すり減った膝の軟骨は、自然には再生しにくい。スタンフォード大学などの研究チームが、その軟骨を老いたマウスの膝で再生させる薬の効果を報告した。
加齢とともに増える酵素「15-PGDH」を薬で抑えると、老いたマウスの膝で軟骨が再生したのだ。論文は2025年11月に学術誌Scienceでオンライン公開された。
ただし最初に強調しておきたいのは、これはマウスでの実験と、手術で摘出したヒト組織を使った実験室レベルの検証が中心であり、ヒトの体に薬を投与して効いたという臨床試験ではない、という点だ。
そもそも、なぜ膝の軟骨は再生しないと思われてきたのか

患者の多い変形性関節症
変形性関節症は関節炎の中で最も多いタイプで、米国の成人の5人に1人が抱え、患者は約3300万人にのぼる。関節の表面を覆う軟骨が少しずつすり減り、痛み、こわばり、腫れを引き起こす病気だ。
現状の治療は、痛みをやわらげる対症療法と、進行した場合の人工関節置換手術が中心だ。
病気の進行を止めたり、すり減った軟骨を元に戻したりする薬は、米国食品医薬品局(FDA)に承認されたものがまだない。
関節軟骨の幹細胞はまだ見つかっていない
そもそも人体には3種類の軟骨がある。耳たぶの弾性軟骨、椎間板に多い線維軟骨、そして膝・股関節・肩・足首などをなめらかに動かしている硝子(しょうし)軟骨だ。
変形性関節症で最も傷みやすいのは硝子軟骨で、線維軟骨は硝子軟骨より機能が劣る。
幹細胞や軟骨細胞を足場材とともに移植する試みは報告されてきたが、できた組織が硝子軟骨なのか、機能の劣る線維軟骨なのか、関節面のどこまでを覆えるのかは、はっきりしていなかった。
骨や骨髄などでは、軟骨や骨のもとになりうる幹細胞や前駆細胞の集団が見つかっている。しかし関節軟骨の中にいる幹細胞や前駆細胞は、はっきりしていない。
関節軟骨は、もともと再生する力が低い組織だ。

鍵を握る老化酵素「15-PGDH」の正体

老いたマウスの軟骨で約2倍に増える15-PGDH
スタンフォード大学のヘレン・ブラウ教授(微生物学・免疫学)とニディ・ブタニ准教授(整形外科学)が、この研究の責任著者だ。
同じチームは、加齢とともに増えて組織の機能を落とす酵素の一群を「ゲロザイム(gerozyme)」と呼び、2023年に報告している。
15-PGDHは、筋肉、心臓、皮膚、大腸、脾臓で老いとともに増えることが知られている酵素だ。
若いマウス(生後4か月)と年老いたマウス(24か月)の膝軟骨を比べると、15-PGDHの量はおよそ2倍に増えていた。
膝に怪我をさせた若いマウスでも、無傷のマウスより軟骨の15-PGDHが約2倍だった。
15-PGDHが分解するプロスタグランジンE2
では15-PGDHは何をしているのか。実はこの酵素は、プロスタグランジンE2(PGE2)という小さな分子をどんどん分解している。
PGE2は、炎症や痛みに関わる物質と見なされてきた。
ただ、ブラウ教授らのこれまでの研究では、15-PGDHを止めたりPGE2を増やしたりすると、若いマウスの筋肉・神経・骨・大腸・肝臓・血液の細胞の修復が助けられていた。
15-PGDHが増えると、再生を助けるPGE2が分解されて減る。
15-PGDHを止めると筋肉量と持久力が回復することは、同じチームが先に老化マウスで示している。逆に若いマウスで15-PGDHを人工的に増やすと、筋肉は小さく弱くなる。
この仕組みが軟骨でも働いているのかを確かめるため、研究チームは15-PGDHを止める小分子の阻害薬を、老いたマウスと膝を痛めたマウスに使った。
マウスの軟骨再生とヒト組織での検証

