はかせ、ケトン食ってがんを防ぐって聞いたことがあるけど、本当なの?
大腸ではそういう報告もあるんだ。でもマウスの小腸では、同じ食事で腫瘍が増えたという研究が出たんだよ。
糖質をぐっと減らして、脂肪を多くとる「ケトン食」。もともとは1920年代にてんかんの治療として生まれ、近年はやせる方法や、寿命をのばせるかもしれない方法としても取り入れられています。これまでの研究では、ケトン食が大腸がんを防ぐのに役立つかもしれないとされてきました。
ところが、アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)のチームがマウスで調べると、ケトン食は小腸の腫瘍を増やしていました。同じ種類のマウスの大腸では、逆に腫瘍が減っています。
腫瘍を増やしていたのは、ケトン食で体の中に増える「ケトン体」ではありませんでした。腸の幹細胞が、食べた脂肪を燃やす働きのほうだったのです。論文は2026年に学術誌『Nature』に掲載されました。遺伝的に腸に腫瘍ができやすいマウスでの結果で、人で同じことが起きるかはまだ分かっていません。
小腸では増え、大腸では減った腫瘍
チームは、腸に腫瘍ができやすいように遺伝子を操作したマウスで、食事と遺伝子と代謝をいろいろに変えて調べました。発表文によると、マウスにはケトン食か対照食(比べるための餌)か、太りやすい高脂肪・高カロリーの餌のどれかが与えられています。
結果ははっきりしていました。ケトン食のマウスは、対照食のマウスより腫瘍の量が多く、早く死んでいました。査読前の版の論文によると、生き残るマウスの数に差が出る前の90日の時点では、腫瘍が増える差がさらに大きく出ていました。チームは、腫瘍の量がマウスの寿命に直接響いたとみています。
ケトン食のマウスは、太ってはいませんでした。それでも腫瘍のでき方は、太る高脂肪食のマウスと同じくらいか、場合によってはそれより多かったと発表文は伝えています。
一方、大腸では逆でした。ケトン食のマウスでは、大腸の腫瘍は少なくなっていたのです。同じ食事が、腸の中の隣り合う場所でまったく逆に働いたことになります。
実験に使ったマウスと餌
使われたマウスは、がんを抑える遺伝子Apcの片方を、薬の注射で壊せるようにしてあります。残ったもう片方が自然に失われると、腸に良性の腫瘍(腺腫)ができる仕組みです。
査読前の版によると、注射のあと、マウスには対照食かケトン食を約150日間与えました。対照食は脂肪が10%、ケトン食は脂肪が80%で、ケトン食の脂肪は主にラードです。オスとメスの両方を使い、年齢と性別をそろえて比べています。
ケトン食のマウスは、体重はあまり変わりませんでした。血液の中のケトン体ははっきり増え、インスリンは下がっています。血糖値は、はっきりとは変わりませんでした。
なお、掲載された論文で読めたのは要旨だけです。餌の中身や日数などの細かい条件は、査読を受ける前に公開された版から取っています。
ケトン体を減らしても、増やしても変わらなかった
これまでの研究から、ケトン体の一種β-ヒドロキシ酪酸(BHB)には、大腸がんを抑える働きがあると考えられてきました。そこでチームは、ケトン体を作れなくすれば、腫瘍はもっと増えるだろうと予想しました。
これまでの研究で、ケトン体を作る流れの速さを決めるのはHMGCS2という酵素だと分かっています。全身のケトン体は主に肝臓で作られますが、HMGCS2は小腸の幹細胞でも多く作られています。
チームは、腸の内側の細胞だけでHMGCS2をなくしたマウスと、肝臓だけでなくしたマウスを作りました。腸でなくすと腸のBHBは大きく減り、肝臓でなくすと血液の中のケトン体が大きく減りました。ところが、どちらのマウスでも、ケトン食で腫瘍が増える効果は弱まりませんでした。
ケトン体を使う側の酵素BDH1やOXCT1をなくしても、腫瘍の量ははっきりとは変わっていません。
逆向きの実験もあります。ふつうの対照食のまま、腸の細胞でHMGCS2をたくさん作らせると、腸のケトン体は増えました。それでも腫瘍の数や大きさ、マウスの寿命は変わりませんでした。
論文は、ケトン食で腫瘍が増えるのに、ケトン体は「必要でも十分でもない」とまとめています。発表文の中でユルマズ准教授は、ケトン体は代謝の「傍観者」のようなものだったと話しています。
