ミントを口にすると、ひんやりと冷たく感じる。でも、温度計を当てても、温度は下がっていない。この不思議の正体は、体にある冷たさセンサー「TRPM8」にあった。
このセンサーが、実際の冷たさと、ミントの成分メンソールの両方に、反応してしまうのだ。
なぜ、性質のまるで違う二つの刺激に、同じセンサーが反応するのか。長年の謎だったこの問いに、近年、分子の立体構造を精密に捉える研究が、答えを出しつつある。
歯磨き粉のスースー感から、痛みを和らげる薬の開発まで。
そもそも、温度をどう感じているのか
ノーベル賞に輝いた、感覚の解明
私たちの体は、目や耳のような専用の器官なしに、「熱い」「冷たい」を感じ分けている。その仕組みは、皮膚や粘膜の神経の末端に、埋め込まれている。
この感覚の正体を、分子レベルで突き止めたのが、2021年にノーベル生理学・医学賞を受賞した、デイビッド・ジュリアスと、アーデム・パタプティアンだ。
受賞理由は、「温度と触覚の受容体の発見」だった。
ジュリアスの発想は、逆転の妙にあった。唐辛子の辛味成分カプサイシンを「道具」として使い、それに反応するタンパク質を、細胞から釣り上げたのだ。
こうして、熱さを感じるセンサー「TRPV1」が見つかった。この成功体験が応用され、今度は冷たさを感じさせるメンソールを道具にして、冷たさセンサー「TRPM8」が見つかった。
私たちが「感じる」という体験の、最初の一歩を担う、分子たちである。
センサーは「自動ドア」のような穴
これらのセンサーは、TRPチャネルと呼ばれる、タンパク質のファミリーに属する。重要なのは、これらが単なる「温度計」ではなく、細胞膜に開いた「穴」、つまりイオンチャネルそのものだという点だ。
刺激を受けると、この穴が開き、ナトリウムやカルシウムといったイオンが、細胞の中へ流れ込む。それが電気信号に変換されて、脳まで届くのだ。
唐辛子を道具にセンサーを釣り上げるなんて、発想が天才的! だからノーベル賞なんだ。
冷たさセンサー「TRPM8」とは


2002年に見つかった、冷たさの受付係
今回の主役、TRPM8は、2002年に、マッケミー、ノイハウザー、ジュリアスらが、科学誌ネイチャーで発表した分子だ。
顔や口の感覚を担当する神経や、体幹や手足の感覚を担当する神経の、細胞体が集まる場所に存在し、皮膚や口の粘膜の末端まで伸びた神経の先端に配置されている。
このセンサーは、およそ25度以下への温度低下によって、活性化することが示された。
だが、決定的だったのは、この同じ分子が、メンソールという化学物質でも活性化される点だった。
これは、「メンソールが冷たいと感じさせるのはなぜか」という、積年の生理学の謎に、初めて分子の実体を与えた発見だった。
歯磨き粉のスースー感、リップクリームのひんやり感、湿布の清涼感。これらはすべて、同じ受付係、TRPM8が対応しているのだ。
センサーが「誤発報」している
メンソールを口に含んでも、温度計を当てれば、温度はまったく下がっていない。
にもかかわらず「冷たい」と感じるのは、TRPM8が、「本物の温度低下」と「メンソールという化学物質」という、性質のまるで違う二つの刺激の、両方に反応してしまうからだ。
しかも、その出力である神経への信号が、区別されずに脳へ送られる。
動画でも解説しています
脳の側は、TRPM8からの信号が来た理由まで、さかのぼって確かめる手段を持たない。だから、「TRPM8が興奮した」ことを、「冷たいものに触れた」と解釈してしまう。
TRPM8はうそをついているわけではなく、2つの刺激を区別できないだけだ。
分子レベルでのぞいた「冷たさ」の仕組み


「開く瞬間」を、連続写真で捉える
では、メンソールは、どうやってTRPM8を騙すのか。この謎に、近年の研究が、精密な答えを出しつつある。使われたのは、クライオ電子顕微鏡という技術だ。
タンパク質を含む水を瞬間的に凍結し、生きた状態に近い分子の立体構造を、原子レベルで撮影できる。この技術自体も、ノーベル賞の対象となった、画期的なものだ。
米デューク大学などの研究チームは、この技術でマウスのTRPM8を調べ、冷やされたときとメンソールが結合したときに、それぞれ開いていく途中の形を、連続写真のように捉えた。
メンソールが、受容体の中の特定のポケットに入り込み、本来は温度低下によって起こるはずのタンパク質の形の変化を、化学的な結合の力で引き起こしていることが、構造レベルで示された。
この成果は2025年9月に論文の事前公開サイトbioRxivで公開されたもので、専門家による査読はこれからだ。
入口は違うが、出口は同じ
この研究で見えてきたのは、冷たさとメンソールが、それぞれ別の場所からセンサーに働きかけている、ということだ。冷たさは、チャネルの穴の構造を直接変化させて、イオンの通り道を開く。
一方、メンソールは、穴そのものではなく、チャネルの側面にある別のポケットに結合し、そこからチャネル全体の構造変化を誘導する。
つまり、冷たさとメンソールは、「入口」こそ違うが、最終的にチャネルを開かせるという「出口」を共有している。論文はこれを、両者が強め合う理由だとしている。
実際、8℃に冷やした状態では、メンソールへの感度がおよそ10倍に高まった。論文は、もし2つの刺激が別々の仕組みでチャネルを開くなら、こうした相乗効果は起きないはずだと説明している。
入口は違うけど出口は同じなんだ! メンソールは裏口から開けてたんだね。


