シルミーはかせ、ピューマがペンギンを7000羽も襲ったって! ペンギンって海の生き物なのに、なんで陸で狙われるの?
そこがこの話の切ないところでね。ペンギンたちは何百万年も「陸に敵はいない」世界で生きてきた。だから逃げ方すら知らないんだ。しかも、その平和を壊したのも、取り戻したのも、実は人間なんだよ。
南米大陸の南のはて、アルゼンチンのパタゴニア地方。その海岸にあるモンテ・レオン国立公園で、静かな異変が起きている。海と陸の境目で、思いもよらない捕食者と獲物の組み合わせ——ピューマがマゼランペンギンを襲うという光景が、次々と記録されているのだ。
調査によれば、わずか4年の間に7,000羽を超えるペンギンがピューマの犠牲になっていた。しかもピューマは、食べきれないほどの数を殺していた。いったい何が起きているのか。そして、本当に恐れるべきなのはピューマなのか。一つずつ、ひもといていこう。
何百万年も「陸に敵のいない」楽園だった


まず、マゼランペンギンがどんな鳥かを知っておこう。体長はおよそ70センチ、体重は4キロほどの中型のペンギンだ。アルゼンチンやチリの海岸に巣穴を掘って繁殖し、毎年きっちり同じ場所へ戻ってくる強い習性を持つ。冬にはブラジルの沿岸まで、片道2,000キロもの長旅をして餌を追う、たくましい渡り鳥でもある。
このペンギンにとって、パタゴニアの本土海岸は長らく安全な楽園だった。海の中にはヒョウアザラシやシャチという恐ろしい天敵がいる。だから彼らは、水の中で素早く泳いで逃げる能力を、何百万年もかけて磨いてきた。だが陸の上には、脅威となる大型の肉食獣がいなかった。だから陸でよちよち歩くことに、なんの不都合もなかったのだ。この「陸は安全」という前提が、いま崩れようとしている。
40年、ペンギンを見つめ続けた研究者


パタゴニアのマゼランペンギンには、40年以上も寄り添ってきた研究者がいる。もともとは、ペンギンを手袋や油の原料に加工しようという計画を止めるために始まった調査だった。一羽一羽に標識をつけ、いつ生まれ、どこへ渡り、何羽の雛を育てたかを、気の遠くなるような根気で記録し続けてきた。
その長年のデータは、驚くべき事実も明らかにしている。たとえば、痩せた餌の乏しい年には体の大きなオスが生き残りやすいなど、ペンギンにも自然選択が今この瞬間も働いていることが、初めて長期観測で捉えられた。研究者はマゼランペンギンを「海の見張り番」と呼ぶ。彼らの繁殖の成否や渡りの様子が、目に見えない海の環境の変化を、私たちに教えてくれるからだ。ピューマの出現も、その見張り番が知らせる異変の一つなのである。
戻ってきた王者、ピューマ


その脅威とは、南北アメリカ大陸で最も広い分布域を持つ陸の王者、ピューマだ。クーガーやマウンテンライオンとも呼ばれるこの大型のネコ科動物は、待ち伏せと忍び寄りを得意とする単独のハンターで、パタゴニアでは本来グアナコという野生のラクダの仲間を主な獲物にしている。
ところが約100年前、この地に大きな変化が起きた。ヨーロッパから羊が持ち込まれ、牧畜が一大産業になったのだ。羊を襲うピューマは害獣として徹底的に駆除され、パタゴニアの海岸地帯からほぼ完全に姿を消した。ペンギンが本土の海岸で安心して繁殖を広げられたのは、皮肉にも人間がピューマを追い払ったおかげでもあった。だが1990年ごろ、羊の価格下落などで牧畜がすたれ、牧場が次々と放棄される。人の気配が消えた土地に、ピューマたちが静かに戻ってきた。そして海岸で、無防備なペンギンの大群と出会ってしまったのだ。餌が豊富なこの沿岸では、ピューマの密度が100平方キロメートルあたり13頭という、世界でも記録的な高さに達している地域もある。豊かな狩場が、多くのピューマを引き寄せているのだ。
「食べないのに殺す」余剰殺戮の謎


