大人の脳でアストロサイトという細胞が壊されると、完全には置き換わらない。研究者たちは長くそう考えてきた。
スイスのチューリッヒ大学(UZH)薬理学・毒性学研究所のマリナ・ヘルヴェルト氏とマティアス・ヴィース氏を筆頭著者とし、ブルーノ・ウェバー氏が率いるチームは、この見方を問い直す論文を『Nature Neuroscience』誌(2026年8月号)に発表した。
成体のマウスを使った動物実験だ。チームは大脳皮質の一部でアストロサイトだけを消し、空いた場所を周りのアストロサイトが数週間で埋め直していく様子を、2光子顕微鏡で生きたまま追った。
その過程では、分裂してできた娘細胞の核が、母細胞の長い突起の中を通って、空いた場所へ運ばれていた。
星の形をした細胞、アストロサイト

脳の細胞といえば、まず神経細胞(ニューロン)が思い浮かぶ。しかし脳には、神経細胞を支え、栄養を与える「グリア細胞」もある。
その一つがアストロサイト(星状膠細胞)で、名前は星のような形に由来する。アストロサイトは神経細胞に栄養を届け、血流の調節を助け、脳の組織の健康を保っている。
1個1個のアストロサイトは自分の受け持ち範囲を持ち、大脳皮質ではその半径はふつう20〜30マイクロメートルだ。
アストロサイトが失われるのは、脳のけがや、視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)のような自己免疫疾患のときだ。
NMOSDでは、自分の抗体がアストロサイトを攻撃して壊す。一方、脳のけがや脳梗塞では、病変の周りのアストロサイトは分裂しても中までは入り込まず、壊れた組織を囲む境界(グリア瘢痕)を作る。

アストロサイトだけをピンポイントで消す実験
これまで、成体の脳でアストロサイトがどう反応するかは、主に打撲や酸欠など、組織全体を壊すモデルで調べられてきた。
一方、NMOSDのような自己免疫疾患では、アストロサイトだけが選んで攻撃される。
この場合に、生き残った周りのアストロサイトがどう反応し、組織の回復にどう関わるのかは、あまり調べられていなかった。
そこでチームは、ヒト由来の組み換えAQP4抗体と補体を、マウスの大脳皮質の体性感覚野に少しずつ注入した。
アクアポリン4(AQP4)は水の通り道(水チャネル)となるタンパク質で、中枢神経ではほぼアストロサイトだけが持っている。
NMOSDの患者の血液には、AQP4に対する自己抗体が見つかる。チームは以前の研究で、この抗体が数時間のうちにマウスのアストロサイトを消すことを示している。
今回も、注入した場所にはアストロサイトのない円柱形の病変ができた。対照の抗体を注入した場所には、こうした病変はできなかった。
病変の中にも、神経細胞(NeuN陽性細胞)は残っていた。
血管の密度と平均の太さ(各条件6匹)、毛細血管の太さと赤血球の流れる速さも、対照の抗体を注入した場所と比べて、はっきりした違いはなかった。
神経細胞や血管を残したまま、狭い範囲でアストロサイトだけを消すモデルになっている。
キクマウスの脳で、神経細胞や血管はそのままにして、アストロサイトだけを狭い範囲で消す実験のやり方なんだね
60日間、同じマウスの脳をくり返し撮影


チームは、すべてのアストロサイトが緑色に光るAldh1l1-GFPマウス(4〜8か月齢のオスとメス)の頭に、長く使える観察窓を取りつけた。
そして2光子顕微鏡で、注入の1日後、5日後、14日後、30日後、60日後に、同じ場所を厚さ100マイクロメートルの範囲で撮影した。
病変の広さの変化は、主に6匹の7つの病変で調べている。
1個1個のアストロサイトを追うために、一部の細胞だけを赤く光らせたGLAST-CreERT2 x ROSA26-tdTomatoマウスも使った。
2光子顕微鏡は、近赤外のレーザーで生きた脳の中を立体的に撮影できる装置だ。
チームは血管にTexas Red dextran(70kD)という蛍光色素を注射し、血管の形や血流も調べて、アストロサイトを消しても血管が変わらないことを確かめている。


娘細胞の核が、突起の中を移動する
空いた場所の縁に残った周辺(perilesional)アストロサイトは、次のような変化を見せた。
まず、周辺のアストロサイトの突起が長く伸び、病変の中心の方を向いた。突起の長さは注入5日後に最も長くなり、60日後には元に戻った。
そして周辺のアストロサイトの約60%が、60日以内に分裂した。対照の抗体を注入した場所では1%だった。1個の細胞が何度か分裂して、最大4個の娘細胞ができることもあった。
分裂のあとも細胞はすぐには分かれず、複数の核を持つ状態(多核)が長く続いた。電子顕微鏡で調べると、離れた場所にある母細胞の核と娘細胞の核が、同じ細胞質を共有していた。
こうして娘細胞の核が、母細胞の長い突起の中を通って、空いた場所へ移っていった。
分裂でできた核の約75%は最初の7日間に移動し、そのうち60%以上は、ふつうのアストロサイトの受け持ち範囲の半径にあたる30マイクロメートルより遠くまで動いた。
起きているマウスを3時間ごとに6日間撮影すると、核は止まったり進んだりしながら、突起の中を押し出されるように進んでいた。
核の最高速度は平均で1時間あたり3.5マイクロメートル、最も速いものは5.6マイクロメートルで、途中で最長9時間止まることもあった。
チームを率いるウェバー氏は「新しくできた娘細胞の核を、長い距離にわたって滑らせるように送り込み、脳の傷ついた場所を埋め直して、アストロサイトのネットワークを再び編み上げている」と説明している。
核が移動するこの動きは核キネシス(nucleokinesis)と呼ばれ、発生中の脳で神経前駆細胞が移動するときの仕組みとしてよく知られている。
成体のアストロサイトで観察された核の速さや止まり方は、発生中の前駆細胞で報告されている値に近かった。
ただし、発生期の前駆細胞は母細胞から離れて移動するのに対し、今回の核は母細胞と細胞質を共有したまま運ばれていた。
核の移動がどんな役割を持つのかは、まだわかっていないと論文は書いている。



