アメリカのロックフェラー大学とメモリアル・スローン・ケタリングがんセンターのチームが、転移したがんの患者12人を対象にした第1相試験の結果を、2025年に専門誌キャンサー・セルに報告した。
第1相試験は、薬の安全性と投与量を確かめる、人での最初の段階の治験だ。
免疫のスイッチであるCD40を刺激するよう改良した抗体「2141-V11」を、皮膚などにあるがん1か所に直接注射したところ、12人中6人で腫瘍が小さくなり、2人ではがんが見えなくなった(完全奏効)。
太ももの1か所に注射した黒色腫の患者では、注射していない太ももと足の病変も消えた。
ただし、確定した奏効率は12人中2人(16.6%)で、人数も少ない。論文自身も、少人数でがんの種類も限られるため、効果について言えることには限りがあると書いている。
何がわかり、何がまだわからないのかを分けて見ていく。
約20年、壁に阻まれてきたCD40抗体
免疫のブレーキを外す抗PD-1抗体や抗CTLA-4抗体などの免疫チェックポイント阻害薬は、いくつかのがんで有効な治療として定着した。
ただ、論文によると、恩恵を受けるのは一部の患者に限られる。大学の発表の中で研究者は「一般に、免疫療法に反応するのは患者の25〜30%だけだ」と述べている。
そこで、ブレーキを外すのとは別に、免疫を刺激する側から働きかける方法が考えられてきた。論文はその代表としてCD40を挙げている。
免疫の起動スイッチ「CD40」
CD40は、腫瘍壊死因子(TNF)受容体の仲間で、樹状細胞、B細胞、マクロファージなど、抗原を提示する細胞の表面に多くある受容体だ。
CD40が刺激されると、これらの細胞が成熟して活性化し、がんを狙うT細胞の反応が起きやすくなる。この受容体を刺激する抗体を「CD40作動薬」と呼ぶ。
CD40作動薬は、動物実験では免疫を働かせてがん細胞を倒したが、人では期待どおりにいかなかった。
過去約20年にいくつもの第1世代の抗体が人で試されたが、効果は限られ、サイトカイン放出症候群、血小板の減少、肝臓の酵素の上昇といった全身の毒性で、量を増やせなかった。
免疫を強く刺激する薬ほど、諸刃の剣になりやすいんだね。難しいなあ。


抗体の根元の改良と、腫瘍への直接注射


Fc領域を変えてFcγRIIBと強く結びつける
抗体はY字の形をしている。先端の2本の腕で標的をつかみ、柄にあたる「Fc領域」で免疫細胞のFc受容体と結びつく。
ラベッチ氏らはこれまでの研究で、CD40抗体が体内で働くには、Fc領域が抑制性のFc受容体「FcγRIIB」と結びつき、CD40をうまく束ねることが必要だと示していた。
2141-V11は、以前に臨床試験で使われたCD40抗体(CP-870,893)を元にしている。
抗体の型をIgG1に変え、Fc領域の5か所に変異を入れて、FcγRIIBとの結合を選んで強めた。大学の発表によると、抗腫瘍免疫を引き出す力は10倍になった。
論文は、以前の失敗の原因は、FcγRIIBとの結合が足りないFcの設計にあったのかもしれないと考察している。
実際、IgG1型のCD40抗体を腫瘍に注射した以前の試験では、安全だったものの意味のある効果は出なかったという。
つかむところは同じで、根元だけ変えたんだね。
血管ではなく、腫瘍に直接打つ
もう一つの工夫が、投与の方法だ。これまでCD40抗体は血管に入れるのが一般的だった。
大学の発表によると、CD40は体のあちこちにあるため、がん以外の多くの細胞が薬を受け取ってしまい、それがよく知られた毒性につながっていた。
ヒトのCD40とヒトのFc受容体を持つように改変したマウスでも、2141-V11を全身に入れると血小板の減少や肝障害が出たが、腫瘍の中に注射すると、こうした毒性を避けられた。
今回の試験では、治療に関係する有害事象が12人中7人に出たが、すべて1度か2度(軽度から中等度)で、用量制限毒性は出ず、最大耐用量にも達しなかった。
多かったのは発熱、悪寒、注射した場所の反応で、血小板の減少や肝臓の酵素の上昇は見られなかった。
一方、治療とは関係ないと判断された重い有害事象が3人に4件あり、そのうち1人は尿路感染症から敗血症を起こして亡くなった。
注射していない腫瘍も縮んだ
病変ごとに見ると、注射した標的病変16個のうち11個が小さくなり、5個が完全奏効か部分奏効になった(31.2%)。
注射していない標的病変は12個のうち4個が小さくなり、3個が完全奏効か部分奏効になった(25%)。注射していない離れた腫瘍が縮むこうした現象を、論文はアブスコパル効果と呼んでいる。
しくみを調べるため、チームはヒトのCD40とFc受容体を持つマウスで、左右の乳腺にがんを移植し、片方だけに2141-V11を注射した。
すると、注射した腫瘍も、注射していない腫瘍も退縮した。リンパ節から免疫細胞が出ていくのを薬で止めても、注射した腫瘍は退縮した。
一方、注射していない腫瘍への効果は消えた。チームは、注射した腫瘍の中でT細胞が活性化され、そのT細胞が離れた腫瘍を攻撃していると考えている。
腫瘍の中にできたリンパ節に似た構造
チームが注目したのが「三次リンパ構造(TLS)」だ。リンパ節以外の場所、たとえばがん組織の中にできる、リンパ節に似た免疫細胞の集まりで、がんへの免疫を支える場所と考えられている。
TLSがあるがんは、経過がよく免疫療法も効きやすいという報告がある。
完全奏効した2人では、治療後に注射した腫瘍を調べると、樹状細胞、T細胞、B細胞が集まった成熟したTLSが見つかった。
治療前には無かったものだ。黒色腫の患者では、注射していない腫瘍にもTLSができていた。反応しなかった患者1人の腫瘍では、TLSは見られなかった。
ただし人で示せたのは、治療とTLSに関連があるところまでだ。
2141-V11が腫瘍の中にTLSを新しく作ることを直接示したのはマウスの実験で、注射した腫瘍6個のうち5個にTLSができ、治療しなかったマウスの腫瘍には無かった。
注射していない腫瘍にも、同じような集まりができていたんだね。


