シルミーはかせ、脊髄のケガって治らないんだよね?
そうなんです。でも今回、研究者が実験室で人間の脊髄を作って、ケガを治す実験に成功したんですよ
脊髄損傷は、交通事故やスポーツの事故で起こる深刻なケガだ。世界中で毎年約50万人が脊髄を損傷し、その多くが下半身麻痺などの重い後遺症に苦しんでいる。
今回イリノイ大学の研究チームは、実験室で人間の脊髄を小さく再現した「ミニ脊髄」を作り、そこにケガを起こして治療する実験を行った。そして「踊る分子」と呼ばれる特殊な物質を使ったところ、切れた神経が再び伸び始めたという。
実験室で作った「ミニ脊髄」とは


人間のiPS細胞から脊髄を再現
研究チームが作った「ミニ脊髄」は、人間のiPS細胞から育てたものだ。大きさは数ミリメートルほどで、本物の脊髄と同じ構造を持っている。
脊髄には神経細胞だけでなく、アストロサイトやオリゴデンドロサイトといった支援細胞も存在する。これらの細胞が協力して、脳からの信号を体中に伝えている。研究チームのミニ脊髄には、これらの細胞がすべて含まれていた。
従来の研究では、培養皿の上で神経細胞を平面的に育てるのが一般的だった。しかし平面では細胞同士のつながり方が単純すぎて、本物の脊髄で起こることを再現できない。
本物そっくりの立体構造を実現
イリノイ大学のチームは、特殊なゲル状の足場を使って細胞を三次元的に育てた。すると細胞は自然に集まって、本物の脊髄のような円柱状の構造を作り上げた。
このミニ脊髄には、中央に灰白質、周囲に白質という本物と同じ配置ができた。灰白質には神経細胞の本体があり、白質には長く伸びた神経線維が束になって走っている。
さらに驚くべきことに、血管のような管構造も自然に形成された。本物の脊髄では血管が栄養を運ぶが、このミニ脊髄でも同様の構造が再現されたのだ。
ケガの再現実験で見えたこと
研究チームは、このミニ脊髄に小さな切り傷を入れて、脊髄損傷を再現した。すると本物の脊髄損傷と同じ変化が次々と起こった。
まず損傷部位に炎症が起きた。免疫細胞のような働きをする細胞が集まり、ケガの周りが赤く腫れ上がった。次に、アストロサイトという細胞が硬い壁を作り始めた。これは「グリア瘢痕」と呼ばれるもので、本物の脊髄損傷でも必ず起こる。
このグリア瘢痕こそが、脊髄損傷が治らない最大の原因だ。体は傷を治そうとして壁を作るのだが、その壁が神経の再生を妨げてしまう。まるで道路工事の柵が交通を遮断するようなものだ。
「踊る分子」が神経を再生させる仕組み


分子が動き回ることで細胞を刺激
ここで登場するのが「踊る分子(dancing molecules)」だ。正式にはPEPS-ECMと呼ばれるこの物質は、ノースウェスタン大学のサミュエル・スタップ教授が開発した。
この分子の特徴は、注射すると体内で激しく動き回ることだ。分子が動くスピードは1秒間に数十回というレベルで、まるでダンスをしているように見える。この動きが細胞の表面にある受容体を繰り返し叩くことで、細胞に「成長しろ」という信号を送る。
従来の薬は、細胞の受容体にくっついたまま動かない。しかし踊る分子は、くっついては離れ、離れてはまたくっつくを繰り返す。この「叩き続ける」動作が、細胞をより強く刺激するのだ。
神経線維が再び伸び始めた
研究チームがケガをしたミニ脊髄に踊る分子を投与したところ、驚くべき変化が起きた。切れた神経線維が、再び損傷部位に向かって伸び始めたのだ。
通常、神経線維はグリア瘢痕の壁にぶつかると、それ以上進めなくなる。しかし踊る分子で処理したミニ脊髄では、神経線維が壁を乗り越えて反対側まで到達した。
顕微鏡で観察すると、神経線維の先端から細かい突起が何本も伸びているのが見えた。これらの突起が周囲を探りながら、進むべき道を探している。踊る分子が神経細胞を活性化させ、成長する力を取り戻させたのだ。
炎症も抑えられた
踊る分子のもう一つの効果は、炎症を抑えることだった。損傷直後は大量の炎症性物質が放出されるが、踊る分子を投与すると、その量が約40パーセント減少した。
炎症が長引くと、周囲の健康な神経細胞まで傷つけてしまう。これを「二次損傷」と呼び、脊髄損傷が広がる原因になる。踊る分子は炎症を早期に鎮めることで、二次損傷を防ぐ効果も期待できる。
人間への応用に向けた課題と展望


動物実験では成功している
実は踊る分子は、すでにマウスの脊髄損傷実験で効果が確認されている。2021年の実験では、下半身が麻痺したマウスに踊る分子を注射したところ、4週間後には歩けるまでに回復した。
マウスの脊髄は人間より単純だが、基本的な仕組みは同じだ。今回のミニ脊髄実験で人間の組織でも効果があることが示されたのは、大きな前進といえる。
臨床試験への道のり
人間に使うためには、まだいくつかの壁がある。まず安全性の確認だ。踊る分子が人体に有害な影響を与えないか、長期的に調べる必要がある。
次に投与方法の最適化だ。マウス実験では損傷部位に直接注射したが、人間の場合は脊髄に針を刺すリスクが高い。血管から投与して損傷部位に届く方法や、貼り薬として皮膚から浸透させる方法なども研究されている。
研究チームは、今後3〜5年以内に臨床試験を始めたいとしている。まずは最近ケガをした患者を対象に、安全性と効果を確かめる小規模な試験から始める予定だ。
古いケガにも効くかもしれない
脊髄損傷の治療で難しいのは、ケガをしてから時間が経った「慢性期」の患者だ。ケガから数年経つと、グリア瘢痕が完全に固まってしまい、神経の再生がさらに困難になる。
しかし踊る分子は、固まった瘢痕を柔らかくする効果も持っている可能性がある。マウス実験では、ケガから8週間経った慢性期のマウスでも、ある程度の回復が見られた。
もし慢性期の患者にも効果があれば、世界中で約2700万人いるとされる脊髄損傷患者に希望をもたらすことになる。
他の神経の病気への応用
踊る分子の応用範囲は、脊髄損傷だけにとどまらない。脳梗塞やアルツハイマー病、パーキンソン病など、神経が傷つく病気全般に使える可能性がある。
イリノイ大学の研究チームは、ミニ脳やミニ心臓も作って、同様の実験を進めている。将来的には、患者本人のiPS細胞から作ったミニ臓器で薬の効果を試し、最適な治療法を見つける「オーダーメイド医療」も実現できるかもしれない。



早く人間にも使えるようになるといいなあ
脊髄損傷で苦しむ人にとって、今回の研究は大きな希望だ。ミニ脊髄という新しい実験モデルと踊る分子の組み合わせは、長年「治らない」とされてきた脊髄損傷に、新たな道を切り開こうとしている。臨床試験の成功を待ちたい。
参考文献:
Lab grown human spinal cord heals after injury in major breakthrough
出典: ScienceDaily
アイキャッチ画像: Photo by Tomás Mendes on Unsplash










コメント