スタンフォード大学のセルジウ・パスカ教授らのチームは、大脳新皮質と海馬の大部分ができないよう遺伝子を操作したマウスをつくり、生後まもない時期に、ヒトiPS細胞から育てた大脳皮質オルガノイドを移植した。
成果は2026年9月16日付で学術誌『Nature』に掲載された。移植から3か月後、ヒト由来の組織は皮質にあたる組織の体積の91.9%を占めた。
ただし行動の結果は課題によって違う。作業記憶の課題では移植したマウスは偶然より高い成績を示したが、恐怖条件づけの記憶や足の運びの一部では、皮質のないマウスと同じような違いが残った。
マウスでの研究で、ヒトの治療に使える段階ではない。
通常マウス・皮質欠損マウス・移植マウスの3群を比べた
研究では3種類のマウスを比べた。
通常のマウス(対照群)、大脳皮質の大部分がない「アパリアル(apallial)マウス」、そしてアパリアルマウスにヒトの皮質オルガノイドを移植した「ゼノコーティカル(xenocortical、XCX)マウス」だ。
どのマウスも、ヒトの細胞を拒絶しないよう免疫の働かないSCID系統になっている。
研究チームは、皮質を失ったマウスにヒトのオルガノイドを移植するこの方法を「xenocortication(異種皮質化)」と名づけた。
これまでパスカ氏らは、ヒトの皮質オルガノイドを生まれたばかりのラットの皮質に移植してきた。
ヒトの神経細胞は成熟して回路に組み込まれるが、移植片が占めるのはラットの皮質の半球の最大3分の1ほどで、ヒトの細胞はラットにすでにある配線の中で育つ。
論文は、頭の中の空間の制約と、宿主の皮質との接続の奪い合いが限界になっていたと述べる。げっ歯類の神経細胞はヒトより速く発達するため、それも移植片の成長を妨げうるという。
今回は宿主の皮質の大部分をあらかじめなくすことで、この競合を減らそうとした。
皮質を消す方法 — Emx1-Cre×Esco2の合わせ技
皮質をなくすために使ったのは、2つの遺伝子の組み合わせだ。Emx1は、発生中の脳で背側と内側の「外套」(のちに大脳新皮質や海馬になる領域)の細胞が使う目印の遺伝子だ。
研究チームはEmx1を発現する細胞だけで、姉妹染色分体の接着にかかわる遺伝子Esco2を欠損させた。
Esco2を失った細胞は分裂の際に死ぬため、新皮質と海馬のもとになる細胞が早い時期に失われる。
改良した繁殖・飼育法では、91腹(繁殖ケージ46個)から生まれた仔の23.4%がアパリアルマウスで、メンデルの法則から予想される25%に近かった。
MRIで測ると、脳の組織全体の量は対照群より約50%少なかった。マウスの皮質は脳の重さの約42%を占めるという推定とも合う結果だ。
失われたのは大脳新皮質だけではなく、記憶にかかわる海馬も含まれる。
生後5か月のアパリアルマウスと対照マウス各2匹の全脳から、約88万個(880,149個)の細胞核を調べたRNA解析では、背側の外套に由来する興奮性(グルタミン酸作動性)ニューロンの各分類が約7分の1に減っていた。
一方、嗅球のニューロンや、外套以外に由来する細胞は保たれていた。
扁桃体や梨状皮質(古皮質)の興奮性ニューロンも残っており、論文は「アパリアル」という呼び名が、外套由来の細胞が完全になくなったことを意味しないと断っている。
仔を成体まで育てるため、研究チームは飼育法も工夫した。
皮質が保たれた仔の多くを間引いて同腹の仔どうしの競合を減らし、アパリアルの仔の離乳を遅らせ、繁殖ケージと仔のケージに高カロリーの餌を足した。
子殺しをしやすい親がいる場合は、別の系統(スイス・ウェブスター)の母マウスに仔を育てさせる「アウンティング」も取り入れた。
こうして育てたところ、生存率は群のあいだで差がなかった。ただし、繁殖用のマウスとアパリアルマウスでは、生後2か月ごろに生存率が下がる傾向が見られた。
キクこのマウスは、2つの遺伝子の組み合わせで、新皮質と海馬のもとになる細胞を早い時期に減らしてあるのか
