はかせ、庭の塀の石が2億年前の化石だったって本当なの?
本当ですよ。オーストラリアの鶏農家が自宅の庭で組み上げた石垣の中に、2億4000万年前の巨大両生類が眠っていたんです
シドニー郊外の採石場から運ばれた何の変哲もない石。その表面に刻まれていたのは、皮膚の跡まで残る奇跡の化石だった。ニューサウスウェールズ大学(UNSW)の研究チームがこの生物に「アレナエルペトン・スピナトゥス」と名付け、ようやく正式に学術記載した。
鶏農家の庭から始まった世紀の発見
採石場の石に隠れていた骨格
話の始まりはオーストラリア、ニューサウスウェールズ州。引退した鶏農家が、庭に石の塀を作ろうと近所の採石場から砂岩を運んできた。その石の山に紛れていたのが、後に研究者を驚かせることになる化石である。
運び出された石はどれも砂岩で、見た目はただの岩。だがその一枚に、何かの動物の骨らしき模様がはっきりと浮かび上がっていた。所有者は塀に組み込むのをやめ、後にこの石をシドニーのオーストラリア博物館に寄贈した。
博物館に届いた時点では「変わった魚か何かの化石」程度の扱いだった。しかし詳しく調べてみると、頭蓋骨から尻尾の先までほぼ全身が連結したまま残る、極めて珍しい標本だと判明する。
50年寝かされた標本がついに正式記載へ
化石が博物館に渡ってから、本格的な研究に着手されるまでには長い時間がかかった。今回の論文の筆頭著者であるラックラン・ハート氏(UNSW生物・地球・環境科学部の博士課程学生、オーストラリア博物館所属)が、このほぼ手つかずの標本に注目したことで、再評価が一気に進んだ。
共著者でオーストラリア博物館の古生物学キュレーターを務めるマシュー・マッカリー博士は「ニューサウスウェールズ州でこの30年に見つかった化石の中で、最も重要なものの一つ」とコメントしている。研究成果は古脊椎動物学の専門誌Journal of Vertebrate Paleontologyに掲載された。
名前の意味は「あおむけの砂這い」
命名された学名「Arenaerpeton supinatus(アレナエルペトン・スピナトゥス)」は、ラテン語で「あおむけの砂這い」という意味を持つ。化石が岩に埋まっていた向きと、川底の砂の上を這うような暮らしぶりに由来している。
頭蓋骨だけが見つかる断片的な化石は世界中にあるが、頭と胴体がつながった全身骨格はめったに出てこない。さらに皮膚の輪郭まで岩に焼き付いていたのは破格の保存状態だ。
動物の死骸は通常、川底に沈んでから腐敗や食害で骨がバラバラになる。アレナエルペトンの場合は、運悪く(本人にとっては)生き埋めに近い形で堆積物に覆われ、皮膚が分解される前に砂で型取りされたとみられる。化石マニアの間では、こうした全身保存標本を「ローゼッタストーン級」と呼ぶこともあるほど貴重なものだ。
中国オオサンショウウオに似た川のハンター


体長1.2メートル、骨太のがっしり体型
復元されたアレナエルペトンの体長は、頭から尾の先まで約1.2メートル。同じ仲間の中ではかなり大型の部類に入る。小学校低学年の子どもがそのまま川にいるくらいの大きさだと思えばイメージしやすい。
頭の形だけを見ると、現代の中国オオサンショウウオに驚くほどよく似ている。ただし化石に残っていたあばら骨の太さや、皮膚の輪郭から推定される胴回りはずっと太い。同じサンショウウオ顔でも、中身は何倍もずんぐりした「筋肉質バージョン」というイメージが近い。
口の中に潜む牙のような歯
この生物が単なる「のんびり屋の両生類」でなかったことを物語るのが、口の中の構造だ。アレナエルペトンの口蓋(上あごの内側)には、犬歯のように飛び出した牙状の歯が一対並んでいた。
普通の両生類は獲物を丸呑みにすることが多いが、口の天井に牙があると、いったん咥えた獲物が逃げにくくなる。例えるなら釣り針のカエシのような役割で、暴れる魚を逃さず仕留める仕掛けだ。
体格と歯の構造を合わせて考えると、川で待ち伏せして魚を狩る、典型的な水中ハンターだったとみられる。
三畳紀のシドニー川を支配した姿
アレナエルペトンが暮らしていたのは、いまから約2億4000万年前の三畳紀。場所は現在のシドニー盆地に広がっていた淡水域だ。恐竜が地球の主役になる少し前の時代である。
ハート氏によると、主な獲物はクレイトロレピス(Cleithrolepis)と呼ばれる古代魚だった可能性が高い。それ以外にどんな生き物と暮らしを共にしていたかは、化石の数が少なくまだよく分かっていない。
当時のオーストラリアは現在より南に位置していたが、内陸には広い河川や湿地が広がっていた。その水辺で待ち構えるアレナエルペトンの姿は、現代のワニとサンショウウオを足したような風景だっただろう。
三畳紀の地球は、巨大大陸パンゲアがゆっくり分裂を始めた時期にあたる。気温は今より高めで、熱帯林が極地近くまで広がっていたとされる。サンショウウオ顔のハンターにとって、温暖湿潤な川辺はかなり居心地のよい狩り場だったはずだ。
大量絶滅を2回も生き延びた「テムノスポンディル」


