木星の衛星エウロパは、分厚い氷にすっぽりと覆われた、極寒の星だ。だが、その氷の下には、地球の全海洋を合わせた量の2倍以上ともいわれる、途方もない量の液体の水が眠っていると考えられている。太陽系のなかで、生命が存在しうる最有力候補の一つだ。
その生命の可能性を、大きく前進させる研究がある。テキサス大学オースティン校とNASAジェット推進研究所(JPL)のチームが、エウロパの氷の層が、まるで巨大なポンプのように、表面で作られた酸素を地下の海へと運んでいる仕組みを明らかにしたのだ。氷が海を「呼吸」させている——その巧みなからくりを、順に見ていこう。
そもそもエウロパとは、どんな星か
氷の下に海を持つ、ガリレオの衛星
エウロパは、1610年にガリレオ・ガリレイが発見した木星の四大衛星の一つだ。大きさは地球の月よりやや小さく、直径はおよそ3100キロメートル。表面は厚い氷におおわれ、無数のひび割れが縦横に走る独特の模様を持つ。この氷の下に、液体の水でできた広大な地下海が広がっていると考えられている。
地球以外の天体に海があるとなれば、それは生命探査における最重要の候補地になる。NASAはエウロパを「太陽系で生命が存在する可能性が最も高い場所の一つ」と位置づけているほどだ。表面温度は氷点下150度前後まで下がる過酷な世界だが、その分厚い氷の下には、生命を育みうる海が、静かにたたえられているかもしれないのである。
氷の厚さは、どれくらいか
その氷の厚さは、これまでおよそ15キロメートルから25キロメートルほどと考えられてきた。日本一高い富士山が3776メートルだから、その4倍から6倍以上という、途方もない分厚さだ。
ただし、この数字は確定したものではない。氷の厚さの推定には、3キロメートルから45キロメートルまで、実にさまざまな説がある。最近では、木星探査機ジュノーの観測データから、29キロメートルプラスマイナス10キロメートルという、やや厚めの推定値も報告された。分厚い氷の正確な厚みは、いまも研究者たちが挑み続けている、大きな問いの一つなのだ。

富士山の何倍もの氷の下に海があるなんて、想像すると壮大だね!
表面で、酸素が作られている


荷電粒子が、水を壊す
物語は、エウロパの表面から始まる。エウロパには大気がほとんどなく、木星の強力な磁場が生み出す高エネルギーの荷電粒子——電子や陽子、イオン——が、絶えず降り注いでいる。この粒子が氷の表面にぶつかると、水の分子が物理的にちぎれる。
ここで、旧来の説明を一つ正しておきたい。この現象を「電気分解のようなもの」と紹介されることがあったが、それは正確ではない。電気分解は電流を流して化学反応を起こすものだが、ここで起きているのは、電気ではなく、粒子の衝突エネルギーそのものが分子を壊す「放射線分解」という現象だ。壊れた水分子は、不安定な断片を経て、酸素や過酸化水素といった酸化剤に姿を変える。最近の観測では、エウロパの表面全体で、毎秒およそ12キログラムもの酸素が生み出されていると見積もられている。
作られた酸素の、行き先という難問
ここで、長年、天文学者を悩ませてきた謎がある。表面でせっかく酸素が作られても、その大部分は宇宙空間へ逃げてしまうだけではないか、という問題だ。作られた酸素が、分厚い氷を突き抜けて地下の海まで届かなければ、生命の役には立たない。氷は、酸素を海へ届けるための障壁になっているように見えた。
もし酸素が海に届かないなら、たとえ海があっても、生命に必要な酸化剤が供給されないことになる。この「氷という壁を、酸素はどう越えるのか」という問いこそ、エウロパの生命可能性を左右する、大きな鍵だった。そして、その答えを示したのが、今回の研究である。
氷が「呼吸」する、巧みなからくり


塩水が、じわじわ滲みていく
2022年、テキサス大学オースティン校のマーク・ヘッセ教授らは、NASA JPLの研究者と共同で、この謎に迫るモデルを発表した。鍵を握るのは、「カオス地形」と呼ばれる、氷がひび割れて再配列したような地形だ。この場所では、氷が部分的に融け、塩分を含んだ「ブライン(塩水)」が生まれる。
ここで、旧来「氷がスポンジのように酸素を吸い込む」と説明されることがあったが、実態は少し違う。ブラインは、周りの氷より密度が高いため、重力に従って下へと滲み出そうとする。このとき、氷の中の微小なすきまが一時的に広がって塩水を通し、通過すると再び閉じる。この開いては閉じる動きが、波のように連続して伝わっていく。研究者はこれを「多孔性波」と呼んだ。スポンジで吸い上げるというより、塩水が自分で下への抜け道を、次々と作りながら滲みていくイメージだ。
酸素の86%が、海へ届く
この多孔性波こそが、酸素を海へ運ぶポンプの正体だった。表面で作られた酸素は、この塩水の流れに溶け込み、波に乗って氷の奥深くへと運ばれていく。研究チームのシミュレーションによれば、表面で作られた酸素のうち、実に86%が、このブラインの波に乗って地下の海まで到達するという。
そして、その所要時間も見積もられた。旧来「数万年から数十万年かかる」と紹介されることがあったが、論文が示した具体的な数値は、およそ2万年だ。宇宙のスケールからすれば、驚くほど速い。氷という壁は、酸素を阻む障壁ではなく、むしろ酸素を海へ届ける、生きた輸送路だったのである。氷が呼吸するように、表面の酸素を地下の海へと送り込んでいたのだ。
氷が壁じゃなくて、酸素を運ぶ道だったなんて! 発想がひっくり返るね。
海が凍らないのは、木星のおかげ


