はかせ、北海の底に「幻の大陸」が眠ってるって本当なの?
よく知っていますね。ドッガーランドという場所で、16000年前にはオークやハシバミの森が広がっていたことが、最新のDNA研究で分かったんですよ
イギリスと北ヨーロッパを陸続きでつないでいたドッガーランド。今はすっかり北海の海底に眠るこの土地から、ワーウィック大学のチームが驚きの古代DNAを読み取った。PNAS誌に発表されたこの研究は、失われた大陸が想像よりはるかに早く、豊かな森の世界だったことを教えてくれる。
16000年前: 氷河期の終わりに現れた緑の楽園
北海の下に眠る「幻の大陸」ドッガーランドとは
今の北海の海底には、かつてイギリス島と大陸ヨーロッパをつなぐ広大な陸地が横たわっていた。名前はドッガーランド。最終氷期には海面が今より120メートルほど低く、今の北海の大半は乾いた大地として顔を出していた。
広さは推定で約20万平方キロメートル、これは日本の本州の面積にほぼ匹敵する規模だ。そこに川が流れ、湿地が広がり、やがて森が育つ――独立した一つの国と言ってもいいスケールの土地だった。
これまで教科書では、ドッガーランドは単なる「橋」のように描かれてきた。人類がイギリスへ渡るときに通った通路、というイメージだ。本格的に森が育ったのは氷が完全に退いた後で、せいぜい1万年前ごろのこととされてきた。
ところが海底の泥を精密に読み直してみると、その常識は大きく覆った。16000年前の段階で、この大陸はすでに深い森をまとった暖かな世界だったのだ。橋どころか、ヨーロッパの生態系の「主役」だった可能性すら見えてくる。
予想より数千年早く根付いた温帯の樹木
ワーウィック大学の研究チームが採取したのは、41本の海底コアから取り出された252個の堆積物サンプル。古代に流れていた「サザンリバー」と呼ばれる川筋を狙って採取された。そこに残るDNAから、オーク、ニレ、ハシバミといった温帯樹木の痕跡が次々に見つかった。
特に驚きだったのがリンデン(シナノキ属)の存在だ。暖かい気候を好むこの木が、イギリス本土の花粉記録よりおよそ2000年も早く姿を現していた。氷河期が終わったばかりのヨーロッパで、ドッガーランドだけ一足先に春を迎えていた計算になる。
イメージとしては、まだ白い雪に覆われた広大な平原のなかに、ぽっかりと南国風の森だけが浮かんでいたようなものだ。氷河期を生き延びた樹木たちの「避難所」がそこにあった。
40万年前に消えたはずのクルミ科ペテロカリアの謎
研究チームはさらに驚きの発見をしている。検出されたDNAの中にペテロカリア属、つまりサワグルミの仲間が含まれていたのだ。この木は北西ヨーロッパから約40万年前に消えたと考えられてきた樹種で、化石や花粉の記録からは「欧州ではとっくに絶滅した過去の植物」として扱われていた。それだけに、DNAだけを頼りに過去を読む今回の手法でなければ、この幻の生存は永遠に見つからなかった可能性が高い。
それが16000年前のドッガーランドにまだ残っていたとなると、教科書の系図がひっくり返る。大陸の片隅で、絶滅のタイマーを止めたまま長い時間を耐え忍んだ樹木がいたことになる。
研究チームはこうした小さな生き残りの場所を「微小避難地(microrefugia)」と呼んでいる。氷河期のヨーロッパでは、全面的に凍てついた大地のあちこちに、こうした暖かなポケットが点在していたのかもしれない。
8150年前: 巨大津波ストレガ海底地滑りの襲来


