ネアンデルタール人は約4万年前までに姿を消したが、私たちのゲノムにはその痕跡が残っている。
ユーラシアの現代人のDNAのうち1〜3%ほどはネアンデルタール人に由来し、日本人を含む東アジアの人々も例外ではない。
ただ、その分布には偏りがあり、X染色体にはネアンデルタール由来のDNAがとくに少ない。
2026年2月、米国ペンシルベニア大学のチームが学術誌Scienceに、この偏りの主な原因は交配の組み合わせの性の偏り(ネアンデルタール人の男性と現生人類の女性が多かった)だとする研究を発表した。
古いゲノムデータを解析して推定した研究で、交配そのものが観察されたわけではない。
私たちの中のネアンデルタール人
5万年前、二つの人類が出会った
現生人類(ホモ・サピエンス)とネアンデルタール人の祖先は、約60万年前に分かれた。私たちの祖先はアフリカで、ネアンデルタール人の祖先はユーラシアで進化した。
2024年の研究(Iasiら)は、現代人に残るネアンデルタール由来DNAの大部分が、約5万500年前から4万3500年前までの一続きの期間の交配によるものだと推定している。
初期の現生人類の化石のDNAにも、その跡がある。
シベリアのウスチ・イシムの約4万5000年前の男性は、生きていた時代より7000〜1万3000年前の交配で入ったネアンデルタール由来DNAを持っていた。
ルーマニアのオアセの個体はゲノムの6〜9%がネアンデルタール由来で、4〜6世代前にネアンデルタール人の祖先がいた。
ブルガリアのバチョ・キロ洞窟の3人(4万5930〜4万2580年前)も、数世代前にネアンデルタール人の祖先がいた。
受け継いだ遺伝子と体の性質
受け継いだDNAは、体の性質とも関わる。
2014年にSankararamanらが1004人のゲノムを調べたところ、ネアンデルタール由来の型が多い領域には、ケラチン繊維(肌や毛の成分)をつくる遺伝子が多かった。
著者らは、肌や毛に関わるネアンデルタール由来の型が、アフリカの外の環境に適応するのに使われた可能性があるとしている。
また、ループスやクローン病、2型糖尿病などとの関連が報告されている変異にも、ネアンデルタール由来のものがあった。
よく知られた例が、新型コロナウイルス感染症だ。
2020年、ゼバーグとペーボは『Nature』で、重症化の最大の遺伝的リスク因子である第3染色体上の約5万塩基対の領域がネアンデルタール由来であることを報告した。
この領域を持つ人は、南アジアで約50%、ヨーロッパで約16%いる。

キク肌や毛や病気に関わる変異にも、ネアンデルタール由来のものがあるんだ。
ゲノムに残された「偏り」の謎
X染色体にひろがる「砂漠」
ネアンデルタール由来のDNAは、ゲノム全体に均等に散らばっているわけではない。ほとんど残っていない領域があり、研究者は「ネアンデルタール砂漠」と呼んでいる。
最も大きな砂漠はX染色体にあり、Sankararamanらによると、X染色体のネアンデルタール由来DNAの平均は、常染色体のおよそ5分の1だった。
X染色体の方が検出の感度は高いので、見落としでこうなったわけではないという。
精巣ではたらく遺伝子のまわりで少ない
Sankararamanらは、ほかの組織より精巣でよくはたらく遺伝子のまわりで、ネアンデルタール由来DNAがとくに少ないことも見つけた。
多くの生物で、雄の繁殖力を下げる遺伝子はX染色体に偏って多いことが知られている(「大きなX効果」)。
そこで著者らは、ネアンデルタール由来の一部の型が、現生人類との混血の男性の繁殖力を下げたため、自然淘汰で取り除かれた、という仮説を立てた。
これは化石で確かめたものではなく、ゲノムに残る分布から推定した説明だ。長いあいだ、X染色体の砂漠はおもにこの淘汰で説明されてきた。



私たちのX染色体にはネアンデルタール由来のDNAが少ないけど、ネアンデルタール人のX染色体でも現生人類由来のDNAは少ないのかな?
2026年、偏りの正体に新証拠
ペンシルベニア大学のアレクサンダー・プラット氏、ダニエル・ハリス氏、サラ・ティシュコフ氏らは、逆の向きから確かめた。
現生人類からネアンデルタール人に入ったDNAを調べたのだ。もしX染色体どうしが合わなくて淘汰されたのなら、ネアンデルタール人のX染色体でも、現生人類由来のDNAは少ないはずだ。
使ったのは、アルタイ(約12万2000年前)、チャギルスカヤ(約8万年前)、ヴィンディヤ(約5万2000年前)の3人の女性のネアンデルタール人のゲノムだ。
これらには、約25万年前に現生人類から入ったDNAが残っている。比べる基準には、ネアンデルタール由来DNAがほとんどない(0.02%未満)アフリカの3集団の女性73人のゲノムを使った。
結果は予想と逆だった。アルタイのネアンデルタール人では、X染色体に含まれる現生人類由来DNAの割合が、常染色体の1.62倍(62%多い)だった。
ほかの2人でも、X染色体の方が多かった。女性はX染色体を2本、男性は1本持つため、交配の組み合わせの性に偏りがあると、X染色体の残り方が変わる。
チームは、この結果から、交配はおもにネアンデルタール人の男性と現生人類の女性のあいだで起きたと結論した。
淘汰だけでは説明できない
この結果から、チームはX染色体だけに強く働く淘汰では、X染色体の砂漠を説明できないとした。
ネアンデルタール人のX染色体に入った現生人類由来の領域には、遺伝子の働きに関わる部分(エキソンやエンハンサーなど)が少なく、現生人類の型が有利だったから残った、という説明も当てはまらなかった。
一方で著者らは、淘汰が性の偏りに上乗せされていた可能性は否定していない。
では、なぜ偏ったのか。女性だけが相手の集団に移り住むような移動のしかたでは、X染色体と常染色体の比は最大でも4/3(約1.33倍)にしかならない。
1.62倍に届くには、向きの違う移動を何段階も組み合わせる必要がある。
これに対し、数値シミュレーションでは、相手の好み(ネアンデルタール系の男性と現生人類系の女性の組み合わせが選ばれやすい)があれば、すぐに4/3を超えた。
プラット氏は「相手の好みが、いちばん単純な説明だった」と話す。ただし論文は、移動のしかたの偏りも同時に働いていた可能性を否定しておらず、何が偏りを生んだのかは分からないと書いている。
また、ネアンデルタール人のY染色体の成分から、現生人類の男性とネアンデルタール人の女性の交配も少なくとも一部はあったとしている。





