指輪や食器でおなじみの銀は、太陽にもわずかに含まれている。ところが、その量は太陽と同じ材料からできた原始的な隕石の値より少なく、合わない理由がわからないままだった。
スウェーデンのウプサラ大学を中心とする国際チームが、太陽大気の新しいモデルで銀の量を計算し直したところ、これまでの推定より約55%(0.19 dex)多いという結果が出た。
論文は2026年7月に天文学誌『Astronomy & Astrophysics』(第711巻 A155)に掲載された。
隕石の値とのズレは大きく縮まった。太陽はほかの星の元素量を測るときの基準にもなるため、この修正はほかの星の研究にも関わってくる。
キク太陽の銀って、どうしてこれまでうまく測れなかったんだろう?
太陽にも「金属」はある


太陽の質量のほとんどは水素とヘリウムで、それ以外の重い元素は1%あまりしかない。天文学ではこの水素とヘリウム以外の元素をまとめて「金属」と呼ぶ。
地球でいう金属とは意味が違い、リチウムから先の元素すべてを指す呼び名だ。
量はほんのわずかでも、これらの元素は太陽の履歴書のようなものだ。星の中や超新星爆発でどう合成され、どの世代の星から受け継がれてきたか、その順序と量比が刻まれている。
銀もその一つで、原子番号は47、記号はAg。ラテン語の argentum に由来する。
銀は中性子を次々に捕まえて作られる比較的軽い重元素で、その生い立ちは古くから天文学者の関心を集めてきた。にもかかわらず、星での観測データは驚くほど乏しい。
太陽の光の中で観測できる銀の吸収線がわずか2本しかなく、しかもどちらも他の元素の線と混み合う紫外域にあって読み取りが難しいためだ。
だからこそ、望遠鏡を大きくしなくても測り方の改善だけで数字が大きく動く余地が残されていた元素でもあり、今回の55%という修正はまさにその余地から出てきた。
太陽は宇宙の元素量を測るときの「基準」として使われる。基準の数字がずれると、ほかの星や銀河の話もずれてしまう。
46億年前から続いていた「銀の量ズレ」
太陽と地球や隕石は、同じ原始太陽系星雲という一つのガスと塵の雲から46億年前に生まれた兄弟にあたる。
だから、太陽の外層に含まれる元素の量比と、生まれた当時の物質をほぼそのまま閉じ込めた原始的な隕石(CIコンドライトと呼ばれる)の元素量比は、原則としてかなりよく一致するはずである。
実際、多くの元素については両者の値がそこそこ揃う。ところが銀だけは、この兄弟の顔つきが噛み合わなかった。
従来使われていた太陽の銀の値は Grevesse らが2015年に発表したlog ε_Ag = 0.96 ± 0.10。
一方、隕石側の値(Lodders 2021)はそれより0.25 dexも高い。dex は10のべき乗で表す指標で、0.25 dex はざっくり約1.8倍の差にあたる。
この不一致は、Asplundらの2021年のレビューでも問題として取り上げられていた。太陽の値が低すぎるのか、隕石の値が高すぎるのか。
論文によると、従来の解析では2本の吸収線から出る値もそれぞれ1.044と0.869で、0.175 dexも食い違っていた。
見落とされがちな点だが、それまでの銀の値は、多数の星に対しては1次元、太陽に対しては3次元のモデルで求められてはいたものの、いずれも局所熱平衡(LTE)を仮定した計算だった。
つまり、この量ズレに3D非LTE効果がどれだけ効くのかは、これまで一度もきちんと評価されていなかった。
加えて銀は、原始的な隕石(CIコンドライト)の中では中くらいに蒸発しやすい元素でもあり、太陽と隕石の元素量が凝縮温度に沿ってどうずれるか、という別の議論の試金石にもなっている。
銀の量ズレは、銀だけの小さな話では済まない位置にいるのだ。


