夏のあいだにたっぷり降りそそぐ太陽の熱を、そのまま冬までとっておけたら——。暖房にかかるエネルギーを思えば、そんな夢のような話が現実になればどれほど助かるだろう。
じつは、その夢に挑む研究がある。スウェーデンのチャルマース工科大学の研究チームが開発した、特殊な液体だ。太陽光を浴びると分子の形が変わり、そのエネルギーを化学結合として閉じ込める。まるで「太陽の缶詰」のように、熱を長期間しまっておける技術だ。ただし、話題の数字にはいくつか誤解も混じっている。実際にどこまでできて、実用化はどれほど先なのか、正確に見ていこう。
シルミー夏の太陽を冬まで缶詰にできるの!? そんな魔法みたいなこと、本当にできるの?
原理はもう実証されているんだ。ただ「実用」となると、まだ道のりは長い。順に見ていこう。
この液体は「太陽電池」ではなく「太陽の缶詰」


まず、この技術がふつうの太陽光発電とどう違うのかを押さえておきたい。太陽電池は、光を電気に変える。それに対しこの技術は、光のエネルギーを、分子の「形」そのものに閉じ込めるのだ。
主役となるのは、ノルボルナジエンという分子だ。炭素と水素からなる、ごく小さな分子である。この分子が太陽の光を浴びると、原子の配置がぐるりと組み変わり、クアドリシクランという別の形の分子へと変身する。この「変身した状態」に、光のエネルギーが蓄えられているのだ。
イメージとしては、輪ゴムをねじって、ねじれたまま固定するようなものだ。ねじれた輪ゴムは、放っておけば元に戻ろうとする。その「戻ろうとする力」こそが、蓄えられたエネルギーの正体である。電池のように電気をためるのではなく、分子の「ゆがみ」としてエネルギーを物理的に抱え込む。ここが、この技術のユニークなところだ。
この一連のしくみは、MOST(分子太陽熱エネルギー貯蔵)と呼ばれている。太陽の光を、電気でも、お湯の熱でもなく、分子の姿かたちに変えてしまい込む。まさに「太陽を缶詰にする」ような、大胆な発想なのである。
なぜ、わざわざこんな回り道をするのだろうか。それは、光を電気に変える太陽電池が、電気の「ため置き」を苦手とするからだ。発電した電気は、その場で使うか、電池にためるしかない。ところが電池は、時間がたつと少しずつ電気が抜けていく。長い期間のため置きには向かないのだ。そこで、エネルギーを「電気」ではなく「分子の形」という、時間がたっても崩れない姿に変えてしまう。この発想の転換こそが、MOSTという技術の出発点なのである。
なぜ元に戻らないのか、「崖の窪みのボール」


ここで、一つの疑問がわく。変身したクアドリシクランは、元に戻ろうとする力を抱えているはずだ。それなら、すぐに元のノルボルナジエンに戻ってしまいそうなものだ。ところが、そうはならない。
その理由が、「準安定」と呼ばれる状態にある。クアドリシクランは、エネルギー的には確かに高く、不安定な立場にある。だが、元の形に戻るには、いったん高い「壁」を乗り越えなければならない。この壁があるおかげで、ふだんは戻れずにいる。たとえるなら、崖のふちの小さな窪みに引っかかったボールだ。落ちれば大きなエネルギーを放つが、そっとしておけば、いつまでもそこにとどまっている。
この安定性が、長期保存を可能にする。研究チームは、分子を工夫することで、この状態を非常に長く保てる設計を実現した。ある改良版では、その状態が最長18年も保たれるという結果が示されている。
ただし、ここは正直に書いておきたい。この「18年」という数字は、実際に18年間ためておけたことを実験で確かめたものではない。分子の性質から計算して導き出された、理論上の寿命だ。実際の屋外での実証実験は、数か月から1年ほどの規模にとどまる。18年という数字は、あくまで設計上の可能性を示すものであって、実証された保存期間ではない。この違いは、きちんと押さえておきたい。
それでも、18年という理論値が示す意味は小さくない。もし本当にそれほど長く安定させられるなら、季節をまたぐどころか、年を越えてエネルギーをためておける可能性が開ける。分子をどう設計すれば、この壁を高くし、より長く安定させられるか。その方向性を数字で示せたこと自体が、研究の大きな前進だった。実測でどこまで迫れるかは、これからの課題である。
触媒がスイッチを押す、「63度」の正体


