加齢黄斑変性が進んで視界の中心を失った人の目に、2ミリ四方の小さなチップを埋め込み、専用のメガネと組み合わせて使う。
そんな人工視覚の臨床試験(PRIMAvera)の1年間の結果が、2025年10月、医学誌『New England Journal of Medicine』に報告された。
比較対照群のない単群の試験で、チップを埋め込んだ38人のうち、1年後に評価できた32人中26人(81%)で、視力表の成績が意味のある幅で上がった。
使われたのは「PRIMA」と呼ばれる網膜下インプラントで、メガネから届く近赤外光で電流を生む、小さな太陽電池のような仕組みをもつ。
どうやって見えるようにしたのか、そしてどこまでが言えるのかを、順に見ていこう。
見えなくなるのは「視界の真ん中」だった

いちばん大事な中心が、欠け落ちる
今回対象になったのは、加齢黄斑変性という目の病気だ。網膜の中心にある黄斑という部分が、加齢とともに傷んでいく。
黄斑は、文字を読んだり人の顔を見分けたりするときに使う、いわば視界のいちばん大事な中心部だ。ここが壊れると、視界の真ん中だけがぼやけたり、黒く欠け落ちたりする。
不思議なことに、周辺の視野は残る。真っ暗になるわけではないのに、肝心の中心が見えないので、本もテレビも、相手の表情も追えなくなる。
論文によると、加齢黄斑変性は高齢者の治らない失明の原因として最も多い。今回の試験が対象にしたのは、その進んだ段階である地図状萎縮だ。
萎縮型(ドライ型)の加齢黄斑変性が進んだもので、網膜の外側にある光受容体が少しずつ死んでいき、元に戻らない。
地図状萎縮の患者は世界で約500万人いて、北米では法的失明の約2割の原因になっている。
進行を遅らせる薬(ペグセタコプランとアバシンカプタド ペゴル)は米国で最近承認されたが、月1回または2か月に1回、目に注射する必要がある。
そして論文によれば、承認済みの治療でも開発中の治療でも、視力をはっきり改善させたものはまだない。
枯れるのは「光のセンサー」だった
なぜ視力を取り戻すのが難しいのか。カギは、失われる細胞の種類にある。この病気で死んでしまうのは、光を電気の信号に変える光受容体という細胞だ。
光受容体がなくなると、その部分では光が届いても信号が生まれず、視野の真ん中にまったく見えない領域(絶対暗点)ができる。
進行を遅らせる薬を使っても、一度失われた光受容体は戻らない。

壊れた場所を迂回する、光の抜け道
光受容体は失われても、網膜のすべてが死ぬわけではない。光受容体から信号を受け取って先へ伝える網膜の神経細胞は、多くの患者で残っている。
その一つが双極細胞と呼ばれる中継役の細胞だ。本来なら、光受容体が受け取った信号を双極細胞が受け継ぎ、網膜の中で処理されたあと、視神経を通じて脳へ送られる。
そこで、失われた光受容体の代わりに、残っている双極細胞を電気で直接刺激すれば、信号はその先の神経を通って脳に届く。
これが網膜インプラントの基本的な考え方だ。問題は、その刺激装置をどうやって目の奥に置き、どう電力を届けるかだった。
チップは「目の中の太陽電池」だった
PRIMAのチップは、2ミリ四方、厚さ30マイクロメートルのシリコン製で、光を電気に変える一辺100マイクロメートルの画素が378個並んでいる。
厚さは光受容体の高さの半分ほどだという。これを、萎縮した部分の網膜の下に埋め込む。患者は専用のメガネをかける。
メガネのフレームについたカメラが目の前の景色をとらえ、ポケットに入れる処理装置で画像を処理したあと、波長880ナノメートルの近赤外光の像としてチップに投影する。
映像は電波ではなく、光で目の中に送られる。
チップの各画素には光ダイオードがあり、投影された近赤外光を電流のパルスに変えて、すぐそばの双極細胞を刺激する。
開発企業のScience社は、このチップが「小さな太陽電池パネルのように働く」と説明している。光だけで電流を生むので、電線で外から電力を引き込む必要がない。
近赤外光を使うのは、開発者のダニエル・パランカー氏(スタンフォード大学)によると、チップの外に残っている光受容体に見えないようにするためだ。
メガネのレンズは透明なので、患者はチップによる中心の人工の視覚と、周りに残った自然の視覚を同時に使える。
過去のインプラントが越えられなかった壁
目に埋めた装置で人工の視覚をつくる試みは、これが初めてではない。網膜の表面に置くArgus II、網膜の下に置くAlpha IMS、脈絡膜の上に置く44チャンネルの装置などが試されてきた。
論文によると、Argus IIは電極の間隔が広いため解像度が限られ、報告された最もよい視力はlogMAR 1.8だった(logMARは視力を表す値で、大きいほど見えにくい)。
脈絡膜の上に置く装置は網膜の神経から遠いため、解像度はlogMAR 3.0程度にとどまった。
論文はPRIMAの違いとして、まず配線のない設計を挙げる。眼球の壁に開口部を残す有線の網膜インプラントと比べて、手術と術後のリスクを減らせるという。
また、PRIMAは網膜の神経節細胞ではなく双極細胞を刺激するので、網膜の内側で行われる信号の処理を生かせる。チップは網膜に鋲で留める必要もない。
ただし、これらは論文が述べる設計上の利点で、ほかの装置と直接比べた試験の結果ではない。

