イギリスと大陸ヨーロッパを陸続きでつないでいたドッガーランド。
今はすっかり北海の海底に沈んだこの土地から、ワーウィック大学とブラッドフォード大学のチームが、堆積物に眠る古代DNAを読み取った。
この土地に温帯の樹木が生えた時期が、これまでの花粉記録から考えられていたより数千年早かったことを示している。
キク北海の底にあった陸地って、いつごろ海に沈んだんだろう?
北海に沈んだ陸地ドッガーランドとは


かつて北海の海底には、イギリス島と大陸ヨーロッパをつなぐ低くなだらかな陸地があった。名前はドッガーランド。
ドッガーランドは、後期更新世(約12万9000〜1万1700年前)から完新世初期(約1万1700〜8200年前)にかけて北西ヨーロッパをつないでいた。
北海が今の形になったのは完新世の中ごろで、そのあとに海面上昇が陸地を水没させた。
これまでドッガーランドは、人がイギリス諸島へ渡る通り道としてだけ語られがちだった。
共同研究者のヴィンセント・ギャフニー教授(ブラッドフォード大学)は、ブラッドフォード大学の発表でこう述べている。
「長いあいだ、ドッガーランドはしばしば陸の橋と説明され、先史時代の人々がブリテン諸島に定住する経路としてしか重要ではないとされてきました。」
予想より数千年早く根付いた温帯の森
研究チームがおこなったのは、ドッガーランド南部を流れていた古代の川筋「サザンリバー」(長さ約30km)に沿って海底から堆積物のコアを採取し、そのDNAを読む作業だ。
41本のコアから252個のサンプルを取り、そこに残るDNAを解析した。年代は、178点の放射性炭素年代と139点のルミネッセンス年代(OSL)で決めている。
浮かび上がったのは、オーク、ハンノキ、ハシバミ、ニレといった樹木だ。サザンリバー上流部の1万6000年以上前の堆積物から、これらの木とともに、森にすむイノシシのDNAが見つかった。
暖かい気候の指標とされるシナノキ(リンデン)も、約1万3900〜1万2900年前のアレレード期の堆積物から見つかった。
論文によると、これは英国本土でシナノキが一般的になるより約2000年前、ハシバミが一般的になるより約1000年前にあたる。
動物では、1万6000年以上前の層にイノシシ、アレレード期の層にクマとヨーロッパヌマガメのDNAが見つかった。
DNAから、一緒に現れる植物のまとまり(植物ギルド)が56種類見つかった。サザンリバーでは、ヤナギの林から湿地や草原を経て、浅い海へと景観が移り変わっていった。
ここで大切なのは、この「早さ」がなぜ驚きなのか、という点だ。
論文によると、最終氷期の氷の前線は約2万5800〜2万4600年前に北デンマークから英国のハンバー河口まで達したが、ドッガーランド南部は氷に覆われていなかった。
約1万8000年前には、前線はスコットランド南部の境界地方まで退いていた。
ところが英国本土の花粉記録では、オークやハシバミなどが高い頻度で現れるのは約1万500〜9500年前になってからで、約1万5000年前の花粉はごく微量だった。
それなのにドッガーランドの堆積物には、1万6000年以上前のオーク、ハンノキ、ハシバミ、ニレのDNAがあった。
ワーウィック大学のロビン・アラビー教授は、大学の発表でこう述べている。
「私たちはドッガーランド南部の堆積物DNAをこれまでにない規模で分析し、最終氷期の終わりから北海が現れるまでの、この失われた土地の環境を復元しました。誰もが予想していたより数千年早く木々があることを思いがけず見つけ、北海が完全にできあがったのは従来考えられていたより遅いことを示す証拠も見つけました。」
氷河期の小さな避難所という仮説
なぜ、氷期のさなかの北海に温帯の木が生えられたのか。研究チームは、近年議論が増えている「微小避難地(microrefugia)」の考え方と合う結果だとしている。
氷期のあいだも、周囲より条件のよい小さな場所に、温帯の植物が生き残っていた、という仮説である。
サザンリバーは氷河が削った谷(トンネルバレー)を流れていた。論文は、この谷が微小避難地になった可能性はあるが、避難所は周辺の別の場所にあったかもしれないとも述べている。
もう一つ、思いがけない発見があった。クルミ科の木のDNAが多く見つかり、系統解析でペテロカリア属(サワグルミ属)のものと判断された。
この属は北西ヨーロッパではすでに絶滅していて、花粉記録では約40万年前のホクスニアン期を最後に姿を消したと考えられてきた。
研究チームは、これを氷期の終わり近い時期の本物のシグナルだと結論している。
DNAの損傷パターン(C→T置換の割合は約30%)はオークやハシバミなどと区別がつかず、40万年前のDNAに見られるはずの飽和した損傷とは違う。
また、混ざりやすい堆積物ではなく、混入の少ない堆積物(ELF19、ELF45)から見つかった。この木の花粉は少なく、花粉記録だけでは確かめにくい点も論文は指摘している。
「リードのパラドックス」への手がかり
この微小避難地という発想は、「リードのパラドックス」とも関わる。氷期のあとの樹木の北上が、南の古典的な避難所からの種子散布の速度で説明できる範囲を超えて速く見える、という矛盾だ。
論文によると、ドッガーランドの結果はこの矛盾を強めるが、同時に解決の手がかりにもなる。
論文の見方はこうだ。ここで見つかった早い年代は、氷期の終わりから完新世にかけて、ブリテン島や、おそらくヨーロッパ本土にも、ドッガーランドのあたりから木々が広がった可能性を示す。
ただし避難所の場所は特定されておらず、仮説の段階にとどまる。
ドッガーランドが海に沈むまで
水没が目に見えて始まったのは約9000〜8500年前だ。サザンリバーの堆積物では、このころ陸の環境から、海草のアマモ(Zostera)が優勢な浅い海の環境へ切り替わっていく。
この時期の約8150年前には、ストレガ津波の痕跡もサザンリバーのコアに残っている。ただし津波のころの層は、土地が掘り返されて堆積物が再配置されており、DNAの信頼性が低い試料だった。
今回の研究が示したのは、あくまで「森がいつ根付き、いつ沈んでいったか」という生態系の時間軸だ。
最終的な水没については、津波のあとも陸の堆積物が見つかることから、陸地が近くに残り、水没の進み方は場所によって違ったと論文は述べている。
完全に沈んだのは、6千年紀BP(いまから約6000〜5000年前)ごろまで遅れた可能性がある。
つまりドッガーランドは、津波という一度の出来事ではなく、場所ごとに時間をかけて沈んでいったと考えられる。