では、しまい込んだエネルギーは、どうやって熱として取り出すのか。ここで登場するのが、コバルトを使った触媒だ。
触媒は、先ほどの「壁」を低くする役割を果たす。クアドリシクランを含む液体を、この触媒に通すと、分子は一気に元のノルボルナジエンへと戻る。崖の窪みのボールが、背中を押されて転がり落ちるように。そしてこのとき、閉じ込められていたエネルギーが、熱としてどっと放出されるのだ。
研究チームの実験では、この放熱によって、液体の温度が大きく上がった。ここで、よく紹介される「63度」という数字に注意したい。これは「63度まで上がった」という意味ではない。実際には、20度だった液体が、触媒を通ったあと83度にまで上昇した。つまり、周囲との差でおよそ63度分だけ温度が上がった、ということだ。「63度」は、到達温度ではなく、上昇の幅なのである。
この取り出し方の利点は、タイミングを自由に選べることにある。熱がほしいときに、液体を触媒に通せばいい。いわば、保温ポットの蛇口をひねるように、必要なときに必要なだけ熱を引き出せる。夏にため込んだ熱を、冬になってから取り出す——その理屈が、ここで成り立つのである。
触媒が果たす役割は、じつに巧妙だ。触媒そのものは反応で消費されず、何度でも使える。しかも、触媒を通すか通さないかで、放熱のタイミングを完全にコントロールできる。液体は触媒に出会わない限り、エネルギーを抱えたまま静かに待ち続ける。人間の側が「今だ」と決めた瞬間にだけ、熱が解き放たれる。エネルギーを「ためる」ことと「使う」ことを、時間的に切り離せる——これが、この方式の大きな強みなのだ。
「大きい分子ほど高性能」は誤解だった


この技術について、しばしば「分子を大きくすれば、より多くのエネルギーを蓄えられる」と説明されることがある。だが、これは事実と逆だ。ここは、はっきりと正しておきたい。
チャルマース大学の研究がむしろ明らかにしたのは、その反対だった。分子は、小さくするほど、単位の重さあたりに蓄えられるエネルギーの密度が高まるのだ。研究チームは、分子の余分な部分をあえて小さく削ぎ落とすことで、軽く、高性能な誘導体をつくり出した。「大きいほどよい」ではなく「小さいほど効く」というのが、この分野の重要な発見の一つだった。
なぜそうなるのか。エネルギー密度は、「分子一つの大きさ」ではなく、「同じ重さの中に、エネルギーをためる分子をいくつ詰め込めるか」で決まる。分子が小さければ、同じ重さの液体の中に、より多くの「スイッチ」を詰め込める。それだけ、たくさんのエネルギーをためられるわけだ。
これは、荷物の詰め方にたとえると分かりやすい。大きなスーツケース一つを持つより、同じ重さぶんの小さなポーチをたくさん持つほうが、中身の点数は増やせる。ためたいのはエネルギーであって、分子そのものの大きさではない。「18個の炭素を持つ大型版が優れている」といった説明は、この基本を取り違えているのだ。
とはいえ、分子を小さくすればいい、という単純な話でもない。分子を変えれば、光を吸収する能力や、熱をためたあとの安定性も変わってくる。エネルギー密度、光の吸収しやすさ、保存の長さ——これらはしばしば、あちらを立てればこちらが立たず、という関係にある。研究者たちは、この複数の条件のあいだで、絶妙なバランスを探り続けている。「小さいほど高密度」も、あくまでその探索の中で見えてきた、一つの大切な指針なのである。
屋上のプロトタイプ、太陽熱温水器の進化系


この技術は、机上の空論ではない。2018年、チャルマース大学は、実際に動く試作システムを大学の屋上に設置した。その全体像を見てみよう。
システムは、大きく四つの部分からなる。まず、太陽光を集める集光器。反射鏡で集めた光を、パイプの中を流れる液体に当てて「充電」する。次に、充電された液体をためておく貯蔵タンク。そして、熱を取り出すときに使う触媒の反応装置。最後に、液体を送り出し、また戻す循環のしくみだ。熱を放出して元に戻った液体は、再び集光器へ送られ、また太陽光を浴びる。このサイクルを、何度でもくり返せる。
なお、旧来「地下のタンクにためる」と説明されることがあるが、実際の試作機では、タンクは建物や屋上に設置されている。「地下」という具体的な描写には、確かな裏づけがない。細かな点だが、実像に沿って理解しておきたい。
こうして見ると、この技術は、昔からある太陽熱温水器の進化系だと言える。太陽熱温水器が「お湯」に熱をためるのに対し、MOSTは「分子のスイッチ」に熱をためる。お湯は数日で冷めてしまうが、分子のスイッチは冷めない。同じ「太陽の熱を使う」でも、ためておける時間が、まるで違うのである。
電池や温水器と、何が違うのか