移植の結果 — 定着86%、皮質の体積の92%がヒト由来
皮質がなくなって空いた空間に、ヒトiPS細胞から育てた大脳皮質オルガノイドを、生後まもない時期に移植した。1匹に4個のオルガノイドを入れる手順を基本にした。
3種類のiPS細胞株を使った29匹では、移植片の定着率は86.2%だった。
これは、通常のラットの皮質に移植した以前の方法と同じくらいで、論文はオルガノイドの生着に宿主の皮質は必要ないことを示すとしている。
移植片はMRIで見ると、移植後2か月から3か月までに約4.7倍に大きくなった。3か月の時点では、皮質にあたる組織の体積の91.9%を移植片が占めた(7匹)。
移植片の中の神経細胞は、1立方ミリメートルあたり約3万2千個だった。
単一核RNA解析では、深い層と浅い層の興奮性ニューロン、分裂中の前駆細胞、オリゴデンドロサイト前駆細胞、アストロサイト系の細胞など、皮質の主な細胞の種類が見つかった。
一方、ヒト由来の抑制性(GABA作動性)ニューロンは少なく、数も個体によってばらついた。
移植片には第5層の皮質外投射ニューロン(L5-ET)のまとまりもあり、その割合は以前の移植法の3倍以上だった。
L5-ETは、脊髄に軸索を送る皮質脊髄ニューロンを含む種類だ。実際、調べた3匹すべてで、ヒト由来の軸索が首の高さの脊髄にまばらに届いていた。
カルシウムイメージングと脳波に近い電位(局所電場電位)の記録では、移植片全体で同期した活動のまとまりが数分おきに現れ、数十秒続いた。
論文はこれを、発達途中の回路に似た活動としている。
移植片には、大きな細胞体と双極性やらせん状の形をもつ、フォン・エコノモ・ニューロン(VEN)に似た細胞も見つかった。
調べた3匹すべてにあり、標識した細胞の0.16%だった。論文によると、VENは脳の大きな一部の哺乳類にあり、げっ歯類にはない。
スタンフォード大学の発表では、パスカ氏はこの細胞が前頭側頭型認知症で特に傷つきやすいとみられると述べている。







ヒト由来の組織がこれだけ育ったら、記憶の課題はどうなるんだろう?
機能はどこまで戻ったか — 記憶・運動・自発行動
研究チームは、深度カメラで撮った自由行動の映像を、機械学習で1秒未満の動きの単位に分けるMoSeqという手法で、3群の自発的な行動を比べた。
対照群とアパリアルマウスは異なる行動の組み合わせを示し、XCXマウスは両者の間に位置しつつ、どちらとも違っていた。
ただし分類器はアパリアルとXCXをあまりよく区別できず、XCXの記録はアパリアル寄りに集まった。
論文は、皮質の欠損で行動のパターンが変わり、移植はそれを部分的に戻すが正常にはしない、とまとめている。
体重もXCXマウスは対照群とアパリアルの中間とされたが、生後3か月では対照群より軽く、アパリアルとの差ははっきりしなかった。
目的を決めた課題では、3群とも移動の速さや距離に大きな差はなかった。
Y字迷路で作業記憶を調べると、対照群とXCXマウスは偶然(50%)より高い割合で前と違う通路を選んだが、アパリアルマウスは偶然と区別できなかった。
この結果は、数か月あけた2つの集団で再現された。
一方、音と弱い電気ショックを結びつける恐怖条件づけでは、アパリアルマウスとXCXマウスはどちらも対照群よりすくみ反応が少なく、学習がうまくいっていなかった。
歩行解析(CatWalk)では、足を振り出す時間が短くなる変化はアパリアルマウスだけに見られた。一方、対角の足をほぼ同時に着く対照群のパターンは、アパリアルとXCXの両方で崩れていた。
スタンフォード大学の発表で、パスカ氏は「私たちの結果は、発生のごく早い時期に皮質の回路が失われると、従来皮質のものとされてきた働きのすべてを皮質だけが担っているわけではないかもしれないことを示しています」と述べ、ほかの脳の領域が一部を補っている可能性を挙げている。
