はかせ、太陽って水素とヘリウムでできてるって聞いたけど、銀とかもあるの?
いい所に気がついたね。実はあるんだよ。しかも最近ウプサラ大が計算し直したら、これまで思っていたより銀が55%も多いって分かったんだ。46億年ぶりに謎が一つ解けた話だよ。
指輪や食器でおなじみの銀は、地球だけの金属ではない。太陽にもわずかに含まれている。だが、その量をめぐっては半世紀近く「太陽の銀は少なすぎる」という宿題が残っていた。スウェーデンのウプサラ大学を中心とする国際チームが、太陽大気の新しいモデルで銀の量を計算し直した結果、これまでの推定より55%も多いという答えが出た。論文は2026年7月17日付で天文学誌『Astronomy & Astrophysics』に掲載された(第711巻・A155)。46億年前に太陽と同じ材料から生まれた原始隕石の値と、ようやくつじつまが合う数字になったという話だ。太陽そのものが宇宙の物差しとして使われている以上、この0.19 dex の修正は他の星の話にまで波及していく。
太陽にも「金属」はある


太陽の重さの約98.5%は水素とヘリウムで占められている。残り1.5%が炭素・酸素・鉄・そして銀といった重い元素だ。天文学ではこの「H・He以外」をまとめて金属と呼ぶが、ここでいう金属は地球上の金属とは少し意味が違い、リチウムから先の全ての元素をひとまとめにした呼び名になる。
量はほんのわずかでも、これらの元素は太陽の履歴書のようなものだ。星の中や超新星爆発でどう合成され、どの世代の星から受け継がれてきたか、その順序と量比が刻まれている。銀もその一つで、原子番号は47、記号はAg。ラテン語の argentum に由来する。
銀は中性子を次々に捕まえて作られる比較的軽い重元素で、その生い立ちは古くから天文学者の関心を集めてきた。にもかかわらず、星での観測データは驚くほど乏しい。太陽の光の中で観測できる銀の吸収線がわずか2本しかなく、しかもどちらも他の元素の線と混み合う紫外域にあって読み取りが難しいためだ。だからこそ、望遠鏡を大きくしなくても測り方の改善だけで数字が大きく動く余地が残されていた元素でもあり、今回の55%という修正はまさにその余地から出てきた。
太陽は宇宙の元素量を測るときの「基準地点」として使われる。基準の数字が少しズレるだけで、他の星や銀河全体の話がずれてしまう。今回の55%は、単に金属光沢のロマンではなく、天体化学の物差しを一段階正確にしたことに意味がある。
ちなみに太陽全体の質量は地球のおよそ33万倍。銀が仮に太陽の質量の0.00000001%だけ含まれていたとしても、その総量は地球ひとつ分をはるかに超えることになる。宇宙スケールでは「わずか」という感覚は日常と桁が違う。
46億年前から続いていた「銀の量ズレ」
太陽と地球や隕石は、同じ原始太陽系星雲という一つのガスと塵の雲から46億年前に生まれた兄弟にあたる。だから、太陽の外層に含まれる元素の量比と、生まれた当時の物質をほぼそのまま閉じ込めた原始的な隕石(CIコンドライトと呼ばれる)の元素量比は、原則としてかなりよく一致するはずである。
実際、多くの元素については両者の値がそこそこ揃う。ところが銀だけは、この兄弟の顔つきが噛み合わなかった。従来使われていた太陽の銀の値は Grevesse らが2015年に発表したlog ε_Ag = 0.96 ± 0.10。一方、隕石側の値(Lodders 2021)はそれより0.25 dexも高い。dex は10のべき乗で表す指標で、0.25 dex はざっくり約1.8倍の差にあたる。
「同じ雲から生まれた兄弟なのに、なぜ銀だけ倍近く違うのか」。この不一致は最近では Asplund らのレビュー(2021)でも問題として指摘され、宿題として残っていた。太陽の値の方が低いのか、それとも隕石側の測り方が高すぎるのか。長らく決着がつかないままだった。
見落とされがちな点だが、それまでの銀の値は、多数の星に対しては1次元、太陽に対しては3次元のモデルで求められてはいたものの、いずれも局所熱平衡(LTE)を仮定した計算だった。つまり、この量ズレに3D非LTE効果がどれだけ効くのかは、これまで一度もきちんと評価されていなかった。加えて銀は、原始的な隕石(CIコンドライト)の中では中くらいに蒸発しやすい元素でもあり、太陽と隕石の元素量が凝縮温度に沿ってどうずれるか、という別の議論の試金石にもなっている。銀の量ズレは、銀だけの小さな話では済まない位置にいるのだ。
太陽の元素を読む「光の指紋」