太陽の元素を読む「光の指紋」


太陽の中に含まれる元素は、切り出して秤に載せることはできない。代わりに使うのが分光という手法だ。
太陽の光には、大気の中の原子が特定の波長だけを吸い取ることで生じる暗い線(吸収線)がびっしり並んでいる。線が出る波長と強さは元素ごとに違う。
今回使われたのは、紫外域にある銀の328ナノメートルと338ナノメートルという2本の共鳴線だ。線の強さから太陽に含まれる銀の量を逆算する。
問題は、この2本の線が紫外の混雑した領域にあり、周りに他の元素の線が重なって(専門用語ではブレンドして)いること。
そして、線を作っている太陽大気の物理を、どこまで正確に模擬できるかで最終的な数字が大きく動くことだ。
線の位置は昔から分かっていても、そこから元素量を引き算するには「太陽大気そのものの正しいモデル」が要る。ここが銀を扱う難しさだった。
銀の場合、観測できる線がたった2本しかないのも辛い所だ。鉄のように何百本もの線を平均化して数字を出せる元素と違い、銀は2本の線に全ての推定を託さなければならない。
1本の解釈が甘いだけで、銀の量全体が大きくブレる。逆に言えば、この2本を丁寧に解けばそれがそのまま太陽全体の銀の量に直結する。
従来の計算が見落としていた3つの効果
これまでの銀の値は、太陽の大気を平面1層のシンプルな箱として扱い(1Dモデル)、原子の光の吸収と放出は熱平衡の状態だと仮定して(LTE近似)計算されていた。
計算は速いが、太陽大気の実像とはズレる。
実際の太陽の表面はグラニュール(粒状斑)と呼ばれる対流セルが煮え立ち、上下方向にガスが激しく動いている。
銀原子はこの三次元の流れの中で光を出し入れしていて、平らな一枚板の仮定ではうまく描けない。
もう一つ厄介なのが「非LTE(non-LTE)効果」だ。太陽から届く光そのものが、暗線を作っている当の銀原子の状態を揺さぶってしまう。
「観測している光」と「観測される原子」が互いに干渉する現象で、計算に入れないと吸収の強さを取り違える。銀では特にこの効果が効くと予想されていたが、詳しい計算はこれまで無かった。
3つ目は、銀原子と周りの水素原子との衝突をどう扱うかという問題。
太陽大気ではガス同士がぶつかり合ってエネルギーを交換しているが、この頻度を実験値だけで押さえるのは難しく、これまでは荒い近似が多かった。
銀の値は今回、この水素衝突データにかなり敏感だったと論文中で報告されている。
これら三つの効果は、これまで銀についてはどれも十分に扱われてこなかった。
特に非LTE計算は銀では文献上まったく存在せず、その一因は銀の原子データ(準位や遷移の情報)が不完全だったことにあると論文は指摘している。
逆に言えば、この不完全さを埋めれば大きな伸びしろがある、ということでもあった。
3D×非LTEで銀の値は55%上方修正
今回のチームは、まずAg I(中性銀原子)の量子力学的な模型を新しく作った。
原子物理の第一原理計算(多配置ハートリー・フォック法)で振動子強度をやり直し、太陽大気の主成分である水素原子と衝突したときのエネルギー交換の頻度も、漸近解析と自由電子モデルを組み合わせた新しい手法で見積もった。
この新しい原子モデルは57個のエネルギー準位からできていて、準位の情報は米国立標準技術研究所(NIST)のデータベースから取っている。
ただし、遷移の強さを表す振動子強度はNISTに7本分しか載っておらず、残る53本分は第一原理計算で新たに求めて補った。
非LTEを解くには、こうした原子データをひととおりそろえる必要がある。
次にこの原子モデルを、対流を再現できる3次元の太陽大気シミュレーションに載せ、非LTEを解いた。
計算にはリンショーピング大学にあるスウェーデン国立スーパーコンピュータセンターの計算機Tetralithが使われた。
論文によると、銀の非LTE原子モデルが作られたのはこれが初めてだ。
結果、太陽の銀の値はlog ε_Ag = 1.15 ± 0.08。従来値との差は+0.19 dex、率にして約55%増だ。
隕石とのズレは0.25 dexから0.06 dexに縮まった。論文は、この残りの0.06 dexの差は、ほかの「やや揮発しやすい元素」で最近報告されている差と同じくらいだとしている。
2本の線の値も、328ナノメートルの線で1.173、338ナノメートルの線で1.151と、ほぼそろった。
338ナノメートルの線の等価幅(線が吸収する光の量)は2.18ピコメートルと測り直された。
328ナノメートルの線には、データベース上で予測されている鉄の吸収線が重なっていて、論文はこちらの線の誤差を大きめに見積もっている。
最終的な誤差±0.08 dexの内訳は、観測の誤差が0.05 dex、水素との衝突の扱いが0.05 dex、ほかの吸収線の扱いが0.03 dexだ。



