アイルランドの山や丘に、野生化したヤギの小さな群れが暮らしている。そのなかに、オールド・アイリッシュ・ゴートと呼ばれる、この島の在来品種がいる。
遺跡から出たヤギの骨のDNAを調べ、このヤギと古代のヤギとのつながりを確かめた研究が発表された。
ユニバーシティ・カレッジ・ダブリン(UCD)とクイーンズ大学ベルファストなどのチームは、遺跡から出土したヤギの骨を調べ、そのうち3頭から比較に使えるゲノムのデータを得た。
世界の現代のヤギの品種と比べると、青銅器時代後期のヤギも中世のヤギも、オールド・アイリッシュ・ゴートと最も多くの遺伝的な共通点を持っていた。
論文は、この島のヤギの集団が3000年以上続いてきたことと矛盾しない結果だとしている。ただし、調べられた古代のヤギは少なく、青銅器時代の1頭は読み取れたDNAも限られる。
結果は2026年に考古学の専門誌Journal of Archaeological Scienceに掲載された。
骨のかけらから3000年前を読み解く
研究の出発点は、遺跡から掘り出された動物の骨だった。
北アイルランド・アーマー県にある青銅器時代後期の丘の砦ホーヒーズ・フォート(紀元前1100〜900年ごろ)と、アントリム県の中世の町カリックファーガス。
この2つの遺跡から選んだ8点の骨と歯が対象だ。ヒツジとヤギは骨がよく似ていて、形や大きさだけでは見分けにくい。
アイルランドの新石器時代の遺跡でも、ヤギと確実に言える骨はまだ見つかっていない。
そこで、骨に残るコラーゲンというタンパク質を質量分析計で調べ、種を見分ける方法(ZooMS)を使った。
ヒツジとヤギでは、あるペプチドのアミノ酸が2つ違うだけだが、ヤギでは質量電荷比3093、ヒツジでは3033の位置に目印が出る。
8点のうち7点をイギリスのヨーク大学で調べたところ、7点すべてが家畜のヤギだった。残る1点も、DNAからヤギと確かめられた。
数千年ぶんの損傷を乗り越える
種が決まったら、古代DNAの抽出だ。土の中で長い年月を過ごした骨のDNAは、細かく断片化し、化学的にも傷んでいる。
今回のカリックファーガスの骨でも、読み取れた断片の長さは平均56〜75塩基ほどで、1点だけ平均105塩基と長かった。
土の中の微生物や、発掘・分析にあたった人のDNAが混じる危険もある。
DNAの抽出は、トリニティ・カレッジ・ダブリンにある古代DNA専用の実験施設で行った。
傷んだ部分(ウラシル)を酵素で取り除いてから配列を読み、読み取った断片を家畜ヤギの基準ゲノムに貼り合わせた。
それでも残る死後の分解に特有の傷と、断片の短さが、古いDNAであることを示していた。
ただ、集団の比較に使えるだけのデータが得られたのは、青銅器時代の1頭(Haughey1)と中世の2頭(Carrick1、Carrick3)の3頭だけだった。
これを、世界のヤギの品種のゲノムを集めたVarGoatsというデータと比べた。
キク形では見分けにくい骨も、コラーゲンやDNAを調べればヤギだと分かるんだ。古代の3頭からはゲノムも読み取れたんだね。
古代のヤギに最も近いのは今の在来品種


3頭とも、今の在来品種と最も近かった
古代の3頭それぞれについて、現代のヤギの品種とどれだけ遺伝的な歴史を共有しているか(外群f3統計)を計算した。
3頭とも、共有の度合いが最も大きかったのはオールド・アイリッシュ・ゴートだった。
ホーヒーズ・フォートの1頭は放射性炭素年代で紀元前1112〜947年のもので、ここのヤギはアイルランドで確かめられたヤギの遺骨として最も古い。
読み取れたDNAが少なかったため、この1頭の結果は誤差が大きい。
それでも論文は、ヨーロッパ系のヤギではこの計算がデータの少なさに強いとして、青銅器時代のヤギと今の在来品種のあいだに本当に共通の遺伝的な歴史があると見ている。
古代のヤギどうしを比べても、青銅器時代の1頭に最も近かったのは中世カリックファーガスのCarrick3で、次がCarrick1と、イングランドのウィルトシャーで見つかった青銅器時代のヤギだった。
論文はこれらの結果を、アイルランド島でヤギの集団が3000年以上続いてきたことと矛盾しないとしている。
一方で、標本が少なく時代の空白もあるため慎重に解釈すべきで、確かめるにはさらに標本が必要だとも書いている。



