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睡眠時無呼吸に初の飲み薬か、てんかん薬を298人で試した結果

2026 7/10
人体・医学
2026年3月20日2026年7月10日
🕑この記事は約11分で読めます

いびきをかき、夜中に何度も呼吸が止まる。睡眠時無呼吸症候群は、日中の強い眠気だけでなく、高血圧や心臓の病気のリスクも高める、身近だが侮れない病気だ。その治療には長らく、マスクを装着する方法が中心だった。だが、そのマスクを続けられずに脱落する人が、後を絶たなかった。

もし、飲み薬で治療できたら——。長年の空白地帯だったこの願いに、意外な薬が光を当てた。もともとは、てんかんの薬だ。ヨーロッパの研究チームが、298人を対象にした試験で、その効果を確かめた。ただし、これはまだ「これから」の薬でもある。期待と現実を分けながら、丁寧に見ていこう。

目次

睡眠時無呼吸症候群とは

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Photo by Kampus Production on Pexels

のどのストローが、つぶれる

睡眠時無呼吸症候群(OSA)は、眠っているあいだに、空気の通り道であるのどが、繰り返し狭くなったり塞がったりする病気だ。起きているときは、のどの筋肉が緊張して気道を開いているが、眠ると力が抜け、重力とのどのたるみに負けて、気道がつぶれてしまう。寝ている間、のどのストローが、自分の体の重みでぺしゃんこに潰れるようなイメージだ。

呼吸が10秒以上止まる「無呼吸」や、弱くなる「低呼吸」が、1時間に何回起きるかで、重症度を測る。この指標を、無呼吸低呼吸指数(AHI)と呼ぶ。1時間に30回以上なら重症だ。重症の場合、脳と心臓は、一晩中「窒息と蘇生」を繰り返しているようなもの。世界では、軽症以上の人が9億人を超えるという推計もある、非常にありふれた病気である。

放っておくと、全身に響く

この病気が侮れないのは、日中の眠気だけの問題ではないからだ。夜間に何度も、呼吸を再開するための微小な覚醒が起きるため、深い睡眠が奪われる。その結果、日中に耐えがたい眠気に襲われる。それだけでなく、全身への影響も大きい。

睡眠時無呼吸のある人は、高血圧を合併する割合が高く、放置すると、心臓の病気や脳卒中のリスクが、健康な人の2倍から3倍にもなるという報告がある。いびきや「寝ても疲れが取れない」を、単なる体質として片付けている人は多い。だが、実は毎晩、体が窒息と再開を繰り返している可能性があるのだ。だからこそ、確実に続けられる治療が、切実に求められてきた。

いびきって、体が毎晩窒息を繰り返してるサインかもなんだ…。こわいね。

マスク治療の、大きな壁

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Photo by Polina ⠀ on Pexels

効くのに、続けられない

睡眠時無呼吸の標準治療は、CPAP(シーパップ)と呼ばれる方法だ。鼻や口に装着したマスクから空気を送り込み、その空気の力で、内側から気道を押し広げて、閉塞を防ぐ。効果そのものは、非常に高い。問題は、その効果を、続けられるかどうかにある。

CPAPの最大の壁は、マスクを着けたまま眠るという、身体的・心理的な負担だ。継続して使える人の割合は、調査によって幅があるが、3割から6割程度とされる。使い始めて数年以内に、3割から5割の患者が治療から離脱するという報告もある。マスクの不快感、閉じ込められる感覚、空気漏れ。毎晩、顔に送風機付きのマスクを固定して眠るのは、慣れない人には大きな試練だ。効くとわかっていても続けられない——それが、この病気の特有のジレンマだった。

飲み薬という、長年の空白

マスクのほかにも、下あごを前に固定するマウスピースや、外科手術といった選択肢はある。だが、いずれも、万人向けの解決策ではない。そして、決定的に欠けていたのが、「飲むだけで効く薬」だった。睡眠時無呼吸に対する飲み薬は、これまで実用化されておらず、飲み薬という選択肢そのものが、長年の空白地帯だったのだ。

治療法があるのに続けられない。この、病気そのものより治療の負担で挫折するという構図が、多くの患者を悩ませてきた。もし、マスクをつけたくない人に、飲み薬という選択肢が増えれば——。メガネをかけたくない人にコンタクトが選べるように、負担の少ない選択肢が加われば、救われる人は多い。その空白を埋めるかもしれない候補として現れたのが、意外な薬だった。

