南米大陸の南のはて、アルゼンチンのパタゴニア地方。その海岸にあるモンテ・レオン国立公園で、静かな異変が起きている。
海と陸の境目で、思いもよらない捕食者と獲物の組み合わせ——ピューマがマゼランペンギンを襲うという光景が、次々と記録されているのだ。
研究チームの推定では、2007〜2010年の4年間に7,000羽を超える成鳥のペンギンがピューマに殺されていた。
その多くは食べ尽くされていなかった。何が起きていたのか、一つずつ見ていこう。
キクペンギンって海の鳥なのに、どうして陸の海岸でピューマに襲われちゃうんだろう?
陸の天敵がいなかった本土の海岸
まず、マゼランペンギンがどんな鳥かを知っておこう。体長は61〜76センチ、体重は2.7〜6.5キロほどの中型のペンギンだ。
アルゼンチンやチリ、フォークランド諸島の海岸で繁殖し、オスは前の年の巣穴に戻ってパートナーを待つ。繁殖期が終わると北へ移動し、冬はペルーやブラジル沖で餌をとる。
海ではアシカやヒョウアザラシがヒナを襲うことがある。一方、パタゴニアの本土の海岸には、ペンギンを襲う陸の大型肉食獣がいない時期が続いた。
マゼランペンギンは、陸の天敵がいないことから、近くの島から本土の海岸へ移って繁殖するようになったと考えられている。
この「陸は安全」という前提が、いま崩れている。


戻ってきた王者、ピューマ


ペンギンを襲っているのは、西半球で最も広く分布する野生の陸生哺乳類、ピューマだ。
クーガーやマウンテンライオンとも呼ばれるこの大型のネコ科動物は、おもに単独で行動し、待ち伏せをして獲物を追う。
パタゴニアでは羊の牧畜が広がるなかで、入植者がピューマなどの捕食者を駆除した。
ペンギンが本土の海岸で繁殖地を広げられたのは、皮肉にも人間がピューマを追い払ったためだと考えられている。1990年に南アルゼンチンで牧畜が放棄されると、ピューマはかつての生息域に戻り始めた。
そして海岸で、ペンギンと初めて接することになった。


「食べないのに殺す」余剰殺戮の謎
見つかったペンギンの死骸の多くは、食べ尽くされていなかった。
筆頭著者のメリサ・レラ氏(オックスフォード大学の大学院生)は「見つかった捕食の痕跡のある死骸の数は圧倒的で、しかも食べられずに残されていたことは、ピューマが食べるのに必要な数より多くのペンギンを殺していたことを意味する」と話す。
この行動には名前がある。「余剰殺戮(サープラス・キリング)」だ。1972年に動物学者ハンス・クルークが名づけたもので、肉食動物が食べられる以上の獲物を殺してしまう現象を指す。
クルークが研究していたのはブチハイエナだ。最大19頭のハイエナが82頭のトムソンガゼルを殺し、食べたのは16%ほどだった、という記録もある。
英語では「ニワトリ小屋症候群」とも呼ばれる。ピューマの食性を調べた別の研究を行ったシアンシオ氏は「ピューマは数百羽のペンギンを殺しても、食べるのはその一部だけということがある」と話す。
南アフリカのケープ州では、一頭のヒョウが一度に51頭の羊や子羊を殺した例がある。オーストラリアのタスマニアでは、犬の一度の襲撃で58羽のコビトペンギンが殺された。
なぜ「食べきれないのに殺す」のか
不可解に思えるこの行動について、研究者は、動物は殺せるときには殺す、と考えている。
理由として、子や仲間に食べ物を持ち帰るため、狩りの経験を積むため、あとで腹が空いたときに死骸を食べられるようにするため、が挙げられている。
レラ氏は、この行動を飼い猫にたとえて「これは、獲物が豊富だったり弱かったりするときの飼い猫に見られるものと似ている。捕まえやすいと、猫は結局食べない鳥まで余計に狩ることがある」と話す。
陸の捕食者に無防備だったペンギン
ペンギンの側の事情もある。マゼランペンギンはもともと、陸の捕食者がいないために島から本土の海岸へ移って繁殖してきた。
大型の肉食獣に対してほとんど無防備で、簡単な獲物になったと公式発表は説明している。
守る種どうしの板挟み
象徴的な種を守ることが別の種の犠牲になるなら守るべきなのか、という保全上の問いに、公園は直面していると公式発表は述べる。
ペンギンが本土に広がった背景について、アルゼンチン国立科学技術研究会議(CONICET)の海洋生物学者ハビエル・シアンシオ氏は「ピューマなどの捕食者を取り除いたおかげで、ペンギンはより広い範囲を使っている。それが、人間の手が加わった世界で暮らすということのパラドックスだ」と語る。



