はかせ、蝶と蛾って似てる模様の子がいっぱいいるけど、あれって偶然なの?
いい質問ですね! 実は1.2億年も前に枝分かれした遠い親戚同士なのに、警告色を作るのに使っている遺伝子はまったく同じだったんですよ
ヨーク大学とウェルカム・サンガー研究所を中心とする国際研究チームが、南米の熱帯雨林で7種類の蝶と1種類の昼行性の蛾を調べたところ、警告色を作る仕組みが驚くほどそっくりであることを突き止めた。研究は学術誌PLOS Biologyに掲載され、進化が思われていたほどランダムではないことを示している。
なぜ蝶と蛾は同じ模様を持つのか


1.2億年も枝分かれしている遠縁の生き物
南米の熱帯雨林では、見た目がほぼ同じオレンジと黒の警告色をまとった蝶と蛾がひらひら飛んでいる。素人目には「同じ仲間でしょ?」と思ってしまうが、実はこの蝶と蛾は1億2000万年も前に共通祖先から枝分かれした、極めて遠縁の生き物だ。
恐竜がまだ地球を歩き回っていた時代に分かれた2つの系統が、それぞれ独自に進化したはずなのに、ほぼ同じ模様にたどりついている。こうした現象は収斂進化(convergent evolution)と呼ばれる。サメとイルカが同じ流線型の体型を持つのと同じで、別ルートから歩き出した者同士が同じゴールに行き着く現象だ。
研究チームを率いたヨーク大学のカンチョン・ダスマハパトラ教授は、こう語る。「収斂進化は生命の樹のあちこちで見られる現象だが、その遺伝的な仕組みを直接調べられる機会はほとんどない」。
警告色は「食べたら毒だぞ」のサイン
そもそも、なぜ蝶や蛾は派手な警告色を持つのか。答えは身を守るためだ。これらの種はいずれも体内に毒を持ち、鳥にとっては食べると不味くて気持ち悪くなる存在になっている。
サンガー研究所のジョアナ・マイヤー教授はこう説明する。「これらの蝶と蛾は鳥に食べられると毒を持っています。よく似た模様をしているのは、ある特定の色のパターンが『これは毒だから食べるな』というサインだと鳥が学習済みなら、別の種も同じ色を出した方が得だからです」。
つまり、すでに鳥が「あの模様=危険」と覚えているなら、ただ乗りした方が生き残りやすい。これはミュラー型擬態と呼ばれ、毒を持つ複数の種が似たデザインに収束していく仕組みだ。一度鳥のデータベースに登録されたデザインは、みんなで使い回したほうが効率がいい、というわけだ。
では、その「使い回されたデザイン」を作る遺伝子はどうなっているのか。ここが今回の研究の核心だ。
鍵を握る2つの遺伝子の正体
ivoryとoptixというたった2つの遺伝子
研究チームは、警告色を担う遺伝子を特定するために、7つの遠縁の蝶系統と1種の蛾のゲノムを比較した。膨大なDNAデータから絞り込まれたのは、たった2つの遺伝子だった。
1つ目はivory(アイボリー)遺伝子で、翅の白い領域や淡い色のパターンを司る。2つ目はoptix(オプティクス)遺伝子で、こちらは赤やオレンジといった派手な色のパターンを担当する。この2つが組み合わさることで、あの目を引く警告色が生まれていた。
遠縁の蝶も、さらに遠い蛾も、種を超えて同じ2つの遺伝子に手を入れている。これは偶然と呼ぶにはあまりにできすぎている。ダスマハパトラ教授は「蝶と蛾は恐竜時代から、似た模様を作るためにまったく同じ遺伝的な手口を繰り返し使ってきたのです」と表現した。
遺伝子そのものではなく「スイッチ」を変えていた
さらに驚かされるのは、進化が遺伝子の中身そのものを書き換えていなかった点だ。代わりに、遺伝子のオン・オフを決める調節領域(regulatory elements)を変化させていた。研究者はこれを「遺伝子のスイッチ」と呼ぶ。
家のリフォームに例えるなら、壁の中の配線をすべて引き直すのではなく、壁にある照明スイッチの場所や数だけを付け替えるイメージだ。同じ電球(遺伝子)でも、いつ・どこで光るかを変えるだけで部屋の見た目はがらりと変わる。蝶や蛾も、ivoryとoptixという「電球」を、いつ・どの翅の場所で光らせるかという「スイッチ」を進化のたびに微調整してきた。
その結果、複数の蝶の種が、互いに独立しながら、よく似たスイッチの改造に行き着いていた。同じ問題に対して、同じ答えを別ルートから何度も導き出していたわけだ。
遺伝子そのものを書き換えてしまうと、その遺伝子が体の他の部位で果たしている役割まで壊してしまう恐れがある。一方、調節領域だけをいじれば、翅の模様だけをピンポイントで変えられる。進化はリスクの低い改造を好むらしい、ということが具体的な遺伝子レベルで見えてきた。
蛾が選んだ「DNA反転」という奇策
ところが、調査対象の蛾は少し違うやり方を見せた。蛾のゲノムでは、DNAの大きな塊がまるごと反転(インバージョン)するという現象が起きていた。これは1ページ分の文章を逆さまに貼り直すような、かなり大胆な改変だ。
不思議なことに、このDNA反転というやり方は、研究対象になった蝶の1種でも見つかっていた。蛾と蝶という大きく離れた系統が、同じ問題に対して同じ「奇策」を独立に選び取っていたことになる。進化は気まぐれで何でもありに見える一方で、好まれる答えはかなり限られているらしい。
進化は予測可能になるのか