老いたマウスと膝を痛めたマウスで起きた変化
研究チームは15-PGDHの働きを止める小分子薬(SW033291)を使った。老いたマウスには、腹腔内への注射で全身に効かせる形で、毎日1か月投与した。
膝関節への直接注射は、後述の膝を痛めたマウスで試している。
結果、加齢で薄くなっていた軟骨は厚みを取り戻した。組成を調べると、新しくできたのは線維軟骨ではなく硝子軟骨で、コラーゲン2型の量は若いマウスと同程度だった。
ブタニ准教授は「老いたマウスでここまで軟骨が再生したことには驚かされました。効果は目覚ましいものでした」と話している。
大学の発表では、ブタニ准教授は「このゲロザイム阻害薬は、ほかのどの薬や介入で報告されたものをも超える、劇的な軟骨の再生を引き起こします」と述べている。
膝の怪我への効果も調べた。
前十字靭帯(ACL)が断裂する力を膝に加えた若いマウス(3か月齢の雄)に、阻害薬を膝関節へ週2回、4週間注射したところ、軟骨の損傷が少なく、変形性関節症になりにくかった。
溶媒だけを注射したマウスは、4週間以内に変形性関節症を起こした。阻害薬を注射したマウスは、歩行の測定で怪我をした足の接地面積と力が、怪我をしていないマウスと同程度だった。
触覚刺激への反応と膝の圧痛の検査を合わせた3種類の検査で、痛みが軽くなっていた。
「プロスタグランジンE2は炎症や痛みに関わるとされてきました。しかしこの研究は、体内の通常の濃度であれば、わずかに増えるだけで再生を促せることを示しています」と、ブラウ教授は話している。
細胞の構成の変化とヒト組織での検証
老いたマウスの軟骨細胞を、1細胞ずつ遺伝子の働きで分類した。治療で割合が変わったグループは3つあった。
15-PGDHを多く出し、軟骨を分解する遺伝子も働いている肥大型の細胞は、8%から3%に減った。
線維軟骨に関わる細胞は16%から8%に半減し、15-PGDHを出さず硝子軟骨の形成や基質の維持に関わる遺伝子が働く関節軟骨の細胞は、22%から42%に増えた。
約40%を占める残りのグループは、治療で変わらなかった。
細胞の増殖の目印(Ki67)は治療で変わらず、幹細胞や前駆細胞が増えて再生したという証拠は見つからなかった。
論文は、すでにある軟骨細胞の遺伝子の働きが変わって再生が起きたと見られる、としている。
「私たちは幹細胞を探していましたが、幹細胞は関わっていないことがはっきりしました。とても刺激的です」と、ブラウ教授は話している。
従来の再生の試みの多くは、幹細胞や軟骨細胞を外から移植する方法だった。今回は、軟骨にもともとある細胞に働きかける形で再生が起きたと見られる。
「この仕組みはとても印象的で、組織の再生がどう起こりうるかについての見方を変えるものでした。軟骨にもともとある多数の細胞が、遺伝子の発現パターンを変えているのは明らかです。こうした細胞を標的にして再生を促せば、臨床でより大きな効果を得られるかもしれません」と、ブタニ准教授は話している。
研究チームは、人工関節置換手術で取り除かれた、変形性関節症のヒトの膝軟骨も使った。
11人(55〜75歳)の軟骨では、15-PGDHを多く出すCD200陽性の軟骨細胞が平均36.5%を占めていた。
軟骨の小片を阻害薬とともに1週間培養すると、この細胞が減り、軟骨の成分であるグリコサミノグリカンが増え、軟骨の硬さも増した。
一方、炎症の指標で有意に下がったのはCCL3、4、5だけだった。
これはヒトの体に薬を投与したのではなく、取り出した組織を実験室(培養皿)で試した検証である点が重要だ。
使われたマウスは雄だけで、治療後の軟骨の細胞構成も、若い軟骨に完全に戻ったのではなく部分的に回復したと論文は書いている。

軟骨の薬はヒトで使えるようになるのか
ブラウ教授によると、15-PGDH阻害薬は、筋力低下を対象にしたフェーズ1臨床試験で、健康なボランティアにおいて安全で活性があると示されている。
ただし注意したいのは、この臨床試験の対象は「加齢による筋力低下」であって、軟骨や変形性関節症ではないという点だ。
軟骨を対象にしたヒトでの試験の開始は、現時点では確認できない。ブラウ教授は「軟骨再生への効果を調べる同様の試験が、近く始まることを期待しています」と話している。
この阻害薬の軟骨への利用に関する特許は、スタンフォード大学が出願してエピリウム・バイオ社にライセンスされている。
ブラウ教授は同社の共同創業者で、株式を持つと論文と発表に記載がある。
もちろん、マウスとヒト組織で効いたからといって、人体でも同じ効果が出るとは限らない。
副作用や長期的な安全性も、これから慎重に確かめる必要がある。安易に「膝が治る薬ができた」と受け取るのは早い。
幹細胞じゃなくて、もともといる細胞のスイッチを切り替えるなんて、面白い発想だね! でも、まだマウスとヒト組織の段階なんだ
そこが肝心なんだ。人の体で効くか、安全かは、これからの臨床試験次第。しかも今動いてる治験は「筋力低下」が対象で、軟骨とは別なんだよ
参考文献:
Singla, M., Wang, Y. X., Monti, E., et al. (2026). Inhibition of 15-hydroxy prostaglandin dehydrogenase promotes cartilage regeneration. Science. DOI: 10.1126/science.adx6649
論文本文(著者原稿): PMC13127300
スタンフォード大学の発表(ScienceDaily掲載): Stanford scientists found a way to regrow cartilage and stop arthritis