人間がピューマを追い払ったからペンギンが広がれたなんて、どっちも守るのってすごく難しいんだね。
群れの将来を左右するのは繁殖の成否
7,000羽という数字は大きいが、これはコロニーの成鳥(約9万3,000羽)のおよそ7.6%にあたる。論文の要旨によると、推定された捕食数は成鳥7,087羽だった。
研究チームがこのデータをもとに群れの将来を予測したところ、ピューマだけでこのコロニーが絶滅する可能性は低かった。
群れの将来を大きく左右するのは、繁殖の成否と若い個体の生存率だった。
絶滅が予測されたのは、若い個体のおよそ2割が成鳥になれず、1つがいが育てるヒナが最大1羽しかないという厳しい条件を仮に組み合わせた場合だけで、ピューマの捕食が多いとその結果がさらに悪くなった。
論文の要旨は、ピューマの捕食が個体数の増加を遅らせうるとも述べている。
研究チームは、気候変動の影響を受ける栄養や餌、水温が繁殖にどう効くかを調べる必要があるとしている。また、個体数の減少を早めに見つけて対策につなげるため、監視を続けることを強調している。
共著者のホルヘリナ・マリーノ博士(オックスフォード大学WildCRU)は「この研究は、回復しつつある肉食動物が新しい獲物に出会うという、新たな保全課題をとらえている。こうした食性の変化が捕食者と獲物の双方にどう影響するかを理解することが、保全の方針を決めるうえで欠かせない」と話す。
2024年のシアンシオ氏らの研究を報じたSmithsonian誌では、この研究に加わっていないワシントン大学のケイティ・ホルト氏が、数十万羽にもなる大きな群れでは、一度に100羽ほど殺されても影響は大きくないだろうとみている。
ペンギンの数を人間の対策で守れた例もある。アルゼンチンのチュブ州の沿岸では、1980年代前半まで、タンカーから出る油で毎年数万羽のマゼランペンギンが死んでいたと推定されている。
1997年にタンカーの航路が20海里(約37キロ)沖へ移され、2001年の調査では油で死んだペンギンがほぼゼロになった。
参考文献
Lera M, et al. 『Shifting predator–prey dynamics at the land–sea interface: The case of Magellanic penguins and pumas』 Journal for Nature Conservation 91, 127208, 2026. DOI: 10.1016/j.jnc.2025.127208
Serota MW, et al. 『Puma predation on Magellanic penguins: An unexpected terrestrial-marine linkage in Patagonia』 Food Webs 36, e00290, 2023. DOI: 10.1016/j.fooweb.2023.e00290
Kruuk H. 『Surplus killing by carnivores』 Journal of Zoology, 1972
Oxford Biology. Are returning pumas putting Patagonian penguins at risk? https://www.biology.ox.ac.uk/article/are-returning-pumas-putting-patagonian-penguins-at-risk
Learn JR. Smithsonian Magazine, 2025. What Did Scientists Learn After Thousands of Penguins Were Slaughtered by Mountain Lions?
Wagner EL, Frere E, Boersma PD. 『Changing course: Relocating commercial tanker lanes significantly reduces threat of chronic oiling for a top marine predator』 Marine Pollution Bulletin, 2023. DOI: 10.1016/j.marpolbul.2023.115195









