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世界の『ハム音』の正体判明! 28人×3時間の防音室実験で通説2つが崩れた

2026 7/20
人体・医学
2026年7月20日
🕑この記事は約12分で読めます
シルミー

はかせ、夜になると『ブーン』って低い音が聞こえる人がいるって本当なの?

はかせ

本当だよ。世界の2〜4%の人が聞いてるって言われてる謎の音でね。ドイツのミュンヘン大学が防音室に28人を3時間閉じ込めて、その正体をやっと突き止めたんだ

夜、寝室で耳を澄ますと、遠くのエンジンのような『ブーン』という低い音がずっと聞こえる。窓の外を見ても、音源になりそうな機械はない。しかも隣で寝ている家族には全く聞こえていない――。世界中で報告され続けてきたこの現象は「The Hum(ザ・ハム)」と呼ばれ、50年近く原因不明のままだった。

この長年の謎に、ドイツ・ミュンヘン大学病院(Ludwig-Maximilians-Universität München)とノルウェー科学技術大学(NTNU)のチームが挑んだ。実際にハム音を聞いている28人を防音室に招き、通説となっていた2つの仮説を1つずつ実験で潰していった。結果は2026年3月27日付で学術誌『PLOS One』に掲載されている。

目次

ブリストルから始まった半世紀の謎

英国ブリストルの街並み

ハム音が広く知られるようになったのは、1970年代半ばのイギリス・ブリストルだった。地元紙ブリストル・イブニング・ポストに「原因不明の低い唸りが聞こえる」という手紙が住民から次々と届き始めた。当初は倉庫の大型換気ファンが疑われたが、その倉庫が閉鎖された後も報告は止まらなかった。

やがて同じ現象が英国の海沿いの街――ハイス、プリマス、サウサンプトン、スウォンジー――でも報告され、ロンドンにも広がった。1990年代にはアメリカにも飛び火し、ニューメキシコ州タオスとインディアナ州ココモで「街中の一部の人だけがブーンという音に悩まされている」というニュースが世界を駆け巡った。

現在ではカナダ、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ、そして欧州各都市で報告が確認されている。数年前にはノルウェーのオスロでも住民の訴えが公共放送NRKで取り上げられた。2012年にはカナダ人教師のグレン・マクファーソン氏が「World Hum Map and Database Project」というオンライン地図を立ち上げ、世界中の目撃報告を集めている。

音の質感は人によって少し違うが、多くの人が「アイドリング中のディーゼルエンジンのような音」と表現する。低い、鈍い、体に振動として響いてくる音――そんな共通のイメージだ。

50年間出続けた2つの通説

低周波音源とされる換気設備のイメージ

これまで真面目な学術界と一般人の議論の両方で、ハム音の正体には主に2つの仮説が立てられてきた。

1つ目は「音源は実在する」派。換気ダクト、ヒートポンプ、遠くの道路交通、風車、あるいは波が海岸に打ちつける音や山を吹き抜ける風といった自然音、さらには工場の低周波ノイズなど、外にある本物の音波が原因だとする説だ。低周波は波長が長く、数kmを平気で伝わって発生源が特定しづらい。だから聞こえる人と聞こえない人が同じ部屋にいてもおかしくない、と説明する。

2つ目は「聞こえる人の耳が特別」派。同じ音の中にいても、人よりずっと低い音まで感じ取れる「異常に敏感な低周波聴覚」を持っているなら、他人には聞こえない低周波が本人だけ聞こえる、という理屈になる。

もう1つ、専門家の間で有力視されていた派生説がある。人の内耳(蝸牛)は音を増幅する仕組みの副産物として、自ら微弱な音を発している。これを「自発耳音響放射(SOAE)」と呼び、耳の中にマイクを入れれば実際に測ることができる。この自分の耳が出している音が、たまたま低周波で鳴って本人に聞こえてしまっているのではないか――というのが第3の仮説だ。

いずれの説も一見もっともらしい。ただ、どれも大勢の当事者を集めて防音室で直接検証したデータは、これまで乏しかった。

ミュンヘン大学の防音室で行われた3時間の検査

ミュンヘン大学のマルクス・ドレクスル教授らのチームは、実際にハム音を聞いている当事者28人を集めた。男性13人、女性14人、ジェンダー・ダイバース1人、年齢の中央値は53.5歳。SNSで自発的に集まっているハム音経験者コミュニティを通じてリクルートされた。募集期間は2019年4月1日から5月31日までの2か月間だ。

比較のための対照群には、まったくハム音を聞いていない若い健聴者38人を大学の学生プールから採用した(CG1:31人、中央値24歳/CG2:7人、中央値22歳)。全員が防音チャンバー内のリクライニングチェアに座り、休憩を挟みながら1人あたり合計3時間の検査を受けた。