研究チームが記録した光景は、単なる捕食では説明がつかないものだった。ピューマは、とても食べきれない数のペンギンを殺していた。一度に何十羽も命を奪い、ほんの数羽をかじっただけで、残りをそのまま放置していたのだ。
この行動には名前がある。「余剰殺戮(サープラス・キリング)」だ。1972年に動物学者ハンス・クルークが名づけたもので、肉食動物が食べられる以上の獲物を殺してしまう現象を指す。彼はハイエナやキツネで観察した。雨の夜、ハイエナの群れが80頭を超えるガゼルを殺しながら、食べたのはわずか2割足らずだった、という記録もある。ニワトリ小屋に忍び込んだキツネが、鶏を全部殺してしまうのも同じ現象だ。記録はほかにもある。一頭のヒョウが一晩で51頭の羊を殺した例、オーストラリアに持ち込まれた犬が58羽ものコビトペンギンを殺した例——いずれも、逃げ場のない密集した獲物を前に、捕食者の狩りが止まらなくなった結果だった。
なぜ「食べきれないのに殺す」のか


不可解に思えるこの行動には、進化的な理由がある。カギは、肉食動物にとって「殺すこと」と「食べること」が別のスイッチだという点だ。多くの捕食者は、目の前で獲物が逃げる「動き」に反応して狩りの本能が発動する。逃げる獲物が次々と現れれば、そのたびに狩りのスイッチが入り続ける。
自然界では、獲物はふつう必死で逃げるから、狩りは一度か二度で終わる。だから「もう十分、殺すのをやめよう」というブレーキは、進化する必要がなかった。ところが、逃げることを知らないペンギンが密集した繁殖地は、この状況を根底から覆す。逃げない獲物が目の前にあふれている——ピューマの狩猟本能は止まる理由を失い、引き金が引かれ続ける。研究者はこれを、捕まえた鳥を食べもせず玄関先に並べる飼い猫にたとえる。獲物が豊富で捕まえやすいと、猫はつい狩り続けてしまう。それと同じことが、パタゴニアの海岸で起きているのだ。
逃げることを「忘れた」ペンギンたち


悲劇をいっそう深くしているのが、ペンギンの側の事情だ。マゼランペンギンは、陸の大型捕食者に対する防衛本能をほとんど持っていない。海では俊敏でも、陸ではのろのろとしか歩けない。研究者の観察によれば、ピューマが近づいても逃げようとせず、ただ鳴き声を上げるだけ。なかには好奇心から、ピューマのほうへ近づいていく個体すらいたという。
これは「捕食者ナイーブ(無防備)」と呼ばれる現象だ。ある捕食者と出会わずに進化した動物は、その脅威を「危険だ」と認識すらできない。歴史上、この無防備さが招いた悲劇は数多い。天敵のいない島で飛ぶ力も恐怖心も失い、人間と持ち込まれた動物にあっけなく滅ぼされたドードーは、その象徴だ。人を恐れないガラパゴスの動物たちも同じ理由による。近い例では、太平洋のグアム島に第二次大戦後まぎれ込んだ一種のヘビが、天敵を知らない島の在来の鳥たちをほぼ食べ尽くし、十種以上を絶滅寸前まで追い込んだ。捕食者との「つきあい」がないことは、これほど致命的になりうる。泥棒が一度も来たことのない町の住人が、玄関に鍵をかけないようなもの。マゼランペンギンにとって、陸を歩くピューマはまさに「初めて見る泥棒」であり、警戒のしようがなかったのだ。
頂点捕食者の復活は、善か悪か


