ペットボトルの水を飲み、食品トレーから料理を取り分け、合成繊維の服を着る。私たちの暮らしはプラスチックに囲まれている。
その便利さの裏で、目に見えないほど小さなプラスチックの粒が、少しずつ体の中に入り込んでいることが分かってきた。
そして2025年、亡くなった人の脳からマイクロプラスチックが見つかり、2016年と2024年の試料を比べると増えていた、という報告が発表された。
研究をまとめたのはアメリカ・ニューメキシコ大学のチームで、医学誌『ネイチャー・メディシン』に掲載された。
キク脳にプラスチックって、本当に入っているのかな?
脳から本当にプラスチックが見つかった
この研究でニューメキシコ大学のチームが調べたのは、亡くなった人の脳(前頭葉の皮質)と肝臓、腎臓の組織だ。
ニューメキシコ州の検視機関で解剖のときに採取された組織を薬品で溶かし、残ったプラスチックを熱分解ガスクロマトグラフィー質量分析(Py-GC/MS)などで測定した。
すると、どの臓器からもマイクロプラスチックが検出された。
脳の濃度は際立って高かった。2024年の試料の中央値は、肝臓が1グラムあたり433マイクログラム、腎臓が404マイクログラムだったのに対し、脳は4917マイクログラムだった。
論文は、脳の濃度は肝臓や腎臓の7〜30倍だったとまとめている。
時間による変化もあった。
2016年に亡くなった人の脳(中央値3345マイクログラム)と2024年に亡くなった人の脳(同4917マイクログラム)を比べると、脳の総プラスチック量は8年でおよそ5割増えていた。
肝臓でも増加が見られた。
論文の著者は、環境中のマイクロ・ナノプラスチックが急速に増えていることが、体内の濃度にも反映された可能性があると考えている。
一方で、亡くなったときの年齢と脳のプラスチック量には関連がなく、年齢とともにたまっていくという予想は支持されなかった。
ただし、ここで冷静になっておきたい。これはあくまで「脳の中にプラスチックがある」ことを示した研究であって、「それが脳に害を与えている」ことを証明したわけではない。
まず事実として、そこにある。次に問うべきは、それが何をしているのか——という順番なのだ。
ちなみに、この結果を「脳にプラスチックのスプーン1杯分」と伝えた報道があった。
ニューメキシコ大学のマシュー・キャンペン教授はのちのインタビューで、脳1グラムあたり約5000マイクログラムに脳の重さ約1400グラムを掛けると約7グラムになると説明したうえで、数字にはかなりの不確かさがあると話している。
見積もりが高めに出る理由として、キャンペン教授は、脳の脂質がポリエチレンの測定に干渉する可能性と、調べた前頭葉が脳のほかの部位より濃度が高そうなことを挙げている。
脳から取り出した粒子は、長さ100〜200ナノメートルほどの細かな破片や薄片が大半で、脳に含まれるプラスチックの平均75%はポリエチレンだった。


なぜ脳に多いのかは分かっていない
どうして肝臓や腎臓より脳に多いのか、論文は答えを出していない。
著者らは、脂質の摂取を通じた取り込みが脳への移行を助けているのかもしれないと推測しているが、ナノプラスチックがどう脳に運ばれ、取り込まれるのかは分かっていないと書いている。
JAMA Network Openの論文は、血液脳関門が、血液に乗って粒子が脳に入るのを抑える大事な壁だと述べる。
一方で、動物実験ではマイクロプラスチックがこの関門を傷つけて脳に届くことも示されている。
ただし、人間でどんな大きさの粒子がどんな仕組みで関門を越えるのかは分かっていない。論文も、取り込みと分布の経路はよく分かっていないと書いている。
「脳にあった」という結果は動かせない事実だが、「どうやって入ったか」は、これから確かめていく段階なのである。
もう一つ、脳からどう取り除かれるのかも分かっていない。論文は、脳からのプラスチックの排出の速さや経路はまだ調べられていないと書く。
キャンペン教授は、年齢と濃度に関連がなかったことから、体内で一定の釣り合いに達しているか、腎臓や肝臓を通じて排出されているか、体内で分解されている可能性もあると話している。


鼻から入る経路の可能性
血液を通る道とは別に、もう一つ注目されている侵入経路がある。鼻だ。
ドイツとブラジルの研究チームは、亡くなった人の「嗅球」という部位を調べた。嗅球は、鼻の奥から届く匂いの情報を受け取る、脳の入り口にあたる小さな器官である。
2024年に医学誌『JAMAネットワーク・オープン』に発表された結果によれば、調べた15人のうち8人、およそ半数の嗅球からマイクロプラスチックが見つかった。
見つかったのは合計16個の粒子と繊維で、最も多かった素材はポリプロピレン(43.8%)だった。粒子の大きさは5.5〜26.4マイクロメートルだった。
鼻の奥の粘膜から嗅球へは、匂いを伝える神経が直接つながっている。
もし空気中に漂うプラスチック粒子を吸い込めば、血液を経由せず、鼻から神経をつたって脳の入り口へ届く道がありうる——研究者たちはそう考えている。
ただし、この研究は嗅球にプラスチックがあったことを示したにとどまる。論文は、血液を経由して関門を越えた可能性や、三叉神経を通った可能性も否定できないとしている。
鼻から吸ったものがこの経路で運ばれたことを、直接示したわけではない。
分析の解像度の限界(約3マイクロメートル)のため、この研究ではナノプラスチックは調べられていない。論文は、ごく小さな粒子はもっと多い可能性が高いと述べている。
JAMA Network Openの論文は、空気中にマイクロプラスチックが多いことと、鼻や嗅球で見つかったことから、嗅覚の経路が外から来る粒子の入り口になりうると考えている。
見つかった素材は包装材や衣類に多いポリプロピレンやナイロンで、吸い込んだ粒子の主な供給源は室内環境かもしれないとも述べている。
認知症の脳は多い? 相関の実際