32人が示した「文字が読めた」

評価できた32人中26人で視力が改善
試験(PRIMAvera)は、ヨーロッパ5か国の17施設で行われた多施設共同の単群試験だ。
両目に地図状萎縮があり、少なくとも片目の中心の視力を大きく失った60歳以上の38人(平均78.9歳)がチップを埋め込んだ。
比較対照群はなく、一人ひとりの手術前の視力と比べる形で評価した。1年後に評価できたのは32人で、残る6人は死亡が3人、参加の取りやめが1人、検査ができなかったのが2人だった。
試験の費用は開発企業のScience社が出し、データの解析も同社が行った。
1年後、評価できた32人のうち26人(81%)で、メガネを使ったときの視力が手術前より視力表で10文字(2行)分以上よくなった。
これが試験の主な評価項目で、統計的にも意味のある結果だった。メガネと自然の視覚を本人が選んで使った場合、視力の改善は平均25.5文字(5行あまり)で、最も大きい人は59文字分だった。
一方、メガネを外したときの視力は手術前と変わらなかった。27人(84%)は、自宅で人工の視覚を使って文字や数字、単語を読めたと答えた。
「裸眼で見える」わけではない
ただし、取り戻せたのは健康な人と同じ視界ではない。
チップの解像度は画素の大きさで決まり、拡大などを使わないときの人工の視覚の視力は平均logMAR 1.32(スネレン表記で20/417)だった。
いまは白と黒だけで、中間の灰色は表せない。文字を読むときは、メガネの最大12倍のズームや、コントラスト、明るさの調整を使う。
パランカー氏によると、いちばんよく見えるようになるまでに数か月の訓練がいることもある。
また、目の不自由さが生活にどう響くかを尋ねる質問票(IVI)では、暮らしぶりの変化ははっきり示されなかった。

この試験でわかったことの限界
この結果には限界もある。まず、38人の小規模な単群試験で、比較対照群がない。論文の結論も、限られた人数での結果だと断っている。
対象は、加齢黄斑変性のうち地図状萎縮で中心の視力を大きく失った人に限られる。
承認については、論文発表時(2025年10月)の開発企業の発表では、欧州で承認を申請中で、米国ではFDAの手続きが進んでいるとしていた。
同社のサイトには現在、PRIMAは欧州連合でCEマークを取得し、英国で供給の登録がされているが、それ以外の国では承認されていないと書かれている。
ほかの種類の失明への応用は、パランカー氏が今後試したいとしている段階で、今回の試験が示したことではない。
手術に伴う重篤な有害事象
手術に伴うリスクもある。1年間で、手術、または手術と装置の両方に関係する重篤な有害事象が19人に26件起きた。
装置だけが原因のものはなかった。多かったのは眼圧の上昇(6件)、網膜の周辺部の裂け目(5人、いずれも手術中に処置)、網膜の下の出血などで、黄斑円孔や網膜剥離など4件は重症に分類された。
26件のうち21件は手術後2か月以内に起き、そのうち20件は2か月以内に治まった。命に関わるものはなかった。
また、チップを入れた目では萎縮の面積が1年で平均8.5平方ミリ広がり、もう片方の目(2.5平方ミリ)より大きかった。
論文はこれを手術後の変化によるものとしている。参加者の追跡は最長36か月まで続ける予定だ。
ポイントは、電波じゃなく「光」で映像も電力も送っていること。だから配線がいらなくて、手術のリスクも減らせるんだ。
メガネとズームを使って読めるようになったのであって、自然の視力がよくなったわけじゃない。それでも、視力を取り戻す治療がなかった病気で、32人中26人の視力が上がったのは大きな一歩だよ。
目の中の太陽電池が、光で発電して神経を刺激するんだ…! 過度に期待しすぎず、でもすごい一歩だね。
光受容体が失われても、その奥の双極細胞は残っている。PRIMAは、メガネから届く近赤外光で電流を生み、その双極細胞を刺激して、萎縮した黄斑の部分に人工の視覚をつくる。
1年後に評価できた32人中26人で視力表の成績が意味のある幅で上がり、27人が自宅で文字を読めたと答えた。
ただし、対照群のない38人の試験で、見え方は白黒で解像度も低く、重篤な有害事象も19人に起きている。より長い期間の結果は、36か月までの追跡で確かめられる。
参考文献:
一次ソース: Holz FG, Le Mer Y, Muqit MMK, … Palanker D, Sahel JA. Subretinal Photovoltaic Implant to Restore Vision in Geographic Atrophy Due to AMD(New England Journal of Medicine, 2026年。オンライン版は2025年10月20日)
論文本文(著者原稿・無料公開): PMC7618305
試験: PRIMAvera(欧州5カ国17施設・38人登録/32人評価) / Science Corporation プレスリリース
解説: Stanford Medicine「Eye prosthesis is the first to restore sight lost to macular degeneration」









