MITのSangeeta Bhatia教授らのチームが、ヒトの肝細胞を小さなゲルの粒と一緒に注射し、体の中で組織として働かせる方法を報告した。
実験は、免疫の働きを欠いたマウス(NSGマウス)のお腹の脂肪組織で行われた。
ゲルの粒と一緒に注射した肝細胞は、注射した場所にまとまって残り、研究の期間である8週間、ヒトのアルブミンを血液中に出し続けた。
人の患者で試した臨床試験ではなく、動物での前臨床研究の段階だ。論文は2026年、学術誌Cell Biomaterialsに掲載された。
肝臓移植を待つ患者という背景

米国で1万人以上が移植を待つ
MITの発表によると、肝臓は血液の凝固の調節、血液中からの細菌の除去、薬の代謝など、およそ500の重要な働きを担っている。
その多くをこなしているのが、肝細胞(ヘパトサイト)と呼ばれる細胞だ。
米国では、慢性の肝臓病で肝臓移植の待機リストに載っている人が1万人を超えるが、提供される臓器は足りていない。
肝不全の患者の中には、大きな手術に耐えられるほど体の状態がよくないため、移植を受けられない人も多い。
論文は、移植には専門の外科チームや設備、手術前後の高度な管理が必要で、患者も大きな手術に耐えられる状態でなければならないと指摘している。
「細胞だけを補う」という発想
研究を率いたMITのSangeeta Bhatia教授らの研究室は、この10年ほど、外科的な肝移植によらずに肝機能を補う方法に取り組んできた。
狙いは、臓器全体ではなく肝細胞だけを体内に届け、肝臓の仕事の一部を肩代わりさせることだ。
だが、これは簡単ではない。肝細胞をゲルなどの生体材料に埋め込む方法では、そのゲルを手術で埋め込む必要がある。
細胞を直接注射すれば手術はいらないが、細胞が落ち着く場所(足場)がないと、生き残って定着する細胞は少ない。
臨床で行われてきた肝細胞の注入でも、細胞が散らばる、定着の効率が低い、機能が長く続かない、といった限界が指摘されている。
そこで研究チームは、細胞と一緒にゲルの微小な粒を注射し、細胞をその場にまとめて、近くの血管とつながりやすくすることを考えた。
細胞が散らばる壁をどう越えたか

ゼラチンからつくるゲルの粒
研究チームが使ったのは、ゼラチンを化学的に改変したGelMAというヒドロゲルの微小な粒(マイクロスフィア)だ。
マイクロ流体デバイスで液滴をつくり、紫外線で固めて、平均の直径が110マイクロメートルの粒にした。
この粒を遠心分離で密に詰めると、粒と粒の間にすき間が残る。研究チームは、ヒトの肝細胞をあらかじめヒトの皮膚の線維芽細胞と3日間いっしょに培養して小さな細胞のかたまりにし、それを粒と混ぜた。
MITの発表によると、線維芽細胞は肝細胞の生存を助け、組織の中に血管が伸びてくるのを促す支えの細胞だ。
培養皿の中で14日間比べると、肝細胞だけのかたまりは小さな集まりや1個ずつの細胞にばらけたが、線維芽細胞と一緒のかたまりは形を保ち、アルブミンを多く出した。
マウスでは3つの条件を比べた。肝細胞だけのかたまり、肝細胞と線維芽細胞のかたまり、そして後者をゲルの粒と混ぜたものだ。
粒なしの2つは、同じ量の培養液に混ぜて注射した。超音波で見ると、粒なしの細胞は注射のときに液体のように脂肪組織の中へ広がり、注射の日より後は画像で見えなくなった。
8週間後の組織でも、粒なしの2群では肝細胞が散らばった小さな集まりとして少し見つかるだけだった。粒と一緒に注射した群では、肝細胞が粒のつくる足場の中にまとまり、組織のような形になっていた。
キク細い注射針を通ったあと、ゲルの粒はどうやって足場の形に戻るの?
液体と固体を行き来する性質
密に詰めたゲルの粒は、力がかかっていないときは弾力のある固体のようにふるまい、大きな力がかかると流れやすくなる。
研究チームは、粒を詰めたものが25ゲージの細い注射針を通り、押し出した後も粒の間のすき間が保たれることを確かめた。
押し出す力がなくなると、粒どうしが再び詰まり、すき間のある安定した足場になる。
これまでの肝臓の組織工学では、肝細胞を入れた構造物を手術で埋め込む方法が多かった。
注射した後に光でゲルを固める方法もあるが、論文によると、紫外線は体の数ミリメートルの深さまでしか届かず、体の深い場所では使いにくい。
今回の方法はあらかじめ固めた粒を使うので、注射した後に固める必要がない。
論文は、超音波で見ながら注射するこの方法なら、大きな手術ではなく、画像を見ながら治療する放射線科の医師が日常的に使う手技で行える可能性があるとしている。
ただし、人ではまだ試されていない。
免疫不全マウスで確かめた「働き続ける細胞」