ノルウェー沖から押し寄せた破滅の波
森の楽園だったドッガーランドに終わりを告げたのは、じわじわ上昇する海面だけではなかった。約8150年前、ノルウェー沖で発生した超巨大な海底地滑りが、北海全域を襲う津波を生み出した。これがストレガ海底地滑りと呼ばれる現象だ。
崩れた海底の土砂は3500立方キロメートルにも及ぶと推定されている。これは富士山およそ1300個分の岩石と土砂が一気に海に流れ込んだ計算で、東京ドーム換算では想像を絶する規模になる。
この津波はスコットランド北岸で20メートル超の痕跡を残しており、ドッガーランドの低地は一瞬で洗い流されたと考えられている。狩りに出ていたメソリシック時代の人々にとっては、文字どおり世界が消える瞬間だったはずだ。
水没を耐え抜いた最後の島
ところが今回の研究は、ドッガーランドがこの津波で完全に終わったわけではないことも示している。南部の高台だった一部は水の上に残り、約7000年前まで島として存続していた痕跡がDNAに刻まれていた。
つまり、ストレガの大津波を生き延びた人々や動物が、この「最後の島」に退避していた可能性がある。波で一度は大地を失いながら、それでも数十世代にわたって狩りと採集を続けた暮らしが、北海のど真ん中にあったわけだ。
津波のあとで最後まで残った陸地は、今で言えばドッガーバンクと呼ばれる浅瀬にほぼ重なる。漁師たちが網を下ろすあの海域の真下に、最後の住民たちが歩いた土と、踏まれて固くなった道が眠っている計算になる。
メソリシック時代の人々が暮らした土地
このタイムラインは、イギリスの古代史にも大きな意味を持つ。現在のイギリス本土からは、1万年前より古いメソリシック文化の遺跡があまり見つかっていない。研究チームのロビン・アラビー教授は、その理由をドッガーランドに求めている。
初期のメソリシック集団は、イギリス本土ではなくドッガーランドの森で暮らしていた。だから今のイギリスの土からはあまり出土せず、代わりに北海の海底に証拠が眠っている――そういう説明だ。失われた大陸はイギリス史の「消された1ページ」でもある。
2026年: 海底の泥から蘇った失われた生態系


252個の海底コアに記録された古代DNA
この壮大な物語を掘り起こした主役が、堆積物古代DNA(sedaDNA)という技術だ。堆積物に含まれる動植物のDNA断片を直接読み取ることで、花粉や化石が残らない生き物でも復元できる。
研究チームは古代の「サザンリバー」沿いから41本のコアをくり抜き、そこから取り出した252サンプルを時代順に並べて解析した。海底の泥はまるで樹木の年輪のように、層ごとに過去の生態系を閉じ込めていたのだ。
花粉記録だけでは見えなかった樹種や、わずかな痕跡しか残さない動物も、この方法なら捕まえられる。北海はまさに、世界最大級の「水没したタイムカプセル」だった。
リードのパラドックスを解く鍵
今回の発見は、植物学における長年の難問「リードのパラドックス」にも光を当てる。氷河期が終わってから現代までのわずかな時間で、なぜ北ヨーロッパの森はここまで急速に拡大できたのか、という謎だ。
答えは、氷の時代でも全滅していなかったことにあった。ドッガーランドのような微小避難地に残っていた樹木が、氷が退くと同時に一気に広がり直した。ゼロからのスタートではなく、あらかじめ種が北海のど真ん中に隠されていたから、森はあれほどの速さで蘇ることができた。
ブラッドフォード大学が描く新しいドッガーランド像
共同研究者のヴィンセント・ギャフニー教授(ブラッドフォード大学)は、ドッガーランドをもはや「単なる橋」とは呼ばない。初期の人類が定住した「中心地」であり、植物と動物にとっての避難所であり、先史時代の人々が北ヨーロッパを移動するうえでの「支点」でもあったと位置づける。
イノシシが森を走り、オークの実を拾う人々がいて、サワグルミの仲間がひっそり生き延びる――そんな暮らしが北海のまだ見ぬ海底に眠っている。今後さらにコアを掘り進めれば、10300年前ごろのマグレモーズ文化の担い手たちが実際に何を食べ、どう動いていたのかまで見えてくるかもしれない。
北海は今や洋上風力発電の建設ラッシュに湧いており、海底の地盤調査から新たなコアが次々に取り出されている。皮肉なことに、現代のエネルギー開発が、失われた大陸の地図をもう一枚ずつめくっていく営みにもなっているわけだ。
海の底に森と町があったなんてワクワクする! もっと海底を調べたいな!
北海のクルーズ船の下には、かつて人々が狩りや採集を営んだ森の大地が眠っている。ドッガーランドの発見は、地図には描かれない「失われた歴史」を、海底の泥から一粒ずつ拾い集める地道な作業の先にあった。海の下で待っているのは、まだこれから解き明かされる物語のほんの序章かもしれない。
参考文献:
A “lost world” beneath the North Sea was once full of forests
出典: ScienceDaily (University of Warwick)










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