夏のあいだにたっぷり降りそそぐ太陽の熱を、そのまま冬までとっておけたら——。暖房にかかるエネルギーを思えば、そんな夢のような話が現実になればどれほど助かるだろう。
じつは、その夢に挑む研究がある。スウェーデンのチャルマース工科大学の研究チームが開発した、特殊な液体だ。太陽光を浴びると分子の形が変わり、そのエネルギーを化学結合として閉じ込める。
太陽のエネルギーを分子に閉じ込めて、長期間しまっておく技術だ。ただし、話題になる数字の読み方には注意がいる。
実際にどこまでできて、実用化はどれほど先なのか、正確に見ていこう。
キク電気じゃなくて、光のエネルギーを液体にどうやってためるんだろう?
この液体は光のエネルギーを分子の形でためる


まず、この技術がふつうの太陽光発電とどう違うのかを押さえておきたい。太陽電池は、光を電気に変える。それに対しこの技術は、光のエネルギーを、分子の「形」そのものに閉じ込めるのだ。
主役となるのは、ノルボルナジエンという分子の仲間(誘導体)だ。チャルマース大学の発表では、この分子は炭素・水素・窒素からなるとされている。
この分子が太陽の光を浴びると、原子の配置がぐるりと組み変わり、クアドリシクランという別の形の分子へと変身する。
この「変身した状態」に、光のエネルギーが蓄えられているのだ。
電池のように電気をためるのではなく、光のエネルギーを分子の結びつき方の違い(化学エネルギー)としてためる。
この高エネルギーの形は「準安定」で、必要なときに元の形へ戻すと、蓄えたエネルギーが熱として出てくる。
この一連のしくみは、MOST(分子太陽熱エネルギー貯蔵)と呼ばれている。太陽の光を、電気でもお湯の熱でもなく、分子の形に変えてためておき、夜や冬など、エネルギーが必要になったときに使う。
ためたエネルギーは最長18年保てるとされる
ためたエネルギーが逃げずに残ることが、長期保存の条件になる。発表によると、研究チームは分子の設計を改良し、エネルギーを蓄えた液体を室温で保存してもエネルギーの損失が最小限になるようにした。
研究チームのリーダー、モース=ポールセン教授(チャルマース工科大学 化学・化学工学科)は「このアイソマー(異性体)のエネルギーは、いまや最長18年間貯蔵できる。取り出して使うときには、期待以上の温度上昇が得られる」と語っている。
ただし、この「18年」が、実際に保存して確かめた期間なのか、計算で見積もった値なのかは、発表文に書かれていない。
論文本文を読めていないため、ここでは確かめられない。
触媒に通すと液体が63度温まった
では、しまい込んだエネルギーは、どうやって熱として取り出すのか。ここで登場するのが、コバルトを使った触媒だ。
発表によると、触媒はフィルターの形をしていて、エネルギーをためた液体をそこへ流すと反応が起きる。液体は温まり、分子は元の形に戻る。
このとき、閉じ込められていたエネルギーが熱として放出される。元の形に戻った分子は、再び光を浴びてエネルギーをためるのに使える。
研究チームは、触媒に液体を通して熱を取り出す実験を行った。ここで、よく紹介される「63度」という数字に注意したい。
これは「63度まで上がった」という意味ではない。実際には、20度だった液体が、触媒を通ったあと83度にまで上昇した。
63度は液体が温まった幅で、到達した温度は83度ということになる。
この測定の条件も知っておきたい。総説によると、触媒は活性炭に載せたコバルトフタロシアニンで、わずか5mgを長さ1cm・内径1mmのテフロン管に入れたものだった。
熱が周囲に逃げないように、反応器は真空容器の中に置かれ、最大で63.4度の温度差が記録された。家庭の暖房に使える規模の装置ではなく、小さな反応器での値だ。


屋上の集光器から触媒までを一巡する液体
チャルマース工科大学の建物の屋上には、この液体に太陽光を当てる集光器が置かれている。
集光器は、中心に管を通した凹面の反射鏡で、太陽の動きを追いながら、管の中を流れる液体に光を集める。発表では、衛星放送のアンテナと同じ原理だと説明されている。
通常の水を流す管を足して、従来の温水システムと組み合わせることもできる。
エネルギーをためた液体は室温で保存され、必要なときに触媒を通して熱を取り出す。以前の方式では液体に可燃性のトルエンが混ぜられていたが、今回はエネルギーをためる分子だけで使えるようにした。
熱を出して元の形に戻った液体は、再び屋上へ送られて太陽光を受ける。発表では、この循環は排出物がなく、分子も傷まないと説明されている。
実用化の前に残る課題


この技術は、まだ実用化にはほど遠い、研究段階のものだ。
この分野をまとめた2022年の総説論文(Chemical Society Reviews)は、過去40年ほどのあいだ大規模な装置は実現しておらず、その理由として、分子の候補を探す基礎的な段階にこの分野がとどまっているためかもしれない、と述べている。
屋上の集光器と触媒を組み合わせた装置が動いた——現在地は、その段階だ。
課題も残る。総説によると、光の吸収を改善しようと大きな置換基を足すと分子量が増え、エネルギーの貯蔵密度が下がる。
今回の論文の分子では、貯蔵できるエネルギーは1kgあたり0.40MJで、太陽エネルギーの貯蔵効率の上限は0.51%と見積もられている。
モース=ポールセン教授は「やるべきことはたくさん残っている。システムがようやく動いたところで、これからすべてを最適に設計する必要がある」と話した。
教授は、温度上昇を少なくとも110度まで高めたいと述べ、10年以内に商業利用が可能になるとの見方を示していた(2018年の発表時点)。
「冬に夏の暖かさを取り出す」という発想は、小さな装置では動いた。ただ、家庭の暖房として普及するかどうかは、まだ分からない。



小さな装置で動いたことと、家の暖房で使えることは、まだ別の話なんだね。
参考文献:
Emissions-free energy system saves heat from the summer sun for winter(Chalmers University of Technology, 2018)
Macroscopic heat release in a molecular solar thermal energy storage system(Energy & Environmental Science, 2019, DOI:10.1039/C8EE01011K)
Status and challenges for molecular solar thermal energy storage system based devices(Chemical Society Reviews, 2022, DOI:10.1039/D1CS00890K)
出典: Chalmers University of Technology / Energy & Environmental Science









