地球から64光年かなたに、HD 189733bという名前の惑星がある。この遠い惑星の大気から、なんと硫化水素——温泉街や、腐った卵のあの独特な匂いのもとになる物質が見つかった。
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の観測による成果で、論文は2024年7月に科学誌『Nature』に掲載された。
キク64光年も先の惑星の空気の中身なんて、どうやって分かるんだろう?
64光年先の惑星が「腐った卵」の匂い!?


まず、今回の発見の中身をはっきりさせよう。アメリカのジョンズ・ホプキンス大学の研究チームが、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡を使ってHD 189733bという惑星を観測した。
その結果、この惑星の大気の中に、硫化水素の明確な痕跡を見つけたのだ。
硫化水素は、地球では温泉や火山ガスに含まれている物質だ。あの、卵が腐ったような独特の悪臭のもとになる気体である。
温泉地に行くと漂ってくる、あの匂いを思い浮かべればいい。
もちろん、宇宙飛行士がこの惑星まで行って、匂いを嗅いできたわけではない。64光年——光の速さで進んでも64年かかる距離だ。
それなのに、なぜ大気の成分まで分かるのか。その秘密は、惑星が主星の光を横切る、ほんの一瞬にあった。
星の光で惑星の「空気を嗅ぐ」仕組み
遠い惑星の大気を調べるカギは、トランジットという現象にある。HD 189733bは、地球から見て、ちょうど主星(その惑星が回っている恒星)の前を、定期的に横切る位置関係にある。
惑星が主星の手前を通過する、その瞬間がチャンスだ。
惑星が主星の前を横切るとき、恒星の光の一部が、惑星の大気の縁をかすめて地球まで届く。ここが巧妙なところだ。大気の中の分子は、それぞれ特定の色(波長)の光を吸収する性質を持っている。
だから、大気を通り抜けてきた星の光をよく調べると、どの波長の光が欠けているかが分かる。その「欠けた波長」のパターンから、大気にどんな分子が含まれているかを読み取れるのだ。
硫化水素も、水も、二酸化炭素も、それぞれ違う波長の光を吸収するので、区別できる。
チームは2022年8月25日と29日、惑星が主星の前を通る2回の機会(1回の通過は約1.8時間)に観測した。検出の確かさは統計の数値(σ、シグマ)で表す。
水が13.4σ、二酸化炭素が11.2σ、一酸化炭素が5σ、硫化水素が4.5σだった。硫化水素は4つの中で最も低いが、それでも偶然とは考えにくい水準だ。


「見えなかったもの」を見せた望遠鏡


この繊細な観測を可能にしたのが、2021年に打ち上げられたジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡だ。人類がこれまでに宇宙へ送り出した、最も強力な望遠鏡である。
この望遠鏡は、直径6.5メートルという巨大な鏡を持ち、おもに赤外線という、人間の目には見えない光をとらえることに特化している。
地球から150万キロメートルも離れた、宇宙のとても冷たい場所に陣取ることで、かすかな赤外線の信号を、ノイズにまぎれることなく拾い上げられる。
今回の観測で使われたのは、近赤外カメラ(NIRCam)に付いた「グリズム」という、光を波長ごとに分ける部品を使う観測方法だ。
これで2.4〜5マイクロメートルの光を細かく分け、分子ごとの「吸収の指紋」を読み取った。
じつはこの惑星、以前からハッブル宇宙望遠鏡などで何度も観測されてきた、いわば天文学者の「顔なじみ」だった。それでも、硫化水素は見つけられなかった。
ハッブルの目では、その波長の光まで細かく調べることができなかったのだ。
ジェイムズ・ウェッブの高感度な赤外線分光が加わって初めて、硫黄という新しい元素の匂いを、この惑星の大気から嗅ぎ分けられるようになった。
道具の進歩が、宇宙の見え方を一段深くしたのである。
なぜ、この望遠鏡がそれほど遠く、冷たい場所に置かれているのか。それには理由がある。赤外線とは、いわば「熱の光」だ。
望遠鏡自身が少しでも暖かいと、その熱がノイズとなって、遠い宇宙からのかすかな信号をかき消してしまう。だから、太陽や地球の熱から遠く離れ、極寒の環境で観測する必要がある。
この徹底したこだわりがあるからこそ、64光年先の惑星の、ごくわずかな大気の成分まで嗅ぎ分けられるのだ。
灼熱の巨大ガス惑星「ホットジュピター」


では、硫化水素の匂いがするこの惑星は、そもそもどんな世界なのだろう。HD 189733bは、木星よりもわずかに大きい、巨大なガスの惑星だ。
地面のような固い表面はなく、全体が分厚いガスの塊でできている。
そして、この惑星の最大の特徴は、主星のすぐそばを回っていることだ。その距離は、地球と太陽の間の、およそ30分の1しかない。
あまりに近いため、この惑星の表面温度は約930度にも達する。そして、たった2日ほどで主星の周りを一周してしまう。
木星のような巨大ガス惑星が、恒星のすぐそばで灼熱にあぶられている——こうしたタイプの惑星を「ホットジュピター」と呼ぶ。
じつは、私たちの太陽系には、このホットジュピターは存在しない。木星や土星は、太陽からずっと遠い、冷たい場所を回っている。
だから1990年代に、恒星のすぐそばを回る巨大ガス惑星が初めて見つかったとき、天文学者たちは大いに驚いた。
なかでもHD 189733bは、地球から比較的近く、主星も明るいという好条件がそろっていたため、系外惑星の大気研究における「モデルケース」として、20年近くにわたり繰り返し観測されてきた、由緒ある惑星なのである。