熱い、冷たい、ツンとする


センサーの、役割分担
TRPM8は、温度と化学物質の両方に反応する、温度感受性TRPチャネルの一つだ。この仲間には、はっきりした役割分担がある。
唐辛子のカプサイシンに反応し、43度以上の熱さで活性化する「TRPV1」は、いわば「熱い・痛い」担当だ。メンソールに反応し、25度以下で活性化するTRPM8は、「涼しい・冷たい」担当。
そして、わさびや辛子の刺激成分に反応する「TRPA1」、通称「わさび受容体」は、「刺激物」担当である。
この三つを並べると、面白いことに気づく。「熱い担当」「冷たい担当」「刺激物担当」が、それぞれ、辛味、清涼感、ツンとした刺激という、日常でおなじみの食体験に、対応しているのだ。
ちなみに、辛味は本来「味覚」ではなく、TRPV1が引き起こす、一種の痛覚・温度覚だとされる。
熱い係と、冷たい係を、交互に
この仕組みを知ると、身近な体験が、少し違って見えてくる。たとえば、激辛料理を食べながら、ミントタブレットで口直しをする。
これは実は、同じセンサーファミリーの中で、「熱い係」であるTRPV1と、「冷たい係」であるTRPM8を、交互に呼び出しているだけ、とも言える。
私たちが味わう刺激の多くは、こうしたセンサーたちの反応の産物なのだ。
熱い係と冷たい係を交互に呼び出してるだけ、っていうの面白い!
くらしや、医療への広がり


化粧品から、痛み止めまで
TRPM8のような温度感受性センサーは、単なる基礎科学の対象にとどまらず、すでに私たちの生活の中で、実用化が進んでいる。
化粧品の分野では、TRPM8を活性化させて清涼感を演出する成分が、制汗剤やシェービングジェル、リップクリーム、歯磨き粉などに配合されている。
逆に、TRPV1を活性化するカプサイシンは、温感を演出する目的で、温感タイプの化粧品や、貼る温感シートに使われている。
そして、より切実なのが、医療への応用だ。TRPV1やTRPA1は、痛みやかゆみの伝達経路に、深く関わることが分かっている。
これらのセンサーを阻害する薬は、鎮痛薬や、かゆみ止めの、開発の標的として注目されている。TRPM8も、ドライアイや、冷たさで起きる痛み、せきなどの治療の標的として注目されている。
論文によると、TRPM8を働かせる薬が、ドライアイの治療薬として最近、米食品医薬品局(FDA)に承認された。
「なぜミントで冷たく感じるのか」という素朴な疑問の答えが、そのまま「痛みやかゆみをどう和らげるか」という、切実な医療課題への手がかりにもなっているのだ。
構造が分かれば、狙い撃ちの薬が作れる
ここで、今回の構造解明が、大きな意味を持ってくる。センサーの立体構造が明らかになれば、その特定のポケットに、ぴったりはまる化合物を設計する、という「狙い撃ちの創薬」が可能になる。
ミントのひんやりの研究が、痛み止めの薬につながるかもなんだ。奥深いね。
「なぜ」を分子まで分解する面白さ


20年を超える、研究のリレー
「なぜミントで冷たく感じるのか」という、一見すると生活の雑学レベルの疑問が、実際には、20年以上にわたる基礎研究の積み重ねの上に、成り立っている。
2002年のセンサーの発見から、初期の構造研究、そして近年の活性化過程の構造解明まで。一つの分子の「正体」を突き止めるだけで、四半世紀近くかかっているのだ。
参考文献:
Structural Basis of Cold and Menthol Sensing by TRPM8 (bioRxiv, 2025、査読前). DOI: 10.1101/2025.09.09.675254
Identification of a cold receptor reveals a general role for TRP channels in thermosensation (McKemy, Neuhausser, Julius, Nature 416, 52-58, 2002). DOI: 10.1038/nature719
研究機関: デューク大学、米国立環境衛生科学研究所(NIEHS)ほか(2025年の論文)/カリフォルニア大学サンフランシスコ校(2002年の論文)