ゴムまりを揉むように、熱が生まれる
そもそも、太陽から遠く離れたこの極寒の星で、なぜ氷の下の海が凍らずにいられるのか。答えは、木星の強大な重力にある。エウロパは木星の周りを回りながら、近づいたり離れたりを繰り返す。そのたびに、木星の潮汐力によって、エウロパの内部がわずかに引き伸ばされたり、押し縮められたりする。
このゴムまりを繰り返し揉むような変形が、摩擦熱を生み出す。これを「潮汐加熱」と呼ぶ。太陽の光で温められるのとはまったく違う、天体同士の重力がぶつかり合って生まれるエネルギーだ。この潮汐加熱のおかげで、氷の底が融け続け、地下の海は液体のまま保たれている。木星という巨大な親星の存在そのものが、エウロパの海を守っているのである。
海底に、熱水噴出孔があるかもしれない
さらに、この地質活動が海底にまで及んでいれば、地球の深海底に見られるような「熱水噴出孔」が、エウロパの海底にも存在する可能性がある。地球では、太陽の光が一切届かない深海の熱水噴出孔のまわりに、化学合成細菌を土台にした独自の生態系が、豊かに繁栄している。
もしエウロパの海底にも同じような熱水噴出孔があれば、そこから噴き出す鉱物豊かな熱水が、生命のエネルギー源になりうる。ただし、これはまだ直接観測されたわけではなく、あくまで理論上の推測の段階だ。断定はできない。それでも、その可能性を思い描くだけで、氷の下の暗い海に、胸が高鳴る。



深海の熱水噴出孔みたいな環境が、エウロパにもあるかもなんだ!
生命に必要な条件が、そろっている


水、エネルギー、そして材料
天文学者が地球外生命の可能性を評価するとき、しばしば用いる基準がある。「液体の水」「エネルギー」「材料となる化学物質」の三つだ。この三条件がそろえば、生命が誕生し、維持されうる環境が整っていることになる。そして驚くべきことに、エウロパは、この三つすべてを満たしうる、稀有な天体なのだ。
液体の水は、分厚い氷の下の地下海。エネルギーは、木星の潮汐加熱。そして材料となる化学物質は、放射線分解で作られ、多孔性波によって海へ運ばれる酸素をはじめとする酸化剤だ。今回の酸素輸送の研究は、この三条件のうち「材料」の供給を裏づける、重要なピースだった。氷の下の暗い海に、生命の材料が着実に届けられている。その可能性が、一段と現実味を帯びたのである。
「条件がそろう」と「生命がいる」は別
ただし、ここは慎重に受け止めたい。条件がそろっていることと、実際に生命が存在することは、まったく別の話だ。現時点で、エウロパに生命がいるという証拠は、何一つ見つかっていない。三つの条件がそろっているというのは、あくまで「生命が存在できる舞台が整っている」という意味にすぎない。
「いるかも」と「いる」は別。そこを冷静に分けるのが大事だね。
それでも、この舞台の存在自体が、途方もなくわくわくする事実だ。太陽の光が届かない、氷の下の暗い海。そこに、生命を育みうる条件がそろっているかもしれない。私たちが「生命がいるかもしれない星」と聞いて思い描く、青い地球のような姿とは、まるで違う世界に、その可能性は秘められているのである。
2030年、氷の下をのぞき込む


探査機エウロパ・クリッパー
この謎に、いよいよ本格的に挑む探査機がある。NASAの「エウロパ・クリッパー」だ。2024年10月、フロリダから打ち上げられた、NASAの惑星探査機としては過去最大級の機体である。地球や火星の重力を利用したスイングバイを繰り返しながら、およそ29億キロメートルの旅を経て、2030年4月に木星系へ到着する予定だ。
エウロパ・クリッパーは、木星を周回しながら、エウロパへの接近飛行を49回も行う計画だ。九つの科学観測機器を駆使して、氷の厚さや組成、表面の化学物質、内部構造を、詳しく調べ上げる。ただし、これは生命そのものを探すミッションではない。あくまで「エウロパに生命が存在できる環境が整っているか」を検証する、居住可能性の調査が目的だ。
問いへの答えは、氷の下に
2030年、エウロパ・クリッパーが実際にこの氷の下をのぞき込んだとき、私たちは大きな問いへの手がかりを得ることになる。地球は、生命を宿す特別な存在なのか。それとも、宇宙には、氷の下に海を持つ星が、ありふれて存在するのか。その答えの、最初の一片が見えてくるかもしれない。
エウロパが教えてくれるのは、生命の可能性が、必ずしも太陽の光が届く場所に限らない、ということだ。分厚い氷の下、真っ暗な海の中で、木星の重力が生む熱と、宇宙線が作る酸素が、静かに生命の材料を育んでいるかもしれない。次に夜空に木星を見つけたら、その小さな衛星の氷の下に広がる、暗く広大な海のことを、少し想像してみてほしい。そこは、宇宙で最も生命に近い場所の一つなのだから。
参考文献:
Downward Oxidant Transport Through Europa’s Ice Shell by Density-Driven Brine Percolation
Hesse et al., Geophysical Research Letters 49(4), e2021GL095416 (2022). DOI: 10.1029/2021GL095416
出典: University of Texas at Austin / NASA Jet Propulsion Laboratory










コメント