太陽の中に含まれる元素は、切り出して秤に載せることはできない。代わりに使うのが分光という手法だ。太陽の光には、大気の中の原子が特定の波長だけを吸い取ることで生じる暗い線(吸収線)がびっしり並んでいる。線が出る波長と強さは元素ごとに違う。
これは指紋認証によく似ている。銀原子は銀原子だけの縞模様を光に残す。今回使われたのは、紫外域にある銀の328ナノメートルと338ナノメートルという2本の共鳴線だ。線の強さから太陽に含まれる銀の量を逆算する。
問題は、この2本の線が紫外の混雑した領域にあり、周りに他の元素の線が重なって(専門用語ではブレンドして)いること。そして、線を作っている太陽大気の物理を、どこまで正確に模擬できるかで最終的な数字が大きく動くことだ。線の位置は昔から分かっていても、そこから元素量を引き算するには「太陽大気そのものの正しいモデル」が要る。ここが銀を扱う難しさだった。
銀の場合、観測できる線がたった2本しかないのも辛い所だ。鉄のように何百本もの線を平均化して数字を出せる元素と違い、銀は2本の線に全ての推定を託さなければならない。1本の解釈が甘いだけで、銀の量全体が大きくブレる。逆に言えば、この2本を丁寧に解けばそれがそのまま太陽全体の銀の量に直結する。
線から元素量を割り出す最後の一歩では、線がどれだけの光を吸ったかを面積としてとらえる「等価幅」という量を使う。今回の研究では、この等価幅そのものも測り直したうえで新しい大気モデルに通している。線の波長・等価幅・大気モデルという三つが噛み合って初めて、太陽の銀の量という一つの数字が立ち上がってくる。
従来の計算が見落としていた3つの効果


これまでの銀の値は、太陽の大気を平面1層のシンプルな箱として扱い(1Dモデル)、原子の光の吸収と放出は熱平衡の状態だと仮定して(LTE近似)計算されていた。計算は速いが、太陽大気の実像とはズレる。
実際の太陽の表面はグラニュール(粒状斑)と呼ばれる対流セルが煮え立ち、上下方向にガスが激しく動いている。地球の空で見る積雲がゆっくり湧き立つのを、極端に激しくしたようなイメージだ。銀原子はこの三次元の流れの中で光を出し入れしていて、平らな一枚板の仮定ではうまく描けない。
もう一つ厄介なのが「非LTE(non-LTE)効果」だ。太陽から届く光そのものが、暗線を作っている当の銀原子の状態を揺さぶってしまう。「観測している光」と「観測される原子」が互いに干渉する現象で、計算に入れないと吸収の強さを取り違える。銀では特にこの効果が効くと予想されていたが、詳しい計算はこれまで無かった。
3つ目は、銀原子と周りの水素原子との衝突をどう扱うかという問題。太陽大気ではガス同士がぶつかり合ってエネルギーを交換しているが、この頻度を実験値だけで押さえるのは難しく、これまでは荒い近似が多かった。銀の値は今回、この水素衝突データにかなり敏感だったと論文中で報告されている。
これら三つの効果は、これまで銀についてはどれも十分に扱われてこなかった。特に非LTE計算は銀では文献上まったく存在せず、その一因は銀の原子データ(準位や遷移の情報)が不完全だったことにあると論文は指摘している。逆に言えば、この不完全さを埋めれば大きな伸びしろがある、ということでもあった。
3D×非LTEで銀の値は55%上方修正
今回のチームは、まずAg I(中性銀原子)の量子力学的な模型を新しく作った。原子物理の第一原理計算(多配置ハートリー・フォック法)で振動子強度をやり直し、太陽大気の主成分である水素原子と衝突したときのエネルギー交換の頻度も、漸近解析と自由電子モデルを組み合わせた新しい手法で見積もった。
この新しい原子モデルは57個のエネルギー準位からできていて、準位そのものの情報は物理定数の標準として使われるNISTのデータベースから取っている。ただし、遷移の強さを表す振動子強度はNISTに7本分しか載っておらず、残る53本分は第一原理計算で新たに求めて補った。派手さはないが、非LTEを解くにはこうした原子データを一通り揃えきることが欠かせず、この地道な整備が55%という結論の土台になっている。
次にこの原子モデルを、対流を再現できる3次元の太陽大気シミュレーションに載せ、非LTEを解いた。計算にはリンショーピング大学のスウェーデン国立スーパーコンピュータセンターに置かれた計算機Tetralithが使われた。銀に対して3D非LTEの一貫した解析が行われたのは、これが世界初となる。
結果、太陽の銀の値はlog ε_Ag = 1.15 ± 0.08。従来値との差は+0.19 dex、率にして約55%増だ。隕石とのズレは0.25 dex から0.06 dexにまで縮まり、実質的にはほぼ一致するレベルに落ち着いた。0.06 dex は比にすると1.15倍で、他の元素で報告されている残差と同程度に収まる。
感度テストによると、今回の結果に一番効いていたのは水素との衝突データの精度だった。原子物理と大気物理の両方が同じくらい重要だった、というのが今回の教訓と言える。長らく別々の分野として扱われてきた原子核物理・原子分光・恒星大気シミュレーションの3つを、同じ土俵に載せて計算し切ったことが55%という結論を支えている。
銀はどこで作られる元素なのか


