アルツハイマー病などの「タウオパチー」と呼ばれる病気では、脳の神経細胞の中にタウというタンパク質が集まって塊を作る。
ただ、脳のすべての神経細胞が同じように弱るわけではなく、脳の領域や神経細胞の種類によって、病気への弱さが違う。
米カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)のマーティン・カンプマン教授らのチームは、ヒトのiPS細胞から作った神経細胞を培養皿で育て、CRISPRの技術を使って約2万個の遺伝子の働きを1つずつ抑え、タウの量を変える遺伝子を探した。
成果は2026年1月28日、学術誌『Cell』に発表された。
その結果、タウに目印を付けて分解に回す働きを持つ「CUL5」という遺伝子が、神経細胞の中のタウの量を抑えていることがわかった。
亡くなった患者の脳のデータを調べると、CUL5がよく働いている神経細胞ほど、病気で失われにくい傾向もあった。
ただしこれは相関で、CUL5が実際の脳で神経細胞を守っているのかどうか、その仕組みはまだわかっていない。治療法が見つかったわけではなく、細胞を使った基礎研究の段階だ。
タウは本来、味方だった
微小管を安定させるタンパク質
タウは、神経細胞の中にある「微小管」という硬い管状の繊維を組み立て、安定させる働きを持つタンパク質だ。微小管は細胞の骨組みの一部で、細胞の形を保ち、細胞の中で物を運ぶためにも欠かせない。
タウを作る遺伝子はMAPTと呼ばれる。
ところが病気では、タウが集まって塊を作る。大きな繊維状の塊ができる前の、小さな集まりは「オリゴマー」と呼ばれ、繊維よりも毒性が強いと考えられている。
アルツハイマー病では、アミロイドβというタンパク質の断片が集まった「アミロイド斑」も特徴だ。
MAPTの変異は前頭側頭型認知症(FTD)の原因になるが、アルツハイマー病を含む多くの例は、MAPTの変異がなくても起きる。
なぜ、細胞ごとに強さが違うのか
アルツハイマー病の脳では、すべての神経細胞が同じように傷むわけではない。論文によると、脳の領域によって、またその中の神経細胞の種類によって、タウの病気への弱さが違う。
研究チームが以前に行った人の脳の解析でも、嗅内皮質という領域で、病気に強い神経細胞と弱い神経細胞を比べると、CUL5の働きは強い細胞のほうが高かった。
このように病気に耐える性質は「レジリエンス」と呼ばれる。ただ、細胞の種類によって弱さが違う分子の仕組みは、わかっていなかった。
人の脳の細胞を1つずつ調べる遺伝子解析では、弱い細胞と強い細胞で働きが違う遺伝子を挙げることはできても、どれが原因なのかを実験で確かめることはできない。
タウって本来は神経を支える役なんだ! それが塊になると困るんだね。
細胞の「ゴミ処理システム」
細胞の中では、タンパク質が作られ、正しい形に折りたたまれ、役目を終えると分解される。このバランスを保つ仕組みを「プロテオスタシス(タンパク質恒常性)」と呼ぶ。
論文の題名にある「タウのプロテオスタシス」は、神経細胞がタウの量をどう保っているか、という意味だ。
タンパク質を分解する仕組みの1つが「ユビキチン・プロテアソーム系」だ。
不要なタンパク質に「ユビキチン」という小さなタンパク質が目印として付けられ、それを「プロテアソーム」という分解装置が見分けて分解する。
目印を付ける相手を選ぶのは「E3ユビキチンリガーゼ」と呼ばれる酵素で、相手のタンパク質の「デグロン」という短いアミノ酸の並びを見分ける。
もう1つの大きな仕組みが、細胞の中の物をまとめて分解する「オートファジー」だ。
老化と分解の仕組み
論文は、活性酸素がたまることやプロテアソームの働きの変化は老化の特徴で、神経の病気の塊が見つかるより前から起きていることが多いと書いている。
では、神経細胞の中でタウの量を決めているのは、どの遺伝子なのか。研究チームは、特定の仮説から出発するのではなく、先入観なしにすべての遺伝子を調べる方法を選んだ。