お腹の脂肪に注射するという選択
研究チームは、この技術を免疫不全マウスで試した。ここで免疫不全マウスというのは、移植したヒトの細胞を拒絶しないよう、免疫の働きをあらかじめ欠かせた特殊なマウスのことだ。
つまりこの実験は、免疫拒絶という問題を意図的に避けた条件で、まず「細胞がちゃんと定着して働くか」を確かめるものだった。
注射先に選ばれたのは、マウスのお腹の中にある、生殖腺のまわりの脂肪組織だ。肝臓そのものではない。
研究チームのこれまでの研究で、肝細胞は皮膚の下よりもお腹の中の脂肪組織のほうがよく生き残るとわかっていたからだという。
注射は、超音波の画像で針の位置を見ながら行った。ゲルの粒は超音波の画像に映るので、注射した後も、体を切らずに移植した組織の位置や大きさを追うことができた。
注射したヒトの肝細胞は、研究の期間である8週間にわたって生き残り、ヒトのアルブミンをマウスの血液中に出し続けた。
8週間の合計のアルブミンの量は、ゲルの粒と一緒に注射した群が最も多く、粒なしの2群をはっきり上回った。
移植した組織の中で死んだ細胞は1.2%未満で、肝細胞には胆汁の成分を運ぶタンパク質(BSEP)や、薬を代謝する酵素(CYP3A4)も見られた。
肝細胞のすぐそばには、マウス自身の血管が通っていた。ただし、8週間は研究の観察期間であり、それより長く働き続けるかどうかは、この実験からは分からない。
研究チームは、粒の分解されやすさも変えて比べた。分解されやすい粒では、4週間で超音波に映る体積が大きく減り、組織の中まで太い血管が伸びていた。
28日目の血液中のアルブミンは、分解されやすい粒の群(6匹)のほうが、分解されにくい粒の群(6匹)より多かった。
論文は、粒の性質を変えることで移植した組織の働きを調整できる可能性があるとする一方、その仕組みはまだ十分にわかっていないとしている。



ゲルの粒と一緒に注射した肝細胞は、免疫のないマウスで8週間アルブミンを出し続けたんだ。
「移植の代替」と「橋渡し」の二つの狙い
筆頭著者のMITポスドク、Vardhman Kumar氏はMITの発表で「私たちはこの技術を、手術に代わる選択肢になりうるものであり、同時に、ドナーの臓器が見つかるまで移植した組織が支えとなる、移植への橋渡しにもなりうるものと考えています」と話している。
さらに「別の治療や追加の移植が必要になった場合でも、もう一度手術を受けるより、この注射の技術のほうがはるかにハードルが低い」とも述べている。
論文も、注射で入れられるため、血液の指標で移植した組織の働きを見ながら、時間をおいて追加の注射をするやり方が考えられるとしている。
ただし、これらは免疫のないマウスでの結果にもとづく見通しで、人で同じように働くかはこれからの検証課題だ。



免疫のないマウスで確かめた方法を人に使うなら、拒絶反応はどうするんだろう?
残された課題は免疫と規模
今回の実験は免疫の働きを欠いたマウスで行われたため、移植した細胞への拒絶反応は調べられていない。
論文も、免疫のないマウスでは、異物に対する体の反応や、マクロファージ(免疫細胞の一種)の性質が、免疫のある体とは違う可能性があるとし、免疫のある動物などで確かめる必要があるとしている。
MITの発表によると、今の形の技術を人に使うなら、患者はおそらく免疫抑制剤を使う必要がある。
研究チームは、免疫から逃れる「ステルス」な肝細胞をつくる方法や、ゲルの粒を使って免疫抑制剤をその場所に届ける方法を探っているという。
大きさの問題もある。論文によると、注射でどこまで大きな組織をつくれるかは今後の課題で、大きくすると栄養の行き渡り方や血管のでき方、形の安定性が問題になりうる。
十分な数の肝細胞をどう用意するかも課題で、iPS細胞などからつくった肝臓の細胞は、まだ完全に成熟した肝細胞にはならないという。
超音波ではゲルの粒と肝細胞を見分けられないことも、論文は限界として挙げている。なお、著者らはこの技術について特許を出願している。
確かめられたのは、免疫のないマウスのお腹の脂肪で、ゲルの粒と一緒に注射したヒトの肝細胞がまとまって残り、8週間アルブミンを出し続けたところまでだ。
肝臓の病気のモデルのマウスで、弱った肝臓の働きを補えるかどうかは、この研究では調べられていない。人の患者に届くには、免疫への対策や、組織を大きくする方法など、越えるべき段階がまだ多い。
参考文献:
Kumar, V., … Bhatia, S. N. (2026). Image-guided injectable niche for hepatocyte transplantation. Cell Biomaterials. DOI: 10.1016/j.celbio.2026.100378
論文のプレプリント全文(bioRxiv): Image-Guided Injectable Niche for Hepatocyte Transplantation
プレスリリース(MIT News): Injectable “satellite livers” could offer an alternative to liver transplantation









