1万2000年前、氷河期が終わりを迎えつつあった南イタリアの洞窟に、二人の女性が、互いに寄り添うように葬られていた。
長いあいだ、その素性も、二人が抱えていた秘密も、謎のままだった。
2026年1月、医学誌『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』に、この二人の古代DNAを調べた報告が載った。
二人はどちらも女性で、親子かきょうだいにあたる「第一度近親者」だった。研究チームは、母と娘の可能性が最も高いとみている。
若いほうのロミート2は、NPR2という遺伝子に同じ変異を2つ持っていて、「先端中間肢異形成症マロトー型」というまれな遺伝性の低身長症と診断された。
年上のロミート1も同じ変異を1つ持ち、当時としては背が低かった。これは2人の古代人の骨を調べた事例の報告で、ロミート2の病気は、骨の形からは推定されていたものの確定できていなかった。
キク二人がどうして亡くなったのか、骨から何か分かってるのかな?
洞窟で抱き合ったまま見つかった二人
舞台は、南イタリアのカラブリア州にあるロミート洞窟だ。1963年、この石灰岩の洞窟から、後期旧石器時代の埋葬が見つかった。
Live Scienceによると、この洞窟からは先史時代の狩猟採集民の骨が、この二人を含めて9人分見つかっている。
二人は抱き合う姿勢で一緒に葬られていた。骨に外傷の跡はなく、二人がどのように亡くなったのかは今もわかっていない。
若いほうは「ロミート2」と呼ばれ、手足がとても短く、骨から推定した身長は約110センチだった。もう一人は「ロミート1」と呼ばれる大人で、身長は約145センチと、当時の平均より低かった。
二人の性別や関係、そして二人の背の低さに共通の原因があるのかどうかは、何十年も議論されてきた。
「男性」から「少女」へ、骨では分からなかった真実


ロミート2は、1987年に英科学誌ネイチャーで報告された分析で、骨の形から若い男性とされていた。今回の研究チームは、二人の側頭骨の錐体部(内耳を囲む部分)からDNAを取り出した。
錐体部は遺伝物質がよく残ることで知られる部位だ。解析の結果、ロミート2は女性だった。ロミート1も女性だった。


第一度近親者、おそらく母と娘


二人の遺伝情報を比べた結果、ロミート1とロミート2は、ごく近い血縁——「第一度近親者」であることが分かった。第一度近親者とは、親子か、あるいはきょうだいにあたる関係だ。
そして研究チームは、さまざまな手がかりから、二人は「母と娘である可能性が最も高い」と結論づけた。
ここで大切なのは、研究チームが母娘だと断定したわけではない、という点だ。あくまで「その可能性が最も高い」という言い方で、姉妹である可能性も残っている。
原因は骨の成長に欠かせないNPR2遺伝子


ロミート2の病気は何だったのか。研究チームは、骨の成長に関わる遺伝子を調べ、見つかった変異を現代の臨床の遺伝子データと照らし合わせた。
その結果、骨の成長に欠かせないNPR2という遺伝子に、同じ変異が2つそろっていた(ホモ接合)。
手足が短くなる低身長症でよく知られているのは軟骨無形成症で、原因はFGFR3という別の遺伝子の変異だ。
FGFR3のタンパク質は、軟骨から骨ができるのを抑えることで骨の成長を調節していると考えられている。軟骨無形成症の変異は、このタンパク質を働きすぎの状態にする。
今回見つかった先端中間肢異形成症マロトー型は、NPR2遺伝子の2つのコピーの両方に変異があると起きる。
手足、とくに前腕やすね、手と足が極端に短くなり、重い低身長になる、とてもまれな遺伝性の病気だ。
同じ変異でも、重症度が違う理由
二人は同じ遺伝子の同じ変異を持っていたが、身長の差は大きかった。研究チームは、その差を変異を1つ持つか2つ持つかの違いによるものとみている。
私たちは、多くの遺伝子を父と母から一つずつ受け継ぐ。ロミート2は、NPR2の変異を2つとも持っていた。
このホモ接合が先端中間肢異形成症マロトー型の診断を裏づけ、骨から推定された約110センチという身長とも合う。
一方、ロミート1は同じ変異を1つだけ持っていた(ヘテロ接合)。
筆頭著者のダニエル・フェルナンデス氏(ポルトガル・コインブラ大学)は「年上の女性の比較的軽い低身長は、おそらくヘテロ接合の変異を反映している。同じ遺伝子が、先史時代の一つの家族の中で、それぞれ異なる影響を与えたことを示している」と述べている。
ロミート2が変異を2つ持っていたなら、父親も同じ変異を持っていたと考えられる。ただし父親の骨は調べられていない。
論文によると、二人は約1万4000年前に南ヨーロッパから中・西ヨーロッパへ広がった狩猟採集民「ヴィラブルナ」の遺伝的な集団に属していた。
近い親族どうしの婚姻を示す証拠はなかったが、洞窟の近くで暮らしていた集団は小さかったとみられる。