iPS細胞由来の神経細胞で全遺伝子を調べる


約2万個の遺伝子の働きを1つずつ抑える
使ったのは、CRISPRの仕組みで遺伝子の働きを弱める「CRISPRi(CRISPR干渉)」という方法だ。遺伝子を壊すのではなく、働きを抑える。
タンパク質を作るすべての遺伝子を対象に、1つの遺伝子あたり5種類、合わせて10万4535種類のガイドRNAを用意し、どの細胞がどの遺伝子を抑えられているかを後から読み取れるようにした。
細胞は、ヒトのiPS細胞から作った神経細胞だ。前頭側頭型認知症の原因になるタウの遺伝子変異(MAPT V337M)を持たせて、タウのオリゴマーがたまるようにした。
この変異を持つタウは、アルツハイマー病のタウと同じ繊維の構造をとるという。
分化させて2週間たった神経細胞を固定し、タウのオリゴマーに結合する抗体(T22)で染めた。
そして、オリゴマーの信号が最も強い3割の細胞と最も弱い3割の細胞を選り分け、それぞれにどの遺伝子を抑えた細胞が多いかを比べた。
偽陽性率5%の基準で、1143個の遺伝子が、タウのオリゴマーの量に関わる候補として挙がった。
候補の中には、オートファジーの遺伝子のように、タウとの関係がもともと知られていたものも含まれていた。
一方で、UFM化(UFMylation)やGPIアンカーの合成に関わる遺伝子など、予想外のものもあった。
最も強く現れたのは、ミトコンドリアでエネルギーを作る酸化的リン酸化の遺伝子群で、これらの働きを抑えるとオリゴマーが増えた。
チームはさらに、別の抗体や、変異のないタウを持つ神経細胞などを使って、7つの追加のスクリーニングを行った。
8つのスクリーニングすべてで上位に入ったCUL5
8つのスクリーニングすべてで上位に入ったのが、CUL5という遺伝子だった。CUL5はE3ユビキチンリガーゼの一種で、これまでは主に免疫の反応を調節する役目で知られていた。
CUL5は「CRL5」という複合体の土台になり、SOCS4などの「アダプター」と呼ばれるタンパク質を通じて、目印を付ける相手を選ぶ。
神経細胞でCUL5の働きを抑えるとタウが増え、SOCS4を増やすとタウが減った。CUL5は主に神経細胞の細胞体にあり、タウが増えたのも細胞体の中だけだった。
チームは、タウのどの部分が目印になるかも調べた。0N3Rと呼ばれる型のタウでは、80〜130番目のアミノ酸の部分が、CUL5による分解のデグロンとして働いていた。
精製したタンパク質を使った試験管内の実験では、CRL5とSOCS4の複合体がタウにユビキチンを鎖のようにつなげ、この部分の5か所(K83、K85、K106、K117、K122)にユビキチンが付いていた。
プロテアソームの働きを止める薬を加えると、CUL5を抑えたときのタウの増え方は打ち消された。
次にチームは、亡くなったアルツハイマー病の患者などの脳を細胞1つずつ解析したデータベース「シアトル・アルツハイマー病脳細胞アトラス(SEA-AD)」を調べた。
すべての種類の細胞をまとめると、CUL5やSOCS4などの遺伝子がよく働いているほど、病気で細胞が失われにくい関係があったが、その相関は弱かった。
興奮性の神経細胞と、ソマトスタチン(Sst)を持つ抑制性の神経細胞に絞ると、CUL5とARIH2の相関は強く、統計的にも意味があった。
前頭側頭型認知症や進行性核上性麻痺(PSP)を含む別のデータでも、同じ傾向が見られた。
ただし論文は、CUL5が人の脳で神経細胞の弱さに影響する仕組みはまだわかっていないと書いている。
タウに目印を付けることで効いている可能性もあるが、CUL5は免疫の信号にも関わるため、脳の免疫を通じて効いている可能性もあるという。
2万個の遺伝子を1つずつ調べるなんて力技! それでタウを減らす役のCUL5が見つかったんだね。


酸化ストレスで生まれるタウの断片