「ランダム」という常識を覆す発見
これまで進化は、突然変異という偶然の積み重ねによって、いつもまったく違う方向に分岐していくと考えられてきた。しかし今回の発見は、その常識に修正を迫っている。同じ問題を与えられたとき、生き物はどうも同じ遺伝子・同じスイッチに繰り返し手を伸ばすらしい。
マイヤー教授は「警告色は特に再現しやすい模様のようです。1.2億年にわたって遺伝的な土台が保存されてきたため、同じ色のパターンに進化することがそれほど難しくないのです」と指摘する。生命の歴史というキャンバスは、無限の絵筆を持ちつつも、よく使う絵の具のチューブは案外限られている、ということだ。
気候変動への応答を読み解くカギ
この発見は、生物多様性や気候変動の研究にも応用できる可能性がある。進化が「いつも決まった遺伝的ルート」をたどりやすいなら、未来の環境変化に対して種がどう適応していくかを、ある程度予測できるようになるかもしれない。
たとえば、気温上昇によって新たな捕食者と出会うようになった蝶が、どんな模様や生態へと変化していくのか。今までは「自然の出たとこ勝負」にしか見えなかったその答えが、ゲノムを読み込むことで先回りして推測できる時代が見えてきている。
農業害虫の防除や、絶滅危惧種の保全戦略にも、同じ考え方が応用できる。すでに別の地域で起きた進化のパターンから、これから別の場所で起きる進化を予測できるかもしれないからだ。「進化はランダムだから先のことは分からない」と諦めるしかなかった分野に、初めてゲノムという地図が手渡されつつある。
もちろん、すべての進化が予測できるようになるわけではない。今回の研究も「警告色」という限られたテーマでの結果であり、たまたまivoryとoptixという強力なツールが見つかっただけかもしれない。それでも「同じ問題には同じ答えが返ってくる」事例が一つはっきりと示されたことの意味は大きい。
恐竜時代から続く生命の知恵
ティラノサウルスがまだ存在しなかった白亜紀の前期、蝶と蛾の共通祖先はすでに地球上を飛んでいた。そこから1.2億年。両者は別々の進化の道を歩みながら、警告色という同じ課題に対して、ivoryとoptixという同じ答えを何度も選び続けてきた。
地球の生き物は新しいものを作り出す天才だが、同じくらい「うまくいったやり方は使い回す」したたかさも持っている。今回の研究は、私たちの知る進化の物語に、その地味だけれど大事なもう一つの主人公を書き加えた。研究チームは今後、別の警告色パターンや、警告色以外の翅の特徴についても、同じスイッチが繰り返し使われていないか調査を進めていく方針だ。
遠い親戚なのに、こっそり同じ手口を使ってたなんてね!
派手な警告色の裏には、1.2億年も語り継がれてきた遺伝子の知恵がしまわれていた。次に蝶や蛾を庭先で見かけたら、あの翅の模様には恐竜時代から続く秘密のレシピが描かれているのだと、ぜひ思い出してみてほしい。
参考文献:
Evolution isn’t random. Scientists find the same genes used for 120 million years
出典: ScienceDaily










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