実験の柱は2つ。1つ目は、その人が普段聞いている「ブーン」の周波数を特定し、その周波数の周りだけを顕微鏡的な間隔で聴力測定すること。もう1つは、耳の中にマイクを入れて、その人の内耳が自発的に発している音(SOAE)を測ることだ。「特別に敏感な耳」説と「内耳が鳴っている」説を、それぞれ物理的なデータで検証する狙いだ。

周波数の特定は自宅で行われた。参加者はオンラインの純音生成ツールを使い、1Hz刻みでつまみを回して、自分がいつも聞いているハム音とぴったり同じ高さになる周波数を探した。研究室での短時間の検査だと「今日はハム音が聞こえない」となりがちなので、いつでも聴ける自宅で自己申告してもらう、という工夫だ。

まず「音源は実在する」派の外堀を埋めた数字

騒音を測る手のイメージ

アンケートの時点で、意外なほど徹底した検証は先に済んでいた。参加者の約45%は自分で、あるいは業者を呼んで、住居やその周辺で実際に低周波を測ろうとしていた。それでも「原因の音源をきちんと特定できた」と自己申告できたのは、そのうち約20%だけだった。

裏を返せば、当事者の8割は熱心に外の音を疑って探しても犯人を見つけられなかった、ということでもある。もちろん低周波は源をたどりにくいので、これだけでは「音源が無い」とまでは言い切れない。ただ、少なくとも「近所の換気扇が原因」で片付く単純な話ではないことを、参加者本人たちが行動で示してしまっていた。

他の生活実感も揃っていた。68%は音がどこから聞こえるか左右を判別できない(耳の奥から真ん中で鳴っているように感じる)。同じく68%は家族が同じ場所にいてもハム音を聞かない。71%は普段の暮らしを「静かな環境」と評価(1〜10の10段階で5未満)、86%が「この音は生活を圧迫するストレスだ」と回答している。夜の寝室のような静けさで浮かび上がる、耳の奥に張り付いた不快な低音――というイメージがくっきり浮かぶ。

「特別な低周波聴覚」説 → ほぼ否定

周波数マッチングで特定できた23人分のデータからは、まず「みんなが聞いているハム音」の中央値は50Hzだと分かった。50Hzといえば欧州の電源周波数と同じ帯だが、それを聞き取っていることになる。5人は「純音1本では表しきれないくらい音の質感が複雑だ」と回答し、うち1人は10Hzを申告したものの、装置的に信頼できない値なので除外された。

次にチームは、この個人ごとの50Hz付近だけを狭い刻みで測る特殊な聴力検査を行った。ここで通説の「異常に敏感な低周波聴覚」派が正しいなら、参加者のしきい値(=そのくらい小さな音まで聞こえる能力)は健聴の対照群より明らかに低くなるはずだ。ところが結果はそうならなかった。

ハム音を聞いている参加者のうち、11人(39.3%)は125Hz〜8kHzの通常聴力検査で20dB HL以上の閾値――つまり年齢相応の聴力低下を示していた。50代の集団としてはごく普通の数字だ。低周波帯に絞った検査でも、対照群の若者の分布と比べて明らかに敏感だったのは28人中わずか2人にとどまった。しかもその2人でも、耳が突出して優秀なのは特定の狭い周波数だけだった。

研究チームは論文の中で「一般集団におけるハム音経験者はもともと少数派だが、その中でさらにごく少数だけが本当に低周波に対して過敏だ」と結論している。つまり、「聞こえる人は特別な耳」というシンプルな説明は、ほとんどの当事者には当てはまらない。

「内耳が自分で鳴っている」説 → 完全否定

耳の構造の模式イメージ

2つ目の仮説である「自発耳音響放射(SOAE)を本人が聞いてしまっている」については、もっとはっきりした答えが出た。参加者28人の耳を測定した結果、低周波帯にはSOAEが1件も検出されなかった。

そもそも解剖学的にも辻褄が合わない。ヒトの内耳が発するSOAEはおおむね500Hzから5000Hzの範囲に集中している。これは音を増幅している外有毛細胞という細胞の「電気で伸び縮みする」速さの限界に対応していて、50Hzのような低い音を蝸牛が能動的に増幅・放射する仕組みはそもそも存在しにくい。ハム音の中央値50Hzとは1桁近く離れており、この説はもとから無理筋だった、ということが実測で確定した形だ。