スクリーニングで最も強く現れたミトコンドリアの遺伝子について、チームは薬でも確かめた。
ミトコンドリアの電子伝達系の複合体Iを止めるロテノンという薬を神経細胞に24時間与えると、タウが増え、約25キロダルトンの大きさのタウの断片ができた。
タウの端(N末端)側の断片で、細胞の外の培養液にも出てきた。ロテノンを増やすほど細胞の中の活性酸素も増え、過酸化水素を与えるとタウのほとんどがこの断片に変わった。
抗酸化物質のN-アセチルシステインは、断片ができるのを一部抑えた。
断片を作っていたのは、ほかならぬプロテアソームだった。プロテアソームの働きを止める薬を加えると断片は減り、ほかの分解酵素(カテプシンやカルパイン)を止める薬では減らなかった。
ロテノンを与えると、プロテアソームの働きは落ちていた。さらに活性酸素は、タウの中のメチオニンというアミノ酸を酸化していた。
メチオニンをすべてロイシンに置き換えたタウでは、断片がずっとできにくかった。論文は、活性酸素によるプロテアソームの働きの変化とタウ自身の酸化の両方が、断片ができる原因だとみている。
血液検査の指標とのつながり
この25キロダルトンの断片は、アルツハイマー病の血液や脳脊髄液の検査で使われる指標「NTA」が測るタウとよく似ていた。
実際、ロテノンを与えた神経細胞の培養液では、NTAを測る検査の値がロテノンの量に応じて上がった。
論文は、NTAの値が患者の神経細胞の酸化ストレスを反映している可能性があるとしつつ、それを直接示す証拠はまだないと書いている。
試験管の実験では、この断片を混ぜると、タウの繊維のでき方が変わった。
研究チームは、成果が治療の手がかりになることを期待している。
UCSFの発表で、カンプマン教授は「CUL5はタウを取り除くのに特に適している」と述べ、「将来の治療法で、神経変性を避けるために体にもともと備わった仕組みを強められるかもしれない」と話した。
また「CUL5が、認知症に対する創薬の多くの新しい標的の、最初の1つになることを願っている」とも述べている。ただし、そうした治療法はまだない。
ストレスがタウの断片を作るんだ。それが血液検査の数値にも関係しているかもしれないんだね。
細胞を使った研究の限界


培養皿の中の、基礎研究
今回の研究の中心は、培養皿の中のiPS細胞由来の神経細胞を使った基礎研究だ。論文は限界として、iPS細胞由来の神経細胞には次のような違いがあると書いている。
胎児期の型のタウ(0N3R)を作ること、神経の活動や遺伝子の働きが未熟な神経細胞に近いこと、タウの繊維が自然にはできないことだ。
また、神経細胞だけを培養しているため、グリア細胞との関わりも再現できない。タウのオリゴマーを測る抗体が、どんな形の塊を見分けているのか詳しくわかっていない点も挙げている。
人の脳のデータで見られたのは相関だ。CUL5の働きを強めれば、人の脳でタウの病気の進行を止められるかどうかはわからない。
論文は、マウスなどの動物モデルでのスクリーニングを含む今後の研究が、治療法につなげるために必要だとしている。
人の脳で確かめるのはこれからなんだね。すぐ薬になるわけじゃないんだ。
参考文献:
CRISPR screens in iPSC-derived neurons reveal principles of tau proteostasis
Samelson AJ, …, Kampmann M. Cell 189(5), 1517-1534.e19 (2026). DOI: 10.1016/j.cell.2025.12.038
論文本文(著者原稿): PMC12978015
発表: This Cellular Hazmat Team Cleans Up Tau. Can It Prevent Dementia?(UCSF)
基礎知識: MAPT gene(MedlinePlus Genetics)