氷期明けの世界で、少女は思春期まで生きた
二人は狩猟採集の暮らしをしていた。論文は、ロミート2について「長い距離や起伏のある土地を移動するのに苦労し、肘や手の動きの制限が日々の活動に影響しただろう」と書いている。
それでもロミート2は、思春期か成人になるまで生きた。
共同で研究を率いたアルフレド・コッパ氏(ローマ・ラ・サピエンツァ大学)は「彼女が生き延びるには、厳しい環境の中で、食べ物や移動の助けを含めて、集団からの継続的な支えが必要だったと考えている」と述べている。
ロミート2の食事や栄養の状態は、同じ洞窟に葬られたほかの人たちと同じようだったという。
集団による支えは、今回初めて言われたことではない。1987年の報告もすでに、ロミート2の骨は、重い障害のある人が受け入れられ、世話を受けていた旧石器時代の証拠だと述べていた。
今回の研究は、その病気をDNAで特定したことになる。


骨からの推定を、DNAで確かめた


ロミート2の病気は、骨の形からも推定されていた。1987年の報告は、頭骨と長い骨の形が中間肢型の小人症に合い、常染色体劣性の先端中間肢異形成症の可能性が最も高いとしていた。
ただ、骨だけでは確定できなかった。
手足の短い低身長症の中で最も多い軟骨無形成症は、新生児1万5000〜4万人に1人に起きる。先端中間肢異形成症マロトー型は、これよりはるかにまれな病気だ。
どちらも手足が短くなる点は似ているが、原因となる遺伝子は違う。軟骨無形成症はFGFR3、先端中間肢異形成症マロトー型はNPR2の変異で起きる。
研究に加わったリエージュ大学病院センターの内分泌の医師、エイドリアン・デイリー氏はLive Scienceに「1万2000〜1万3000年前に亡くなった人について、遺伝子の1塩基の変化をほぼ確実に特定したことは、同様の診断として約1万年早い、最古のものだ」と述べている。
「最古の遺伝子診断」が問いかけるもの
この研究を率いたのは、オーストリアのウィーン大学とベルギーのリエージュ大学病院センターのチームで、イタリアとポルトガルの研究者も加わった。
ウィーン大学の発表は、今回の成果を「人類で最も古い遺伝子診断」と位置づけている。
これまでの古代DNAの研究は、人々がどこから来てどう移動したかという集団の歴史をたどるものが中心だった。
共同で研究を率いたウィーン大学のロン・ピンハシ氏は「古代DNAの解析を使えば、先史時代の個人の具体的な変異を特定できるようになった。まれな遺伝病がどれほど昔から存在したのかを確かめる助けになり、これまで知られていなかった変異が見つかる可能性もある」と述べている。
デイリー氏は「まれな遺伝病は現代だけのものではなく、人類の歴史を通じて存在してきた。その歴史を理解することは、今日こうした病気に気づく助けになるかもしれない」とも話している。
ただし、これは2人の古代人の事例の報告だ。二人が母と娘だというのも最も可能性が高い関係で、姉妹の可能性は残る。
二人の死因もわかっていない。
わかったのは、1987年に骨から推定された病名が、NPR2遺伝子の変異という形で確かめられたこと、そして同じ変異を1つ持つか2つ持つかで、同じ家族の二人の身長が大きく違っていたことだ。



骨で男性とされてた若いほうの人がDNAで女性だと分かって、病名まで確かめられたんだ。母娘っていうのも、あくまで一番可能性が高い関係なんだね。
参考文献:
A 12,000-Year-Old Case of NPR2-Related Acromesomelic Dysplasia(New England Journal of Medicine, 2026, DOI:10.1056/NEJMc2513616)
Ancient DNA reveals 12,000-year-old case of rare genetic disease(University of Vienna, 2026)
先行研究: Frayer DW et al. Dwarfism in an adolescent from the Italian late Upper Palaeolithic(Nature, 1987)
書誌情報: PubMed 41604646(Fernandes DM, … Pinhasi R, Daly AF. N Engl J Med 2026;394(5))
出典: New England Journal of Medicine / University of Vienna








