cancer from disease trajectories』 Nature Medicine, 2023. DOI: 10.1038/s41591-023-02332-5
論文本文(PMC): https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10202814/
CancerRiskNetのプログラム: https://github.com/BrunakSanderLabs/CancerRiskNet
Chari ST, et al. Probability of pancreatic cancer following diabetes: a population-based study. Gastroenterology, 2005. PubMed
米国立がん研究所: Cancer Stat Facts: Pancreatic Cancer / Pancreatic Cancer Symptoms