幹細胞が食べた脂肪を燃やしていた


では、何が腫瘍を増やしていたのでしょうか。手がかりは、腸の内側を作り直す幹細胞にありました。
これまでの研究で、腸の内側は体の中でも特に入れ替わりが速く、ふだんは4〜5日ごとに新しくなることが知られています。この入れ替わりを主に担っているのが、腸のくぼみの底にいる幹細胞です。
ケトン食のマウスでは、このくぼみの底の幹細胞が増え、細胞分裂も盛んになっていました。このマウスから取り出した細胞は、試験管の中で小さな腸のかたまり(オルガノイド)を作る力も強まっていました。
幹細胞の中で何が起きているのか、チームは遺伝子の働きを細胞1つずつ調べました。すると、脂肪の代謝に関わる遺伝子のスイッチ役PPARの仲間が、そろって働きを強めていました。脂肪を分解して燃やす働き(脂肪酸の酸化)に関わる遺伝子のまとまりも、強く働いていました。
脂肪を燃やす入り口を止めると
中でも目立ったのが、CPT1Aという酵素です。長い脂肪酸をミトコンドリアに運び込んで燃やす流れの、速さを決める役をしています。ケトン食のマウスの幹細胞では、この酵素が多く作られていました。
決め手になったのは、腸の細胞だけでCPT1Aをなくしたマウスです。このマウスでは、ケトン食のときだけ腫瘍の総数が減り、対照食では減りませんでした。掲載版の要旨には、PPARα・δ・γをまとめてなくすと、ケトン食による幹細胞の増え方や分裂が抑えられたことも書かれています。
論文はこの結果から、腫瘍の始まりは脂肪がたまることではなく、食べた脂肪を燃やすことと結びついていると述べています。発表文の説明では、脂肪を燃やす働きが高まるとPPARがオンになり、幹細胞の分裂を速めます。分裂が増えるほど、一部の細胞ががんに変わる機会も増えるという考えです。
幹細胞が活発なことは、いつも悪いわけではありません。けがや病気のあと、腸の内側が治るのを助けるからです。ユルマズ准教授は「幹細胞が多いと小腸が傷ついたときによく治るが、活発な幹細胞が多いことは腫瘍ができることにもつながる」と話しています。
2022年の研究と食い違う、大腸の説明


2022年に学術誌『Nature』に載った別の研究では、大腸がんの動物モデルで食事を比べ、ケトン食が腫瘍を強く抑えることが報告されました。その研究では、ケトン体のBHBだけを与えても同じ効果が出ています。BHBは細胞の表面にある受容体Hcar2を通じて働き、細胞の分裂を抑えるという説明でした。
今回の研究でも、大腸ではケトン食で腫瘍が減りました。ただし、腸の細胞のケトン体の量を遺伝子で変えても、大腸の腫瘍を抑える効果は見られませんでした。小腸でも、ケトン食はHCAR2を通さずに腫瘍に影響しているらしいと論文は書いています。査読前の版によると、ケトン食と対照食のマウスの細胞15,053個を調べて、Hcar2の写しは1つしか見つかりませんでした。
論文は、ケトン体がいつでもがんを防ぐ良いものだという考え方に、疑問を投げかける結果だとしています。大腸で腫瘍が減った理由そのものは、この研究の範囲の外です。脂肪が多い食事で大腸の環境が多くの点で変わり、それらが組み合わさって効いている可能性を論文は挙げています。
ほかのがんでも結果は分かれている
これまでの研究でも、ケトン食とがんの関係は、がんの種類によって結果が分かれています。論文が紹介している過去の研究では、急性骨髄性白血病のモデルでケトン食が病気の進行を速め、生存を縮めました。すい臓がんを移植したモデルでは、カロリー制限は腫瘍を抑えたのに、ケトン食は効果がありませんでした。
高脂肪食と腸の幹細胞の関係は、同じユルマズ氏らのグループが2016年に発表した別の研究でも調べられています。そこでは、太る高脂肪食が腸の幹細胞の数と働きを高め、幹細胞などでPPAR-δが強く働くことが報告されました。PPAR-δが働くと、ふつうは幹細胞でない前駆細胞まで、Apcを失ったあとに体の中で腫瘍を作れるようになったといいます。
今回の論文は、ケトン食は太る高脂肪食とは体の状態やホルモンの様子が違うのに、腫瘍を増やす主な特徴は共通していたと書いています。
マウスの結果を人に当てはめる前に