アイルランドのヤギが3000年以上つながってきたなら、ずっと同じ遺伝子のままだったってこと?
「生きた化石」と呼んでいいのか
こう聞くと、3000年間同じ姿で生き延びた「生きた化石」と言いたくなる。
だが、今回わかったのは「古代のヤギが今の在来品種と最も近い」ということで、「一度も変化せずに同じ遺伝子構成を保ってきた」という意味ではない。
実際、大学の発表によると、中世のヤギは今のオールド・アイリッシュ・ゴートより遺伝的な変化の幅が大きかった。
中世の2頭の違いと、近年の激減


中世の2頭は近親交配の度合いが違った
中世カリックファーガスの2頭は、遺伝的な特徴が同じではなかった。
ゲノムの中で同じ配列が長く続く部分は近親交配の跡になるが、Carrick3にはこれが少なく、Carrick1には長いものがいくつもあり、近い時代に近親交配があったことを示していた。
2頭が共有する染色体の区間は7.2cMの1つだけで、近い共通祖先はいないとみられる。論文は、2頭の出どころや元になった群れが違った可能性を挙げる。
カリックファーガスは中世の重要な港町で、ヤギの皮の取引もあった。ただしCarrick1は、Carrick3より新しい時代のものかもしれないとも書いている。
母から子へ伝わるミトコンドリアDNAでも、中世の4頭はそれぞれ別の配列を持っていた。今のアイルランドのヤギに近いものもあれば、スイスやスペイン、オーストリアの品種に近いものもあった。
近親交配の跡は、最近の激減によるもの
一方、今のオールド・アイリッシュ・ゴートのゲノムには、どれも近親交配の跡が多く見られた。短いものから16Mb(メガ塩基)を超える長いものまであり、最近になって数が減ったことを示している。
論文によると、オールド・アイリッシュ・ゴートは過去30年ほどで約7000頭から数十頭にまで減った。
中世の2頭のうち1頭にしか同じような跡がないことから、論文は、遺伝的な多様性の低下は主に最近起きたことだと考えている。
大学の発表も、今の遺伝的なボトルネック(集団が細ったことによる多様性の低下)は最近生じたもので、アイルランドのヤギに昔からあった特徴ではないとまとめている。
激減によって古いタイプが選び残された、という説明は論文にはない。



アイルランド在来のヤギに近親交配の跡が多いのは最近数が激減したせいで、昔からの特徴ではないと考えられているんだ。
在来品種を守る取り組み
オールド・アイリッシュ・ゴート協会は2006年にクレア県のバレン地方で結成されたが、そこの野生化したヤギの群れからは在来のヤギを守れなかった。
2012年、メイヨー県マルラニー村の裏山の群れでオールド・アイリッシュ・ゴートが見つかり、活動が再開した。
この群れでも家畜のヤギとの交雑はすでに起きていたが、在来のヤギの特徴は十分に残っていたという。
守ろうとする人々
協会はマルラニーで繁殖を進め、2021年には同地にビジターセンターと保護区を開いた。
登録されたオールド・アイリッシュ・ゴートは80頭になり、2022年にはアイルランドの農業・食料・海洋省から在来の希少品種として認められた。
論文の地図では、この品種が今おもに暮らすのはマルラニーとホウスだ。
協会のシネイド・キーン氏は今回の研究について、「オールド・アイリッシュ・ゴートが古代の遺産の生きた一部だという、地域の人々や保全に取り組む人々が長く信じてきたことを、科学的に強く裏づけた」と話している。
この研究でまだ言えないこと


少ない標本からの推定
論文は、結論が少ない標本に基づくことを繰り返し断っている。集団の比較に使えた古代のヤギは3頭で、青銅器時代の1頭は読み取れたDNAが少ない。
母系のミトコンドリアDNAでは、古代のアイルランドとイギリスのヤギは、以前の研究で見つかった歴史的なアイルランド・スコットランドのヤギのグループには入らなかった。
北ヨーロッパのヤギのデータがまだ少ないことも、母系の歴史をたどる妨げになっている。
アイルランドに家畜のヤギが来たのは、農耕が伝わった約5900年前とみられる。
研究チームは、新石器時代の遺跡のヤギのゲノムが加われば、アイルランド島のヤギの歴史をもっとよく解き明かせるとしている。
イギリスやアイルランドの他の在来品種のゲノムがそろえば、それぞれの歴史の理解が深まり、保全にも役立つという。
参考文献:
Old goats: 3,000 years of genetic connectivity of the domestic goat in Ireland
Findlater J., Erven J. A. M., Siekmann A., Mattiangeli V., The VarGoats Consortium, Murphy E., Daly K. G., Journal of Archaeological Science 188, 106516 (2026). DOI: 10.1016/j.jas.2026.106516 / 論文本文(PDF、オープンアクセス)
プレスリリース: University College Dublin / Queen’s University Belfast
Mayo County Council「Old Irish Goat Society」









