研究成果は学術誌『Nature Communications』に発表された。レーザーで金属が高温のプラズマになるとき、原子から電子がはぎ取られていく様子を、1兆分の1秒単位で追った実験だ。
髪の毛より細い銅線にレーザーを撃つ実験
使われたのはX線と光、2台のレーザー
実験を行ったのは、ドイツのヘルムホルツ・ドレスデン・ロッセンドルフ研究センター(HZDR)のチーム。
場所はハンブルク近郊シェーネフェルトにあるEuropean XFELのHED-HiBEF実験ステーションだ。
使われたのは2台のレーザーシステムだ。1台目は強力な光学レーザーReLaXで、これがプラズマを作る役割を担う。
もう1台はX線自由電子レーザー(XFEL)で、こちらはできたプラズマの内部を覗く「カメラのフラッシュ」役を果たす。
論文によると、光学レーザーReLaXは1回30フェムト秒・3ジュールのパルスを1秒に10回出せるチタンサファイアレーザーだ。
X線自由電子レーザーのパルスは約25フェムト秒で、エネルギーは8.2キロ電子ボルトに合わせてある。
フェムト秒は1000兆分の1秒。
HZDRの実験責任者リンゲン・ファン博士は「電離は数ピコ秒という非常に速い時間で起きるので、それを詳しく見るにはもっと短いレーザーパルスが必要だ。25フェムト秒と30フェムト秒という2つのレーザーが、まさにその条件を満たしている」と話す。
1平方センチあたり250兆メガワット
標的は、直径10マイクロメートル(0.01ミリ)、髪の毛の約7分の1の太さの銅線だ。ここに光学レーザーを真正面から当てる。
注ぎ込まれるエネルギーは凄まじい。試料の表面に集中するエネルギー密度は1平方センチあたり約250兆メガワット。
この「強さ」は地球上ではまず作れないレベルで、本来なら中性子星の周辺やガンマ線バーストの内部でしか見られない極限的な値だ。
ここで誤解しないでほしいのは、これは中性子星の内部そのもの(超高密度で押しつぶされた物質)を再現したという意味ではない、ということ。
あくまで「注ぎ込むエネルギーの桁」が、宇宙の最も激しい現場と肩を並べる、という話である。
直撃を受けた銅線は瞬時に蒸発し、数百万度のプラズマに変わる。原子から電子が次々とはぎ取られ、イオンと自由電子が混ざり合う。
論文が調べたのは、固体に近い密度のまま高温になった「固体密度プラズマ」だ。
論文によると、標的を細い線状にしたのは、光学レーザーとX線レーザーを標的の同じ場所に重ねやすくするためと、電子の衝突による加熱を狭い範囲に閉じ込めるためだ。
キクぐちゃぐちゃのプラズマの中から、狙った銅イオンだけをどうやって見分けるんだろう?
狙うのは22個の電子を失った銅イオン
チームが観測の対象にしたのは、22個の電子を失った銅イオン(Cu²²⁺)だ。銅原子はふつう29個の電子を持つので、残りは7個。
これは窒素原子と同じ電子の数で、論文では「窒素様」のイオンと呼んでいる。
このCu²²⁺は8.2キロエレクトロンボルトという特定エネルギーのX線を吸収する性質を持つ。
XFELの光をぴったりこの値に合わせれば、プラズマ内のCu²²⁺だけを選択的に「見える化」できる仕掛けだ。
イオン化が進むほど吸収されるX線の量も変わるため、X線を当てるタイミングを少しずつずらしながら何度も実験を繰り返せば、プラズマの動きをコマ送り映像のように追いかけられる。
これがポンプ・プローブ法と呼ばれる撮影手法だ。
1兆分の数秒で起きた電子の連鎖反応


2.5ピコ秒でCu²²⁺がピークに到達
ポンプ・プローブで見えてきたのは、想像を超えるスピードのドラマだった。
光学レーザーが銅線に当たった直後、Cu²²⁺イオンの数は急に増え始め、約2.5ピコ秒でピークに達した。ピコ秒は1兆分の1秒だ。
ピークを過ぎると、今度は電子がイオンに取り込まれる「再結合」が始まる。Cu²²⁺の数は徐々に減り、約10ピコ秒で完全に消えてしまう。
HZDR放射物理研究所の元所長トム・コーワン教授は「これほど精密にイオン化のプロセスを観察できた人は今までいなかった」と語る。
電子の波が連鎖的に他の電子を弾き飛ばす
コンピュータシミュレーションと組み合わせて分析したところ、電子の動きにも意外な真相が見えてきた。
最初のレーザーが銅原子から直接弾き飛ばすのは、ほんの数個の電子に過ぎない。
ところがその電子たちは尋常じゃないエネルギーを抱えていて、まるで波のように物質中を伝わりながら、隣の銅原子の電子を次々に叩き出していく。
コーワン教授は「最初に飛び出した電子はエネルギーがとても大きく、波のように広がって、となりの銅原子から次々に電子をたたき出していく」と説明する。
やがて電子は勢いを失い、銅イオンに再び取り込まれていく。
ピコ秒のシャッタースピードという常識破り
この速い変化は、非常に短いX線のパルスがあって初めて追える。European XFELのX線パルスは約25フェムト秒だ。
European XFELは2017年に本格稼働を始めたヨーロッパ最大のX線レーザー施設で、トンネルの長さは約3.4キロメートル。
光速近くまで加速した電子を磁石でくねらせて、世界最強クラスのX線パルスを生み出している。
核融合発電への応用と次のステップ
この実験が核融合発電と直結している点は見逃せない。レーザー核融合は、強力なレーザーで燃料ペレットを瞬時に高温プラズマ化させ、核融合反応を引き起こす方式だ。
米国の国立点火施設(NIF)が2022年に「点火」を達成して以降、世界中で開発競争が加速している。
European XFELのHED-HiBEF実験ステーションを担当するウルフ・ザストラウ博士は「この実験は、私たちのレーザーの力を示し、将来のレーザー核融合施設への道を開くものだ」と話す。
レーザー核融合も、レーザーとそれが生む電子の波で加熱された高温のプラズマを使うからだ。
シミュレーションを磨くためのデータ
これまで核融合の設計は、コンピュータシミュレーションに頼る部分が大きかった。だがイオン化の連鎖反応をピコ秒単位で測定できなかったため、シミュレーションの精度には限界があった。
ザストラウ博士は「新しい具体的なデータのおかげで、こうした過程のシミュレーションをさらに磨いていける」とも話している。
高温プラズマを細かく調べる手段に
論文は、この方法が、固体に近い密度のプラズマの密度や温度を細かく調べる手段になり、レーザー核融合に関わる細かな物理の研究にも役立つとしている。



銅線の実験は中性子星そのものを作ったんじゃなくて、それくらい強い光を当てたってことか。こういう細かい計測がレーザー核融合の研究にも役立つんだね
参考文献:
Huang L, Cowan T, Zastrau U, et al. Probing ultrafast heating and ionization dynamics in solid density plasmas with time-resolved resonant X-ray absorption and emission. Nature Communications, 2026; 17. DOI: 10.1038/s41467-026-71429-5
Nature Communications 原論文
This laser turns metal into a star-like plasma in trillionths of a second(ScienceDaily)
プレスリリース: HZDR
研究機関: ヘルムホルツ・ドレスデン・ロッセンドルフ研究センター(HZDR)、European XFELほか(日本の核融合科学研究所も参加)









