シルミーねぇはかせ、おならを24時間記録する下着ができたって聞いたんだけど…そんなの測って、いったい何の役に立つの?
それがね、笑い話じゃないんだ。おならは、腸の中に住む細菌たちが今どれだけ活発かを教えてくれる「通信」でね。研究者はこれを「腸内ガス版の血糖モニター」と呼んでいる。しかもその下着のおかげで、人が1日に何回おならをしているか、その本当の数まで見えてきたんだよ。
おならと聞くと、つい笑ってしまう。だが科学者にとって、おならは体からの真面目な便りだ。その中身には、腸の中で今なにが起きているかの手がかりが詰まっている。アメリカのメリーランド大学のチームは、この便りを24時間休みなく読み取る小さな装置——「スマート下着」を作り上げた。そして、この地味に思える発明が、私たちが自分の体について抱いていた常識を、さっそく一つ覆してみせた。
おならは、腸からの「手紙」だった


大部分は、無臭だった
まず、おならの正体をおさらいしておこう。おならは「くさいもの」と思われがちだが、実はおならの大部分は無臭だ。主成分は窒素、水素、二酸化炭素、それにメタンで、これらはにおわない。実に、おならの成分の99パーセント以上が、においのない気体で占められている。あの独特のにおいは、ごくわずかに混じる硫黄をふくむ成分——硫化水素などが放つものだ。量にすればほんの1パーセントにも満たないのに、鼻にはしっかり届く。においの強さと、ガスの大部分とは、まったく別の話なのである。つまり「よく出る」ことと「くさい」ことは、必ずしも一致しない。ちなみに、人が1日に出すおならの総量は、およそ0.5リットルから1.5リットルほどと言われている。この中には、食事や会話のときに飲み込んだ空気に由来するものと、腸内での発酵で生まれたものの、二つの起源が混ざっている。窒素の多くは前者、水素やメタンは後者の産物だ。
ガスは、細菌が働いた証
ではなぜ、腸はガスを作るのか。カギは、腸の中にすむ細菌たちにある。私たちが食べたもののうち、消化しきれなかった食物繊維や糖は、大腸まで届いて腸内細菌のエサになる。細菌がそれを分解する——専門的には発酵する——ときに、副産物として水素やメタンといったガスが生まれる。これらのガスを作れるのは、腸内細菌だけだ。裏を返せば、体が自分でこのガスを作ることはない。つまり、おならに水素がどれだけ含まれるかを見れば、腸内細菌がいつ、どれくらい活発に働いているかが、そのまま読み取れることになる。おならは、恥ずかしい生理現象であると同時に、腸内の見えない住人たちが書いてよこす手紙でもある。問題は、その手紙をどうやって読むか、だった。
下着に留めるだけ、24時間おならを記録する装置


硬貨3枚分の、外付けセンサー
これまで腸内のガスを調べるのは簡単ではなかった。病院で専用の検査を受けるか、飲み込むタイプの小さなセンサーを使うか。どちらも日常的に毎日続けられるものではない。そこでメリーランド大学のチームが考えたのが、身につけるだけで済むウェアラブルだ。研究成果は2025年、専門誌『Biosensors and Bioelectronics: X』に発表された。装置は硬貨を3枚重ねたほどの小ささで、下着の生地に織り込むのではなく、外側の適切な位置にスナップで留める外付け式になっている。そこに組み込まれた電気化学式のセンサーが、放出されるガスに含まれる水素を検出し、あわせて温度や湿度、体の動きまで記録する。水素にしぼったのは、それが腸内細菌だけが作るガスであり、腸の発酵の勢いを最も素直に映すからだ。
「腸のガス版・血糖モニター」
集まったデータは、スマートフォンのアプリに24時間送られ続ける。研究を率いるブラントリー・ホール氏は、この仕組みを「腸内ガス版の持続血糖モニター」と表現する。糖尿病の人が血糖値を一日中見守るように、腸の発酵の様子を途切れなく追いかけられる、というわけだ。指を刺す痛みも、検査室の予約もいらない。ただ身につけて、いつもどおり暮らすだけでいい。試験には健康な38人が参加し、この装置が実生活の中でどこまで腸の様子を捉えられるかが確かめられた。
わかった新事実——人は1日に平均32回もしている


教科書の「14回」を覆した
この下着が最初に暴いたのは、意外にも「おならの回数」についての新事実だった。これまで医学の教科書では、健康な人のおならは1日に14回前後(多くて20回ほど)とされてきた。この数字は、数十年前に行われた研究にもとづくものだ。ところが、装置で24時間まるごと客観的に記録してみると、実際の平均は1日およそ32回——従来の見積もりの倍以上にのぼった。個人差も大きく、少ない人で4回、多い人では59回と、幅広く分布していた。自己申告では、人は自分のおならをかなり見落としていたことになる。無意識のうちに出ているものは、案外数えられていなかったのだ。とりわけ、音もにおいもないおならは、本人すら気づかないまま日々出ていく。私たちは自分の体のことを、思っているほど分かっていないのかもしれない。どちらの数字が正しい、というより、感覚に頼る古い測り方と、機械で連続して測る新しい測り方の違いが、この差を生んだと言える。
「出ている」と「気づく」は別
もう一つ、注目すべき発見があった。乳糖を使ったある試験では、大半の人で腸内細菌の活動が確かに高まったのに、「おならが増えた」と自分で感じて報告した人は、その半分ほどにとどまった。ガスが実際に増えることと、本人がそれに気づくことは、別物だったのだ。だからこそ、感覚に頼らず数字で腸を見守る装置に意味が出てくる。ちなみに、食物繊維の一種であるイヌリンをとったあとの水素の増加を、この装置はおよそ95パーセントという高い確かさで捉えられたという。自覚できない小さな変化まで、機械はきちんと拾い上げていた。
なぜ、ガスから健康が読めるのか