残った答え「これは低周波の耳鳴りだ」

2つの仮説が退けられ、消去法で最有力になったのが「低周波タイプの耳鳴り(subjective tinnitus in the low-frequency range)」という解釈だ。ドレクスル教授は「外部の物理的な音源がある例を全て否定するわけではないが、多くの場合はハム音の正体は低周波の主観的耳鳴りだと考えられる」と論文で述べている。

耳鳴りといえば「キーン」「シーン」といった高音のイメージが強いが、そのメカニズムは要するに「外に音源がないのに、聴覚系の内部で音として感じてしまう」現象だ。人によっては、それが高音ではなくディーゼルエンジン級の低音として現れる、というのがチームの見立てになる。実際、この研究の参加者の39%は高音の耳鳴りも同時に自覚していた。低音の耳鳴りと高音の耳鳴りが、同じ耳の中で並走している人が一定数いることが示された形だ。

ハム音の当事者が「窓の外を探しても見つからない」「引っ越すと消える街もあれば、引っ越し先で新たに始まる街もある」と証言してきたのも、この解釈なら整合する。実際に地図プロジェクトを立ち上げたマクファーソン氏自身、カナダの西海岸で聞こえていたハム音が、同じ地方内で引っ越すと聞こえなくなったと述べている。もし正体が耳鳴りに近いものなら、その日の体調・ストレス・環境音との相互作用で「聞こえる日/場所」がまだら模様になっても不思議ではない。

ただし、これは相関ではなく消去法による解釈である点にも注意が必要だ。今回の研究は「28人の参加者が低周波の耳鳴りを持つ患者だ」と直接診断したわけではなく、「有力2説が当てはまらなかったので、既知のカテゴリーの中では低周波タイプの耳鳴りが最も辻褄が合う」という論理立てだ。参加者はSNS経由の28人と規模が小さく、年齢層も53.5歳が中央値で若い当事者は少ない。「聞こえる家族と聞こえない家族」を同時に検査するという次の一手も、論文内で今後の課題として明記されている。

寝室の低音と、まだ残されている謎

夜の静かな寝室のイメージ

この研究のありがたさは、「昔から言われていた通説2つがどこまで正しいのか、実測で線を引いてくれた」ことにある。今後、ハム音に悩む人が耳鼻科を訪れたとき、「特別な耳のせい」でも「機械のせい」でもなく、耳鳴り外来の枠組みで相談できる可能性が広がる。実際、耳鳴りには認知行動療法や音響療法など、症状を和らげる選択肢がすでに複数ある。

一方で、まだ残されている謎も多い。なぜ50Hz付近に体験が集中するのか。なぜ人口密度の高い都市部で報告が多いのか(電源周波数や街のインフラの影響なのか、単に人が多いから報告が多いだけなのか)。そして本当に「外部音源が原因」の少数派は、どのくらいの割合いるのか。ドレクスル教授自身、「そもそも人間の聴覚研究は高い周波数寄りで進んできた。低周波や超低周波を耳がどう扱っているのか、まだ分かっていないことが多い」と論文の議論で述べている。

個人的に面白いと思うのは、ハム音が「たまに聞く人にはオカルト」「聞く人には切実な生活問題」という二層構造を持っている点だ。世界の2〜4%というのは、日本の人口で機械的に見積もれば250万〜500万人規模になる計算になる。今回の論文はその大多数に対して「あなたが感じているのは幻聴ではなく、既存の医学の枠に入る現象だ」と道筋を示した点で、単なる好奇心以上の価値がある研究だと筆者は考えている。今後、耳鳴りの治療法研究とハム音研究が地続きで進んでいけば、寝室で夜な夜な低音に悩まされる人の選択肢は確実に増えていきそうだ。

はかせ

つまり「機械のせい」でも「特別な耳のせい」でもなく、多くは耳の内側で作られた音だった、ってことだね

シルミー

え〜、じゃあ夜に聞こえる『ブーン』は、頭の中で自分が作っちゃってる音なんだ…なんだかちょっと怖いけど、正体が分かっただけで安心できそう!

参考文献:
一次ソース: Baumann B, Voss A, Jurado C, Drexl M. On the potential sources of a low-frequency sound percept that only a few can perceive (PLOS One, 2026年3月27日) DOI:10.1371/journal.pone.0326818
研究機関: ノルウェー科学技術大学(NTNU) / ミュンヘン大学病院(Ludwig-Maximilians-Universität München) / 二次ソース: ScienceDaily

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この記事を書いた人

シルミー編集者のアバター シルミー編集者

科学メディア「シルミー」の運営者。子供の頃から宇宙や生き物の図鑑を読みあさり、大人になった今も科学ニュースを追いかける日々。海外の学術メディアから面白い研究を見つけて、日本語でわかりやすく届けることをライフワークにしています。

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