堆積物のDNAで分かることと限界
今回使われたのは、堆積物古代DNA(sedaDNA)という技術だ。
海底から円筒状の堆積物(コア)をくり抜き、各層に残るDNA断片を次世代シーケンサで大量に読み取る。
今回の解析で得られた配列は約47億リード(断片)にのぼるが、植物・動物の分類に使えるものとして残ったのは、そのうちの0.1%だった。
花粉は泥炭のような堆積物に残りやすく、DNAは川が運んだ細かい堆積物によく残る。残る場所が違うため、両者は補い合える、と論文は述べている。
ドッガーランドでは、これまで花粉の研究がほとんど行われていない。
ただし、DNAは後から混ざることもある。
論文は、シルトや細かい砂の堆積物では95〜98%のDNAがその場で堆積したものだが、粗い砂や礫の堆積物では60〜70%が、再堆積や流入で混ざった生態系のシグナルだったと報告している。
そのため結論は、混ざりにくい堆積物の試料だけに基づいている。
論文は、イノシシがすめる森のある環境が約1万6000年前にあったことから、人が利用できる景観が、約1万300年前に始まるマグレモーズ文化よりずっと前からあったと考えている。
ただし、人がいた直接の証拠はまだ乏しい。見つかっているのは、川の河口付近の海底から採取された完新世初期の叩き石が1点で、特定の文化には結びつけられていない。
アラビー教授は、同じ発表でこうも述べている。
「人間の観点では、これは、洪水の前のドッガーランドの森のある環境が初期の中石器時代の共同体を支えられた可能性を示す、最良の証拠です。ブリテン島本土に初期の中石器時代の証拠が比較的少ない理由の説明する助けになるかもしれません。」



泥に残ったDNAから、沈む前の森がいつ根付いたかまで分かるんだね。混ざりにくい泥だけを選んで確かめてるのも大事なところだ!
参考文献:
Allaby RG, Gaffney V, et al. Early colonization before inundation consistent with northern glacial refugia in Southern Doggerland revealed by sedimentary ancient DNA. PNAS, 2026; 123(11):e2508402123. DOI: 10.1073/pnas.2508402123
PNAS 原論文
論文本文(PMC・オープンアクセス)
University of Warwick プレスリリース
University of Bradford 発表