太陽のエネルギーをためる方法は、ほかにもある。それらと比べて、MOSTの何が特別なのか。ここを整理しておこう。
よく使われるのが、太陽光発電の電気をリチウムイオン電池にためる方法だ。だが、この電池には弱点がある。使わなくても少しずつ電気が抜けていく「自己放電」だ。そのため、数か月といった長い期間、電気をためておくのには向かない。夏の電気を冬まで、というわけにはいかないのだ。
太陽熱温水器も同じだ。こちらはお湯に熱をためるが、どんなに断熱しても、数日から数週間で冷めてしまう。熱そのものをためる限り、時間との戦いは避けられない。
その点MOSTは、エネルギーを「分子の形」という揺るがない姿で固定する。だから、時間がたっても抜けていかない。たとえるなら、電池は「少しずつ漏れるバケツ」、温水器は「すぐ冷めるスープ」、そしてMOSTは「密閉した缶詰」だ。この技術の値打ちは、ためられる量の多さよりも、「長くためておける」という一点にこそある。
この「長期保存」という強みは、エネルギー問題の意外な急所を突いている。太陽エネルギーの最大の弱点は、「ほしいときに、ほしいだけある」とは限らないことだ。太陽は夏に強く、冬に弱い。昼は照っても、夜は沈む。エネルギーが余る時期と、足りない時期がずれているのだ。もし夏の余った熱を、冬まで確実にためておけるなら、この季節のズレを埋められる。MOSTがめざすのは、まさにこの「時間をまたいだエネルギーの橋渡し」なのである。
誠実に言えば、まだ研究室レベル


ここまで魅力的な話を並べてきたが、いちばん大切なことを、正直に伝えておかなければならない。この技術は、まだ実用化にはほど遠い、研究段階のものだ。
この分野をまとめたある総説論文は、MOSTがなお「基礎的な研究の段階」にあると評している。40年ほどの研究の積み重ねがあってなお、家庭やビルで実際に使える大規模な装置は、まだ存在しない。屋上に置かれた小さな試作機で、原理が確かめられた——現在地は、その段階だ。
課題も少なくない。たとえば、同じ体積でためられるエネルギーの量は、ガソリンなどの燃料と比べると、まだかなり見劣りする。効率や、分子の耐久性、コストなど、乗り越えるべき壁は多い。開発者自身も、商用化への期待を語りつつ、さらなる改良が必要だと認めている。
「冬に夏の暖かさを取り出す」というアイデアそのものは、確かに実証されつつある。だが、それが私たちの家の暖房として普及するには、まだ10年以上の年月を見ておく必要がありそうだ。夢のある技術ほど、その現在地を冷静に見極めることが、正しい期待につながる。完成した発明というより、試作のエンジンを積んだ試験車両——それが、いまのMOSTの姿なのである。
意外な近未来は「発熱する布」かもしれない


とはいえ、実用化がまったく見えないわけではない。むしろ、意外なところから始まるかもしれない。大きな発電プラントではなく、もっと身近な使い道からだ。
研究者たちが次の一歩として注目しているものの一つが、繊維に分子を編み込んだ「発熱する布」のような応用だ。太陽の光をためておき、寒いときに熱を放つ上着——そんな小さな製品なら、巨大なシステムよりも早く実現するかもしれない。
技術の歴史をふり返れば、こうした道すじは珍しくない。電気自動車が広く普及する前に、まずスマートフォン用のモバイルバッテリーが身近になった。大きな夢がかなう前に、小さな応用が先に暮らしへ入り込む。MOSTも、同じような順序をたどる可能性がある。
太陽の熱を分子に閉じ込め、必要なときに取り出す。この不思議な技術が、いつか私たちの生活のどこかで、静かに役立つ日が来るかもしれない。壮大なエネルギー問題の切り札としてではなく、まずは一枚の暖かい上着として——そんな形で、私たちの前に現れるのかもしれないのである。



「63度」は上がった幅で、18年は計算値なんだね。まだ試作段階だけど、夢はあるなあ!
そう。原理と実用は別物。そこを分けて見られる人が、技術と正しくつきあえるんだよ。
参考文献:
Emissions-free energy system saves heat from the summer sun for winter(Chalmers University of Technology, 2018)
Macroscopic heat release in a molecular solar thermal energy storage system(Energy & Environmental Science, 2019, DOI:10.1039/C8EE01011K)
出典: Chalmers University of Technology / Energy & Environmental Science










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