恐竜より前から続いていた一族
アレナエルペトンが属するのは、テムノスポンディル類と呼ばれる絶滅した両生類の大グループだ。およそ3億年前のデボン紀末から登場し、恐竜の出現以前から地球の水辺を埋め尽くしていた。
ヘビのような胴体に短い四肢、平たい頭。見た目は地味だが、種類によって体長は数十センチから数メートルまでと幅広い。両生類なのに半海水域に進出した種類すらいたとされる。
現生の両生類(カエルやサンショウウオ)とテムノスポンディル類が直接の親戚なのか、それともまったく別系統なのかは、いまも議論が続いている問題だ。今回のように皮膚の状態まで分かる標本は、その議論を進める材料としても役立つ。
体を大きくして難局を切り抜けた
テムノスポンディル類は、生物史上有数の大事件を二度乗り越えている。一つは三畳紀の始まりに起きたペルム紀末の大量絶滅(約2億5200万年前)、もう一つは三畳紀末の絶滅イベントだ。陸の脊椎動物の9割以上が姿を消す中で、彼らは細々と命をつないだ。
ハート氏は、生き残りの鍵の一つに体の大型化があったと指摘する。気温や水質の急変に弱い両生類にとって、体が大きいほど環境変化を吸収しやすい。湯船のお湯が大きいほど冷めにくいのと同じ理屈だ。
体格が大きくなれば、一回の食事で得られるエネルギーも増える。獲物が乏しくなった環境でも、長い断食をしのぎやすかったと考えられる。アレナエルペトンの1.2メートル級という体格は、この「サイズで生き延びる戦略」の初期バージョンと位置づけられそうだ。
実際、アレナエルペトンの登場以降、オーストラリアにはさらに大型のテムノスポンディルが続々と現れる。中には全長数メートルに達する巨大種もいた。
オーストラリアでだけ1.2億年も続いた系譜
世界の他地域では、ジュラ紀以降にテムノスポンディル類はほぼ姿を消す。しかしオーストラリアだけは事情が違った。アレナエルペトンの仲間は、その後も約1億2000万年にわたってこの大陸の川や湿地に生き続けたのだ。
恐竜が絶頂期を迎えた時代になっても、オーストラリアの水辺には巨大な「サンショウウオ風両生類」が泳いでいた計算になる。世界の他の地域からは消えたグループが、孤立した大陸でだけしぶとく残ったわけだ。
大陸が他から切り離されると、競合相手や捕食者が入ってこなくなる。そのため、本来なら淘汰されそうな「古いタイプ」の生き物がそのまま生き残るケースは少なくない。カモノハシやハリモグラといった現代オーストラリアの動物たちと、テムノスポンディルの長寿命は同じ構図で説明できる。
採石場の石が偶然庭に運ばれていなければ、その始まりに位置するアレナエルペトンの姿は、いまだに地中に眠ったままだったかもしれない。化石ハンターでなくても発見者になり得るという、なんとも痛快な話だ。
庭の塀になりそうだった化石が、世紀の発見になっちゃうなんて!
アレナエルペトン・スピナトゥスの研究は、オーストラリアの古生物学にとって30年に一度クラスの収穫となった。皮膚の跡まで残るこの一個体から、三畳紀の川辺の生態系と、両生類の長期生存戦略の謎がじわじわと描き直されていきそうだ。次にどこかの民家の塀から出てくる石が、誰も知らない古生物の入り口になっているかもしれない。
参考文献:
240-million-year-old giant “sand creeper” found hidden in retaining wall
出典: ScienceDaily










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