2026年2月、イタリアの研究機関を中心とする研究チームが、光子の干渉とAIの記憶モデルを数式で結びつける理論研究を、物理学誌『Physical Review Letters』に発表した。
光の装置が記憶するような話に聞こえやすいが、論文が示したのは対応関係の理論と数値計算の結果で、記憶装置を作ったという報告ではない。
著者の所属は、CNR-Nanotec(イタリア国立研究評議会ナノテクノロジー研究所)、サレルノ大学、ローマ・サピエンツァ大学、イタリア技術研究所(IIT)、コペンハーゲン大学などだ。
論文は、区別のつかないN個の光子をM個の光のモードに重ね合わせ、各モードに0かπの位相を与え、線形光学の干渉計に通すと、出力の光子の統計が、M個のニューロン(+1か-1の値をとるイジング型)からなるp体のホップフィールド模型で書けると示した。
pは光子数の2倍、つまりp = 2Nである。
まず「連想記憶」というAIの原型を知る
欠けた情報から全体を思い出す仕組み
ホップフィールド・ネットワークは、ジョン・ホップフィールドが1982年に発表した連想記憶のモデルだ。
論文は、これをパターン認識や誤り訂正などの機能をもつ、全結合のフィードバック型ニューラルネットワークと説明している。
ノーベル財団の説明では、歪んだ画像や不完全な画像を入力すると、ネットワークはエネルギーが下がるように各ノードの値を更新し、保存されている画像のうち最も近いものを取り出す。
記憶したパターンは、ネットワークのエネルギーが最も低い状態に対応する。
ただし、記憶したパターンではない疑似状態(局所的な極小)に引き込まれることもあり、記憶の数が増えすぎると、疑似状態が増えて記憶を取り出せなくなる。
論文はこの状態を、スピングラス相、または記憶のブラックアウトと呼んでいる。
2024年のノーベル賞に輝いた考え方
2024年のノーベル物理学賞は、ジョン・ホップフィールドとジェフリー・ヒントンに贈られた。
授賞理由は、人工ニューラルネットワークによる機械学習を可能にした基礎的な発見と発明である(スウェーデン王立科学アカデミーの発表)。
ホップフィールド・ネットワークは、物理のスピン系と同じ形で書ける。
ノーベル財団は、ネットワーク全体のエネルギーがスピン系のエネルギーと同等に表され、保存した画像のエネルギーが低くなるように結合の強さを決める、と説明している。
各ニューロンは、原子を小さな磁石にしているスピンのように、二つの値のどちらかをとる。
キクニューロンがスピンみたいに二つの値のどちらかをとるから、ホップフィールド・ネットワークは磁石の集まりと同じ形で書けるんだ。
光子の干渉が、拡張したホップフィールド模型で書ける


光子の出力確率がエネルギーになる
今回の理論は、光子が干渉計を通って出力のモードに現れる確率を使う。
論文は、検出する出力の組み合わせの集まりを記憶パターンの集まりに見立て、検出される確率にモード数Mをかけて符号を変えたものを、ホップフィールド模型のエネルギー(ハミルトニアン)とする。
位相シフタの0とπが、ニューロンの+1と-1に当たる。
結合の強さにあたる項は、散乱行列のパーマネント(行列式に似た量)から決まる。論文は、この項をヘッブ則に似た項の和と呼び、パーマネントが一般化された記憶パターンの役をすると述べている。
光子の数がモデルの体数を決める
光子の数Nが増えると、模型の体数pも2Nに増える。2個の光子なら4体、つまり4個のニューロンが同時に相互作用する模型になる。
論文は、3体以上の結合をもつ模型は、2体の標準的な模型より記憶容量が大きいと述べている。標準の模型では、取り出せる記憶の数はニューロンの数以下にとどまる。
論文が詳しく調べたのは、2個の光子に対応する4体模型だ。モード数はM = 50で、散乱行列はランダム(ハール分布)に選び、20通りの試料でモンテカルロ法の計算を繰り返した。
ここが肝心——「作った」のではなく「示した」


これは理論の研究である
さて、ここで確認しておきたい。論文は理論と数値計算の研究で、光学実験は行っていない。計算は従来のコンピュータ上で、モード数M = 50の4体模型について行われた。
実験装置の構成は付録で提案されているが、実際に組んだ報告ではない。