論文も、観察された行動はヒトの移植片と、残ったマウスの皮質より下の回路とのやりとりを反映している可能性が高いとし、移植片の神経細胞が特定の行動に必要か十分かはまだ分からないとしている。
皮質の層構造はできなかった


空間的な遺伝子発現解析(MERFISH)で移植片を調べると、本来の大脳皮質にある層構造は、移植片全体では見られなかった。
論文は、オルガノイドには向きのそろわない脳室のような領域がいくつもあるため、これは予想どおりだったとしている。
ただし局所的には、浅い層の細胞が多い領域と深い層の細胞が多い領域があり、本来近い層にいる種類どうしは偶然より近くに集まっていた。
前頭前野や視覚野のような領域ごとの区分も、はっきりとは見られなかった。
移植片の興奮性ニューロンの遺伝子発現をヒトの胎児の脳と比べると、分化から24週の時点で、およそ妊娠中期の後半に相当する成熟段階だった。



移植した組織が体積の9割を占めても層構造はできてないのか、細胞の種類が似ていても同じつくりになるとは限らないんだな
病気モデルとしての可能性と、慎重に見るべき限界


研究チームは、病気のモデルとしての使い方も試した。
XCXマウスを酸素5%の環境に5時間置くと(その前の1時間で徐々に酸素を下げる)、低酸素で増えるタンパク質HIF1αが、3匹すべてでヒトの移植片に現れた。
隣のマウスの古皮質ではHIF1αは目立たず、同じ処置をした対照マウスでも見られなかった。移植片の中では、ミクログリアとアストロサイトが増え、形も変わった。
歩行解析では、低酸素の2日後、XCXマウスは3本か4本の足で体を支える時間の割合が最も大きく増え、対照群やアパリアルマウスとの差が出た。
走る速さは変わらなかった。論文は、周産期の低酸素とそれに伴う脳性まひのモデルになりうるとしている。
ただし、これはマウスでの研究で、ヒトの脳を作り直したわけではない。移植片は皮質の層構造をもたず、成熟度も胎児期の段階にとどまる。
論文によると、使ったのは分化から最長177日のオルガノイドで、同期した大きなカルシウムの波が出る早い発達段階だった。
論文自身も限界を挙げている。移植片は脳と脊髄に解剖学的なつながりを作ったが、どこまで機能的に統合されているかは、経路ごとの記録や操作で確かめる必要がある。
皮質以外のオルガノイドを移植して比べ、皮質の細胞に特有の効果と移植そのものの効果を分けることも今後の課題だという。
速く成熟するマウスの神経系と、ゆっくり発達するヒトの移植片との時間のずれが、統合を制限する可能性もあるとしている。
倫理面の検討
論文は倫理面にも触れている。研究はスタンフォード大学の生命倫理学者との継続的な相談や、外部の独立した倫理委員会の評価を受けて進めた。
移植したマウスの能力が変わったり高まったりしていないかを確かめるため、運動と認知の検査を体系的に行い、健康状態も見守ったという。
細胞の提供者は、動物への移植を含めた細胞の利用に同意している。
論文は、より成熟し、本来に近い皮質の構造をもつXCXマウスを作るには、早い段階から倫理的な指針づくりに取り組む必要があると述べる。
検討の対象として、成熟の進んだ段階での研究、層構造や脳のしわの形成、経験に応じて変わる成熟した回路の性質などを挙げる。
胎児期のげっ歯類やヒト以外の霊長類に移植して発達の時間差を縮める場合には、こうした点が特に重要になるという。
参考文献:
一次ソース: Kaganovsky K. et al., Developmental xenocortication using human-derived organoids in mice (Nature, 2026) DOI:10.1038/s41586-026-11032-2
論文全文(オープンアクセス): Nature
プレスリリース: Stanford Medicine
二次ソース: Ars Technica









