はかせ、蝶と蛾って似てる模様の子がいっぱいいるけど、あれって偶然なの?
いい質問ですね! 実は1.2億年も前に枝分かれした遠い親戚同士なのに、警告色を作るのに使っている遺伝子はまったく同じだったんですよ
ヨーク大学とウェルカム・サンガー研究所を中心とする国際研究チームが、南米(新熱帯区)の熱帯雨林で7種の蝶と1種の昼行性の蛾を詳しく調べたところ、警告色を作る遺伝的な仕組みが驚くほど共通していることを突き止めた。研究は学術誌PLOS Biology(2026年4月30日)に掲載され、進化には「同じ道をたどりやすい」という予測可能な一面があることを、遺伝子レベルで具体的に示している。
なぜ蝶と蛾は同じ模様を持つのか


1.2億年も枝分かれしている遠縁の生き物
南米の熱帯雨林では、見た目がほぼ同じオレンジと黒の警告色をまとった蝶と蛾が、いっしょにひらひらと飛んでいる。素人目には「同じ仲間でしょ?」と思ってしまうが、実はこの蝶と蛾は1億2000万年も前に共通祖先から枝分かれした、極めて遠縁の生き物だ。
恐竜がまだ地球を歩き回っていた時代に分かれた2つの系統が、それぞれ独自に進化してきたはずなのに、ほぼ同じ模様にたどりついている。こうした現象は収斂進化(convergent evolution)と呼ばれる。サメとイルカが同じ流線型の体型を持つのと同じで、別々のスタート地点から歩き出した者同士が、よく似たゴールに行き着く現象だ。
研究チームに加わったヨーク大学のカンチョン・ダスマハパトラ教授は、こう語る。「収斂進化は生命の樹のあちこちで見られる現象ですが、その遺伝的な仕組みを直接調べられる機会はほとんどありません」。今回の蝶と蛾は、まさにその貴重な機会を提供してくれたわけだ。
警告色は「食べたら毒だぞ」のサイン
そもそも、なぜ蝶や蛾は派手な警告色を持つのか。答えは身を守るためだ。これらの種はいずれも体内に毒を持ち、鳥にとっては食べると不味くて気持ち悪くなる存在になっている。
サンガー研究所のジョアナ・マイヤー博士らはこう説明する。これらの蝶と蛾は鳥に食べられると毒を持っている。よく似た模様をしているのは、ある特定の色のパターンを鳥が「これは毒だから食べるな」というサインだと学習済みなら、別の種も同じ色を出したほうが得だからだ。
つまり、すでに鳥が「あの模様=危険」と覚えているなら、それにただ乗りしたほうが生き残りやすい。これはミュラー型擬態と呼ばれ、毒を持つ複数の種が似たデザインに収束していく仕組みだ。一度鳥の記憶に登録されたデザインは、みんなで使い回したほうが効率がいい、というわけである。
ただし、この「使い回し」は模様が似ているという見た目の話にすぎない。本当に驚くべきは、その見た目を作り出している設計図、つまり遺伝子のレベルまで共通していた点だ。ここが今回の研究の核心である。
鍵を握る2つの遺伝子の正体


ivoryとoptixというたった2つの遺伝子
研究チームは、警告色を担う遺伝子を特定するために、7つの遠縁の蝶系統と1種の蛾のゲノムを比較した。膨大なDNAデータから絞り込まれたのは、たった2つの遺伝子だった。
1つ目はivory(アイボリー)遺伝子で、翅の白い領域や淡い色のパターンに関わる。2つ目はoptix(オプティクス)遺伝子で、こちらは赤やオレンジといった派手な色のパターンを担当する。この2つの働きが組み合わさることで、あの目を引く警告色が生まれていた。
遠縁の蝶も、さらに遠い蛾も、種を超えて同じ2つの遺伝子に手を入れている。これは偶然と呼ぶにはあまりにできすぎている。研究チームは、蝶と蛾が長い時間をかけて、似た模様を作るために同じ遺伝的な「手口」を繰り返し使ってきたと結論づけた。使える道具が無数にあるように見えて、実際に選ばれる道具はごく限られていたのだ。
遺伝子そのものではなく「スイッチ」を変えていた