この研究は、遺伝的に腸に腫瘍ができやすいマウスでの実験です。人がケトン食を続けたときに小腸の腫瘍が増えるかどうかは、調べられていません。ここで示されたのは、マウスで食事と遺伝子を変えたときの道すじで、人の食事と病気の関係を追った観察研究とは別物です。
査読前の版によると、マウスの餌は脂肪が80%のケトン食でした。人が日々の暮らしで続けるケトン食と、同じ中身とは限りません。
腫瘍の組織を調べる作業は、どのマウスがどの群か分からない形で行われました。ただし、それ以外の解析は群を知ったうえで行われています。また、PPARα・δ・γをまとめてなくす実験は掲載版の要旨にあり、査読前の版にはありません。掲載版では、数字や実験の中身が変わっている可能性もあります。
論文が気にかけている人たち
論文が特に気にかけているのは、家族性大腸腺腫症(FAP)のように、遺伝的に小腸に腫瘍ができやすい体質の人たちです。これまでの研究で、FAPは大腸と直腸に数百から数千のポリープができる遺伝性の病気で、小腸の腺腫やがんのリスクも高いことが知られています。過去の研究によると、FAPの人では小腸(特に十二指腸)の腺腫が90%に、がんが10%に生じます。
論文は、遺伝的に腫瘍ができやすい人のがん予防の食事は、慎重に考える必要があると結んでいます。発表文は、小腸の腫瘍がここ数十年で増えていることにも触れています。
ケトン体のサプリについての見方もあります。発表文によると、小腸での増加も大腸での減少も、ケトン体ではなく脂肪の代謝と結びついていました。そのため、ケトン体のサプリや飲み物では、どちらの効果も再現されないと考えられるといいます。
じゃあ、ケトン食は体に悪いってこと?
そこまではまだ言えないんだ。腫瘍ができやすいマウスの小腸で、ケトン食の脂肪が幹細胞を通じて腫瘍を増やした、というところまでだよ。
ユルマズ准教授は、ある組織に良いものが別の組織には悪いかもしれないので、こうした食事の効果を広く当てはめるのは慎重であるべきだと語っています。チー氏は、同じ食事がなぜ腸の隣り合う2つの場所で逆の結果を生むのかを、次に調べると話しています。
同じ「ケトン食」でも、小腸と大腸では答えが逆になりました。食事の良し悪しを、ひとつの物差しで決めることの難しさがよく表れた結果だと感じます。
参考文献:
一次ソース: Shay JES, Chi F, Tzouanas CN, et al., Ketogenic diet mediates intestinal tumorigenesis through lipids not ketones(Nature, 2026)DOI:10.1038/s41586-026-10779-y
査読前の版(v2): Shay JES, Chi F, et al., Dietary lipids, not ketone body metabolites, influence intestinal tumorigenesis in a ketogenic diet(bioRxiv)DOI:10.1101/2025.06.06.658169
研究機関: マサチューセッツ工科大学(MIT) / 大学の発表(転載): MIT scientists find a hidden cancer risk of the keto diet(Massachusetts Institute of Technology提供、ScienceDaily、2026年10月5日)
紹介した別の研究: Dmitrieva-Posocco O, et al., β-Hydroxybutyrate suppresses colorectal cancer(Nature, 2022)DOI:10.1038/s41586-022-04649-6
Beyaz S, et al., High-fat diet enhances stemness and tumorigenicity of intestinal progenitors(Nature, 2016)DOI:10.1038/nature17173
アイキャッチ画像: Photo: Sorin Gheorghita / Unsplash










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