脳梗塞みたいな傷でも、同じように核を運んで埋め戻せるのかな?
グリア瘢痕を作らずに、そっと埋め戻す
この修復では、グリア瘢痕(アストロサイトが作る境界)ができなかった。脳のけがや脳梗塞のモデルでは、周りのアストロサイトが病変を囲む境界を作り、中までは埋め戻さない。
論文によれば、この境界は少なくとも一部はうまく働かない構造で、再生に役立つのかどうかは議論が続いている。
チームは比較のため、光で血管を詰まらせて、同じくらいの大きさの小さな脳梗塞をマウスに作った。脳梗塞でもアストロサイトは同じくらい分裂したが、病変の埋め戻しは不完全だった。
核の移動が見られたのは分裂した細胞の17.6%だけで、距離も12.7〜30.0マイクロメートルに限られた(AQP4抗体のモデルでは10.5〜113.5マイクロメートル)。
また、光でアストロサイトを細胞死させる別の方法(2Phatal)で3〜5個だけを消しても、周りのアストロサイトに目立った反応はなかった。
深さ方向にも広く消すと、分裂と核の移動が起きた。チームは、失われる範囲の大きさが反応の強さを左右すると考えているが、仕組みを確かめたわけではないとも書いている。
注入3日後、5日後、17日後に行った空間トランスクリプトミクス(組織のどこでどの遺伝子が働いているかを調べる方法)では、病変の縁のアストロサイトに、損傷に関わる遺伝子の働きの変化が見られた。
増えた遺伝子には、反応性アストロサイトの目印として知られるVimやGfapのほか、発生期の核キネシスに関わるTubb2bなどがあった。
この変化は5日後に最も強く、埋め戻しがほぼ終わった17日後には、損傷に関わる遺伝子の働きは見られなくなった。
マウスでの結果をヒトに当てはめる時の注意点


この研究の中心は、マウスの脳での観察だ。チームは、NMOSDの患者7人の脳や脊髄の組織も調べた。
病変とその周りでは、複数の核を持ち、細長く一方向に伸びたアストロサイトが、病変のない場所より多く見られた。一部は、分裂している細胞の目印であるKi67も持っていた。
ただし、これは組織を一度調べた観察で、人の脳で核が実際に移動して病変を埋め戻しているかどうかは確かめられていない。
こうした細胞の状態が病気にどんな影響を持つのかもわかっていない、と論文は書いている。
また論文は、今回のモデルは、免疫の働きや長く続く炎症、広い範囲の組織の損傷といった、人の病気の複雑さを再現していないと書いている。
小さな脳梗塞では埋め戻しが不完全だったように、損傷の種類や大きさによって、アストロサイトの反応は大きく変わる。
この研究は、神経細胞や血管を残してアストロサイトだけが狭い範囲で失われたとき、成体のマウスの脳で何が起きるかを、細胞の動きと遺伝子の働きの両面から長期間記録した。
この埋め戻しが脳の働きの回復につながるのかは、まだ調べられていない。
再生を促す手がかりになるか


アストロサイトの喪失は、脳のけがや多くの神経の病気で見られる。チームの発表は、この修復の仕組みを選んで働かせる方法がわかれば、傷ついた脳組織の回復を助けられるかもしれないとしている。
ウェバー氏は「私たちの研究結果は、大人の脳が持つ、これまで知られていなかった自己修復の能力を明らかにした。アストロサイトの喪失を伴う病気からの回復を支える、新しい方法を指し示している」と述べている。
ウェバー氏はさらに「修復の間に一時的に働く遺伝子やシグナル伝達経路を、数多く特定できた。これらは将来、病気やけがのあとの再生の過程に働きかけるための出発点になりうる」と話す。
ただし、これらの遺伝子を薬の標的として試す実験は、今回の論文には含まれていない。


成熟したアストロサイトの柔軟さ
成体の脳で新しいアストロサイトが生まれることは、海馬の歯状回や脳室の壁の近く(上衣下層)などの限られた場所では知られていたが、ふだんの大脳皮質ではまれだ。
今回の研究では、大脳皮質の成熟したアストロサイトが分裂し、細胞ごと長い距離を移動するのではなく、多核の状態を保ちながら娘細胞の核を空いた場所へ運んでいた。
論文は、この結果が成熟したアストロサイトの大きな柔軟性を示すとしている。



大人のマウスの脳でも、アストロサイトは分裂して核を運び、空いた場所を埋めてたんだね。人の脳でも同じことが起きているかは、まだ確かめられてないんだ
参考文献:
一次ソース: Herwerth M, Wyss MT, et al. Focal astrocyte loss reveals nuclear translocation during lesion repopulation (Nature Neuroscience, 2026; 29(8): 1826) DOI:10.1038/s41593-026-02354-5(本文: PMC13433311)
研究機関: チューリッヒ大学(UZH) 薬理学・毒性学研究所 / 二次ソース: ScienceDaily









