パーキンソン病の患者の脳に、iPS細胞から作った細胞を移植する。
アメリカのケナイ・セラピューティクス社が進めるこの治験は、2025年12月に最初の患者への移植を行い、2026年7月に参加者の登録を終えた。
失われた神経細胞そのものを補おうという試みだが、結果はまだ発表されておらず、治療として承認された段階でもない。
何が始まり、何がまだこれからなのか。ネット上で語られる「移植後に症状が改善した」という話は、この新しい治験の結果なのか。
先に結果が論文になった京都大学などの試験と分けて見ていく。
そもそもパーキンソン病とは
ドーパミンを作る神経細胞が減る
パーキンソン病は、脳の「黒質」という部位で、ドーパミンという物質を作る神経細胞が徐々に減っていく病気だ。
ドーパミンが足りなくなると、手が震え(振戦)、筋肉がこわばり(固縮)、動作が遅くなる(無動)といった症状が現れる。
難病情報センターによると、患者は1000人に1〜1.8人ほどで、65歳以上では100人に約1人と、高齢になるほど多い。
やっかいなのは、この病が静かに進むことだ。
京都大学の論文によると、パーキンソン病の症状はふつう、被殻(線条体の一部)でドーパミンを作る働きを示すPET検査の指標が、正常より41〜58%下がったころに現れる。
薬は「補充」、細胞移植は「入れ替え」
治療の中心は、足りないドーパミンを薬で補う方法だ。ドーパミンのもとになるL-ドパという薬が代表的で、多くの患者の症状を和らげてきた。
ただし、ドーパミンを作る神経細胞が減っていくこと自体を止めるわけではない。
しかも、L-ドパを長く飲むうちに問題が出てくる。飲んで2〜3時間ほどで効果が切れて動けなくなる「ウェアリングオフ現象」や、体が勝手に動いてしまうジスキネジアだ。
そこで研究されてきたのが、失われたドーパミン神経を外から補う細胞移植である。
症状が出るころには、ドーパミンを作る力がかなり落ちてるんだね。だから細胞を補う発想なんだ。
iPS細胞からドーパミン神経のもとを作る
この治療で使われるのは、iPS細胞から作った、ドーパミンを作る神経のもと(前駆細胞)だ。
iPS細胞は、皮膚や血液などの体の細胞に少数の遺伝子を入れて、さまざまな細胞になれる未熟な状態に戻したものだ。
山中伸弥氏が2006年にマウスの細胞で初めて報告し、2012年のノーベル生理学・医学賞を受けた。
iPS細胞を、ドーパミン神経へ育つ途中まで分化させてから移植する。京都大学の治験では、目的外の細胞を除くために、CORINという目印を持つ細胞だけを選び出した。
移植した細胞の約6割が前駆細胞、約4割がドーパミン神経だった。
かつては中絶胎児の脳の組織を移植する試みもあった。
非盲検の試験では運動症状の改善も見られたが、二重盲検のプラセボ対照試験では十分な効果を示せず、移植片が原因とみられるジスキネジアも報告された。
倫理の問題や、安定して手に入らないことも壁だった。
アメリカの治験は登録を終えた段階
今回ニュースになったのは、アメリカのケナイ・セラピューティクス社が進める「REPLACE試験」だ。
実施施設として、南カリフォルニア大学(USC)のケック医療センター、アリゾナ大学、オハイオ州立大学が登録されている。
使う細胞「RNDP-001」は、提供者(ドナー)由来のiPS細胞から作って凍結保存した「既製品」で、患者本人の細胞から一人ずつ作るのではなく、同じ細胞を多くの患者に使う。
製造は富士フイルム・セルラー・ダイナミクス社が担い、会社は需要の増加に合わせて規模を広げられるとしている。米食品医薬品局(FDA)からは、開発と審査を早めるファストトラックの指定を受けた。
この治験は2025年12月に最初の患者への移植が行われ、2026年7月に参加者の登録を終えた。予定人数は最大12人で、低用量、高用量、最適な用量の3つの群に順に移植する。
臨床試験の登録上は第1b/2a相で、主な評価項目は移植後15か月までの有害事象、つまり安全性だ。PET検査で調べる脳のドーパミン機能の変化などは、副次的な評価項目になっている。
会社は2025年12月の発表で、12人の安全性と脳画像の初期データを2026年に示す見込みだとしていたが、2026年7月の発表の時点では「今後報告する」としている。
RNDP-001は、どの規制当局にも承認されていない研究段階の細胞治療だ。
ネットで見かける「移植1年後に症状が改善した」「PET検査でドーパミン産生を確認」といった話は、この治験の結果ではない。