さらに驚かされるのは、進化が遺伝子の中身そのものを書き換えていなかった点だ。代わりに、遺伝子のオン・オフを決める調節領域(cis-regulatory elements)を変化させていた。研究者はこれを、しばしば「遺伝子のスイッチ」と表現する。
家のリフォームに例えるなら、壁の中の配線をすべて引き直すのではなく、壁にある照明スイッチの位置や数だけを付け替えるイメージだ。同じ電球(遺伝子)でも、いつ・どこで光らせるかを変えるだけで、部屋の見た目はがらりと変わる。蝶や蛾も、ivoryとoptixという「電球」を、いつ・どの翅の場所で光らせるかという「スイッチ」の側だけを、進化のたびに微調整してきた。
その結果、複数の蝶の種が、互いに独立しながら、よく似たスイッチの改造に行き着いていた。同じ問題に対して、同じ答えを別ルートから何度も導き出していたわけだ。
なぜ「スイッチ」ばかりが選ばれるのか。遺伝子そのものを書き換えてしまうと、その遺伝子が体の他の部位で果たしている役割まで壊してしまう恐れがある。一方、調節領域だけをいじれば、翅の模様だけをピンポイントで変えられる。壊れにくく、副作用の少ない改造ほど進化の場に残りやすい、という理屈が、具体的な遺伝子レベルで見えてきたのである。
蛾が選んだ「DNA反転」という奇策


1メガベースもの塊がまるごとひっくり返る
ところが、調査対象の蛾は少し違うやり方も見せた。Chetoneという蛾のゲノムでは、約100万塩基対(1メガベース)ものDNAの塊がまるごと反転(インバージョン)するという現象が起きていた。これは本のあるページを、そっくりそのまま逆さまに貼り直すような、かなり大胆な改変だ。
不思議なことに、このDNA反転というやり方は、遠く離れた別のグループであるヘリコニウス属の蝶(Heliconius numata)でもよく似た形で見つかっている。蛾と蝶という大きく離れた系統が、同じ問題に対して同じ「奇策」を独立に選び取っていたことになる。
進化は気まぐれで何でもありに見える一方で、実際に好まれる答えはかなり限られているらしい。派手な改造も地味な改造も、たどりつく先は案外そろってくる。生命は毎回サイコロを振り直しているように見えて、出やすい目がちゃんと決まっているのだ。
「ランダムに見えて、実は道が絞られている」
ここで一つ、大事な整理をしておきたい。今回の研究は「進化がランダムではない」と言い切っているわけではない、という点だ。突然変異そのものは、あくまでランダムに起きる。生き物が意図して都合のいい変化を起こすわけではない。
変わってくるのは、そのあと自然選択がどれを残すか、という部分だ。使える遺伝子やスイッチの数には制約があり、その中で「うまくいく組み合わせ」はごく限られている。だから、どこからスタートしても似たゴールに収束しやすい。ランダムに投げられたボールが、地形の傾きによって同じ谷底に転がり落ちていく、というイメージに近い。投げ方は毎回でたらめでも、行き着く先はかなり読める、というわけだ。
つまり「進化はランダムじゃない」という見出しは、正確には「進化の材料はランダムだが、残る答えはかなり絞られていて予測しやすい」という意味になる。この違いは小さいようで、生き物の未来を考えるうえでは決定的に重要になってくる。
進化はどこまで予測できるようになるのか
1.2億年も保存されてきた遺伝的な土台
これまで進化は、突然変異という偶然の積み重ねによって、いつもまったく違う方向へ分岐していくと考えられがちだった。しかし今回の発見は、その見方に修正を迫っている。同じ問題を与えられたとき、遠く離れた生き物どうしが、どうも同じ遺伝子・同じスイッチに繰り返し手を伸ばすらしいのだ。
マイヤー博士らは、警告色は特に再現されやすい模様だと指摘する。1.2億年という長い時間をまたいで遺伝的な土台が保存されてきたため、同じ色のパターンへ進化することが、それほど難しくないのだという。生命の歴史というキャンバスは、無限に近い絵筆を持ちながらも、よく手に取る絵の具のチューブは案外限られている、ということだ。