ここまでは「脳にプラスチックがある」という話だった。では、それは病気と関係しているのだろうか。ニューメキシコ大学の研究には、この問いに触れる部分がある。
研究チームは、生前に認知症と診断されていた12人(アルツハイマー病6人、血管性認知症3人、その他の認知症3人)の脳も調べた。
総プラスチック量の中央値は1グラムあたり2万6076マイクログラムで、認知症のない人の脳(2024年の試料で4917マイクログラム)の5倍あまりだった。
だが、ここでこそ立ち止まる必要がある。「濃度が高い」ことと「プラスチックが認知症を引き起こした」ことは、まったく別の話だからだ。
論文は、脳組織の萎縮、血液脳関門の機能低下、排出の弱まりは認知症の特徴であり、それだけでプラスチックの濃度が高くなると予想されるため、この結果から因果関係は想定していないと述べている。
キャンペン教授はインタビューで「プラスチックが病気を引き起こしているのか、それとも病気がプラスチックの行き着く場所にすぎないのか。科学的には、いまはそういう段階です。因果の問題なのかどうかは分かりません」と話している。
さらに「むしろ、障壁が壊れたためにプラスチックがそこに行き着くのだと思います」とも述べている。
また、調べた認知症の脳は12人分にとどまる。論文は、これらは関連を示すもので因果を示さず、確かめるには手法の改良とずっと大きな集団が必要だと述べている。
「クレジットカード1枚」の数字の出どころ


マイクロプラスチックの話題でよく引かれるのが、「私たちは毎週、クレジットカード1枚分のプラスチックを口にしている」という表現だ。
強烈なイメージで、一度聞くと忘れられない。だが、この数字は検証してみると、かなり怪しい。
もとになったのは、2019年にWWF(世界自然保護基金)が公表した報告書だ。報告書は、オーストラリアのニューカッスル大学の研究者が、ほかの研究の測定値から試算した結果を引いた。
この試算は週あたり0.1〜5グラムという幅のある推定だったが、上限の5グラムが「クレジットカード1枚分」として広まった。
オランダのワーヘニンゲン大学のチームは2021年、粒子の大きさや形を考慮して計算し直し、成人の摂取量の中央値を週あたり約4.1マイクログラムと見積もった。
5グラムの100万分の1ほどで、5グラムという値は平均的な人の摂取量を表していないと結論づけている。
マルティン・プレッツ氏も2022年の論文で、ニューカッスル大学の算出した摂取量の最大値も最小値も、実際の摂取量を「かなり過大に見積もっている」と結論づけた。
マイクロプラスチックが体に入っているのは事実だが、その量を大げさに語る必要はない。
マウス実験でわかっていること
ここまでは人の脳の話だった。動物実験では、ナノプラスチックがパーキンソン病に似た変化を起こす例が報告されている。
パーキンソン病は、体の動きをなめらかにする「ドーパミン」という物質を作る神経が失われていく病気だ。
2025年に『ジャーナル・オブ・トランスレーショナル・メディシン』に載った中国の研究では、ポリスチレンのナノ粒子をマウスに口から与えたところ、1.5時間以内に脳へ届き、血液脳関門が傷ついていた。
さらに30日間、毎日与えると、マウスの行動に異常が出て、脳の黒質にあるドーパミン神経が減った。培養した神経細胞でも、炎症を伴う細胞死(パイロトーシス)が起きた。
ただし、これはマウスと培養細胞での結果で、使われたのは人の脳で最も多かったポリエチレンの破片ではなく、ポリスチレンのナノ粒子だ。
人の体で同じことが起きるのかは確かめられていない。
「パーキンソン病の一因かもしれない」という仮説として受け止めるのが、いまの科学の到達点だ。
ここまでに分かっていること
ここまでの話を整理しよう。
確実に言えるのは、亡くなった人の脳からマイクロプラスチックが見つかったこと、2016年と2024年の試料で脳の量が約5割多かったこと、そして認知症と診断された人の脳で濃度が高かったことだ。
ただし論文の著者は、これらは関連を示すもので、健康への影響を確かめるにはもっと大きな集団での研究が必要だと述べている。
日常でできることについて、キャンペン教授は「みんな、できることをやるべきです。ただし、健康によくない極端なことはすべきではありません」と話している。



脳にあるのは確かでも、認知症の原因かはまだ分からないんだ。怖い数字ほど、出どころを確かめたい!
参考文献:
Bioaccumulation of microplastics in decedent human brains(Nature Medicine, 2025, DOI:10.1038/s41591-024-03453-1)
Microplastics in the Olfactory Bulb of the Human Brain(JAMA Network Open, 2024, DOI:10.1001/jamanetworkopen.2024.40018)
Nature Medicine論文の全文(PMC)
Polystyrene nanoplastics trigger pyroptosis in dopaminergic neurons(J Transl Med, 2025, DOI:10.1186/s12967-025-06634-9)
キャンペン教授のインタビュー(Dementia Matters, 2025)
出典: Nature Medicine / JAMA Network Open / J Transl Med