ここで一つ、立ち止まって考えたい。ピューマの復活は、はたして「悪いこと」なのだろうか。
頂点に立つ捕食者が生態系に戻ることは、しばしば自然の回復として歓迎される。有名なのが、アメリカのイエローストーン国立公園に約70年ぶりにオオカミが戻された事例だ。オオカミがシカを抑えたことで植生が回復し、川の姿まで変わったと語られてきた(ただしその効果の大きさには近年、科学者の間で議論もある)。荒らされた自然に頂点捕食者を呼び戻す「再野生化(リワイルディング)」は、世界的な潮流でもある。パタゴニアのピューマの復活も、本来なら生態系がよみがえる兆しのはずだった。ところが、その回復した王者が、人間の活動によって無防備なまま取り残されたペンギンを襲う。守るべき捕食者が、守るべき獲物を脅かす——ここに、保全の難しいジレンマがある。



ピューマもペンギンもどっちも大事なんだね……。じゃあ、ピューマを追い払えばペンギンは助かるの?
それがね、研究者たちは「ピューマ退治」を勧めていないんだ。ペンギンの本当の危機は、実はもっと別のところにある。最後にそれを見てみよう。
本当の脅威は、ピューマではなかった


7,000羽という数字は衝撃的だが、これはコロニーの成鳥のおよそ7.6%にあたる。もちろん軽視はできない。だが個体数の将来を左右するもっと大きな要因が、別に存在する。それが人間の活動だ。
かつて1980年代から90年代にかけて、この海域ではタンカーが洗浄などで流す油によって、年間およそ4万羽ものマゼランペンギンが命を落としていた。1994年に航路を約100キロ沖へ移したことでこの被害は激減したが、脅威はほかにもある。地球温暖化で餌となるカタクチイワシが沖へ移動し、親鳥は雛のために遠くまで餌を探しに行かねばならない。商業漁業ともカタクチイワシやイカを奪い合い、親鳥が持ち帰れる餌はますます減っていく。だから研究者は、繁殖地だけでなく、ペンギンが餌をとる沖合の海まで守る必要があると訴えている。さらに、羽毛がまだ水をはじけない生後間もない雛は、激しさを増す嵐や豪雨に弱く、一度の嵐でその年の雛の半数が命を落とした年もあった。パタゴニアを40年見つめてきた研究者は、ペンギンを「海の健康を映す見張り番」と呼ぶ。だからこそ研究者たちは、ピューマを駆除するのではなく、粘り強く見守り続けることを選ぶ。ピューマの捕食は自然の営みの一部であり、無理に断ち切るべきものではない。一方で、油の流出や温暖化、行きすぎた漁業は、いずれも人間の側が手を打てる問題だ。優先すべきはどちらか——その答えは、はっきりしている。
そもそも、研究者たちが個体群の将来を数理モデルで予測したところ、ピューマの捕食だけでこのコロニーが消えてしまう可能性は低い、という結論が出ている。それよりも効いてくるのは、1つがいから巣立つヒナがせいぜい1羽ほどという繁殖の難しさや、若い個体のおよそ2割が成鳥になれないという生存率の低さ、そして餌となる魚の量を左右する海の環境変化だ。派手な「7000羽」の数字の裏で、こうした静かな要因こそが、本当の分かれ道を握っている。ピューマとペンギン。どちらも守るべき命であり、その衝突は、人間が自然に加えてきた干渉の複雑な余波でもある。この小さなペンギンたちが海岸で見せる姿は、私たちに問いかけている——生態系のバランスを崩したのは誰で、それを取り戻す責任は誰にあるのか。答えを探しながら、研究者たちは今日もパタゴニアの海岸に立ち続けている。
参考文献
Lera M, et al. 『Shifting predator–prey dynamics at the land–sea interface: The case of Magellanic penguins and pumas』 Journal for Nature Conservation 91, 127208, 2026. DOI: 10.1016/j.jnc.2025.127208
Serota MW, et al. 『Puma predation on Magellanic penguins: An unexpected terrestrial-marine linkage in Patagonia』 Food Webs 36, e00290, 2023. DOI: 10.1016/j.fooweb.2023.e00290
Kruuk H. 『Surplus killing by carnivores』 Journal of Zoology, 1972










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