「水素呼気試験」という土台
おならの回数の話は入口にすぎない。この技術が本当に目指すのは、ガスを通して腸の健康状態を読み解くことだ。その土台には、じつは長年使われてきた検査の原理がある。腸内でできた水素やメタンは、その一部が腸の壁から血液に溶け込み、肺まで運ばれて、最後は吐く息にまじって出てくる。この呼気中のガスを測るのが水素呼気試験と呼ばれる検査だ。たとえば牛乳でお腹を壊す乳糖不耐症の診断では、この検査が基準とされている。乳糖をうまく消化できない人がそれを口にすると、消化されない乳糖が腸内細菌のエサになり、水素が急増する。その立ち上がりを見れば、消化の不具合が判定できるという仕組みだ。同じ原理は、小腸で細菌が増えすぎるSIBOという状態を調べるのにも使われている。
飲み込むカプセルとの、すみ分け
じつは、腸内ガスを測る技術は、ほかにも進んでいる。ビタミン錠ほどの大きさの、飲み込む「ガスセンサーカプセル」だ。こちらは腸の中を通りながら、水素や二酸化炭素を直接測り、しかも小腸か大腸かという「発生した場所」まで見分けられる。一部はすでに医療機器として承認されはじめている。ただし使い捨てで、通過するあいだの一回きりの測定になる。対してスマート下着は、体の外でガスを測るため場所の判別はできないが、洗って何度でも使え、何日でも連続して記録できる。体内から一度だけ詳しく測るカプセルと、体外から長く測り続ける下着。前者が「その瞬間の腸の断面図」を精密に撮るとすれば、後者は「腸の毎日の移り変わり」を長く記録し続けるビデオに近い。この二つは、競い合うというより、うまく役割を分け合う関係にある。呼気という間接的な出口からでも多くがわかるなら、発生源に近いおならを一日中追えれば、もっと豊かな情報が得られるはずだ。スマート下着が狙っているのは、まさにこの点である。
ガスの「種類」が語る、腸の不調


ガスのパターンは、不調の鏡
さらに踏み込むと、腸が出すガスは種類によって、体の状態と結びつく傾向が見えてくる。ここは研究が進行中の領域なので慎重に受け取ってほしいが、これまでの知見ではおおよそ次のような対応が指摘されている。メタンが多いことは腸の動きの遅れ、つまり便秘と結びつきやすいと言われる。実際、メタンを作る腸内の微生物を多く持つ人は、慢性的な便秘との関連が報告されている。においのもとである硫化水素は、腹痛や便意の切迫と関連するという報告がある。つまり、どのガスがどれだけ出ているかというパターンは、お腹の不調のタイプを映す鏡になりうる。過敏性腸症候群のように、検査で異常が見つかりにくい一方で日常を大きく損なう不調において、こうした連続記録が手がかりになると期待されている。
笑いのタネから、医療の道具へ
もっとも、今回の下着がまず正確に捉えられるのは水素で、においのもとになる硫化水素やメタンの測定などは、別の仕組みでこれから確かめていく段階にある。ガスのパターンと病気を結びつける研究も、まだ確実な結論には至っていない。参加者も健康な38人という小規模なもので、病気の人での実力はこれから検証される。それでも、これまで「恥ずかしいもの」として意識の外に追いやられ、まともに測られてこなかったおならが、腸の健康を映すデータとして正面から扱われはじめた意味は小さくない。長らく笑いのタネでしかなかったものが、いま静かに、確かな医療の道具へと姿を変えようとしている。
くだらないと思われがちな「おなら測定」が、じつは腸内細菌の活動をリアルタイムで読む窓口なんだ。1日32回という新事実も、地道に測ったからこそ見えた。笑える研究ほど、あなどれないのさ。



おならが腸からの手紙だなんて、もう笑えないね。私も32回、ちゃんと便り出してたんだ…!
おならは、腸にすむ無数の細菌が今どれだけ働いているかを教える、体からの手紙だった。メリーランド大学のスマート下着は、その手紙を24時間読み続けることで、人は1日平均32回もおならをしているという新事実をまず突き止めた。水素呼気試験という長年の検査が示すとおり、腸のガスには健康の手がかりが確かに宿っている。ガスの種類と不調の関係はまだ研究の途上だが、これまで意識の外にあったおならが、腸の状態を映すデータとして扱われはじめた。この技術が育てば、いつか自分の腸内環境を、体重計に乗るくらい気軽に確かめられる日が来るのかもしれない。次にお腹が張ったとき、それは腸内の住人たちからの、ちょっとした便りなのだと思えば、少し愛おしくも感じられる。
参考文献:
一次ソース: Botasini, Hall et al., Smart underwear: A novel wearable for long-term monitoring of gut microbial gas production via flatus(Biosensors and Bioelectronics: X, 2025)DOI:10.1016/j.biosx.2025.100699
関連: 腸内ガスを測る摂取型電子カプセルのヒト試験(Nature Electronics, 2018) / 消化器疾患における水素・メタン呼気試験の北米コンセンサス(2017)










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