はかせ! 海の底で見つかった金色のボールって、なんだったの? 卵? 宇宙人?
2023年にアラスカ湾の海底3,250m下で見つかった謎の物体ですね。研究者たちが2年以上かけて正体を突き止めたんですよ
NOAA(米国海洋大気庁)の探査チームを長らく悩ませた「金色の球体(golden orb)」の正体が、ついに解明された。発見された当初は、SNSでも「深海生物の卵か」「未知の新種か」「いや宇宙由来では」と、さまざまな憶測が飛び交ったいわくつきの物体だ。スミソニアン国立自然史博物館のチームがDNA解析と顕微鏡観察を組み合わせて出した結論は、そのどれとも違う、誰も予想しなかったものだった。
海底3,250mで遭遇した「黄金の球体」


アラスカ湾の深海に降りた無人探査機
2023年、NOAAの調査船オケアノス・エクスプローラー(Okeanos Explorer)がアラスカ湾の海域を航行していた。船から海中に降ろされたのは、無人の遠隔操作型探査機ディープ・ディスカバラー(Deep Discoverer)。海面から3,250m下、東京タワー約9.7本分の深さまで潜行する任務だった。
水圧は地上の約325倍、太陽の光はまったく届かない真っ暗な世界。探査機はライトとカメラで岩肌を一つひとつ確認しながら、未知の生物を探す。海底の地形は複雑で、岩の隙間や斜面に思いがけない発見が眠っていることが多い。
NOAA海洋探査局のミッションでは、未知の生物に出会うこと自体は珍しくない。多くの場合、研究者同士で映像を共有しあい、専門家の知識を持ち寄ることで現場でも種の見当がつく。それでも、まれに「答えに辿り着けない」発見が現れる。
そんな航行中、ライトに照らされた岩の上で、あるものが視界に入った。
鈍く光る丸い物体と小さな穴
岩の上に座っていたのは、金色がかった丸い物体だった。直径はおよそ10センチ、ソフトボールほどの大きさで、ドーム状に岩へ張り付いている。表面はなめらかで、片側に小さな開口部がぽっかりと口を開けていた。サンゴでもなく、海綿でもなく、これまでチームが見てきたどの生物にも当てはまらない、奇妙な姿だった。
「卵じゃないか?」「いや、深海性海綿の一種かも」「もしかして新種?」探査機越しに観察していた研究者たちは、すぐには結論を出せなかった。SNSや科学コミュニティでは「中から何かが出てきたのでは」「未知の生物の卵殻ではないか」といった憶測が飛び交った。
吸引サンプラーでの慎重な回収
ディープ・ディスカバラーは、慎重にサンプル回収のアームを伸ばした。深海の生物は柔らかく、形を崩さずに採取するのが難しい。吸引サンプラー(suction sampler)と呼ばれる装置で、物体を傷つけないように吸い上げて密閉容器に収めた。
サンプルは船上でただちに保存され、ワシントンDCのスミソニアン国立自然史博物館(NMNH)へ送られた。同博物館には世界有数の海洋生物学者と分子遺伝学の専門家が揃っており、未知の生物の同定で何度も成果を出してきた研究機関だった。
2年がかりの正体究明レース


顕微鏡が見せた「らせん刺胞」の手がかり
NMNHでサンプルを受け取ったアレン・コリンズ博士(Allen Collins, Ph.D)は、当初、すぐに正体が分かるだろうと考えていた。NOAA漁業局の国立分類学研究所(National Systematics Laboratory)を率いる彼は、年間数百のサンプルを扱うベテランだ。
「ふだんの分析手順で謎は解けるだろうと思っていた」とコリンズ博士は語る。ところが、この物体は一筋縄ではいかなかった。形態解析、遺伝子解析、深海生物学、バイオインフォマティクスという4分野の専門家が結集して、ようやく前進した。たった一つの正体不明の塊のために、これだけの専門知識が動員されたことになる。深海の生物は地上のものと勝手が違い、既存の知識だけでは判断がつかないことが多い。だからこそ、複数の角度から一つの対象を照らし、それぞれの結果を突き合わせる地道な作業が欠かせなかった。
表面を顕微鏡で観察すると、繊維状の層の中に大量のcnidocyte(刺胞)が詰まっていることが判明した。刺胞はクラゲやイソギンチャクの仲間が持つ特殊な細胞で、毒針が収納された小さなカプセルのような構造だ。さらに研究員アビゲイル・レフト氏(Abigail Reft)の解析で、細胞の正体はspirocyst(らせん刺胞)だと突き止められた。これはイソギンチャクやサンゴなどを含む六放サンゴ亜綱(Hexacorallia)に固有の細胞だった。
立ちはだかったDNAバーコーディングの壁
細胞レベルで「刺胞動物の仲間」とは分かったものの、種までの特定には至らない。次は遺伝子解析が頼みの綱だった。
最初に試みられたのはDNAバーコーディング。生物種ごとに固有の短い遺伝子配列を読み取って、データベースと照合する手法だ。書籍の背表紙に印刷されたバーコードを読むようなイメージで、合致する種類が登録されていれば短時間で答えが出る。
ところが、結果は明確にならなかった。サンプルには物体本来の遺伝子だけでなく、微小な共生生物や付着微生物のDNAが混ざり込んでいた可能性が浮上したのだ。複数の生物の声が一つのマイクに同時に入ってしまった録音のように、信号が分離できなかった。
全ゲノム解読が描き出した一本の線
チームはより精度の高いwhole-genome sequencing(全ゲノムシーケンス)に切り替えた。サンプルに含まれるあらゆるDNA断片を網羅的に読み出し、計算機上で動物由来の配列だけを抽出する手法である。
計算量は膨大だったが、ようやく答えが見えてきた。動物由来DNAを既知の生物データベースと照合したところ、巨大深海イソギンチャクRelicanthus daphneaeのリファレンスゲノムにきわめて近い配列が現れた。決定打はミトコンドリアゲノムの比較だった。両者はほぼ完全一致を示し、種同定の確度を一気に押し上げた。
Relicanthus daphneaeは、比較的近年になって記載されたばかりの、深海性の大型イソギンチャクの仲間だ。本体(ポリプ)だけで最大30センチほど、そこから伸びる長い触手は最大2メートルを超えることもある。水深1,200〜4,000メートルという深い海に生息し、長い触手を岩から伸ばして、海流に乗ってくる小さな獲物を捕らえて暮らしている。決して数多く見つかる種ではないが、その「抜け殻」だけが岩肌に残された姿は、これまでほとんど報告されていなかった。
正体は深海イソギンチャクの「抜け殻」だった