太陽の大気を立体的に、光と原子の関係まで含めて計算し直したら、銀は約55%多くなって、隕石の値とのズレが大きく縮まったんだ!
銀はどこで作られる元素なのか
銀の起源をたどると、話は星の一生の最後にまでさかのぼる。
太陽系にある銀の約80%は、r過程(rapid neutron-capture process)という速い中性子捕獲反応で作られたと考えられている。
中性子星の合体や、特殊な超新星爆発など、極端な高密度・高温の環境が舞台だ。
r過程には「主要」なチャンネルと、それでは説明しきれない軽めの重元素を生む「弱い」チャンネルの少なくとも2種類があり、銀はちょうどその境目に位置する。
だから銀の量を正しく測ることは、「弱いr過程」がどこでどう働くかを探る手がかりになる。
星々で銀を測る試みには、地道な積み重ねがある。
多くの星を対象に銀の量をまとまった形で調べた最初の研究は Hansen と Primas(2011)、そして Hansen ら(2012)とされる。
Hansen ら(2012)は、金属量の低い星ほど、銀と、主要なr過程で作られるユウロピウムとの量が逆相関する(片方が多いともう片方が少ない)ことを示し、銀が弱いr過程の目印になるという見方を裏づけた。
この関係はその後、Wu ら(2015)が太陽並みからそれ以上の金属量の星まで、さらに Huang ら(2025)が極端に金属の少ない星まで対象を広げて確かめている。
星が寿命を終えて撒き散らした重元素は、次の世代の星と惑星の材料になる。46億年前に太陽が生まれる直前まで、この銀河のあちこちで爆発があり、少しずつ銀が原始太陽系星雲に混ぜ込まれていった。
今回の再測定は、太陽という基準点そのものを動かした。他の星の銀を同じ手順で測り直せば、r過程の場所と歴史を、もう少し確からしく描けるようになる。
中性子星合体がいつ・どの銀河でどれくらい起きたか、というシナリオを検証する材料にもなり得る。





太陽の銀を測り直したのと同じやり方で、ほかの星の銀も測ったら、何が見えてくるのかな?
次の一歩は「他の星の銀」
Caliskan らは、同じ3D非LTEの手法を金属量の少ない矮星や巨星に適用する計画を進めている。
銀河ができたばかりの頃に生まれた古い星の銀の量が正確に測れると、時間軸に沿って「いつ・どこで銀が撒かれてきたか」の地図を描き直せる。
これまでの観測では、同じくらいの金属量の星でも銀の量に大きなばらつきがあり、Hansenらは2011年に、矮星と巨星で約0.5 dex(約3倍)の差があると報告している。
論文は、金属の少ない星では3D非LTEの効果がさらに強まると予想されるため、矮星で見られてきた銀の量の傾きが変わる可能性があるとしている。
炭素や酸素、窒素など、ほかの元素の太陽での量も、3Dモデルや非LTEの計算が取り入れられるたびに見直されてきた。
銀もこの流れに加わったことになる。
論文は、今回作った計算データを公開している。1Dの大気モデルと組み合わせて使える非LTEの補正データもあり、ほかの研究者がほかの星の銀の量を測るときにすぐ使える。
参考文献:
一次ソース: Caliskan S., Amarsi A. M., Jönsson P., Grevesse N., Sahoo B. K., 「Ag I model atom and the 3D non-LTE solar silver abundance」(Astronomy & Astrophysics, Vol. 711, A155, 2026) DOI:10.1051/0004-6361/202659578
論文原稿(arXiv): arXiv:2605.05356
研究機関: ウプサラ大学、マルメ大学(スウェーデン)、リエージュ大学(ベルギー)、インド物理学研究所 / 解説記事: ScienceDaily