銀の起源をたどると、話は星の一生の最後にまでさかのぼる。太陽系にある銀の約80%は、r過程(rapid neutron-capture process)という速い中性子捕獲反応で作られたと考えられている。中性子星の合体や、特殊な超新星爆発など、極端な高密度・高温の環境が舞台だ。
r過程には「主要」なチャンネルと、それでは説明しきれない軽めの重元素を生む「弱い」チャンネルの少なくとも2種類があり、銀はちょうどその境目に位置する。だから銀の量を正しく測ることは、「弱いr過程」がどこでどう働くかを探る手がかりになる。
星々で銀を測る試みには、地道な積み重ねがある。多くの星を対象に銀の量をまとまった形で調べた最初の研究は Hansen と Primas(2011)、そして Hansen ら(2012)とされる。Hansen ら(2012)は、金属量の低い星ほど、銀と、主要なr過程で作られるユウロピウムとの量が逆相関する(片方が多いともう片方が少ない)ことを示し、銀が弱いr過程の目印になるという見方を裏づけた。この関係はその後、Wu ら(2015)が太陽並みからそれ以上の金属量の星まで、さらに Huang ら(2025)が極端に金属の少ない星まで対象を広げて確かめている。
星が寿命を終えて撒き散らした重元素は、次の世代の星と惑星の材料になる。46億年前に太陽が生まれる直前まで、この銀河のあちこちで爆発があり、少しずつ銀が原始太陽系星雲に混ぜ込まれていった。指輪の銀と、遠くの中性子星合体で生まれた銀は物理的には同じ物質で、単に旅の長さが違うだけ、ということになる。
今回の再測定は、太陽という基準点そのものを動かした。他の星の銀を同じ手順で測り直せば、r過程の場所と歴史を、もう少し確からしく描けるようになる。中性子星合体がいつ・どの銀河でどれくらい起きたか、というシナリオを検証する材料にもなり得る。
次の一歩は「他の星の銀」
Caliskan らは、同じ3D非LTEの手法を金属量の少ない矮星や巨星に適用する計画を進めている。銀河ができたばかりの頃に生まれた古い星の銀の量が正確に測れると、時間軸に沿って「いつ・どこで銀が撒かれてきたか」の地図を描き直せる。
これまでの観測では、同じような金属量の星でも銀の量に大きなばらつきがあり、しかも矮星と巨星で系統的に約0.5 dex(約3倍)もの差が報告されてきた。非LTE効果を入れれば、この差の一部は「本物の差」ではなく「計算のクセ」だった可能性がある。銀を巡る星々の見取り図が、今後2〜3年で更新されていく見込みだ。
ちなみに他の元素でも同じ流れが起きていて、太陽の炭素・酸素・窒素の値は3D非LTE化で20世紀後半から今世紀にかけて何度も改訂されてきた。太陽組成の教科書の数字は、実は静止画ではなく動画のようなもので、時代とともに書き換わっていく。銀もこの流れに加わったことになる。
もう一つ気になるのは、隕石側の値の見直しだ。今回の論文では太陽の値が動いて隕石に歩み寄る形になったが、逆に隕石の測定精度が上がれば数字がまた少し動く可能性もある。両側から詰めていくことで、原始太陽系星雲の元素組成そのものが、より確からしい形で復元されていくはずだ。
筆者としては、この研究が「新しい望遠鏡でもっと遠くを見た」タイプの派手な発見ではなく、手元のデータの解釈をやり直しただけで通説が動いた点に注目したい。太陽の光はこの100年間ずっと同じように降り注いでいたのに、読み取り方が甘かった。宇宙の話は遠くを見ることばかりが強調されがちだが、既に持っているデータの中にも、まだかなりの発見が眠っていそうだ、と個人的には考えている。指輪や食器の銀と、遠くの中性子星が放り出した銀が同じ物語でつながっていると思うと、貴金属の見え方も少し変わってくるはずだ。
太陽の指輪ができるくらい銀があるの?
いや、割合でいうと本当にほんのわずかだよ。でも大事なのは、その「わずか」の測り方が55%も動いたということ。宇宙の物差しが少し正確になって、隕石とやっと辻褄が合った。それが今回の話の面白い所なんだ。
参考文献:
一次ソース: Caliskan S., Amarsi A. M., Jönsson P., Grevesse N., Sahoo B. K., 「Ag I model atom and the 3D non-LTE solar silver abundance」(Astronomy & Astrophysics, Vol. 711, A155, 2026) DOI:10.1051/0004-6361/202659578
研究機関: ウプサラ大学(スウェーデン)ほか / 二次ソース: ScienceDaily










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