ローマ大学サピエンツァのキャンパスで、別々の2つの量子ドットが出した光子の間で、偏光の「量子状態」を写し取るテレポーテーションに成功した。
写し取られた側の光子は、270メートルの屋外の光リンクを通って別の建物へ送られた。
10年がかりの国際共同研究の成果である。ここで大事なのは、「瞬間移動」という言葉のイメージだ。
SF映画のように物体そのものがワープするわけではなく、あくまで光子の『状態』という情報が別の光子に乗り移る、という現象である。
しかもこの仕組みには普通の通信も必要で、光速を超えて情報が伝わるわけではない。
量子テレポーテーション、30年の歴史
1993年: ベネットらが理論を提案
「テレポーテーション」と聞くと、SF映画の転送装置が頭に浮かぶかもしれない。しかし量子テレポーテーションで移せるのは物体ではなく、量子情報(状態)だけである。
最初に理論を示したのは、チャールズ・ベネットら6人の研究者だ。1993年、彼らは送り手が状態を知らないままでも、未知の量子状態を離れた場所へ転送できる方法を論文で示した。
量子力学では、未知の量子状態の同一のコピーは作れない(量子複製不可能定理、1982年の論文)。テレポーテーションは状態を複製するのではなく、別の粒子へ移す手法である。
テレポーテーションには「量子もつれ」を使う。もつれた2つの粒子では、片方を測った結果がもう片方の状態と関係している。
送り手の測定結果は、通常の(古典的な)通信で受け手に伝える必要がある。このため量子テレポーテーションは光速より速くは起こらない。
1997年: 2つのグループが実験で成功
理論の提案から4年後の1997年に、2つの研究グループが量子テレポーテーションを実験で示した。
先に成果を出したのはイタリアのグループ(サンドゥ・ポペスクらが率いた)で、数か月遅れてオーストリアのアントン・ツァイリンガーのグループが続いた。
2017年: 衛星「墨子」が宇宙と地上をつないだ
2016年8月に打ち上げられた衛星「墨子(Micius)」を使い、チベットの地上局から上空約500キロメートルの衛星へ光子の状態を転送する実験が行われた(結果は2017年にNature誌で報告)。
これらの実験に対し、今回の論文は、独立した別々の量子ドットで遠隔地をつなぐ量子中継は、これまで実現していなかったとしている。
別々の量子ドットの間でテレポート成功
この実験を行ったのは、ドイツ・パーダーボルン大学とイタリア・ローマ・サピエンツァ大学を中心とする国際共同チームだ。
論文は2025年11月にNature Communications誌で公開された。
実験の舞台はローマ市内のサピエンツァ大学キャンパスだ。2つの量子ドットはMarconi棟の別々の研究室に置かれ、15メートルの光ファイバーでつながれていた。
1つ目の量子ドットが出す光子(X1)に偏光の状態を持たせ、2つ目の量子ドットが出すもつれた光子対の片方(X2)と干渉させて測定する。
その結果に応じて、もう片方の光子(XX2)がX1と同じ偏光状態になる。XX2は270メートルの自由空間リンクで別のFermi棟へ送られ、そこで測定された。
屋外リンクでは信号の約9割が途中で失われ、大気の乱れで光を光ファイバーへ結合するのも不安定になる。
検出のタイミングはGPSで制御した発振器で同期し、ゆっくり動く鏡と速く動く鏡を組み合わせた安定化装置で大気の乱れを抑えた。
キク量子ドットって、そもそもどんな光源なんだろう?
「量子ドット」とは何か
今回の主役は、半導体でできた量子ドットだ。量子ドットは光子や、もつれた光子対をほぼ好きなタイミングで1個ずつ出せる光源として、約20年にわたり注目されてきた。
今回は液滴エッチング法で作ったヒ化ガリウム(GaAs)の量子ドットを、ブルズアイ共振器とも呼ばれる円形ブラッグ共振器に組み込み、光の取り出しを強めている。
この量子ドットはオーストリア・ヨハネス・ケプラー大学リンツで作られた。もともと性質が少し異なる2つの量子ドットを、ひずみと磁場で調整して、テレポーテーションに使えるようにした。




10年越しのプロジェクトが実を結ぶ
パーダーボルン大学のクラウス・ヨンス教授とサピエンツァ大学のリナルド・トロッタ教授は、約10年前に、量子ドットをもつれ光子対の光源として通信やテレポーテーションに使う計画を立てた。
ヨンス教授は「この結果は、私たちの長期的な戦略計画が実を結んだことを示している」と述べている。
共振器のナノ加工はドイツ・ヴュルツブルク大学が担当し、ヨーロッパ各地の研究機関が分業して実験を進めてきた。
成果の指標は状態忠実度(転送した状態がどれだけ保たれたか)だ。
2つの量子ドットを光ファイバーでつないだ実験では、ベル状態測定の結果がψ−のとき82±1%、ψ+のとき77±1%で、どちらも古典的な方法の限界(2/3)を10標準偏差以上上回った。
270メートルの屋外リンクを通した場合の平均は80±4%で、古典限界を上回る幅は3標準偏差ほどだった。
ただし、これらの値は光子の到着時間の差を30ピコ秒以内に絞って選んだ結果で、使えたのは全体の約11%、テレポーテーションの頻度は約0.1 Hzにとどまる。
論文の著者自身も、忠実度と成功率ではSPDC光源などを使った従来方式にまだ及ばないと述べている。
もう一つの課題は、2つの量子ドットが出す光子を見分けのつかない状態にすることだった。2つの発光波長はわずかに違ったため、1つ目の量子ドットに0.9テスラの磁場をかけて波長を合わせた。
2つ目の量子ドットには圧電素子でひずみをかけ、もつれ光子源の微細構造分裂を0.3±0.2 μeVまで小さくした。
それでも寿命や線幅の違いが残り、2つの光子の干渉の質(HOM可視度)は最大でも0.598±0.025だった。
量子中継器への一歩


量子通信に中継が必要な理由
論文の冒頭は、都市規模の光量子ネットワークが、クラウド量子計算や安全な通信、世界規模の量子インターネットの土台になると述べている。
光子は距離が伸びると損失やノイズの影響を受けるため、途中で情報を受け渡す量子中継器や量子リピーターが必要になる。
量子テレポーテーションとエンタングルメント交換は、その土台となる基本的な手順だ。
次のステップは「もつれの交換」
研究チームが次に狙うのが、「もつれの交換」(entanglement swapping)と呼ばれる技術である。
これを2つの量子ドットの間で実演できれば、確定的に光子対を出せる光源2つを使った、最初の量子中継器になるという。
ヨンス教授は「この実験は、半導体の量子ドットに基づく量子光源が、将来の量子通信網の重要な技術になりうることを見事に示している」と述べている。
同じ時期に、シュトゥットガルトとザールブリュッケンの別チームも、周波数変換を使った同様の成果を報告している。



量子テレポーテーションはSFの瞬間移動とは違うんだね。半導体でできた小さな光源の量子ドットが、未来の量子通信網の大事な技術になりうるんだ
参考文献:
Quantum teleportation with dissimilar quantum dots over a hybrid quantum network. Nature Communications, 2025; 16:10028. DOI: 10.1038/s41467-025-65911-9
Nature Communications 原論文
A photon was teleported across 270 meters in stunning quantum breakthrough(ScienceDaily)