光子の干渉で書いたAIの記憶モデルで、覚えさせる記憶の数をどんどん増やすと、計算ではどうなったんだろう?
数値計算で分かったこと
計算では、記憶の数の割合α(出力パターンの数を、モード数の2乗で割った値)と温度Tに応じて、三つの相が現れた。
αが小さく温度が低いと、記憶を取り出せる想起相になる。αが大きくなると、疑似状態が増えて記憶を取り出せないスピングラス相になる。
温度が高いと、ニューロンが互いに無関係にふるまう常磁性相になる。相の判定には、記憶との重なりと、複製どうしの重なり(パリージのスピングラス重なり分布)を使った。
論文自身も留保をつけている。ニューロンの数(モード数)を増やすと、想起相はα = 0の軸のほうへ縮むはずだという。
記憶パターンの役をするパーマネントが連続的な複素数で、ガウス分布の記憶パターンを扱った従来の研究と、臨界的な性質が質的には変わらないと考えられるためだ。
光学系で計算する利点と、論文の留保


論文が挙げる光学実装の利点
論文は、光学実装の利点として、高速な変換、本来的な並列動作、低消費を挙げている。
3体以上の結合をもつ模型を従来のコンピュータで計算すると、エネルギーの勾配の計算時間がMのp-1乗に比例して増える。
論文は、アナログの光学計算ならこの時間を大きく減らせると見込んでいる。
実験はプレプリント段階
ただし、光学系が従来のコンピュータより速く模型を計算できるとは、この論文は示していない。
論文は、光学のシミュレータが、従来の方法の限界に近い、あるいは超える領域を調べられる可能性がある、と述べるにとどまる。
数百万個のモードをもつ光学系は将来像として書かれており、今回の計算はM = 50だ。
実機のボトルネックとして、DMD(マイクロミラーの素子)の速度、SPADアレイ(光子の検出器)の計数率、電子回路の相関処理の速度が挙げられている。
同じ研究者らを含むチームの実験のプレプリントが、2026年5月にarXivで公開された。
抄録によれば、プログラマブルな光プロセッサで、光のモードに分配した単一光子と、イジング型ニューロンにあたる位相シフタを使い、2光子過程で4体のホップフィールド・ハミルトニアンを実装した。
想起相、スピングラス相、常磁性相の三つの相が見え、記憶の量と温度が低いときには記憶の想起に成功したという。査読を受けたかどうかは確認できなかった。
この論文が使う光学系
構成は三つの部品からなる。1つ目は、複数のモードに重ね合わせた光子。2つ目は、各モードに0かπの位相を与える位相シフタ。
3つ目は、モードを混ぜる線形光学の干渉計で、散乱行列で表される。出力側には光子の検出器を置く。
論文でいう非線形は、ニューロンの結合が3体以上になること(シナプスの非線形性)で、光学の非線形効果とは別の話だ。
量子干渉ともつれた光子
論文の要旨は、多光子の量子干渉と、AIの記憶モデルのハミルトニアンとの関係を述べている。
導入では、多体の結合をもつ模型を光学で計算するには、もつれた光子と干渉計の利用が必要になると書き、付録では、ランダムな媒質でもつれた光子を散乱させて、偶数pのホップフィールド型模型を実現すると述べている。
一方、論文が提案する実験では、レーザー光を強く減衰させた弱いコヒーレント光から、光子対だけを検出時に選び出して使う。
もつれがどう働くかの詳細は、この記事では確かめられなかった。
この研究が示したことと、これから
まとめると、この研究が示したのは、光子の干渉計の出力統計が、p = 2N体のホップフィールド模型のエネルギーとして書けるという対応関係である。
2光子(4体)の場合を数値計算で調べ、記憶の想起相からスピングラス相への転移を確かめた。
まだ示されていないこと
示されていないのは、光学系での実機の動作(この論文では提案のみ)と、従来のコンピュータに対する速度や省電力の優位である。
論文はこれらを将来の可能性として書いている。ニューロンの数が増えたときの振る舞いも、M = 50の結果から考えた予想にとどまる。



示されたのは干渉と記憶モデルの対応関係で、光学系での実機の動作や速さの優位はまだ示されていないんだな。
参考文献:
Multiphoton quantum simulation of the generalized Hopfield memory model
Zanfardino et al., Physical Review Letters 136, 070602 (2026). DOI: 10.1103/945c-11wt
著者の所属: CNR-Nanotec / サレルノ大学 / ローマ・サピエンツァ大学 / IIT ほか
論文本文(arXiv版): arXiv:2504.00111
同じ研究者らを含む実験のプレプリント: arXiv:2605.22922
2024年ノーベル物理学賞の発表: NobelPrize.org









