約5万年前のヨーロッパ。アフリカから北上してきた現生人類が、すでに40万年以上そこに暮らしていたネアンデルタール人と出会った。2つの人類種は約1万年の間、同じ土地で共存し、時に交わった。
その痕跡は今も私たちの体に残っている。現代のヨーロッパ人やアジア人のゲノムには、平均2%のネアンデルタール人由来のDNAがある。だがそのDNAの分布には、奇妙な偏りがあった。
X染色体に残る「砂漠」

カリフォルニア大学デービス校のチームが2,000人以上の現代人のゲノムを分析したところ、X染色体上のネアンデルタール人由来DNAが、他の染色体に比べて約20%少ないことが判明した。「ネアンデルタール砂漠」と呼ばれるこの領域は、あるパターンを指し示していた。
交配は一方通行だった。ネアンデルタール人の男性と現生人類の女性のカップルが主流で、逆はほとんどなかった。X染色体は母親から子に受け継がれるため、ネアンデルタール女性が子孫を残していればX染色体にもっとDNAが残るはず。さらに決定的なのは、現代人のY染色体にネアンデルタール由来のDNAが一切ないこと。Y染色体は父から息子にしか渡らない。ネアンデルタール男性の息子たちの系統は、どこかで完全に途絶えた。
なぜ逆のカップルは子孫を残せなかったのか

60万年前に分かれた2つの人類種。その遺伝的な距離が、ハイブリッドの子供に問題を引き起こした可能性がある。
X染色体には精子形成に関わる遺伝子が多数存在する。ネアンデルタール由来のこれらの遺伝子が現生人類の遺伝子とうまく噛み合わず、混血の男児の生殖能力に問題が生じた可能性が高い。実際、「ネアンデルタール砂漠」は精巣で働く遺伝子の近くに集中していた。
遺伝子の相性が悪くて、男の子が大人になっても子供を残せなかったってこと?
免疫システムの不一致も一因と考えられる。異なる環境で60万年進化した2種の免疫は大きく異なっていた。母体の免疫がネアンデルタール由来の遺伝子を「異物」として攻撃した可能性がある。社会構造の影響も無視できない。現生人類の集団が大きく、ネアンデルタール人の小集団と遭遇した場合、ネアンデルタール男性が現生人類のコミュニティに加わる方が自然だっただろう。
消えた種、残ったDNA

ネアンデルタール人は約4万年前に絶滅した。だが2,500世代の自然選択を経てなお残る2%のDNAには、現生人類に有利に働いたものが含まれている。免疫システムの強化、高地への適応、肌の色や髪質、さらには新型コロナウイルスへの抵抗力にまで影響を与えている。
姉妹種のデニソワ人との交配でも同様のパターンが見つかっている。メラネシア人やオーストラリア先住民には最大6%のデニソワ人DNAが残っており、やはり一方通行だった可能性が高い。
ゲノム解析技術の進歩で、太古の人類の生活や関係性をこれまでにない精度で再構築できるようになった。5万年前のヨーロッパで2つの人類種が出会ったとき、何が起き、どんな子供が生まれ、なぜ一方だけが残ったのか。DNAに刻まれたその物語は、まだ語り始めたばかりだ。
参考文献:
Neanderthals seemed to have a thing for modern human women
出典: Ars Technica
アイキャッチ画像: Photo by Seval Torun on Unsplash


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