巨大イソギンチャクが残していった「抜け殻」
導かれた結論は、当初の華やかな憶測とはまったく違うものだった。金色の球体は、卵でも、海綿でも、未知の新種でもなかった。巨大深海イソギンチャクRelicanthus daphneaeが残していった「抜け殻」だったのだ。より正確に言えば、このイソギンチャクが分泌した外皮(クチクラ)の残骸である。論文はこれを「レリック(遺物)」と表現している。
イソギンチャクは岩に張り付いて生活する刺胞動物だが、何らかの理由で岩から離れたり、本体が失われたりした際、分泌していた外皮の組織だけが岩肌に残ることがある。中身の抜けた薄い殻が、その場に取り残される格好だ。深海は水温が低く、組織の分解速度が遅いため、独特の金色を帯びたまま残り続けたとみられる。片側にぽっかり空いていた開口部は、かつてそこに本体がつながっていた名残なのかもしれない。
2021年Falkor号の標本との一致
研究チームには別の手がかりもあった。2021年にシュミット海洋研究所(Schmidt Ocean Institute)の調査船R/Vファルコー(Falkor)が採取した、外見のよく似た物体だ。保管されていたこの標本を取り出し、新しい金色の球体と並べて細胞構造を照らし合わせると、刺胞の種類も配置もそっくり同じだった。
2つの独立した発見が同じ生物の痕跡だったと示されたことで、Relicanthus daphneaeが特定の海域で繰り返しこのような「足跡」を残している可能性が浮かび上がった。深海生物の生態を直接観察するのは難しいが、こうした痕跡を集めることで、彼らがどこに生息し、どう動いているかを推定する手がかりになる。
解けた謎と、まだ眠る謎
NOAA海洋探査局のウィリアム・モウィット代理局長(CAPT William Mowitt)はこの成果について「深海探査では『金色の球体』のような心を奪う謎にしばしば出会う。DNAシーケンスのような先端技術により、こうした謎を一つずつ解いていける」とコメントしている。
もっとも、解明は終着点ではなく出発点でもある。なお、この研究成果は現時点では査読前の論文(プレプリント)として公開された段階であり、正式な学術誌での査読を経て確定していくことになる。地球の表面の約7割を占める海のうち、人類が直接観測できた領域はごく一部にすぎない。海底3,250メートルの世界には、Relicanthus daphneaeが残した別の痕跡や、まだ名前のついていない生物が眠っている可能性が高い。今回の発見は、深海が依然として地球上で最も理解の進んでいない領域の一つであることを、改めて示した。
個人的にこの一件で心を打たれるのは、答えが「地味」だったことそのものだ。宇宙人でも、未知の新種でもなく、正体はよく知られたイソギンチャクの抜け殻だった。憶測でSNSが盛り上がったぶん、拍子抜けした人もいるかもしれない。でも、たった一つの金色の塊の正体を突き止めるために、顕微鏡での細胞観察から全ゲノム解読まで、複数分野の専門家が2年をかけて向き合った。この地道さこそが科学の本体だ。派手な結論より、一つの小さな謎に手を抜かず向き合う姿勢のほうが、私にはずっと格好よく映る。深海はまだ、こんな小さな謎を無数に抱えたまま、静かに横たわっているのだ。
2年もかけて、正体がイソギンチャクの抜け殻だったなんて。ちょっと拍子抜けだけど、なんかロマンあるね!
その拍子抜けが大事なんですよ。顕微鏡からゲノム解読まで、地味な作業の積み重ねで答えが出た。深海には、まだ名前のない謎がたくさん残っているんです
ディープ・ディスカバラーが2023年に拾い上げた小さな金色の塊は、巨大なイソギンチャクが残した一片だった。海底のミステリーが一つ解けても、その下には、まだ数え切れないほどの謎が、暗く冷たい水の底で静かに広がっている。
参考文献:
Auscavitch SR, Reft A, et al. The Curious Case of the Golden Orb – Relict of Relicanthus daphneae (Cnidaria, Anthozoa, Hexacorallia), a deep sea anemone. bioRxiv(プレプリント), 2026. DOI: 10.64898/2026.04.17.719276
bioRxiv 論文(査読前)
Scientists finally solve mystery of strange ‘golden orb’ found 2 miles deep(ScienceDaily)










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