てんかんの薬が、なぜ呼吸に効くのか

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Photo by Pixabay on Pexels

60年の歴史を持つ、スルチアム

その薬の名は、スルチアムという。1950年代半ばにドイツで合成され、60年以上の歴史を持つ、抗てんかん薬だ。とりわけ、子どものある種のてんかんに対しては、ドイツ語圏などで30年以上、第一選択薬として使われ続けてきた。発作を抑えるために設計された、この古い薬が、実は眠っている間の呼吸の安定にも効くとわかったのだ。別の目的で60年使われてきた工具を、まったく違う現場に持ち込んだら、意外な有効性が見つかった、という物語である。

これは、「ドラッグリポジショニング」と呼ばれる、既存の薬の新しい使い道を見つける手法の好例だ。すでに長年の使用実績があり、安全性についてもある程度わかっている薬なら、ゼロから新薬を開発するより、はるかに短い時間と少ないコストで、実用化に近づける。手元にある薬を、新しい角度から見直す。そこに、思わぬ可能性が眠っていた。

体のCO2センサーの感度を上げる

では、てんかんの薬が、なぜ呼吸に効くのか。鍵は、スルチアムが持つ「炭酸脱水酵素を阻害する」働きにある。この酵素の働きを抑えると、体内の二酸化炭素(CO2)濃度がわずかに上がる。すると、脳の呼吸中枢や、血管にあるセンサーがこれを感知し、「もっと呼吸しなさい」という指令を強める。呼吸を起こそうとする駆動力が、底上げされるのだ。

いわば、体の中のCO2センサーの感度を上げるスイッチのようなものだ。ふだんは少し多めのCO2でも見過ごしてしまう体を、「ちょっとでもCO2が増えたら、すぐ呼吸して」というモードに切り替える。これにより、気道が狭くなりかけた瞬間に、呼吸の努力と、気道を開く筋肉の反応が早まり、無呼吸になる前に、立て直せる可能性がある。CPAPが「外から気道を広げる」物理的なアプローチなのに対し、スルチアムは「体の中の呼吸コントロールを整える」生理学的なアプローチなのである。

てんかんの薬が呼吸に効くなんて意外! 既にある薬の再発見って面白いね。

298人で確かめた「FLOW試験」

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Photo by Jonathan Borba on Pexels

用量を変えて、効果を測る

この効果を確かめたのが、「FLOW試験」と呼ばれる臨床研究だ。ヨーロッパの5カ国、28の施設が参加した、大規模な試験である。結果は、権威ある医学誌ランセットに、2025年に報告された。対象は、まだ治療を受けていない、中等症から重症の睡眠時無呼吸の成人298人。スルチアムを、量を3段階に変えて、あるいは偽の薬(プラセボ)を、就寝前に1日1回、15週間投与して、比較した。

これは、同じ薬を薄める・濃くするを3段階で試し、どの濃さがいちばん効いて、副作用とのバランスが取れるかを探る実験だ。しかも、医師も患者も、どれが本物か偽物かを知らされない「二重盲検」という、最も信頼性の高い方法がとられた。思い込みによる偏りを、徹底的に排除した設計である。第2相と呼ばれるこの段階は、薬が本命候補になりうるかを見極める、新薬開発の中間のチェックポイントにあたる。

無呼吸が、最大で約47%減った

結果は、有望なものだった。無呼吸低呼吸指数、つまり呼吸の止まる回数が、薬の量が多いほど、大きく減少した。高い用量のグループでは、プラセボと比べて、無呼吸・低呼吸の回数が最大で約47%減ったという報告もある。夜間の酸素の低下も改善した。飲み薬一つで、これだけの効果が見られたのは、大きな前進だ。

副作用は、手足のしびれ感、頭痛、疲労感、吐き気などが中心だった。これらは、炭酸脱水酵素を阻害する薬に、もともと知られているもので、多くは軽度から中等度だった。目新しい危険な副作用は、報告されていない。長年、マスクを我慢するしかなかった人たちに、初めて「薬を飲む」という選択肢が生まれるかもしれない。その可能性が、確かなデータとともに示されたのである。