先行する2つの試験で分かったこと


京都大学のiPS細胞の治験
結果がすでに論文になっている先行試験もある。REPLACE試験とは別の試験だ。
その一つが、京都大学医学部附属病院で2018年に始まった治験で、京都大学iPS細胞研究所の高橋淳氏と、京都大学の高橋良輔氏が率いた。
チームは、他人のiPS細胞から作ったドーパミン神経の前駆細胞を、脳の左右の「被殻」という部位に移植した。
参加したのは50〜69歳の患者7人で、移植した細胞の数は片側あたり約210万〜260万個(3人)と、約530万〜550万個(4人)だった。
結果は2025年に科学誌ネイチャーに報告された。24か月の観察で、入院や死亡につながる重い有害事象はなく、MRIでも腫瘍のような異常な増大は見られなかった。
有効性を評価した6人のうち4人で、薬が切れた状態の運動症状のスコアが改善し、6人の平均は20.4%の改善だった。
PET検査では、被殻でドーパミンを作る働きを示す指標が平均44.7%上がり、移植した細胞が多い群ほど上がり方が大きかった。
一方で、7人中6人ではジスキネジアが軽く悪化した。研究チームは、試験中もパーキンソン病の薬の量を変えずに続けたためと考えている。
また、この試験は対照群のない非盲検の試験で、プラセボ効果や医師の思い込みの影響を受けうる。
細胞が成熟したドーパミン神経として生き残ったかを確かめるには、死後の組織の検査が必要だと論文は書いている。
ES細胞を使ったアメリカの試験
もう一つは、アメリカのメモリアル・スローン・ケタリングがんセンターなどの研究者とブルーロック・セラピューティクス社による第1相試験だ。
こちらはiPS細胞ではなく胚性幹細胞(ES細胞)から作り、凍結保存した細胞(bemdaneprocel)を、12人の被殻に移植した。
全員が1年間、免疫抑制剤を使った。移植後12か月の安全性の基準を満たし、移植した細胞が原因の重い有害事象や腫瘍は見られなかった。
18か月後、高用量群では薬が切れた状態の運動症状のスコアが平均23点改善した。
ただし、2つの試験はどちらも少人数で、対照群を置かない非盲検の試験だ。ES細胞の試験の論文も、効果を評価するように設計された試験ではないとして、慎重に解釈するよう求めている。
腫瘍化については、京都大学の試験で、細胞の増殖を映すPET検査でも移植部位に異常な集積は見られなかった。効果の大きさや持続性は、より大きな試験で確かめる必要がある。
人数が少なくて比べる相手もいないから、まだ確かめることがたくさんあるんだね。


誰もが受けられる治療への、遠い道のり
誰でも受けられる治療になるには、まだ時間がかかる。今回の治験も先行試験も、参加者の少ない初期の段階だ。
京都大学の論文は、移植に向く患者の条件がまだ決まっていないこと、移植した細胞が線条体の一部にしか届かない可能性があることを課題に挙げ、複数の施設で対照群を置いた大規模な試験で確かめる必要があるとしている。
細胞の供給では、他人の細胞を使う「既製品」の考え方がとられている。
京都大学の治験の細胞は、日本人に最も多い型のHLA(白血球の型)を両親から同じように受け継いだ健康な人の血液から作ったiPS細胞で、この型は日本人の17%と合う。
京都大学の治験では、HLAが合う患者と合わない患者で臨床的な差は見られなかったが、さらに確かめる必要があるという。
血液型みたいに型をそろえておけば多くの人に使えるんだ。賢いね!
これから確かめること
パーキンソン病の細胞移植は、REPLACE試験のように結果がまだ出ていない治験と、少人数で手応えを示した先行試験が並ぶ段階だ。
京都大学の論文は、今後は二重盲検のプラセボ対照試験にして、偏りを小さくすべきだとしている。
REPLACE試験の今後
REPLACE試験の主な評価は移植後15か月までの安全性で、登録情報では、主な評価項目のデータがそろうのが2027年9月、試験全体の終了が2031年6月の見込みだ。
会社は今後、安全性や有効性について最初の観察結果を報告するとしている。
参考文献:
Sawamoto N. et al. Phase I/II trial of iPS-cell-derived dopaminergic cells for Parkinson’s disease (Nature 2025) / 論文本文(PMC)
Tabar V. et al. Phase I trial of hES cell-derived dopaminergic neurons for Parkinson’s disease (Nature 2025) / 論文本文(PMC)
ClinicalTrials.gov: NCT07106021(REPLACE試験)
Kenai Therapeutics: First Patient Dosed in Phase 1 REPLACE Clinical Trial of RNDP-001(2025年12月15日) / Completion of Enrollment in Phase 1b/2a REPLACE Trial(2026年7月7日)
難病情報センター「パーキンソン病(指定難病6)」