女性はX染色体が2本、男性は1本という違いから、交配した相手の性の偏りまで推定できるんだ。
Y染色体とミトコンドリアDNAの置き換わり


現代人に見つからないネアンデルタール人のY染色体
父から息子へだけ受け継がれるY染色体はどうだろう。
2016年、Mendezらはスペインのエル・シドロンのネアンデルタール人のY染色体を調べ、この型は現代人で一度も見つかっていないので、おそらく途絶えた系統だと書いた。
逆向きの交配の跡は、ネアンデルタール人の側に残っていた。
2020年、Petrらは『Science』で、デニソワ人2人とネアンデルタール人3人のY染色体を調べ、ネアンデルタール人と現生人類のY染色体が約37万年前に分かれたことを示した。
その系統関係から、後期のネアンデルタール人では、ミトコンドリアDNAとY染色体が、現生人類に近い系統のものに置き換わっていたと考えられる。
Petrらは、ネアンデルタール人の集団が小さかったため不利な変異がたまりやすく、現生人類の型に置き換わりやすかった可能性を挙げている。
逆向きの交わりと、第三の人類


現生人類からネアンデルタール人への流れ
ネアンデルタール人から私たちへの流れより、ずっと前にも交配はあった。
2016年、Kuhlwilmらは『Nature』で、アフリカで早くにほかの現生人類から分かれた集団が、約10万年前にアルタイ山脈のネアンデルタール人の祖先とDNAを交えていたと報告した。
今回のプラット氏らの論文は、この古い交配を約25万年前としており、今回の解析はこの交配の跡を使っている。
ティシュコフ氏は、何十万年ものあいだに現生人類の集団がネアンデルタール人の地域に移っては戻り、出会えば交配してDNAを交換した、と説明している。
今回の論文は、約25万年前と約5万年前という、約20万年離れた交配で、同じ向きの性の偏りが続いていたとみている。
ネアンデルタール人とデニソワ人の子
交配はネアンデルタール人と現生人類のあいだだけではなかった。2018年、Slonらは、ロシアのデニソワ洞窟で見つかった骨片「デニソワ11」のゲノムを報告した。
この人はネアンデルタール人の母とデニソワ人の父を持つ、混血の第一世代だった。
ゲノムを調べた古代人はまだ少ないのに、その中に第一世代の子が見つかったことから、著者らは、これらの人類は出会えば交配することが多かったと考えている。


あなたのゲノムに書かれた記録


集団によって違う割合
ネアンデルタール由来DNAの割合は、集団によって少し違う。Sankararamanらの推定では、確実に判定できた分だけで、東アジアの人で平均1.38%、ヨーロッパの人で平均1.15%だった。
一方、同じ集団の中のばらつき(標準偏差)は0.06〜0.10%と小さく、著者らは「1%ほどの違いを示す祖先診断の数値は、ほとんどがノイズを見ている」と書いている。
東アジアの方が多い理由として、著者らは、東アジアの集団が小さかった時期があり、不利な型を取り除く淘汰が効きにくかった可能性を挙げている。
わかったことと、まだわからないこと
まとめると、今回の研究は、ネアンデルタール人のX染色体に現生人類由来のDNAが常染色体より62%多いことから、両者の交配がおもにネアンデルタール人の男性と現生人類の女性のあいだで起きたと推定した。
調べたのは約25万年前の古い交配の跡で、現代人のX染色体に見られる偏りも同じ理由だというのは、偏りが続いていたと仮定したうえでの推論だ。
なぜ偏ったのかは分かっておらず、チームは次に、ネアンデルタール人の社会でどちらの性が群れを移ったのかを、ゲノムから調べようとしている。
参考文献:
Interbreeding between Neanderthals and modern humans was strongly sex biased
Platt et al., Science (2026). DOI: 10.1126/science.aea6774
論文本文(著者原稿): PMC13345703
発表: Penn Today(ペンシルベニア大学、2026年2月26日)
Neanderthal ancestry through time (Iasi et al., Science 2024)
The genomic landscape of Neanderthal ancestry in present-day humans (Sankararaman et al., Nature 2014) / The evolutionary history of Neanderthal and Denisovan Y chromosomes (Petr et al., Science 2020)
出典: University of Pennsylvania ほか