12人の治験で、見えたこと


6人でがんが縮み、2人は消えた
試験は2020年1月から2022年7月に参加者を集めた。対象は、皮膚や皮下、リンパ節に注射できる転移があるがんの患者12人で、乳がん7人、黒色腫3人、腎細胞がん2人。
前に受けた治療は中央値で5種類にのぼり、7人は免疫療法を受けたことがあった。投与量は0.7mg、2.0mg、7.0mg、10.0mgの4段階で、腫瘍に直接注射した。
12人中6人で腫瘍が小さくなり、2人が完全奏効だった。1人は89歳の黒色腫の女性で、左の太ももの1か所に注射を続けたところ、注射していない太ももと足の病変も平らになって消えていった。
試験の後も含めて28か月寛解が続き、その後、左足の指で再発した。もう1人は67歳の乳がんの女性で、肝臓やリンパ節にも転移があった。
皮膚の病変に注射したところ、皮膚の病変はすべて消え、注射していない肝臓の転移もPET-CTで見えなくなった。この人は7.1か月後に、わきの下で再発した。
ロックフェラー大学のジェフリー・ラベッチ教授は、「局所に注射して全身に反応が出る、こうした効果は、どんな臨床治療でもあまり見られない」と述べている。
これは第1相試験の結果
この試験の主な目的は、効果を証明することではなく、最大耐用量と、次の第2相試験で使う推奨用量を決めることだった。
効果は、副次的な目的として予備的に調べたものだ。確定した奏効率は12人中2人(16.6%)、病勢制御率は12人中4人(33.3%)だった。
当初は7段階の投与量を予定していたが、参加者がなかなか集まらず、4段階で終わった。論文は、10mgでも用量制限毒性は出なかったものの、推奨用量の確認にはさらに評価が必要だとしている。
現在は、筋層非浸潤性膀胱がん、悪性神経膠腫、前立腺がんで2141-V11の試験が進んでいる。大学の発表によると、第1相か第2相の段階で、参加者は合わせて200人近くになる。
いろいろながんで、合わせて200人近くが参加する試験が進んでいるんだね。
期待は大きい、でも「初期段階」


少数例の結果を、過信しない
今回の結果は12人の第1相試験で、効果を大人数で確かめた段階ではない。CD40作動薬は約20年にわたり、動物では効いても人では期待外れに終わってきた。
12人での結果が、より大きな試験でも再現されるかはまだわからない。
完全奏効した2人は、治療を始める前から、同じ型のT細胞受容体を持つCD8陽性T細胞(がんを攻撃するT細胞)の割合が、反応しなかった人より高かった。
この薬が効くには、免疫の側にも条件があるのかもしれない。大学の発表によると、チームはより大きな試験で、どの患者に効くのかを見分ける目印と、効かない人を効くようにする方法を調べている。
論文が示したこと
論文は、2141-V11の腫瘍内注射が、一部の患者で安全で効果がありうることを人で初めて示したとまとめ、第2相試験で調べる価値があるとしている。
免疫療法が効きやすい黒色腫だけでなく、これまで反応しにくかったホルモン受容体陽性の乳がんでも反応が出た点も挙げている。
参考文献:
Fc-optimized CD40 agonistic antibody elicits tertiary lymphoid structure formation and systemic antitumor immunity in metastatic cancer
Osorio et al., Cancer Cell 43(10), 1902 (2025). DOI: 10.1016/j.ccell.2025.07.013
論文本文(PMC): https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12360484/
ロックフェラー大学の発表: Immunotherapy drug eliminates aggressive cancers in clinical trial(2025年8月14日)
臨床試験の登録: NCT04059588