マスクが続かない人に飲み薬の選択肢! 救われる人多いだろうね。

「これから」の薬である、という現実

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Photo by Anna Shvets on Pexels

まだ承認前、第3相が必要

ここで、慎重に伝えたいことがある。FLOW試験は、あくまで第2相の、用量を決めるための試験だ。スルチアムは、睡眠時無呼吸の治療薬として、まだどの国でも承認されていない。298人、15週間というデータだけでは、より長い期間の安全性や、心臓の病気を実際に減らす効果、より多様な患者での効果は、まだ十分に確認できていない。

承認に至るには、さらに大規模な患者を対象に、長期間投与する、第3相と呼ばれる試験を経る必要がある。今回の結果は、オーディションで好成績を出した候補が、本番の舞台に進めるかどうかは、まだ未定、という段階だ。新薬が、有望な結果から、実際に薬局に並ぶまでには、数年単位の年月がかかるのが一般的である。過度な期待は、禁物だ。

第2相でこれから第3相なんだね。期待しつつ、冷静に待つのが大事だ。

それでも、空白が埋まる希望

とはいえ、この発見の意味は小さくない。長年、飲み薬という選択肢が存在しなかった睡眠時無呼吸に、現実的な候補が現れた。しかも、すでに60年の使用実績がある、安全性のわかった薬だ。だからこそ、まったく新しい薬候補よりは、実用化への距離が近いと期待できる。既存の薬を見直すという地道なアプローチが、大きな空白を埋める糸口になりつつある。

CPAPを続けられずに悩んできた人。マスクが合わず、治療をあきらめかけていた人。そうした多くの人にとって、飲み薬という選択肢は、大きな希望になりうる。派手な言葉に踊らされず、確かめられたことを一つずつ見つめる。そして、この薬が次の段階へ進み、いつか私たちの手に届く日を、期待とともに待ちたい。

睡眠を守るための、新しい一歩

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Photo by KATRIN BOLOVTSOVA on Pexels

治療の選択肢が、広がる意味

この研究が示してくれるのは、一つの薬の可能性だけではない。「治療の選択肢が広がる」ことの、大切さだ。どんなに効果的な治療でも、続けられなければ意味がない。だからこそ、患者一人ひとりに合った、続けられる選択肢を用意することが、医療にとって重要になる。マスクが合う人にはマスクを、飲み薬が合う人には飲み薬を。選べることが、より多くの人を救う。

睡眠時無呼吸は、本人が気づかないうちに、静かに全身をむしばむ病気だ。だからこそ、負担が少なく、続けやすい治療法が増えることは、大きな意味を持つ。今回の飲み薬の登場が現実になれば、これまで治療から漏れていた人たちにも、手が届くようになるかもしれない。それは、多くの人の睡眠と、健康を守る、確かな一歩になる。

自分の眠りに、目を向ける

最後に、身近な視点で締めくくりたい。もし、あなたや家族が、大きないびきをかいたり、寝ても疲れが取れなかったり、日中に強い眠気を感じたりしているなら、それは、睡眠時無呼吸のサインかもしれない。一度、専門の医療機関に相談してみる価値がある。適切な治療を受ければ、睡眠の質は、大きく改善しうる。

そして、治療の選択肢は、今まさに広がりつつある。マスクが合わなくても、あきらめる必要はないかもしれない。医学は、一人でも多くの人が、確実に治療を続けられるよう、着実に前へ進んでいる。今回の飲み薬の研究は、その歩みの、確かな一つの証だ。次の報告を、期待とともに待ちたい。良い眠りは、健やかな毎日の、いちばんの土台なのだから。

参考文献:
Sultiame once per day in obstructive sleep apnoea (FLOW): a multicentre, randomised, double-blind, placebo-controlled, dose-finding, phase 2 trial
Hedner, Randerath, Grote et al. (FLOW investigators), The Lancet 406(10514), 1983 (2025). DOI: 10.1016/S0140-6736(25)01196-1
出典: The Lancet / FLOW investigators

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この記事を書いた人

シルミー編集者のアバター シルミー編集者

科学メディア「シルミー」の運営者。子供の頃から宇宙や生き物の図鑑を読みあさり、大人になった今も科学ニュースを追いかける日々。海外の学術メディアから面白い研究を見つけて、日本語でわかりやすく届けることをライフワークにしています。

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