収斂進化そのものは、サメとイルカの例のように以前から知られてきた現象である。今回の研究が新しいのは、その「別々に進化したのに似てしまう」という結果の裏側で、実際に同じ遺伝子・同じスイッチが使い回されていたことを、ゲノムを直接読むことで突き止めた点にある。
予測できる進化は私たちに何をもたらすか
気候変動への応答を読み解くカギ
この発見は、生物多様性や気候変動の研究にも応用できる可能性がある。進化が「決まった遺伝的ルート」をたどりやすいなら、未来の環境変化に対して種がどう適応していくかを、ある程度まで見通せるようになるかもしれない。
たとえば、気温上昇によって新たな捕食者と出会うようになった蝶が、どんな模様や生態へと変化していくのか。今までは「自然の出たとこ勝負」にしか見えなかったその答えを、ゲノムを読み込むことである程度先回りして推測できる時代が見えてきている。
農業害虫の防除や、絶滅危惧種の保全戦略にも、同じ考え方が応用できるかもしれない。すでに別の地域で起きた進化のパターンから、これから別の場所で起きる進化を予測できる可能性があるからだ。「進化はランダムだから先のことは分からない」と諦めるしかなかった分野に、ゲノムという地図が一枚手渡されつつある。
もちろん、すべての進化が予測できるようになるわけではない。今回の研究も「警告色」という限られたテーマでの結果であり、たまたまivoryとoptixという強力なツールが見つかっただけかもしれない。それでも「同じ問題には同じ答えが返ってきやすい」という事例が、遺伝子レベルではっきり示された意味は大きい。
恐竜時代から続く生命のしたたかさ
ティラノサウルスがまだ存在しなかった白亜紀の前期、蝶と蛾の共通祖先はすでに地球上を飛んでいた。そこから1.2億年。両者は別々の進化の道を歩みながら、警告色という同じ課題に対して、ivoryとoptixという同じ答えを何度も選び続けてきた。
地球の生き物は新しいものを作り出す天才だが、それと同じくらい「うまくいったやり方は使い回す」したたかさも持っている。今回の研究は、私たちの知る進化の物語に、その地味だけれど大事なもう一人の主人公を書き加えたと言えるだろう。研究チームは今後、別の警告色パターンや、警告色以外の翅の特徴についても、同じスイッチが繰り返し使われていないか調査を進めていく方針だ。筆者としては、この「進化のクセ」を読み解く地図がどこまで広がっていくのか、これからの続報を楽しみに追いかけていきたいと考えている。
遠い親戚なのに、こっそり同じ手口を使ってたなんてね!
ええ。突然変異はランダムでも、残る答えは意外と絞られている——そこが進化のおもしろいところなんです
派手な警告色の裏には、1.2億年も語り継がれてきた遺伝子の知恵がしまわれていた。次に蝶や蛾を庭先で見かけたら、あの翅の模様には恐竜時代から続く秘密のレシピが描かれているのだと、そっと思い出してみてほしい。
参考文献:
Ben Chehida Y, et al. (2026) 「Genetic parallelism underpins convergent mimicry coloration in Lepidoptera across 120 million years of evolution」 PLOS Biology. DOI: 10.1371/journal.pbio.3003742
Evolution isn’t random. Scientists find the same genes used for 120 million years(ScienceDaily / ヨーク大学プレスリリース)










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