青く輝き、ガラスの雨が降る世界
HD 189733bの環境は、私たちの想像をはるかに超えている。まず、この惑星は美しい深い青色に輝いている。
2013年、ハッブル宇宙望遠鏡による観測で、太陽系の外の惑星として初めて、その「色」が測定された。それが、地球を思わせるような、青い色だったのだ。
ところが、この青の正体は、地球の海や空のような穏やかなものではない。大気の上層には、ケイ酸塩——つまりガラスの成分でできた細かい粒が、もやのように漂っていると考えられている。
この粒が青い光を散らばらせるために、惑星全体が青く見えるのだ。そして、この惑星ではさらに恐ろしいことが起きているとされる。
大気の循環をもとにしたモデルによれば、雨として降ってくるのは水ではなく、溶けたガラスだというのだ。しかも、それが真横から吹きつける。
というのも、この惑星では猛烈な風が吹き荒れている。別の研究による推定では、その風速は時速8000キロメートルを超えるとも言われる。
灼熱の熱、青いガラスの粒、そして横なぐりのガラスの雨。HD 189733bは、美しい青の見た目とは裏腹に、まさに「地獄」と呼ぶにふさわしい過酷な世界なのである。



64光年先の惑星HD 189733bは、青くきれいに見えるのに、溶けたガラスの雨が横なぐりに降ると考えられている世界なんだ。
硫化水素と「硫黄」という元素


硫化水素の話に、もう少し踏み込んでみよう。この物質は、硫黄(いおう)という元素を含んでいる。
硫黄は、私たちにとって「臭い元素」というイメージが強いかもしれないが、じつはとても重要な役割を持っている。
硫黄は、宇宙全体で見ても、9番目から10番目あたりに豊富に存在する元素だとされる。決して珍しいものではないのだ。
地球では温泉や火山ガスに含まれ、あの独特の匂いを放つ。だが、それだけではない。硫黄は、私たちの体を作るタンパク質の材料であるアミノ酸の一部にも、欠かせない成分として含まれている。
単なる「くさいもの」ではなく、生き物の化学にも深く関わる、大切な元素なのである。
木星では、1995年に大気に突入した探査機ガリレオの観測や、探査機ジュノーによって、硫黄の量がすでに測られている。
論文も、HD 189733bの硫黄の量を木星の値と並べて比べている。今回は、64光年かなたの惑星で、望遠鏡の光だけから硫化水素を捉えた点が新しい。



硫黄の量を調べると、惑星のどんなことが分かるのかな?
大気は惑星の「レシピ表」だった


硫化水素の検出は、単に珍しい発見というだけではない。この惑星がどんな材料から作られたのかを知る、重要な手がかりになるのだ。
天文学では、水素とヘリウム以外のすべての元素を、まとめて「金属」と呼ぶ。そして、惑星の大気にこうした重い元素がどれくらい含まれているかを示す割合を「金属量」という。
今回の観測から、HD 189733bの大気の金属量は、主星のおよそ3〜5倍だと分かった。この数字が、惑星の生い立ちを語ってくれる。
惑星が生まれるとき、そのもとになるのは、若い恒星の周りを取り巻くガスやチリの円盤だ。
金属量が高いということは、この惑星が生まれるとき、氷や岩石でできた小さな粒をたくさん取り込んで育ったことを示している。
さらにメタンはほとんど見つからず、多くても0.1ppm以下だった。炭素と酸素の比は0.2未満と低く、論文は、水を多く含む氷の小天体を取り込んで育ったことを示すとしている。
一方、同じ望遠鏡で別の惑星WASP-39bに見つかった二酸化硫黄は、HD 189733bでは見えなかった。論文は、金属量がWASP-39b(太陽の10倍以上)より低いためと説明している。
硫黄をはじめとする元素の量を調べることで、私たちは遠い惑星の「誕生の秘密」まで読み解けるようになる。
惑星がどのように生まれたかについては、大きく分けて二つの考え方がある。一つは、小さな岩や氷の粒が少しずつ集まって芯を作り、その重力でガスを引き寄せて育つという道すじだ。
もう一つは、ガスの円盤が一気に縮まって惑星になるという道すじ。金属量が高いという今回の結果は、前者、つまり岩や氷をたっぷり取り込んで育ったという生い立ちを支持している。
惑星の空気を読む時代へ
最後に、この発見が持つ、より大きな意味を考えてみよう。HD 189733bのような灼熱の巨大ガス惑星は、もちろん生命が住めるような場所ではない。
では、なぜこうした惑星を、これほど熱心に調べるのだろうか。
その理由は、未来の生命探査への布石にある。
HD 189733bは大気が厚く、観測しやすいため、「惑星の大気からどんな分子を、どうやって読み取るか」という技術を磨くのに、うってつけの練習台なのだ。
ここで手法を確立しておけば、いつか地球によく似た、生命を宿しうる惑星の大気を調べるとき、その技術が生きてくる。
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡は、生命が存在できるかもしれない惑星の大気の観測にも、すでに乗り出している。遠い惑星の大気の成分を読み取る技術は、その土台になる。
参考文献
Fu G, Welbanks L, Deming D, et al. 『Hydrogen sulfide and metal-enriched atmosphere for a Jupiter-mass exoplanet』 Nature, 2024. DOI: 10.1038/s41586-024-07760-y
論文本文(プレプリント): arXiv:2407.06163
青い色・ケイ酸塩ヘイズ: Hubble観測(2013) / 風速推定: Louden & Wheatley (2015)









